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48・無限なる宇宙。

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「よ~し、マリのチョットいいとこ、みしちゃる!」

 もう、おだてられると直ぐ調子に乗るんですから、この娘は。

 ところが、マリの能力を十二分に知り尽くしている、と、思い込んでいただけだという事に気付かされたのです。

 マリは焜炉に岩塩プレートと、手鍋を三つほど掛け、それぞれにブイヨンと白絞油を注ぎ込み、オリーブオイルを一たらししたりすると、ペティナイフを手にして、無造作に野菜を何種類か選んで切り出します。すると、瞬く間に、まるで芸術作品のような意匠の施された、見事な造形の野菜が出来上がります。それらを、岩塩プレートに乗せ、それぞれの鍋に入れ、焼く、煮る、揚げる、炒めるを同時に行ったかと思うと、麻布に包んで常温に戻しておいたドライエイジングの牛肉を切り出し、岩塩プレートの上に乗せます。

『ロキ!? マリは一体何をしているの? お野菜に何をしたの? 何なのこのお肉の香りは? 何のお肉なの?』

 ココ様が矢継ぎ早に疑問を投げかけて来ました。
 私は答える気も起きず、ただ黙ってマリの姿態を食い入る様に見詰めていました。

 マリは作業台の上に温熱棚ウオーマーから取り出した大き目の白い皿を並べると、順次出来上がった野菜を並べて行き、最後に焜炉にかけた大きなフライパンに、岩塩プレートで焼いていたお肉を乗せると、ブランデーを掛け回し青白き炎を燃え上がらせ、フライパンの中でお肉を一口大に切り分けてから、皿の上に乗せ、滲み出た肉汁とブランデーを絡め合わせ煮詰めてソースにして、スプーンで掬い取り、皿の上に弧を描く様にして掛け回し、ほんの少量の生クリームをたらしました。

 マリの動作には一片の淀みもありませんでした。

 すべての作業工程にかかる時間が、計算されつくしていたとしか思えません。
 ラビちゃんとウルちゃん、もちろん彼女たちは、この短期間で素晴らしい技量を身につけてはいます。しかし、マリに迫る勢いだなどと思ってしまった、私が浅はか過ぎました。思い違いもはなはだしいとはこの事です。技量の差、格の違いをまざまざと見せつけられてしまったようで、言葉もありません。
 
 マリがお料理をテーブルに運んできてくれて、

『サクヒンメイ、ハ、ヨゾラ!』

 二ヤニヤしながら冗談半分に言ったのでしょうが、その言葉をマリが口にした途端、漆黒のソースにポツポツとたらされた生クリームが、夜空に浮かぶ星の如く、輝き始めたかのように見えたのだから、不思議です。
 作業工程の圧倒的な速さのみならず、色とりどりの艶やかなお野菜に彩られたステーキの、見た目の美しさが尋常ではありません。試食会の時にマリが作ったお野菜のピュレも完成された美しさでしたが、比較になりません。この盛り付けの美しさを真似できる者など、この世界に居る筈もありません。

『ねぇ、ロキ。コレ、食べて良い物なの?』

 ココ様が私の腕を掴んで揺さぶりながら、そう仰るのも無理かなぬ事です。

『ほお~っ』

 魔王様でさえ、あの図々しさの塊のような勇者でさえ、あまりの美しさに感心のため息をつき、お料理に手を出しかねています。

『サメネー、ウチニ、クライヤガレ!』

 マリの一言に背を押されるように、お料理を口にします。

 …………美味すぎます!
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