上 下
27 / 33
今思えば唯一平和だった時期(文化祭編)

なるようになーーれ!!(´;ω;`)

しおりを挟む

満員のホール。
ざわざわと囁く声が響く。

沢山の椅子と譜面台が並べられたステージにたった1人、センターへと進む。
彼に視線が吸い寄せられるように、音が止む。

優雅に一礼すると、ホール全体を拍手が包み込む。


彼が構えた瞬間、世界が色付いた。




ラヴェルのツィガーヌ。
今回はソロのため冒頭部分のほんの少しだけだが、ゆったりとした重厚で厳かな部分と、軽やかで速さを要する部分の対比が非常に難しい、表現力も技術も高いレベルが求められる難曲だ。

その曲を聴きながら弦のメンバーはステージで定位置に着席する。



部長のツィガーヌの余韻に浸りながら、鳴り響く拍手に緊張する。
今思えば、私の初舞台だ。前の世界では習っていたものの、こんな立派な舞台で、更には人前で演奏する事なんてなかったのだから。
指先が冷たい気がする。次の曲はまだしも、全体曲は速いパッセージが多い。始まるまでは動かして温めよう。


神前先生が部長と入れ替わりでセンターの指揮台へと上がり、コンマスの定位置である下手の第1ヴァイオリンの最前列に着いた部長が同時に一礼し、再度拍手に包まれる。

神前先生の指揮で奏でるは、ヘンデル作曲の水上の音楽から、第2組曲第2曲「アラ・ホーンパイプ」。
水上の音楽の中でも有名で、王族の舟遊びで演奏された逸話に相応しい、華やかかつ優雅な曲だ。
本来なら主体となるトランペット含む管打楽器もあるのだが、柊崎先輩が弦のみに編曲した。
本当にこの人なんでも出来るな。


最後の1音が溶けた時、先程のソロよりも大きな拍手に包まれる。
な、なんとかノーミスで弾けた…!
ひとつ深呼吸すると、飛び出るくらい煩く動いていた心臓もある程度落ち着きを取り戻していた。

一礼した部長が席に着き、神前先生が一度外したことで音が止む。


数拍、間を置いて、高らかに、突き抜けるようなファンファーレが客席後方から鳴り響く。
締め切られていた扉が一斉に開け放たれ、管打楽器メンバーが隊列を組み、曲に合わせ行進を始める。

今年の吹奏楽コンクールの課題曲でもある、惑星で有名なホルスト作曲のムーアサイド組曲から行進曲マーチ
高らかなトランペットのファンファーレから始まるこの曲は吹奏楽の為に書き下ろされ、吹奏楽の良さがこれでもかと詰め込まれた1曲だ。

楽しげに行進をする透真先輩や柊崎先輩が羨ましい。私もそっちやりたかったよ…!!


壮大なフィナーレと共にポーズを決め、これまた一層大きな拍手と歓声が沸き起こる。
その隙にマーチング部隊は指定の席に着き、準備をする。

さ、ここからが本領発揮だ。




部長が手早く調弦し直したことを確認し、一度外した神前先生が指揮台に戻る。


本来ならハープだが、うちにはいないので第2ヴァイオリンのパートリーダーがD線を12回、ピチカートで鳴らす。


交響詩「死の舞踏」。
夜中の12時を迎え、墓場で骸骨たちが踊り狂い、夜明けを告げる雄鶏の声で逃げ帰るまでを描いた1曲。

12時の鐘の音の後、部長のソロで始まるこの曲は、不協和音で不気味な死神を演出。
途中シロフォンで表現される骨の擦れる音が特徴的だ。
物語がしっかりあるからこそ、それを表現する力と、各所にちりばめられた難度の高い部分を弾き切る高度な技術が求められる。
オーケストラコンクールの課題曲だ。


7分と他に比べれば長めの壮大な物語を終えると、今日1番の歓声に包まれる。
この歓声を聞けば、納得のいく仕上がりになっただろう。コンクールももう少し詰められれば大丈夫そうだ。



では、もう一曲はどうだろう。
自由曲として選択したこの曲は。


ロッシーニ作曲、セビリアの理髪師 序曲。
同名戯曲に付けられたオペラのうちの1曲。
開始2分頃の中盤などにある第1ヴァイオリンで奏でるメロディがとてもとても楽しくて、パッセージも速く、ボーイングも小刻みで難しいのは承知だが弾くのをとても楽しみにしていた。

喜劇だけあって、緩急はあれど全体的に楽しげなこの曲は、気付けば客席から手拍子が生まれるくらい盛り上がった。






「ほら、アンコール行くぞ」


セビリアで一度全員退いたが、拍手が全く鳴り止まなかった。
一応アンコール練習しといてよかったねと笑い合い、私たちは再度舞台に出た。


「アンコールありがとうございます。せっかくなので、皆様と楽しめたらと思い、この曲にしました。ぜひ共に歌ってください!」



第9で親しまれているベートーヴェン作曲交響曲第九番「歓喜の歌」。
実際合唱が入るのは最後の第四楽章(しかも20分超える)のみなので、特に有名な部分のみを切り取り、この空間にいる人たちと共に楽しんだ。

鳴り止まない拍手と歓声、達成感と心地好い疲労。


こうして、私の初めてのオーケストラ、初舞台は大成功を収めた。




「全員、お疲れ。観客の反応を見る限り、今出来る最高の演奏だったと思う。この調子で、コンクールも頼む」


「「「はいっ!」」」


「では、下級生は退場が粗方完了してから片付けを始めてくれ。クラス等他の仕事が差し迫ってる人は必ず周りに声掛けてから向かってくれ。屋外アンサンブルチームはミーティングするぞ」


まだ余韻に火照った頬をなんとか冷まそうと手のひらで包むが、手も熱いのであまり効果がない。
あまりの楽しさで時間も忘れて、ずっとこのまま弾いていたい衝動に駆られた。人とあわせるのって楽しいし、更に舞台に立つなんて、凄く凄く楽しいんだね!と私はこの感覚にやみつきになりそうだった。


「ずーっとにこにこだねぇ?楽しかった?」


「うん!こんなの初めてだよ!!」


「初めはそうだよな。最初は他人と合わせるなんて…とか言ってたのに、いざやると楽しくて仕方ねぇ」


「それそれ!他の人との音楽と混ざり合うあの感じ…もう最っ高だよ!!」


「ほう、それだけ気合い入ってればこの後も大丈夫そうだな?」


「うっ」


そうだった。
この後早めの昼食を取ったら、屋外ステージでのアンサンブル対決。
結果はあってないようなものだから気にする事はない、んだけど…。
その中で披露する1曲は何度練習しても不安だ。


「ねぇ柊崎先輩、今からでも無しに」


「無理」


「うっうっ」


泣いても仕方ないのはわかってる。
原作────というか夢小説通りに進ませないのが目的なら、やった方が確率は上がると思う。思う、けど…。


「ファイトだよ( و ' ω ' )و!」


「楽しみにしてるぞ」


あぁもう。
なるようになーーれ!!(´;ω;`)
しおりを挟む

処理中です...