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28・渾然一体、疾風怒濤の、如く。

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『あぁ、マリさんに差し上げました』

 何をこともなげに、魔王様は仰っているのでしょうか。

『小瓶が欲しいと仰ったので、どのようなものが宜しいのか伺ったところ、出来れば、綺麗で透明で丈夫な物が良いとの事で』

 確かに透明ですし、綺麗さと、丈夫さでは、この世に比類なき物ではあります。

『そんな事より、この「ピメントオイル」は、どのように使えば宜しいのですか?』

 まぁ、魔王様の隣で硬直している給仕長と違って、お宝の価値など、どーでも良いです。それよりも、小瓶の中身の方が気になります。どうやら、オリーブオイルに赤唐辛子ピメントを漬け込んだ……あぁ、例の観葉植物ですね。赤唐辛子も赤茄子トマトと同じで、異世界こちらでは、食材として見なしていないのですね。

『ロキエル。それだよ。さっき気付かなかったのか、って言っただろ、マリお手製のタバスコみたいなもんだな、赤唐辛子なんて、こっちで初めて見たぞ。俺は辛い物大好きだから、すげぇ楽しみだ』

 勇者は私に輪をかけて、クリスタルの小瓶の価値など、歯牙にもかけてはいません。中身の方に、興味津々のようです。

『私もです。勇者、ちょっと試してみて下さい』

『おう、任せとけ』

 マリが作った物ですから、もちろん信頼はしていますが、こちらの赤唐辛子が、もの凄く辛い可能性があります。念の為、勇者に試させてみましょう。あ~あ、あんなにいっぱい掛けて、こちらの物が、どれぐらい辛いかも分からないのに。ほ~ら、言わんこっちゃない、勇者は眉根を寄せて、慌ててエールを一気飲みしています。

『ロキエル、これ旨いぞ!』

 へ? ところが、私の案に相違して、勇者が意外な事を言い出しました。

『何よ勇者、美味いって。辛いじゃないの?』

『良いから、掛けてみろよ』

 半信半疑の、疑い寄りで、小瓶に鼻を近付けると、確かにツンとくる刺激臭の後から、オリーブオイルの香りに混じって、少し甘酢っぱい果実と香草の複雑な香りがします。辛すぎるなどという気持ちは、吹き飛んでしまいました。早速、アンチョビとニンニクのピザに、たっぷりと掛け回して、口に含み、噛みしめると……はぁ~あ、これはエール無しでは食べられません。私もエールを一気です。正直言って、ピザのお味は凄く美味しいのですが、想像以上でも以下でも無いのは確かです。
 ところが、マリお手製ピメントオイルを掛け回して食べると、その表情を一変させました。

 何が違う? 

 とにかく、味わいが複雑です。オリーブを握り締めて絞り出したような、荒々しくも鮮烈そのもの、わずかな苦味と、果実の持つ優しい甘味のあるオイルを基調にして、赤唐辛子の刺激的な辛味、柑橘系の果実の爽やかな酸味、幾種類もの香草が、互いを高め合って織りなす香り。
 それが、ピザソースの旨味やら、チーズのコクやら、アンチョビの塩味やら、ありとあらゆるものが、渾然一体となって押し寄せて来るのですからたまりません。

『給仕長、エールのお替わり……』

 給仕長は私のジョッキを奪い取るようにして、エールを注いでくれましたが……眼が、怖すぎです。

『ロキエル様、私にも』『ロキエルさん、私にも』

 給仕長と魔王様の言葉が、見事に被りました。
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