とある少年の奮闘記

シンさん

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あれは誰だ

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「やっと見つかったか」
「ああ……」

何故かトマスが浮かない顔をしている。

「どうした?何かあったのか?」

トマスがこんな顔をするのを、久しぶりに見た。

「あれは、誰だ?」
「あれ……ジーク様の事か?」
「違う、あれは別人だ。自分でもおかしな事を言ってるのは解るが、あれはジーク様じゃない。」

それは俺も疑ってはいたが、別人に入れ代わる隙などない。そうなると、どんなに疑わしくても、あれはジーク様という事になる。

「俺は説明のつかない事は信じない事にしている。今までの己の行動が、常軌を逸しているとやっと解ったんだろう。」
「上手く言えないが、気配が違う。表情も、目付きも、何もかも違う。」
「……人間は人格を多数持つ者がいたり、神や悪魔に体を利用されたりする事があると、そう書いてある本を読んだ事はある。」
「体はジークだが、別人という事か?」
「解らない、だがまるまる別人という事はありえない。」
「もとの人格に戻るのか?」
「さぁな。そもそも、子供の頃に読んだ神話や空想小説に書いてあった戯れ言だ。」
「……もとに戻らなくする方法は書いてあったか?」
「コタローのままにしておく方法?」
「ジーク様に戻れば、この島は終わる。この島の現状、報告以上に酷い。それに、ワルザス族の中に、めちゃくちゃ強い男がいる。もしあんなのがわんさか出てきたら、統治も何もない、今すぐにでも戦になるぞ。昨夜コタローが話し合いを提案したのは幸いだった。」
「だとすれば、1ヶ月後の話し合いは、かなり重要になるな。」
「ああ。」

トマスと同じくらい強い人間がいても、ワルザス族は今まで襲って来なかった。
何が切っ掛けになったのか知る事が出来れば、戦いを回避出来る可能性は高い。
言葉を喋れるのがコタローだけなのが悩みの種だな。

「レイ、本土から何か連絡は?」
「帝国の半分が乗っ取られたらしい。」
「軍を率いてる奴は誰だ?」
「それが、全く情報がない。何人密偵を送っても誰1人帰って来ないのは、他国も同じらしい。」

トマスと話していると、部屋の窓の隙間からメモが一枚入ってきた。
荷物運びを兼ねた兵士からの情報だ。

「何と書いてあるんだ?」
「帝国の支配下にある領地や小国は、無血開城した所が多数あるらしい。」
「どんなに強い敵を前にしても、帝国が戦わない選択をするとは思えない。」
「誰もがそう思っていても、何故なのかが解らない。他人事じゃない、うちの国もそうなる可能性はある。」
「相手がわからない戦ほど怖い物はないな。」
「……とりあえず、朝食にしよう。コタローも泣き止んだようだし。」

窓からコタローとバスティが見える。

「何を言って泣かせた?」
「1人で出歩くなと言っただけだ。」
「それだけであんなに泣くか?」
「あれがジーク様なら、泣かずにぶちギレてる。」
「違いない。」

ジークが泣いた所を俺は見た事がない。あれは狂ってる。情という物が欠落していた。なのに、号泣してる…。

『あれは誰だ』と、トマスが言いたくなるのもわかる。まるで、借りてきた猫だ。

もし、本当に人格が代わったと仮定して、コタローのままでやっていけるだろうか。
心が脆い人間は、人を率いる人間にはなれない。残酷な判断を下せないからだ。

善良な人間だからこそ、乗り越えられない壁がある。
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