遥かなるムーンサルト

新堂路務

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副柵雷韻 VS ケンジ

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 小学生の頃から、夢はプロレスラーだった。授業と授業の間の休み時間は技の研究。そして、昼休みは体育館で勝手にマットや跳び箱を出して、プロレスごっこをやったものだ。その当時のスターレスラーのモノマネをしていた。
 俺も、その頃は飛んでいたんだ。
「喰らえ、ムーンサルトアタック!」
 そうやって、跳び箱の上から友達へと何度となくダイブをしていた。小学生だから、ジュニアの飛んだり跳ねたりは随分と新鮮に映った。漫画やアニメのような動きを生身の人間がしているのだからそれはそうだ。俺は、テレビで放映されている動きを見ながら、マネごとに明け暮れた。
 俺は、低学年の頃に町内の体操教室に通っていた事もあり、バク宙、側転などはお手のものだった。当時の俺は飛び技は必殺技だったのだ。
 ある日の昼休み、その日も友達とプロレスをしていた。俺を入れて六人。中央にマットを敷き、四方に跳び箱を置けないので、赤コーナーと青コーナーには何も置かず、ニュートラルコーナーに跳び箱をそれぞれ配置した。確かあれは、友達のケンジくんのベルトに俺が挑戦をしてたはずだ。
「ドロップキッーーーク!!」
 試合をしていない人間が実況をしたりして、盛り上げている。
 ケンジくんも飛び技が得意で、跳び箱の上に乗ってそこから勢いよく飛んで来るのが得意だった。
「ぐはっ」
 ドロップキックは胸を捉えて、俺は吹き飛んだ。
「ああああっと、マスク・ド・雷韻ダウーーーーン。今のは効きましたね、マサさん」
 俺はその時も紙袋で作ったマスクを被って、試合をしていた。
 解説にはいつもマサトシくんが座っていて、偶然マサさんとして、マサ斎藤のような顔をしていた。ちなみに風貌は全然違う。小学生だからそんなもんか。確か、マサトシくんは解説の仕事ばかりして、試合はほとんどしてなかったはずだ。その代わりに技に関しては詳しくなっていたので、俺はよく個人的に質問していたくらいだ。
「ええ、胸を捉えましたよ。今のは高いですね」
 前回のテレビ放映の時のフレーズをマサトシくんが繰り出すと、場が大いに盛り上がった。
 ケンジくんは俺を抑え込んだ。
 レフェリー役が、名前を忘れたけど友達の、飛び込むようにやってきてマットを叩いた。
「ワーン!!」
「ツーー!!」
「ス」
 俺はギリギリで肩を上げる。
「カウント二テン九!!」
 実況は新木くん。よくわからない、小数点の実況で、声を張り上げる。
 ケンジくんが、レフェリーに三本指でフォール勝ちをアピールする。
 レフェリーは首を振る。
 俺は、紙袋のマスクの視界が悪いので、いくらか直しながら体勢を立て直そうとしていた。
 ケンジくんが立ち上がると一度仕切り直した。そして、右手でクビを掻き切るポーズをする。
「ああーーっとここで、終わらせる気かぁあああ」
 新木君は「ああーーっと」と最初に言う事だけに力を入れていた気がする。そして、授業で使ったプリントの裏にたくさんの技の名前を書いて、それを実況するのが大好きだった。
 ケンジくんは、ふんふんと言いながら俺を立ち上がらせた。
「ふーん」
 さらに大きく、声を出した。それと同時に逆水平チョップを繰り出すと、ミサイルキックが直撃した胸をもう一度襲った。
「がッ」
 俺はそこで踏ん張る。
「ふーん」
 逆水平
「がッ」
 踏ん張る。
「ふーん」
 逆水平
「がッ」
 踏ん張る。
「うーーーーーん」
 ケンジくんが力をためている。
 俺はクビが太くなるような顔をして、それに備える。
 バッチーーーン。
 胸に、逆水平が弾ける。
「ああーっと、逆水平チョップが炸裂。マサさん今のはどうですか?」
「いいのが入りましたね」
「はっはっはっ」
 唯一の観客として見ている、アンドレ・ザ・コヤマくんが、マサさんの解説に笑う。ちなみにコヤマくんが本当に名字がコヤマだったかは、今の所、記憶が定かでは無い。身長はクラスでは文字通り、頭ひとつ抜けていたから、このリングネームだ。
 俺はしっかりと受け身をとり、マットに倒れる。
「いくぞーー」
 ケンジくんは右手を上げると、その右手を実況解説をしている二人の目の前に置かれている、段ボールで出来たチャンピオンベルトに向けられた。手は握られていて、力強い拳が創られていた。
 この当時は、プロレスで仕入れた動きはよく取り入れられていて、この動きをケンジくんがやり始めた時は、みんなが同じような動きを取り入れたものだ。
 チャンピオンベルトに向けられた拳がほどけると、勢いよくニュートラルコーナーに設置された、跳び箱に飛び乗る。
「うおおおおおおお」
 体育館の誰もいない方向に咆哮する。彼には大観衆が見えているのだろう。確かにあの時は俺達にも見えたし、大歓声も聞こえた。
 跳び箱の上で、くるりとこちらを向いた。最近の得意技のダイビング・ボディ・プレスだろう。
 俺は逆水平を受けてから立ち上がっていない。このまま、技を受けるだろう。マスクがずれたのでそれだけは手際よくなおした。おそらくこの試合でもうこれは使えなく鳴るだろう。そんな事を考えていた。
 ケンジくんはこちらを向くと両手を広げて、タイミングを測っている。
 俺も、ケンジくんがうまく落ちてきてもいいように体の向きも少し調整する。
「さぁ、これはケンジくんの必殺技のダイビングケンジプレスでしょうか?」
 新木くんに普通の技に名前を絡めた、技名をつける。
「はい、そうでしょう」
 マサさんがそれに呼応する。
「はははは」
 アンドレ・ザ・コヤマくんは笑ってる。観衆としては百点の行動だ。
「いくぞーーーー」
 ケンジくんは声を出す。
 そろそろだ。俺は身を固くしてその時を待った。それまで随分と、薄目で横目でケンジくんの動向を気にして来たが、いよいよとなった所で、俺は力を入れた所で目を力強くつぶった。
 ガタン。
 その音が聞こえた時には、気に留めてなかった。そんな事より、ダイビングケンジプレスへの恐怖心のほうが強かったからだ。
 しかし、一向にケンジくんがプレスしてこない。
「ケンジくん」
 実況の新木くんの声。
「おおお」
 マサさん。
「ああああ」
 アンドレ・ザ・コヤマくん。
 皆の声と、何事が起こった事だけはわかった。
 四人の走りよる音。
 俺は目を開けた。その方向はケンジくんが技をかけようとしていた、ニュートラルコーナーだった。
 ケンジくんは口を押さえていて、その手からは赤い液体が溢れていた。
服柵雷韻VS ケンジ(五分三十一秒 ノーコンテスト)

 それから、体育館でのプロレスは禁止となり。チャンピオンベルトは剥奪されてしまった。
 ケンジくんはダイビングケンジプレスをしようとした際に、乗っていた跳び箱がうまく設置されていなくて、跳び箱が崩れてしまったということだった。ケンジくんは、口を跳び箱の一番下の段で口を打付けて、流血をしてしまった。
 両親とケンジくんの家にケーキを持って、謝りにも行った。新木くん、マサさんも別の日に行ったらしい。レフェリーの子は行ったかどうかわからない。アンドレ・ザ・コヤマくんの所は両親が夜遅くにしか帰って来ないとかで難しいっていう話だった。
 そうして、俺達のプロレス生活は終わった。
 次の学年になると、先生達の思惑か、親からの要請かは今となってはわからないが、全員別のクラスに分けられ、プロレスの話をすることもなくなった。
 ケンジくんも口にいくらか怪我の痕が残ったものの、元気にしているのを見ると、少し安心したものだ。
 しかし、俺はそれからもプロレスは見続けた。それどころかどんどん傾倒していったくらいだ。古今東西、様々なプロレスを映像でも見るようになり、どんどんUWFというスタイルに染まっていった。
 中学で柔道、高校でレスリング。部活での成績はそれほど、プロレスで重宝されているとは思えなかったので、体を鍛える事や体をデカくする事に重きをおいた。バイト代でサンドバックを買い、掌底とキックは独学で磨き続けた。
 大学では、一人暮らしをしていた場所の近くに道場があったブラジリアン柔術もはじめ、UWF時代の選手達が使っていた関節技よりも、複雑かつ機能的なものを身体にいれる事ができた。
 でも
 やはり、あのケンジくんが怪我して以来、どういうわけか高い所がどういうわけか立てない。別に、その落下した光景を見たわけでは無い。目をつぶっていた。しかし、どこかその時の事が勝手なイメージとして脳が作り出している。
 これは、以前に克服しようと精神科に通った時の医者の先生からの話だ。
 怪我した場合でも本人より、それを見ている五体満足な人のほうが、イメージで痛みを感じるようなことと似ているという。
 そして、その恐怖を克服するためのきっかけ、先生はトリガーって言ってた、それは人それぞれで何がどうなるかはわからないという事だった。
 退行催眠や、無意識の領域への働きかけなどいろいろしたが、トップロープに登るとやってくる恐怖心が止む事は無かった。
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