死者たちは祭壇でおどる

福留幸

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間章 二つの日常

第16話 鳥居の中で[其の弐]

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「死者の……断末魔?」
 思考が追い付かない秋乃に、要は静かに言った。
「死者――契約者が死に際に撒き散らす『映像』のことだ。覚えはないか?」
「!」
 秋乃ははっと息を呑む。
 覚えている。忘れる訳がない。
 初めてこの仕事に参加したあの日。秋乃は湊と共に、ある少女が『悪い死者』になった経緯を観た・・。先触れなく頭の中で再生された悲劇は、未だ目に焼き付いている。
 『悪い死者』たちの『映像』は、その後も何度か観た。いずれも、目を逸したくなる内容だった。
「当人が現在に至るまでの記憶、感情が集約されたものだ。あれは当人の意思とは関係なく散布され、俺たちの意識に侵入する」
「なるほど……」
 納得のいく説明に、秋乃は唸った。
「だがな。断末魔という表現は、俺のような能力者がいる以上、適切とは言いがたい」
「え? 何故です?」
 秋乃が尋ねると、要は微かな間を挟んで答えた。
「俺の〈基礎能力〉は――あの『映像』を無条件に見ることが出来る・・・・・・・・・・・・、というものだ」
 やや渋面になる辺り、要は自身の〈基礎能力〉をよく思っていないのだろう。
「対象が死に際である必要も、『悪い死者』である必要もない。俺の目の前にさえいればいい」
 憂いを逃がすように長い息を吐き、要は一連の説明を締め括った。
 戦闘とは直接関係のない能力。湊が言っていたのは、こういうものを指すのだろうか。
「他に質問はあるか?」
「いえ、特には。凄く分かりやす――あっ」
「? どうした」
「つまり……先輩がその気になれば、わたしの断末魔も見られちゃったりするんですか?」
「……」
 要が急に黙った。どことなく様子がおかしい。
「あの、先輩?」
「済まん。故意ではない」
「見ちゃったんですね……」
「済まなかった」
「いえ、まあ、それは仕方がないことなので……」
 自分の方こそ、不躾な質問をしてしまって申し訳ない限りだ。
 隣の縁台で鉄が失笑したのが分かったが、要は眉をひそめるに留まった。
「……実は、その際に不可解なことが起きた」
 コホンと咳払いをした後、要が何やら付け足すように口を開いた。
「不可解なこと?」
 首を傾げる秋乃。要は頷く。
「俺が早瀬の断末魔を見た時、早瀬の隣には堂本がいた」
「……それで?」
何も見えなかった・・・・・・・・んだ」
 束の間の空白を経て意味を呑み込むと、たちまち背筋が冷たくなった。
「早瀬の隣にいた堂本もまた、俺の能力に巻き込まれていた筈だ。にも関わらず、かつての記憶も感情も、あいつからは何一つ流れて来なかった」
 肺を鷲掴みされた心地。底なし沼に足を取られた心地。何の変哲もない周りの風景が、現実から遠のいたように感じた。
「それはそうだろうねぇ」
 鉄がしばらくぶりに会話に割り込んだ。意味深を極めたコメントに、秋乃は即座に反応した。
「鉄さん、何か知ってるんですか?」
「僕から話せることは少ないがね」
 秋乃たちの視線を受け止めつつ、鉄は微妙な間を置く。どこまで話そうかと考えているのだろうか。
 この様子では、大した情報は聞き出せそうにないか。とはいえ、ないよりはマシだ。秋乃は静かにその時を待った。
 期待し過ぎない程度に期待していた。鉄がとんでもないことを口にするまでは。
「湊君は、心が壊れている・・・・・・・
 静寂。
 秋乃も要も、何も言わなかった。言えなかったのだ。何も。
 鉄は涼しげに続けた。
「ある種の自己防衛だろうね。記憶も少々曖昧になっているようだ」
「嘘……」
「事実だよ」
 唇を震わせ、掠れた声を立てる秋乃の言葉を、鉄はぴしゃりと否定した。
「破損したファイルは開けないだろう? 要君の〈基礎能力〉が、湊君の断末魔を読み取れなかったのは、これと同じようなものさ」
 嫌な言い方をする鉄。しかし、今の秋乃・・・・にとって、それは些細な問題でしかなかった。
「早瀬……?」
 秋乃の変化の気付いた要が、微かに戸惑いを宿した声音で呼び掛けてきた。
 秋乃は無意識に伏せていた顔を上げ、曇りのない瞳で、まっすぐに鉄を見た。
破損したのなら・・・・・・・修復すれば良い・・・・・・・だけです」
 自分の中の『何か』に突き動かされて、秋乃はそう断言した。
 鉄が口角を上げる。
「……大した自信だね。まあ、止めはしないさ」
 それきり、鉄は再び沈黙した。


【間章1 End】
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