ねがいごとはなんですか?

神楽 凛

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14.目が覚めると

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(ここは……?)

 独特な消毒薬のにおいがする。重い瞼を開けてゆっくり視線を動かすと、カーテンで囲われたベッドの上にいた。病院だろうか。
 起き上がろうと頭を上げた瞬間、後頭部に激痛が走る。

(いたっ)

 そっと触れると、たんこぶらしきものがある。

(そっか……あのまま私……)

 友達の下敷きになって頭を強く打ち、気を失ってしまったらしい。騒ぎになっただろうなと思うと少し恥ずかしい。

(それと……)

 最後に見た先生の顔が脳裏に浮かぶ。生徒が倒れて病院に運ばれるとか最悪だよね。先生にまた迷惑をかけてしまった。
 自己嫌悪に陥っていると、カーテンの外で慌ただしい足音とともに声が聞こえた。

「はぁ……はぁ……七瀬葵の、母です」

 急いで来てくれたのだろう。母の呼吸が荒い。

「お──」

 『お母さん』そう声をかけようとして口を噤む。すぐ近くで物音がしたからだ。

(他に誰かいるのかな?)

「あの……娘は? うちの葵は、大丈夫でしょうか?」

 母が心配そうに『誰か』に聞いている。

「検査結果に以上はなかったそうです」

(…………今の声って)

 顔を見なくてもわかる。
 好きな人の声だから。

「まだ葵さんは目を覚まされていませんが、目が覚めたら今日は帰られて良いようです。詳しい事は、後で直接医師の方から話しがあると思います」
「そうですか……うちの娘が、大変ご迷惑おかけしま──」
「いえ、謝るのはこちらの方です。検査結果に問題がなかったとはいえ、葵さんに怪我を負わせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」

 母の言葉を遮って謝罪の言葉を告げる先生の声が、どこか震えていた気がした。

「先生、頭を上げてください?」

「うちの娘は、おっちょこちょいというか……どこか抜けてる所がありましてね? 話しを聞くと、余所見をしていたらしいじゃないですか。特に問題もなかったようですし、もう気になさらないで下さい」

 母が申し訳なさそうに話す。
 実際母の言う通りで先生は何も悪くない。
 それでも教師として先生自身、許せない何かがあるのか。

「ですが──」

 と、言いかけた時。

「七瀬さんのお母様ですか?」

 女の人の声が聞こえた。おそらく看護師だろう。

「医師から検査結果についてお話がありますので、来て頂けますか?」
「はい……でも、あの……」

 母が言葉につまる。

「大丈夫ですよ。よければお母さんが戻ってくるまで、僕がついていますから」
「いいんですか?」
「もちろんです」
「助かります……もう少しの間、娘のことお願いしますね」

 話しかけるタイミングを掴めないまま、母の足音が離れていく。
 自分の不注意でこんなことになったのに、病院の付き添いまでしてもらって、どれだけ先生に迷惑をかけているのかわからない。

(とにかく今は、もう大丈夫だと伝えて先生に謝ろう)

 深呼吸をして、カーテン越しに声をかける。

「先生」
「……っ、七瀬?」

 椅子に座っていたのか、先生が立ったはずみで椅子が倒れてガタンと大きめの音が鳴った。

「わりぃ……具合は、大丈夫か?」
「は、はい」
「そうか……よかった」
「あの……先生、迷惑かけてごめんなさい! 私が見てなかったのが悪いのに、義務だからって先生に付き添いまでさせちゃって……本当にごめんなさい!」

 勢いよく言葉を言い切って、先生に見えなくても頭を下げる。

「もう一人で──」
「……っか…ろう」

 大丈夫だからと言おうとしたら、途切れ途切れに声が聞こえてきて思わず聞き返す。

「え……?」
「馬鹿野郎!」

 突然、先生が室内に響き渡るくらいの声を張り上げた。

「義務とか関係ねぇよ! 迷惑かけられたなんて欠片も思ってねぇ! 心配するに決まってるだろう! 傍にいるのなんて当たり前じゃねぇか! 目の前でお前が倒れてこのままっ……目が、覚めなかったら……俺はっ……」

 先生が声を詰まらせながら、口にする。

「本当に……無事で良かった……」 

 先生の言葉は私の考えていたことを否定するものばかりで。予想もしなかった言葉の数々に、頭が追いつかず何も言えずにいると、母が戻ってきた足音がした。

「先生、遅くなりました」
「いえ、大丈夫です。先ほど葵さんが目を覚まされましたので、僕はこれで……」
「そうですか! あら、葵ったらカーテンも開けないで、いやぁねぇ……」
「お気になさらないで下さい。話もさせてもらったので……元気そうで安心しました」
「色々、ありがとうございました。お礼はまた後日させて頂きますね」
「僕が好きでしたことですから。そちらも気になさらないで下さい」

 遠ざかっていく先生の足音が聞こえるのとほぼ同じくして、目の前のカーテンが開かれた。

「こーら!」
「おかあさん……」
「もう、あんたったら心配ばかりかけて……」
「……ごめんなさい」
「軽い脳震盪起こしたみたいだし、しばらく学校休みなさいって」
「ん、わかった」

 ベッドから降りようとして足元に目をやると、母が左右バラバラの靴下を履いていた。しかも、襟元が伸びたTシャツを着ている。
 知らせを受けて、着替える時間も惜しんで来てくれたのだろう。
 嬉しくて母の腕に絡みつく。

「お母さん、ありがとう」
「あらあら。先生にもちゃんとお礼言わないとね」
「……うん」

 先生の言葉を思い出せば、本気で心配してくれていたことがよくわかる。
 だから──

(『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だよね)
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