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深炒りローストは、男の味

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僕は、春休みで丁度いいので、「マロン」でバイトをしている。時給800円、中学生でこれは高いんじゃないだろうか?
「いや~あの時はどうなるかと思ったがね、なかなか板についてきたじゃないか」
「いやぁまだまだ、コーヒーがいい味出せなくて」
「お、どれ、俺が味見してやろうか!」
「辰さん……お代、とりますよ?」
「かまわん、かまわんて。」
「ありがとうございます!」
早速作り始める。えーと、まずはコーヒー豆をローストして……

「なぁ、店長、あの子、大丈夫かね?」
うっすらと苦笑いをする店長。僕の作業する手が止まる。今、止まってはいけない作業なのにだ。
「あぁ、まぁまぁやってくれてますよ。こら、てを止めるな」
「は、はい!」
あの人、背中に目でもあるんじゃないか?
「背中に目などなくとも、お前の行動などわかる!」
ひぇぇー、心も読めるのか?おっかないおっかない。
「お待たせしました。オリジナルブレンド、ブラックです」
「おぉ?香りがいいねー、さて」
緊張の一瞬。音をたてて辰さんがコーヒーをすする。
「う、」
うまい?うまいだよな!ま、じゃないもんな!不味いじゃないもんな!やったー!
「うぇぇぇぇええ」
辰さんがナプキンを口に当てる。
「苦ぁぁぁあ」
「ブラックだからそりゃ苦いですよ!」
「いやいやいや、店長飲んでみ!」
店長がコーヒーを静かにすする。そして、真顔。これが逆に恐怖を駆り立てる。
「苦い」
「えぇー!店長!ブラックですよ!」
「ローストしすぎたね。苦すぎる。」
「……すみませぇん」
コーヒー、何て奥が深いんだ。この僕の会心の作品ですらダメだなんて。(ローストし過ぎたのは、よそ見していたからだが、触れないでおこう……)

そのとき、カランカランとベルが鳴った。教室に誰か入ってくると振り向きたくなるのは中学生の悲しい性だよね。
「ようこそ、純喫茶「マロン」へ!」
もうお決まりになっているこの言葉。僕は大好きだ。そして、これを言うのははじめてのお客さんだけ。そして、その人を見たとたんに僕は店長の言葉を思い出した

ーーーーーー君は幸運を望む人のそばにいる人だと言ったね。だから巻き込まれた。て、言うことは、幸運を望む人が君の近くにいるということだ。店に来ることも、頭に入れておいて。ーーーーーー
 
……来ちゃった……。同じクラスの橘(たちばな) 尚哉。橘財閥の御曹司。簡単に言えば日本で二番目の大金持ち。億万長者どころではない。……お小遣いも、たんまりもらってんだろぉな!ちくしょーめ!てやんでぃべらんめぇ!
「あれ?君、佐藤くんじゃないか?」
「は、はい」
「驚いたな……中学生はバイトをしてもいいのか」
もうムカつく!こいつのしゃべり方!
店長が耳元でささやく。
「大丈夫。彼は普通に幸運をもっている。そして、望んでいる。一度店から出れば忘れてしまうさ」
「あ、そうか。はい」

「コーヒーを。ブラックで」
注文をとって店長のところへいく。どうしよう、あいつブラックっていいやがった!シロップいれれねぇよくそったれ!
「大丈夫。そういうお客さんもいる。何も、シロップじゃなくてもいいんだよ。幸運と幸せは甘い感じがするだろう?でも、コーヒー豆にコーヒーに幸運を入れればいい。」 
「なるほど……」

橘が帰ったあと、ノワール君がしきりに鳴いていたのは、僕をかえって不安にさせた。
「ノワール君に餌あげといて」
「わかりましたー」
プリンを食べるようのスプーンにウズラとかヒヨコとかの肉を細かくカットしたやつを乗せて口元にやると、すごい勢いでつつく。もう残像が見えて阿修羅みたいになってる。きっちり決められた量あげても、まだまだ物足りないようすで、可愛い目を向けてくる。僕は、あげたいけど、健康のため、ゆくゆくはお前のためなんだと、言い聞かせた。
(まぁ、人語を理解するフクロウはいないけどね)

閉店後、カウンターやらなんやらの掃除をしていると、店長がやたらと不安げに受話器を握っていた。もつ手が震えている。
(どうしたんだろう?)
店長は、僕にも聞こえる大声で言った。こんなに大声を出した店長は始めてみた。そして、こんなに取り乱した店長も。

 
 
「なんだって!ダンタリオンが!?」
 
窓の蔦の隙間から西日が差し込み、僕と店長に深い影を落としていた
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