“私”

rika

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“私” 〜主婦〜

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どうして、周りはみんな幸せそうに見えるんだろう。
多分、見えるだけ。そう、私も幸せに見える…はず。中身なんて誰にもわからない。

「家族ホント仲良いよねー。」
「旦那さんのこと好きって滲み出てる!」
「旦那さん、あなたのこと大好きなんだねー」



幸せな妻であり母だ。




でもその前に“私”は1人の“女”だ。





「なあ、ひげ剃りの替刃ってどこにある?」
「えー、洗面台の上の扉のとこ!」
「あー、あった」
「母さん、靴下穴空いてる!新しいのどこ!?」
「新しいのストックしてるとこに入ってるよ」
「どこだっけ?」
「その上!」
「あーあった」
「母さん、今日水筒の中身お茶じゃなくて水にして」
「それぐらい自分でできるでしょ!」
「だって、髪がなかなか決まらなくて時間ないんだもん」
「だから早くおきなさいって言ってるでしょ!」



「いってらっしゃい♪」
朝は一番に出て行く夫を笑顔で送り出す。
時間が来ると子どもたちが各々学校に向う。
大量の洗濯物を干して掃除をする。
夫を愛している。家族を愛している。
平凡な日常。






そして、“私“の時間が始まる………。







子どもが大きくなると送って行かなくていいから楽だ。間に合うように自分たちで準備して出て行き、そして帰ってくる。…………そう、帰ってくる。
当たり前だけど自分の足で帰ってくる。小さいときは私が全部準備して手を繋いで送って行って笑顔で迎えに行っていた。母は偉大だと思っていた。
母の役目が少しずつ少なくなって寂しさを感じる頃、何だか虚しさも感じ始めた。



母として必要とされていたあの小さな手は私よりも大きくなり、背も私を追い越した。
子どもたちは外の世界に目を向け、家は帰る場所であって楽しい場所ではなくなってきた。
外には楽しい世界があって友達という仲間がいる。
玄関に並ぶ靴の大きさも私の靴が一番小さくなった。いつの間にか何もかもが家族で私が一番小さくなった。存在も…。
誰も気づかない…。手も足も背も家族で一番小さくなったのに家族は気づかない…。




ママ友たちとランチに行く日。
それはそれで楽しい。
旦那の愚痴を言い、子どもたちの反抗期を報告し合いうちの子の場合はね~、最近彼女ができたみたい、彼氏ができたって嬉しそうに言うのよ、受験で白髪が増えたのよ~、親の心子知らずよねえなどと一喜一憂する。
“旦那”が
“子ども”が
そこに“私”の話題は無い。


“なあ”
“母さん”





“私”は…………誰??






周りなど気にしない誰も見ることなく誰とすれ違ったなんて気に求めない。ただ時間だけが通り過ぎていくビルの隙間で車に乗り込んだ。

「今日は?奥さん大丈夫だった?」
「うん。今日はママ友とかと出掛けるんだって。」
「何時まで?」
「ランチ行くって。でも遅くは無理かな。」
「そっか。」




平日の昼間車はホテルに入って行く。私は後部座席に乗る。誰にも見つかりたくないから。
悪い事だとわかっているから…。



彼とは半年前、友達と夜飲みに出掛けたときにバーで隣り合わせ意気投合した。
と、言うよりはお互いの利害が一致した。
「男として・女として必要とされたい。でも家族を愛しているから家庭は壊したくない。」
要するに体だけの関係。簡単に言えばそんなこと。心というよりは体が満たされたい、必要とされたい。

「それってただやりたいだけでしょ?性の捌け口じゃん。ただの不貞。」
と誰かが言っていた。

まさにそうだ。
家族の誰も自分の変化に気付かない。ちょっとした気遣いだけでもいいのに…。そう思っていた男と女。愛はいらない。男として女として存在したい。ただそれだけ。

ホテルに入ってからは他愛もない話をする。
すぐに体は合わせない。そこまで貪欲ではないから(という心を読まれているような…)
自分…私はこう思う俺はこう思う…ね?でしょ?
確認。私は間違ってないよね?俺は間違ってないよね?という所謂自己固定。
不倫なのに???
イヤ…不倫だから。
心の安心なんて求めない。ただ私は女、俺は男、を固定するための行為。
確認なのか…
そこからはただ快楽を求め貪るように求め合う。
私は女なんだと、女として求められているんだという快感。
俺は男なんだと、男として追求できる快感。
愛し合うというのとは少し違う。
女である確認。
男である確認。
そこに、不倫という不貞という罪悪感も虚しさもない。
快楽だけの行為。
愛なんていらない。
愛しているのは家族だから…。



本名はお互い知らない。
携帯という便利な物があるから電話も本人に繋がる。
ラインもアカウント名でいい。なんて便利な世の中。不倫もしやすい世の中だ。誰が考えてんだか。



「長男くんどうなった?」
「まだはっきり決まらないん。多分東京かな。」
「国立?早慶?」
「奥さんは早慶に行かせたいみたいだけど本人がね。」
「行けるぐらい頭良いのが羨ましい♪」

終わるとまた他愛もない話。
愛がないから嫉妬もない。


そしてただただ欲しいままに求め合う。
男と女。
それだけで良いじゃない。
そこには快楽しかない。







「じゃあね」
「うん」


誰とも確認できないビルの隙間で後部座席から滑り降りる。
またねなんてない。
次はあるかどうか。
そんな事は確認しない。
そんな関係。
それだけの関係。








そして“私”は“私”ではない日常に戻っていく


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