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5話
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第五話「消えゆく声と描かれぬ感謝状」
闇夜の静けさを切り裂くように、リーリはペンを手に震えていた。その手は小刻みに震え、彼女の内心の不安を反映していた。目の前には古びた石板が立ちはだかる。それは、光の遺跡への入口であり、そこに浮かび上がる文字は、今は失われた言語で刻まれているようだった。
「この試練を乗り越えることで、真の感謝の力を得る。」
その一文だけがかろうじて解読できた。しかし、続く一節には奇妙な空白があり、読むことは叶わなかった。
「どういうことだ……?」
カインが眉間に皺を寄せる。彼の声には苛立ちがにじんでいる。
アルベルは一歩前に出て、石板に手を触れた。彼の瞳は深い思索に沈んでいる。
「この言葉は、単なる案内ではない。この試練に挑む者の心そのものを試しているのだ。」
リーリは息を呑んだ。心を試す――それは、自分の中の恐れや迷いを暴き出されることを意味している。
「では、どうすれば進めるの?」
リーリが震える声で尋ねた。
アルベルはゆっくりと振り返り、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
「感謝状を書け。それが、最初の扉を開く鍵だ。」
「感謝状……。」
リーリは自分のペンを握りしめた。しかし、何を書くべきか、どのような言葉を紡げばいいのか全くわからなかった。
その時、突然、頭の中に不思議な声が響いた。
「お前が書く感謝など偽りだ――。」
声の主は見えない。それでも、その冷ややかな響きは彼女の心を締め付けた。
「誰……?」
リーリは周囲を見渡したが、森も、焚き火の光も、次第に彼女の視界から消え去っていく。
カインが何か叫んでいるようだったが、その声も遠く霞んで聞こえる。
リーリは、闇の中に一人取り残された。
そこに現れたのは、彼女自身の幻影だった。幼いころのリーリが、彼女をじっと見つめている。
「あなたは感謝なんて知らない。人に優しくされたこともないのに、どうしてそれを他人に与えられるの?」
その言葉は鋭い刃のように、リーリの胸に突き刺さる。確かに、彼女は小さな村で孤独を味わい、誰かに心から感謝を伝えるような経験はほとんどなかった。
「だからこそ書くのだ。」
リーリは、胸の中から湧き上がるかすかな声に耳を傾けた。
「誰かに感謝された記憶がないなら、自分がそれを始めるんだ。」
幻影は消え、闇が晴れると、目の前には再び石板が立ちはだかっていた。
彼女は静かにペンを持ち、石板の上に感謝状を書き始めた。
「ありがとう。私を守り、一緒にいてくれて……ありがとう。」
その言葉は、今は亡き母へのものであった。ぼんやりとした記憶の中で、母が優しく微笑む姿が浮かび上がる。
すると、石板が淡く光を放ち始めた。
次の扉がゆっくりと開かれる――。
カインとアルベルが駆け寄る。
「やったな、リーリ!」
リーリは涙を拭いながら、小さく微笑んだ。
「うん……少し、わかった気がする。感謝の意味が。」
しかし、扉の向こうに広がる光景は予想を裏切るものだった。広がる荒廃した空間と、そこに倒れ伏した数々の感謝状。
アルベルは険しい顔で呟いた。
「これは……過去の挑戦者たちの失敗の記録だ。」
その言葉に、三人は静かに息を呑んだ。果たして彼らは、この試練を乗り越えることができるのか――。
(続く)
闇夜の静けさを切り裂くように、リーリはペンを手に震えていた。その手は小刻みに震え、彼女の内心の不安を反映していた。目の前には古びた石板が立ちはだかる。それは、光の遺跡への入口であり、そこに浮かび上がる文字は、今は失われた言語で刻まれているようだった。
「この試練を乗り越えることで、真の感謝の力を得る。」
その一文だけがかろうじて解読できた。しかし、続く一節には奇妙な空白があり、読むことは叶わなかった。
「どういうことだ……?」
カインが眉間に皺を寄せる。彼の声には苛立ちがにじんでいる。
アルベルは一歩前に出て、石板に手を触れた。彼の瞳は深い思索に沈んでいる。
「この言葉は、単なる案内ではない。この試練に挑む者の心そのものを試しているのだ。」
リーリは息を呑んだ。心を試す――それは、自分の中の恐れや迷いを暴き出されることを意味している。
「では、どうすれば進めるの?」
リーリが震える声で尋ねた。
アルベルはゆっくりと振り返り、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
「感謝状を書け。それが、最初の扉を開く鍵だ。」
「感謝状……。」
リーリは自分のペンを握りしめた。しかし、何を書くべきか、どのような言葉を紡げばいいのか全くわからなかった。
その時、突然、頭の中に不思議な声が響いた。
「お前が書く感謝など偽りだ――。」
声の主は見えない。それでも、その冷ややかな響きは彼女の心を締め付けた。
「誰……?」
リーリは周囲を見渡したが、森も、焚き火の光も、次第に彼女の視界から消え去っていく。
カインが何か叫んでいるようだったが、その声も遠く霞んで聞こえる。
リーリは、闇の中に一人取り残された。
そこに現れたのは、彼女自身の幻影だった。幼いころのリーリが、彼女をじっと見つめている。
「あなたは感謝なんて知らない。人に優しくされたこともないのに、どうしてそれを他人に与えられるの?」
その言葉は鋭い刃のように、リーリの胸に突き刺さる。確かに、彼女は小さな村で孤独を味わい、誰かに心から感謝を伝えるような経験はほとんどなかった。
「だからこそ書くのだ。」
リーリは、胸の中から湧き上がるかすかな声に耳を傾けた。
「誰かに感謝された記憶がないなら、自分がそれを始めるんだ。」
幻影は消え、闇が晴れると、目の前には再び石板が立ちはだかっていた。
彼女は静かにペンを持ち、石板の上に感謝状を書き始めた。
「ありがとう。私を守り、一緒にいてくれて……ありがとう。」
その言葉は、今は亡き母へのものであった。ぼんやりとした記憶の中で、母が優しく微笑む姿が浮かび上がる。
すると、石板が淡く光を放ち始めた。
次の扉がゆっくりと開かれる――。
カインとアルベルが駆け寄る。
「やったな、リーリ!」
リーリは涙を拭いながら、小さく微笑んだ。
「うん……少し、わかった気がする。感謝の意味が。」
しかし、扉の向こうに広がる光景は予想を裏切るものだった。広がる荒廃した空間と、そこに倒れ伏した数々の感謝状。
アルベルは険しい顔で呟いた。
「これは……過去の挑戦者たちの失敗の記録だ。」
その言葉に、三人は静かに息を呑んだ。果たして彼らは、この試練を乗り越えることができるのか――。
(続く)
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