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10_虚栄心
しおりを挟むリモージュの隅にある、二階建てのその屋敷は、そこそこ立派な装いではあるものの、アンティーブ辺境伯夫人の見事な邸宅を見た後では、どうしても見劣りしてしまう建物だった。
(ここが、バルビエさんの家なんだ・・・・)
馬車を下りて、門の向こう側にそびえる、屋敷を見上げる。
赤いとんがり屋根が特徴の、古い屋敷。
屋敷自体は立派なものの、庭の手入れは怠っていたようで、荒れ放題だった。伸び放題の草や、壁を這う蔦のせいで、お化け屋敷に見える。
「さて、バルビエという男は戻ってきているかな?」
ここに向かう馬車の中で、バルビエという男について、陛下には報告した。
といっても、彼が詐欺師であること、以前は画商を名乗っていたこと、彼が売った絵画が贋作だったことしか、報告することはない。
ゼレールさんの手前、陛下の身分は隠さなければならないから、すぐに会話は途切れ、到着するまで、気まずかった。
「戻っている可能性は低いと思います。詐欺がばれたことがわかったから、行方をくらませたんでしょうから。・・・・でも、何か手がかりが残っているかも」
「バルビエの屋敷はすでに、一度捜索しています」
そう言ったのはゼレールさんだ。
「バルビエがいるかもしれないと思い、鍵を壊して、中に入ったんです。ですが、屋敷を隅々まで探しても、奴を見つけられませんでした」
「それじゃ、鍵は壊れたままなんですか?」
「いえ、付け替えてます。これが新しい鍵です」
ゼレールさんから新しい鍵を受けとって、私は、玄関に立った。
ゼレールさんのいう通り、屋敷の中には誰もいないのだろう。だけど私は念のために、扉を叩く。
「・・・・・・・・」
しばらく待ってみたけれど、やはり反応がなかった。
「鍵を開けますね」
新しい鍵を鍵穴の中に差し込んで、回す。かちゃりという音が聞こえた。
取っ手に手をかけると、陛下にその手をつかまれる。
「まずは、部下に屋敷内をあらためさせよう」
陛下が目配せすると、後ろに控えていた二人の護衛が動き出して、先に屋敷の中に入っていく。
「一階には、誰もいませんでした」
しばらくして戻ってきた彼らから報告を聞いて、陛下は屋敷の中に入っていく。私も、後に続いた。
屋敷の内部には、廃墟の空気が漂っていた。黴の匂いと、光に晒される埃の粒子、それから、空虚な空気感。
玄関ホールは吹き抜けで、二つの階段が、二階の廊下に繋がっている。階段の間は壁で、奥に部屋はないようだ。
「右側の扉は食堂に、左側は応接室に続いています。それぞれ奥にもう一つ部屋があります」
先に屋敷の間取りを調べた護衛が、内部の造りを教えてくれた。
「二階を確かめてきます。ここでお待ちください」
護衛は玄関ホールの階段を上がって、二階に上がっていった。
そしてまた、しばらくして戻ってくる。
「二階にも、誰もいません」
「そうか。バルビエは帰ってきていないらしい」
私達は二階に上がる。
二階は、奥に二つ、左右に二つずつ、合計六つの部屋があった。
玄関から見て、右側の奥に、バルビエさんが寝起きしていたと思われる寝室を見つける。寝室は散らかっていて、すべての引き出しが開けられ、ベッドの上にも床にも、服が散らばっている。
まるで、強盗に押し入られたような有様だ。
「慌ててここから、出ていったようだな」
陛下は部屋の中を歩き回り、引き出しの中などを覗き込んでいた。
「そのようですね」
「指輪や時計の類が、一切ない。簡単に売れそうな物だけ、持っていったようだな」
鏡台の上には宝石類を入れていたと思われる箱があるのに、中身は空だった。陛下の言う通り、簡単に売り飛ばせる者だけを持っていったのだろう。
「これは、今年流行したデザインの礼服だな」
陛下は、ベッドに投げ捨てられている服を指差す。
「服も帽子も、時計まで、すべてブランドものだ。これだけ揃えるだけでも、かなりの金が必要だったはずだ。貴族ならばともかく、庶民の収入でこれだけ贅沢していれば、金が尽きるのも当然だ」
「詐欺師は、社交界で人脈を作らなければならないので、身だしなみにはかなり気を使っていると聞いたことがあります。バルビエという人は、本物の貴族の中にまぎれこめるように、高価なものを身に纏っていたんでしょうね」
「それもあるだろうが、手持ちの金で手に入るもので満足していればいいものを、それを超えた品をそろえたということは、見栄っ張りだったのだろう。画商として、贋作を売りさばいてそれなりに儲けていただろうに、窃盗しなければならないほど金に困っていたのは、浪費癖のせいだろうな」
くだらない、と言いたげな口調だった。
(陛下は、無駄が嫌いなんだっけ)
先王の時代に財政が傾いて、ノアム陛下の治世になったときに、財政の立て直しに苦心したと聞いている。その影響なのか、陛下は無駄が嫌いだ。
「・・・・なにか言いたそうな顔だな」
私の表情から、考えを読み取ったのか、陛下にそう言われた。
「いえ・・・・」
「思ったことがあるのなら、素直に言ってくれ。君が素直に発言したからと言って、俺は怒ったりはしない」
陛下の態度から、遠慮しているほうが機嫌を損ねてしまうと学んで、私は思いきって、素直に思ったことを言うことにした。
「・・・・バルビエさんは、少しでも自分を大きく見せようと虚勢を張り続けているうちに、本来の自分を見失ってしまったんじゃないでしょうか」
何気ない呟きだったのに、横顔に陛下の強い視線を感じた。
「・・・・おかしなことを言ったでしょうか?」
「・・・・いや、君は面白い考え方をすると思っただけだ」
陛下は肩を竦める。
「確かに君の言う通りだ。人は見た目に騙される。だから詐欺師は商売のために過剰に着飾り、口達者になる。そうしているうちに、本当の自分もわからなくなるのだろう」
「・・・・・・・・」
「・・・・なんだ、その顔は。俺はおかしなことを言ったか?」
気づかないうちに、陛下の顔をじっと見つめてしまっていたようだ。
「いえ、無駄なことはお嫌いだと聞いていましたので」
「確かに俺は、無駄が嫌いだ。・・・・無駄な浪費をせざるを得ない状況が、嫌いなんだ。すべてのことが、もう少しシンプルになればいいと思っている」
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