2 / 4
2
しおりを挟む
あるとき菫青は、使用人たちと『いつになったらオレの髪が元に戻るのか』と話をしていた。オレはそれを偶然聞いてしまって愕然とした。そして腑に落ちた。
菫青は優しいし、とてもよくしてくれるが、それはオレが過去の恋人の生まれ変わりだからだ。決してオレ自身を好いてくれたわけではない。
現に菫青はいつかオレが石英に戻ると思っている。盗み聞いてしまった言葉は、それを明確に突きつけてきた。
悲しくて、胸が苦しくて、塞ぎ込むオレを菫青は懸命に慰めた。
『どうしたの、何があったの、お前が沈んでいると私まで悲しいよ――石英』
名前すら呼ばれないのか、といっそ笑い出したくなった。歪に表情を崩したオレを見て、菫青は少しほっとしていた。
冷静になれば、周囲の声が正しく耳に入ってくる。
菫青が『石英の好きなものを用意するように』と命じ、彼の使用人たちは『石英様のために』と動く。菫青の屋敷の者はみんな優しいが、それはオレを石英だと思っているからだ。
誰もオレを――『輝』という個人として見てくれる者はいない。
心の弱ったオレは途端に体調を崩した。
菫青はとても心配していたが、無意識だったんだろう。ぽつりとひとつ呟いた。――やはり石英と同じだ、と。
石英という人は龍族ではなく人間で、しかも身体の弱い人だったらしい。
長命な龍族からしてみれば短い人の生を、さらに瞬くようにして儚くなってしまったのだそうだ。今度こそ、と意気込む使用人たちの会話を繋いで理解した。
菫青は石英の話をしない。
それもそうだ。オレを石英だと思っているのだから、あえて本人に昔の自分の話をする必要はなかったのだろう。
抜け殻のようになったオレが菫青の屋敷でまんじりと過ごしていたある日、急に使用人たちが慌ただしくなった。
菫青の婚約者だという人がいきなりオレを訪ねてきたのだという。
それが柘榴だった。
白い髪に白い肌。白い着物を身につけた細身で美しい少年は、瞳だけがくっきりと赤く光っていた。目があったその瞬間、びりりと電気が走る。理屈じゃない。彼だ、と一目で理解した。
柘榴もまた一瞬でオレを認識して、腕を取られてあっという間に連れ去られた。白い龍の鱗を一枚残して。
「――今頃、菫青の屋敷は大騒ぎだろうね」
柘榴がオレを背後から抱き締めながら笑う。
少年のような見た目の柘榴だが、それでもオレより背が高く、腕も長い。抱き締められるとぴったりと収まってしまう。
「大丈夫かな?柘榴に何かあったりしない?」
「鱗を置いてきたんだから、向こうだってわかってるはずだよ」
龍族の間で鱗というのは名刺のようなもので、己の番と出会ったとき、一刻も早く己の巣穴に連れ出してしまう龍族がよく使う手段らしい。
柘榴はオレの――『輝』の番だ。
「菫青は間違ったんだよ。石英とずっといっしょにいたかったのなら、龍の里になんか連れてくるべきじゃなかったんだ」
「輝は龍の秘薬を口にした?」と聞かれて、首を横に振る。よかったと柘榴は笑った。
菫青は優しいし、とてもよくしてくれるが、それはオレが過去の恋人の生まれ変わりだからだ。決してオレ自身を好いてくれたわけではない。
現に菫青はいつかオレが石英に戻ると思っている。盗み聞いてしまった言葉は、それを明確に突きつけてきた。
悲しくて、胸が苦しくて、塞ぎ込むオレを菫青は懸命に慰めた。
『どうしたの、何があったの、お前が沈んでいると私まで悲しいよ――石英』
名前すら呼ばれないのか、といっそ笑い出したくなった。歪に表情を崩したオレを見て、菫青は少しほっとしていた。
冷静になれば、周囲の声が正しく耳に入ってくる。
菫青が『石英の好きなものを用意するように』と命じ、彼の使用人たちは『石英様のために』と動く。菫青の屋敷の者はみんな優しいが、それはオレを石英だと思っているからだ。
誰もオレを――『輝』という個人として見てくれる者はいない。
心の弱ったオレは途端に体調を崩した。
菫青はとても心配していたが、無意識だったんだろう。ぽつりとひとつ呟いた。――やはり石英と同じだ、と。
石英という人は龍族ではなく人間で、しかも身体の弱い人だったらしい。
長命な龍族からしてみれば短い人の生を、さらに瞬くようにして儚くなってしまったのだそうだ。今度こそ、と意気込む使用人たちの会話を繋いで理解した。
菫青は石英の話をしない。
それもそうだ。オレを石英だと思っているのだから、あえて本人に昔の自分の話をする必要はなかったのだろう。
抜け殻のようになったオレが菫青の屋敷でまんじりと過ごしていたある日、急に使用人たちが慌ただしくなった。
菫青の婚約者だという人がいきなりオレを訪ねてきたのだという。
それが柘榴だった。
白い髪に白い肌。白い着物を身につけた細身で美しい少年は、瞳だけがくっきりと赤く光っていた。目があったその瞬間、びりりと電気が走る。理屈じゃない。彼だ、と一目で理解した。
柘榴もまた一瞬でオレを認識して、腕を取られてあっという間に連れ去られた。白い龍の鱗を一枚残して。
「――今頃、菫青の屋敷は大騒ぎだろうね」
柘榴がオレを背後から抱き締めながら笑う。
少年のような見た目の柘榴だが、それでもオレより背が高く、腕も長い。抱き締められるとぴったりと収まってしまう。
「大丈夫かな?柘榴に何かあったりしない?」
「鱗を置いてきたんだから、向こうだってわかってるはずだよ」
龍族の間で鱗というのは名刺のようなもので、己の番と出会ったとき、一刻も早く己の巣穴に連れ出してしまう龍族がよく使う手段らしい。
柘榴はオレの――『輝』の番だ。
「菫青は間違ったんだよ。石英とずっといっしょにいたかったのなら、龍の里になんか連れてくるべきじゃなかったんだ」
「輝は龍の秘薬を口にした?」と聞かれて、首を横に振る。よかったと柘榴は笑った。
34
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる