29 / 45
28・渾然一体、疾風怒濤の、如く。
しおりを挟む『あぁ、マリさんに差し上げました』
何をこともなげに、魔王様は仰っているのでしょうか。
『小瓶が欲しいと仰ったので、どのようなものが宜しいのか伺ったところ、出来れば、綺麗で透明で丈夫な物が良いとの事で』
確かに透明ですし、綺麗さと、丈夫さでは、この世に比類なき物ではあります。
『そんな事より、この「ピメントオイル」は、どのように使えば宜しいのですか?』
まぁ、魔王様の隣で硬直している給仕長と違って、お宝の価値など、どーでも良いです。それよりも、小瓶の中身の方が気になります。どうやら、オリーブオイルに赤唐辛子を漬け込んだ……あぁ、例の観葉植物ですね。赤唐辛子も赤茄子と同じで、異世界では、食材として見なしていないのですね。
『ロキエル。それだよ。さっき気付かなかったのか、って言っただろ、マリお手製のタバスコみたいなもんだな、赤唐辛子なんて、こっちで初めて見たぞ。俺は辛い物大好きだから、すげぇ楽しみだ』
勇者は私に輪をかけて、クリスタルの小瓶の価値など、歯牙にもかけてはいません。中身の方に、興味津々のようです。
『私もです。勇者、ちょっと試してみて下さい』
『おう、任せとけ』
マリが作った物ですから、もちろん信頼はしていますが、こちらの赤唐辛子が、もの凄く辛い可能性があります。念の為、勇者に試させてみましょう。あ~あ、あんなにいっぱい掛けて、こちらの物が、どれぐらい辛いかも分からないのに。ほ~ら、言わんこっちゃない、勇者は眉根を寄せて、慌ててエールを一気飲みしています。
『ロキエル、これ旨いぞ!』
へ? ところが、私の案に相違して、勇者が意外な事を言い出しました。
『何よ勇者、美味いって。辛いじゃないの?』
『良いから、掛けてみろよ』
半信半疑の、疑い寄りで、小瓶に鼻を近付けると、確かにツンとくる刺激臭の後から、オリーブオイルの香りに混じって、少し甘酢っぱい果実と香草の複雑な香りがします。辛すぎるなどという気持ちは、吹き飛んでしまいました。早速、アンチョビとニンニクのピザに、たっぷりと掛け回して、口に含み、噛みしめると……はぁ~あ、これはエール無しでは食べられません。私もエールを一気です。正直言って、ピザのお味は凄く美味しいのですが、想像以上でも以下でも無いのは確かです。
ところが、マリお手製ピメントオイルを掛け回して食べると、その表情を一変させました。
何が違う?
とにかく、味わいが複雑です。オリーブを握り締めて絞り出したような、荒々しくも鮮烈そのもの、わずかな苦味と、果実の持つ優しい甘味のあるオイルを基調にして、赤唐辛子の刺激的な辛味、柑橘系の果実の爽やかな酸味、幾種類もの香草が、互いを高め合って織りなす香り。
それが、ピザソースの旨味やら、チーズのコクやら、アンチョビの塩味やら、ありとあらゆるものが、渾然一体となって押し寄せて来るのですからたまりません。
『給仕長、エールのお替わり……』
給仕長は私のジョッキを奪い取るようにして、エールを注いでくれましたが……眼が、怖すぎです。
『ロキエル様、私にも』『ロキエルさん、私にも』
給仕長と魔王様の言葉が、見事に被りました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
63
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる