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1・キノコ発見!?
しおりを挟むあ! ほほが緩むのを止められない。
ありふれた白い皿に、ポツリと乗せられた、ただ焼いただけの、厚切りの、お肉。
飾り切りされた、彩り豊かな野菜が添えられているでもなく、きれいな模様を描くように、ソースがかけられているでもなく、
『まぁ、食べてみれば』
とでも言いたげな、愛想のない、ひと皿です。
しかし、何ともいえない、独特で豊潤な香りが立ち昇って来るのです。
このような香りのする香辛料を知りません。かすかに甘く、芳ばしい、炒った木の実のような香りです。肉自体の香りなのでしょうか? それとも何か、特別な技法で、香り付けをしてあるのでしょうか? 考えていても仕方ありません。さっそく、ナイフを入れて、ひと切れ、口にして噛みしめると、あまりの美味しさに言葉がありません。気が付けば空になった皿を、じっと見つめていました。
ふと、我に返ると、正面に座るマリが、テーブルに肘をつき、広げた手のひらに顎を乗せ、幼子を慈しむような笑顔を、私に向けているではありませんか。
マリのくせに生意気です!
私は手を伸ばし、マリの頬を摘まみ上げて問いかけます。
「マリ! これは何?」
「あ゛ばばば」
マリの頬はとても柔らかく、触り心地が良いうえに、痛がる顔が可笑しすぎて、もっと摘まんでいたいのですが、このままでは何を言っているのかサッパリ分かりませんので、まぁ、手を離してあげましょう。
「これは何ですか?」
「ふんす! お肉!」
むっきー! 当たり前の事を聞くなとばかりに、鼻を鳴らして答えるではありませんか。
マリのくせに!
「いいですか! 私は、何故、お肉が、こんなにも美味しくなったのか、それが、知りたいの、です!」
「お肉と、お塩?」
小首をかしげて答える、マリの愛らしい仕草に、笑みがこぼれそうになりますが、辛うじてこらえました。甘やかす訳にはいきません。
「マリ!」
マリを睨みつけてやりました。
「お肉と、お塩が、ちがうの!」
マリは椅子から腰を浮かせ、テーブルをパタパタ両手で叩いて猛抗議です。
「ぷんすか!」
頬をふくらませて、怒っているつもり? なのでしょうが、可愛すぎます。
「お肉とお塩が違うだけ?」
私がいぶかしげに尋ねたのにもかかわらず、マリは腕を組んで、満足そうにうなづいて答えます。
「うむ!」
うわ~何だか偉そうだ!
まぁ良いでしょう。実際に作るところを見れば分かる事です。
「マリ、質問を替えます。この料理の材料はまだありますか?」
「ある。もう、いち枚焼く?」
マリの問い掛けに、私は、間髪入れずに答えます。
「三枚! です!」
☆彡
執務室の扉が、強く、叩かれました。
『どうぞ』
ひと声かけると扉がわずかに開いて、白くて長い耳がぴょこんと覗きました。メイドのラビちゃんですね。とても可愛らしい、兎っ娘です。扉を開けて、半分だけ顔を覗かせ、恐る恐る、こちらをうかがっていますので、
『如何しました?』
ことさら、優しく問いかけました。
『ロ、ロキエル様。お忙しいところ、た、大変申し訳ございませんが……』
何事でしょう? 普段はおっとりしているラビちゃんが、落ち着かない様子です。
いやな予感がします。
私は書き物の手を止めて、席を立ち、
『立ち話も何ですから、どうぞこちらに』
と、言って、ラビちゃんを応接席に誘いました。私が長椅子に腰かけると、ラビちゃんは飛び跳ねて、なぜか、私の隣にピッタリと寄り添い、スンスンと鼻を鳴らして、うっとりとした表情をしています。
可愛すぎます。
『それで、如何したのですか?』
『えぇ、あのですね、開発室の方から、え~と、そのぅ……』
いやな確信がします。
『慌てないで、落ち着いて下さいね』
『落ち着かさせて頂いて、宜しいですか?』
『え? もちろん良いですよ?』
ラビちゃんの言っている意味か、良く分からなかったのですが、取り敢えず返事をすると、
『では、失礼します』
え~!? ラビちゃんにペロンと、舐められちゃいました。
『落ち着きました』
それは、なにより。
『ラ、ラビちゃん? そ、それで、用件は?』
もちろん、私の方が動転してしまいました。獣っ娘の生態は、摩訶不思議な謎に包まれています。本格的に生態調査をしてみたいとも思いますが、なにしろ商品開発部には、謎の塊がいますので、手が回りません。
『失礼致しました。開発室の方から異しゅ……いえ、刺激臭がしておりまして』
今、ラビちゃんは異臭と言いかけましたね?
『刺激臭? 皆に何か異変は有りませんか、体調不良の方が出たりとかは?』
『最初に気付いたウルが、顔が火照って熱があるようだ、と申して、少々具合が悪そうにしております』
大変です! ウルちゃんは狼っ娘ですから、嗅覚が並外れて鋭敏なのです。泡を食って、執務席の引き出しから小瓶を取り出し、言います。
『これをウルちゃんに』
『ロ、ロキエル様! こ、これはもしかしてエリクサーですか!』
私から受け取った小瓶の中で、七色に煌めく液体を眺めつ眇めつしながら、ラビちゃんが言いました。
『そうですよ』
『こ、こんな、貴重で高価なものを』
『気にしなくても良いです。どうせ、生意気にも私に挑んできた輩から、巻き上げた物ですから』
『そんな命知らずが、いたのですか!?』
『えぇ、それよりもラビちゃんは、すぐにウルちゃんにエリクサーを飲ませてあげて下さい。後は私が対処しましょう』
『はい! ありがとうございます』
ラビちゃんと別れて、急ぎ、開発室へと向かうと、手前の曲がり角にメイドさんが三人、お尻を放り出すようにして重なり合って、様子を伺っていました。仕方のない娘たちです。
お尻……揉んじゃいましょう! あ、残念、気付かれたようです。
『ロキエル様!』
口々に状況を申し立てるのを押しとどめます。はい、はい、引っ張らない。誰ですか、どさくさに紛れて、お乳を揉む娘は。
『大丈夫ですよ。事態はすべて把握していますので、皆さんは心配せずに業務に励んで下さい』
『はい、かしこまりました』
皆さん、優雅に一礼して、この場を去って行きましたが、事態を把握しているというのは嘘ではありません。それはもう、執務室を出た瞬間に、すべて理解しています。
開発室の扉を叩くも返事がありません、手を掛けると、鍵はかかっていないようですので、
「マリ、はいりますよ」
と、日本語で、ひと声かけて、扉を開けました。
キノコがいました。
萌黄色の調理服、同色のキャスケットは、マリのふわふわの黒髪を纏めた上から被っているせいでしょう、ぽっこり膨らんでいるのです。その頭が右に左に、ゆらゆら、ふらふら。
あわてて扉を閉めて、尻餅をついて、座り込んでしまいました。あれれ? 私、笑っています。私が笑うなんて、いったい、いつ以来の……?
何だか楽しいです……とても。
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