正義の在り方

絢麗夢華。

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正義

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あの日の夜の事を、私は絶対に忘れる事はない。
15年前の、あの夜を。
今思い出せば、きっとあれは間違いだったのであろう。


ある日の放課後。親に言われて何も考えずにただ通っていた、塾の帰りに友達と寄って遊んでいた、その公園。
夕暮れ時の午後7時半。
遊び疲れた私達は、ベンチに座って休んでいた。
もう帰ろうとか思い始める時間。
そのベンチの後ろで行われていたのは、おぞましい光景だった。
そこでは丁度、人が殺されていた。
ある人物が殺害されていた、殺害された遺体が放置されていた、と言う意味ではない。進行形である。
人物Aが人物Bにより、その命を絶たれようとしている瞬間だったのである。
草木に囲まれたその公園はベンチの後ろ、木と木の隙間から見えてしまった私達以外には誰もそのことはわかりえなかった。
だから、とても怖かった。
この犯人が立ち上がり、逃走する。
そうなると、最初に目につくのは私達だ。
次に殺されるのは私かも知れない。あるいは隣に座っている友達が殺されるかも知れない。
もしくは、たまたまそこを通りかかる塾の顔見知りかもしれない。
そう思い怖くなった私は、行動を決意した。
「ちょっと内緒でお花の髪飾り作ってくるから、ブランコ乗ってて。楽しみにしていてね。」
砂場に、どこかの子供が置き忘れた金属製のスコップがあった。
砂場で遊ぶのならば、プラスチック製のおもちゃを使えばいいのに、きっと家の庭で使う用の物を勝手に持ち出したのであろう。
「倒さないと。」
草木の間を抜け、殺している男の前に立った。
「お、お嬢ちゃん、来たらダメだよ。」
犯人はナイフを相手に差しっぱなしにして、死体を見えない用に私の真正面に立つ。
差しっぱなしである事が確認出来ればよかった。後ろに握ったスコップをそのままに、後ろに下がる。
腰を落とし私に見せない用に頭を下げながら私をベンチへと連れ戻す。
その瞬間、私は金属のスコップを思いっきり男の頭へ振り下ろした。
しかし、当時の私の力では致命傷は与えられなかった。
「何しやがるっ!!」
まだ起き上がろうとする男の頭を踏みつけた。
当時の私は生半可な知識で、後頭部を強く打つと人は死ぬと知っていた。
だから実行した。
十数回殴りつけたあと血まみれになった自分の手を見て、ようやく勝ったと思えた。
そして、殺された男を見に行った。
既に死んでいた。はずだ。
息をしているか確認する余裕はなかった。
ただ刺さっているナイフが取れれば良かった。
そして血がべっとりついたナイフを抜き取り、前に倒れている男の背中に深々と突き立てた。
そして私はベンチへと戻る。
友達は私を見て、泣き出した。
そこで人が死んでたなんていえば、今日から怯えながら生きなきゃ行けない。もう犯人はいないんだから、知らなくて大丈夫だ。
「ちょっと滑っちゃった。帰ったら洗うね。」
ほんのちょっと嘘をついて私達は帰路についた。
それから、私は家に帰りついた。
家の外の蛇口で手についた血は全て洗い流した。
「遅かったな。」
父さんが待っていた。
たまたま黒い制服で、血が手に殆ど落とせる場所についていた事が私の最初の行動を成功させてしまった。
その後街でどう騒がれていたか、私はよく知らない。
その後の小学校生活は、何事もなく終わった。

中学と高校では、生徒会に入った。規則を守らない人間を排除したかった。
私は、決められたルールに従わない人間が許せなかった。
私の為に定められたルールでは無い。
ルールがルールとして必要だからルールは定められているのだ。
皆の為のルールじゃないか。
私は片っ端から規則に反する者を罰して行った。
教員に媚びを売ってるだの、真面目アピールをしている等といわれた。
正しさに囚われすぎていると友人にも注意された。
正しくある事が、生きる上で1番大切ではないか。
私は間違えていない。
いったい何が悪いと言うのだろうか。

高校2年の時、1つ上の学年の男の先輩が煙草を吸っている所を見つけた。
未成年の内からの喫煙は犯罪であること、心身の成長に悪影響を及ぼす事を解き、そして例え成人した後でも結局身体に悪いことを伝えて、注意した。
そして生活指導の教員へとその事を伝えた。
結果、成績優秀で大学への推薦を貰っていた先輩は、退学する事になった。
彼の退学後、その友人の男子学生に、「何故チクった?」と怒鳴られた。
「当然の事をしたまでです。」と伝えた。
殴られた。
彼らは2週間の停学を告げられた。
それから、その男子学生の恋人を名乗る女子学生が現れた。
「貴女には人の心が無いの?他人を不幸にして楽しい?人を陥れるのがそんなに面白い?自分が人を裁くのがそんなに嬉しいの?」
「間違えている事を正しい状態にする。どこか間違えていますか?」
その女子学生は私を睨めつけて去っていった。
そんな事も守れない人間が推薦を貰える訳がないだろう。

大学という場所は私にとてもあっていた。
誰もが自由だった。社会の一部に勉強がある。それだけの空間だった。
生活の中に、授業があるだけだ。
それだけの生活がただあるだけ。
私は勉学へ励み、良い成績を残した。

そして、私は難なく就職をした。
私の就職した会社は、経営はなんとか出来ていたが、営業成績に伸び悩んでいた。
そこで私は、効率を求めて自動化を進めて、成績の悪い人材を下からカットする事を提案した。
結果として、事業は持ち直して、その功績から私は系列の会社へと派遣された。
私は日々電卓との勝負を続けていた。
プラスとマイナスをどこで調整するか。
その計算を繰り返していた。
結果として、大きなマイナスが生じている箇所がわかった。
支給されたパソコンで、簡単にアクセスできるページ。
そこには用途不明なお金が多く残っていた。
仕事中に漫画雑誌を広げている彼は、取引先の御曹司であり、平社員の倍の額が支給されていた。その額が計上で誤魔化されていたが、振込先の名目から割り出すことが出来た。
許せなかった。
私の時間を返せ。私の努力は、会社への信頼で出来上がっていたのに。
私は自分の能力で会社を立ち直らせる為に、ここに来たのに。
結局は誰かの責任で、それを正せば終わるだけの話だった。
繰り返させない。その証拠を撮影し、写真をSDカードに保存した。
絶対の証拠にと、ペンで日付を書き込んだ。
そして、訴えた。これ以上悪くなる前に絶対の形で修正をしなくてはいけない。揉み消されない方法を選んだ。それだけだった。
結果、倒産した。
信頼を取り戻すために、私は訴えたはずだった。
こういう事があったから辞めさせよう。
今後は綺麗にしていこう、そういうつもりだった。
しかし、世間が望んだ答えは、二度と姿を表すな、だった。
世間的に名が知られる会社でもなかった。
むしろ下請けばかりで、表に名が出る職種でもなかった。
それでも、一度落とした評判は、二度と戻ってこなかった。
その一度の評判を落としたのは、私だった。

会社全体が世間から罵詈雑言を喰らう中、私はかつての上司から罵声を浴びせられていた。

「この疫病神め。」

私が悪いのか?
私はただ正そうとしただけだ。
何故そこまで私が言われる必要があるのだろうか。
理解出来なかった。

それから、私が職に就くことはなかった。
無気力になった私は数ヶ月の間、ただ生きているだけの生活を送っていた。
そんな、何を信じればいいのかさえもわからなくなってしまっていた私の元に、その男は現れた。私が何をしたのか知って、声をかけてきたらしい。

「君は間違えていない。僕達と共に立ち上がろう。」
そんな勧誘を受けて、私は彼について行った。

彼は、革命を起こそうとしていた。


「この国は間違えている。政策も、条例も何もかも無意味だ。矛盾だらけで、結果として何が得られるのか。今のままに任せていては、この国はダメになる。だから、僕達が変えなきゃいけないんだ。」

そうか、私が間違えていた訳では無かった。間違えていたのはそもそも社会の方だったのか。私は彼に賛同した。

「正しい日本を取り戻す。それが僕達の生きている理由になるんだ。生まれてきた意味があるんだ。絶対に間違えたままの、このままの社会であっていいはずがないんだ。僕達が掴んだ新しい未来こそが、この国の正しいあるべき姿のはずなんだ。」

彼は人々に呼びかけた。色々な場所を巡り、社会の在り方を説いた。
説き続けた。しかし、その呼びかけは意味をなさなかった。
誰も耳を貸そうとはしなかった。
そのうち私は彼と同棲を始め、新しい社会を作る為、その呼び掛けの準備を手伝って、時にはその呼びかけさえも行った。
それから、2年の月日が過ぎ去った。


今朝、ある文書が、発表された。
「社会を正す。その為に今ある世界を壊す。覚悟しろ。過ちは、繰り返させない。」

最後に刻まれたその名前はよく知っている名前だった。
その日も走り回っていた私は、急いで家へと戻った。
「貴方、何を考えているの?」
「誰も僕達の話なんか聞いていない。もっと、行動を起こさなきゃいけない。仕方がない、出来ればしたくなかったが、こうなれば最後の手段だ。君も手を貸してくれないか?」

「いったい、何をするつもりなの?」

「誰かが犠牲にならなきゃ、目に見える形にしなくちゃ、人々は過ちに目を向けないんだ。誰かが、その役目を負わなきゃ行けない。心に刻まれなきゃ、変われないんだよ。」
明らかに挙動がおかしかった。追い込まれていたのだろう。
「無意味な人間に犠牲になってもらって、意味のある僕達の言葉を伝える。それが、僕達の描く新しい社会への、たったひとつの入口なんだよ!!」
「何を言っているの?誰かを陥れて伝えなきゃ行けないほど、貴方の答えは正しいの?」
「君は、僕の邪魔をするのか?賛同してくれたじゃないか。裏切るのか?」
誰かを巻き込むなら、私が止める。
結局、彼も正しくはなかった。
「じゃあ、私はどうするべきだったのか、教えてよ。」
もう彼への愛も、何も残っていなかった。
置いてあった辞典を、彼の頭に直撃させた。
「さよなら。」
ドライヤーのプラグをコンセントに差し込んで、温風で血を固めた。
どうせ意味は無いとわかっていたけれど、このまま血が流れ続けるのを見続けるのも嫌だった。

嫌いだった人に言われた台詞を思い出す。
「正義の味方に囚われた人形がっ。お前は自分って物がないのか?」
人形でもいい。それが誰かを救うのなら。喜んで操られてやる。
そう思っていた。
でも、今の彼は正しくなかった。
洗面所で顔を洗って、頭を冷やす。
鏡に映った自分の顔が醜く歪んでいた。
彼を信じた私が憎い。

彼が最後に手にしていた鍵は、車の鍵だった。家の前に停めてあったあの車であろう。
彼の用意していた大型バンの車を覗くと、大きなダンボールがいくつも積んであった。今回の為に、準備された道具であろう、その箱の中を見る。
まずヘルメット。自分は助かる気でいたのか。
数丁の銃が置いてあった。
そして、ガソリンの缶。
火を放つつもりだったらしい。
そして見つけた。これが1番の本命なのだろう。
爆弾。見ればわかる。残り時間を示す数字が刻まれていた。
1時間半。それが私に残された時間だった。
すぐ様エンジンをかけて、私は走り出した。
真夜中のシティロードを抜けて、郊外へと急ぐ。

困らせるのが正義じゃなくて、手を貸してあげるのが、正義だったのかな。
これまでの事を振り返りながら、私はこの命を使って、彼の行動を止める決心をしていた。
そうか、私は、正しかった。でもやり方が正しくなかった。
小学校の時殺したあの人だって、罪を償う事ができたかも知れない。
高校の時の彼も、更生するチャンスがあったかも知れない。
彼も、私が説得できたかも知れない。
間違いを正す、その方法が間違えていたのだ。
間違いを見つけて、裁く事が大事なのではない。
大事なのは、裁いて、その後どう変わるかなのだ。
間違えた人を裁いて、救う事をしなかった。
正しいって怖いな。
私は、何人の人の未来を奪ったのだろう。
そんな簡単な事を今気付いてどうするんだ。
もう私には時間も、未来もないのに。
いや、丁度良い。
私の未来もこれで無くなるのだ。

遠く離れた海岸へ向かって時速を超えて走り続ける。
時速200kmでもうハンドルを切る腕に激痛が走った。
ガードレールを超えて、砂浜へダイブする。
車は弾け飛び、バラバラになって転がった。
かつての運転席を残して、私の目の前ではカーナビが動き続けている。
ラジオが入り、ニュースが飛び込む。
「海岸で爆発事故があり、車が大破して模様です。…」
公共の電波に乗せられて、私のことが広められている。
スピード違反で追っていた警察が、事情を察してくれたようだ。

《街を守ったヒーロー》か。
私らしくないけれど。
「私の正義は、これで良かったのかな。」
それから私が青空を見る事は、二度となかった。
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2022.04.14 ユーザー名の登録がありません

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