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31.あと7ヶ月って短くはないよね
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夏休みが終わり、新学期が始まった。
地獄と思っていたあの坂が、平坦な道に思えるくらい朝から気分が高揚していた私は、軽快な足取りで学校へ向かっていた。
通話は毎日していたとはいえ、先生と顔を合わせるのは花火大会の日以来だから、会えるのが楽しみで仕方がなかった。
懸念が一つだけあるけれど──
『普通でいいって、普通で』
「それは分かってるけど……」
『大体他の生徒なんて、俺のこと先生と思ってるかも怪しいぐらい遠慮ない態度だぞ?』
「まぁ敬語はいいとしても、顔に出ないか心配なんだよね。先生見たらにやけちゃいそうで……」
『…………それは俺も危ねぇな』
「あ、鈴も先生の方がやばそうって言ってた」
『アイツ……成績下げてやるかな』
「もー、先生ってば」
『冗談だよ、冗談』
「でも、バレたら元も子もないから今まで通り振る舞えるよう頑張る」
『あぁ、そうだな』
昨日、電話で先生と話して覚悟は決めた。
(ただ、今まで通りっていつもどう接していたっけ)
下駄箱で靴を履き替えながらふと思う。
最近の自分の行動を思い出してみれば、先生に猛烈アプローチしたり、急に避け出したり、正直いって全く参考にならない。
とはいえ、本来会いに行こうとしない限り、体育教師である先生と授業以外で会うことはほとんどないはずだ。現にこれまで偶然廊下ですれ違ったことは、片手で足りるぐらい少ない。
(会いにいかないのが一番自然なんだろうけど……)
やっぱり会いたいし、話したい。
(折を見てちょっと会いに行くぐらいなら、大丈夫だよね)
よし、と顔を上げた瞬間、視線の先に先生がいて心臓が飛び跳ねる。こんな所で会えると思ってもいなかったから、完全に油断していた。
背中をこちらに向けて他の先生と話しているから、私には気づいてなさそうだ。先生の後ろ髪が少しハネているのは寝ぐせだろうか。
(……可愛い)
思わず顔が綻んでしまい、はっとする。
ここが生徒玄関だと忘れる所だった。深呼吸をして気を引き締め、足を踏み出す。多数の生徒が通りすがりに挨拶をしていたので、私もそれに倣うことにした。
(普通に挨拶すればいいよね、普通に)
「じゃあ、根岸先生が来られたらそのように伝えてください」
「分か──」
「おはようございます」
頭を軽く下げながら挨拶を口にして通り過ぎようとすると、先生が勢いよくこちらを振り返ってきて。
「やべ」
驚いたのも束の間、私を見た瞬間に片手で口元を押さえながら小声でそう呟いた。
おそらく無意識に振り返ってしまったのだろう。けれど、たくさんの生徒が挨拶していた中で、私が挨拶した途端に振り向くなんて、声で私だと気づいたとしか考えられない。
(確かに、声でわかるよって言ってたけど!)
その行為すべてが、先生にとって自分は特別なのだと言われているようで、顔が熱くなる。
「倉田先生、どうかされましたか?」
先生と会話をしていた先生が、そう声を掛けた直後のことだった。
──キーンコーン
校内にチャイム音が響き渡る。
「やば、早く教室入らないと!」
「いそげいそげ~」
つい先程まで穏やかだった空間が、一気に騒がしくなる。
ふと先生と目が合うと、眉尻を下げながら『悪い』と小さく口が動いていて、私はそれに微笑んで応えると、周囲の流れに乗じて足早にその場を後にした。
教室へ入った後も、しばらくの間心臓がうるさかった。いきなりこんな調子で、卒業まで大丈夫なのだろうか。
(あと7ヶ月なのだから、やっぱり我慢した方がいいのかなぁ)
結局行き着く問題はそこだ。だけど7ヶ月は決して短くはないし、その間電話でしかロクに話が出来ないなんて、正直寂しい。
(付き合えるだけで幸せだって思ってたのに)
どんどん欲張りになっていく自分がいる。
地獄と思っていたあの坂が、平坦な道に思えるくらい朝から気分が高揚していた私は、軽快な足取りで学校へ向かっていた。
通話は毎日していたとはいえ、先生と顔を合わせるのは花火大会の日以来だから、会えるのが楽しみで仕方がなかった。
懸念が一つだけあるけれど──
『普通でいいって、普通で』
「それは分かってるけど……」
『大体他の生徒なんて、俺のこと先生と思ってるかも怪しいぐらい遠慮ない態度だぞ?』
「まぁ敬語はいいとしても、顔に出ないか心配なんだよね。先生見たらにやけちゃいそうで……」
『…………それは俺も危ねぇな』
「あ、鈴も先生の方がやばそうって言ってた」
『アイツ……成績下げてやるかな』
「もー、先生ってば」
『冗談だよ、冗談』
「でも、バレたら元も子もないから今まで通り振る舞えるよう頑張る」
『あぁ、そうだな』
昨日、電話で先生と話して覚悟は決めた。
(ただ、今まで通りっていつもどう接していたっけ)
下駄箱で靴を履き替えながらふと思う。
最近の自分の行動を思い出してみれば、先生に猛烈アプローチしたり、急に避け出したり、正直いって全く参考にならない。
とはいえ、本来会いに行こうとしない限り、体育教師である先生と授業以外で会うことはほとんどないはずだ。現にこれまで偶然廊下ですれ違ったことは、片手で足りるぐらい少ない。
(会いにいかないのが一番自然なんだろうけど……)
やっぱり会いたいし、話したい。
(折を見てちょっと会いに行くぐらいなら、大丈夫だよね)
よし、と顔を上げた瞬間、視線の先に先生がいて心臓が飛び跳ねる。こんな所で会えると思ってもいなかったから、完全に油断していた。
背中をこちらに向けて他の先生と話しているから、私には気づいてなさそうだ。先生の後ろ髪が少しハネているのは寝ぐせだろうか。
(……可愛い)
思わず顔が綻んでしまい、はっとする。
ここが生徒玄関だと忘れる所だった。深呼吸をして気を引き締め、足を踏み出す。多数の生徒が通りすがりに挨拶をしていたので、私もそれに倣うことにした。
(普通に挨拶すればいいよね、普通に)
「じゃあ、根岸先生が来られたらそのように伝えてください」
「分か──」
「おはようございます」
頭を軽く下げながら挨拶を口にして通り過ぎようとすると、先生が勢いよくこちらを振り返ってきて。
「やべ」
驚いたのも束の間、私を見た瞬間に片手で口元を押さえながら小声でそう呟いた。
おそらく無意識に振り返ってしまったのだろう。けれど、たくさんの生徒が挨拶していた中で、私が挨拶した途端に振り向くなんて、声で私だと気づいたとしか考えられない。
(確かに、声でわかるよって言ってたけど!)
その行為すべてが、先生にとって自分は特別なのだと言われているようで、顔が熱くなる。
「倉田先生、どうかされましたか?」
先生と会話をしていた先生が、そう声を掛けた直後のことだった。
──キーンコーン
校内にチャイム音が響き渡る。
「やば、早く教室入らないと!」
「いそげいそげ~」
つい先程まで穏やかだった空間が、一気に騒がしくなる。
ふと先生と目が合うと、眉尻を下げながら『悪い』と小さく口が動いていて、私はそれに微笑んで応えると、周囲の流れに乗じて足早にその場を後にした。
教室へ入った後も、しばらくの間心臓がうるさかった。いきなりこんな調子で、卒業まで大丈夫なのだろうか。
(あと7ヶ月なのだから、やっぱり我慢した方がいいのかなぁ)
結局行き着く問題はそこだ。だけど7ヶ月は決して短くはないし、その間電話でしかロクに話が出来ないなんて、正直寂しい。
(付き合えるだけで幸せだって思ってたのに)
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