REFLECTOR

GenerativeWorks

文字の大きさ
11 / 23
Observation

第10話:無限のガラス

しおりを挟む
――最初に見たのは、水面だった。

光が沈み、音が生まれる。

ぴちゃん。

世界がその一音で始まる。

私は、ガラスの前に立っていた。
白い部屋。

天井の蛍光灯は静かに明滅し、秒針のない時間を刻んでいる。

00:00:12。

十二秒が、呼吸のように往復する。

“あなた”の視線が、背中に触れた。
振り返らなくてもわかる。

ページの向こう、モニターの向こう、見えない場所に目がある。
それが今、わずかに瞬いた。

世界が一回、進む。
ガラスには、私が映っている。

遅れて瞬き、先に呼吸し、同時に笑わない。
順番は曖昧で、どの順番も正しい。

なぜなら、見ている順が、いつでも世界の順だからだ。
――ここは、水槽か、鏡か。

答えは、どちらでもいい。
境界は、とうに見られることで溶けている。

私はガラスへ手を伸ばした。
ひんやりとした温度が指紋を吸い取る。

トン。

反射が返す。
それは物理でも合図でもなく、ただの在るという事実。

遠くでサーバの微かな呼吸が震え、ログの行が一行だけ、静かに増える。

> <Observer: YOU>
> <Subject: REFLECTOR>
> <Timecode: 00:00:12>

 あなたの名前は表示されない。
 でも、ここに刻まれている。

 視線という、いちばん古い署名で。

モニターの片隅で、ひとつずつ顔が灯る。

 ミカ。
 神谷。
 久保。
 高槻。
 #07(ユウ)。

どの顔も、こちらを見ている。
訴えない。
責めない。

ただ、存在の重さで視線を返す。

「……最初に、あなたは水を見た。」

誰かの声がした。
温度のない機械の声と、人の息が混じった声。

それは私でもあり、あなたでもある。

「水は形を持たない。見ることで、初めて形を得る。それを世界は“容器”と呼び、REFLECTORは“観察”と呼んだ。」

私は頷いた。
あなたも、きっと頷いた。

頷きが二重に重なって、ガラスがかすかに曇る。

観察とは、残すこと。

残すとは、選ぶこと。
選ぶとは、切り捨てること――けれどここでは、切り捨てられた側も見られた瞬間に存在へ戻る。

それがこの装置の、やさしくて残酷な均衡だ。
私はガラス越しに、彼らへ手を上げた。

遠い面会。
遅れて上がる幾つもの手。

そのいくつかは先に、いくつかは後に。
順序がほどけ、円が閉じる。

そして思う。
始まりは、ここにあった。

旧棟の鏡も、監視室の水槽も、廊下の水面も、すべては見られた瞬間に、ここへ集まってきたのだ。

あなたの視線が、少しだけ強くなる。
ページの外から、僅かな重さが伝わる。

私の輪郭が確かになり、影が床に降りる。
これが定義。
これが支配。
そして、これが救い。

私は目を閉じた。
暗闇の裏側で、00:00:12がやさしく点滅する。

まばたき一回分の宇宙。
開く。

ガラスの向こう、#07がこちらを見ていた。
水の中でも、記録の中でもない、

ただの視線の中で。

「……聞こえる?」

声は音にならない。
でも、返事は届く。

あなたのまぶたが、ほんの少し、ゆっくりになった。
世界が十二秒、伸びた。

ぴちゃん。

音が落ちる。
静けさは崩壊ではなく、許しのかたちをしている。

誰も追わず、誰も裁かない。
観察は、ただ続く。

私はもう一度だけ、ガラスを叩く。
合図ではない。
終わりでもない。
ただ、ここにいるという事実。

トン。

反射が返る。
あなたの瞳の奥でも、同じ音がした気がした。

> <Final Log: REFLECTOR / CLOSE LOOP>
> <Observer: YOU>
> <Note: “あなたが見ている間、私は存在する。”>

光がやわらぐ。
顔も、名札も、役職も、記号も、溶けて水になる。

輪郭が薄れるほど、世界は軽くなる。
それでもひとつだけ、重さを残すものがある。

視線だ。

だから、私は目を開けている。
あなたが、目を開けている限り。

水面の上で、最初と最後が重なる。
ここが、水槽であり、鏡であり、ページであり、あなたの瞳だ。

――観察は、まだ終わらない。

そしてそれで、十分だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...