愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花

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2*ひっそり写真集イベントに来た君

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「お兄ちゃん、本物のかけるんいる……カッコイイ」

 五月末の午後。なぜか僕は妹の風花を連れて永瀬翔のイベントが開催されている本屋に来ていた。受付で写真集の購入証明を提示して整理券をもらい、順番を待つために列の後ろの方に並んでいた。

『永瀬翔 ファースト写真集『KAKERU~アオハルの日々』発売記念イベント』

 空色を背景に濃いピンク色の文字でそう書かれた紙が壁の上の方に貼られている。下には写真集が置かれたテーブルがあり、その横に半袖空色シャツと白いパンツコーディネートの爽やかな永瀬翔が立っていた。これから僕たちは永瀬から写真集を受け取り、さらにツーショットチェキを撮らなければならないのだ。全体の風景を眺めながら深いため息をつく。

 本来であれば、最近一人暮らしを始めた二十三歳の姉、沙菜(さな)が風花への誕生日プレゼントとして、一緒にイベントに行く約束をしていたらしい。だけど沙菜は仕事の都合でどうしても行けなくなり。風花ひとりでは行けないから、僕が手配して抽選に参加することになったのだ。そしてふたり分、見事に当選してしまったのだった。風花は朝からテンションが高く、一番のお気に入りである白地にひまわり柄が入っているワンピースを着ると、家の中で歌いながら踊っていた。

 それにしてもなぜ僕まで永瀬翔とツーショットチェキを撮る羽目になってしまったのか……自分の分は申し込まずに、ただ付き添えば良かったのか? と気がついたのはついさっき。

――あぁ、もう少しで僕たちの順番が来てしまう。

黒いマスクに深く被った黒いキャップ、それに伊達メガネも装着済みだ。大丈夫、きっと僕だってバレはしない。そして遂に、風花の番が来た。

 風花は永瀬の前に立った。

「今日は来てくれて、ありがとう」
「わっ、かけるんに話しかけられた!」

 永瀬は完璧なイケメン笑顔で風花を見つめ、ふたりはなんだか良い雰囲気だ。こうした場所でふたりが会ってしまうことになるとは――。実際このような風景を目の当たりにしてしまうとムッとするけれど、風花の嬉しそうな姿を見ると連れてこれて良かったなという気持ちもある。複雑な兄の心。

 永瀬翔は風花に写真集を渡した。

「はい、どうぞ」
「……ありがとう、だ、大事にする!」
「そう言ってくれて、うれしい!」
「かけるんのぬいぐるみも、持ってる。す、すごく大事にしてるよ!」
「俺のぬいぐるみ大事にしてくれてるんだ、ありがとう」

 普段人見知りせずはっきり言葉を話す風花だけど今日はよそよそしい。がんばれと応援したくなる雰囲気だ。

 そして続けてツーショットチェキを撮るらしい。

「かけるん、一緒に、ハート、手で作りたい」
「うん、分かった」

 永瀬翔は身長を風花に合わせるために少ししゃがんだ。そしてふたりはそれぞれハートの半分となる形を手で作る。ふたりの手を合わせるとひとつのハートが完成した。

 こういうイベントは初めてだ。どんな感じなのか、終始無言なのかなと思っていた。けれど風花は永瀬翔と想像以上に会話ができていて、チェキのポーズまでもリクエストできている。

 眺めているとふたりは手を振りあった。交流の終わりの合図。風花は緊張した様子で、永瀬翔は見守るような優しい表情をしている。風花は永瀬がいる場所から離れると、僕を待つために見えるところの壁に背をつけて立った。目が合うと緊張の糸がほぐれたように柔らかく笑う風花。相手が永瀬なのは微妙だけど、風花にとっては良き思い出となりそうな雰囲気なので良かったと思っておこう。

 風花が楽しそうでよかったなとほっとしたのもつかの間、次は自分が永瀬と交流する番だ。

 永瀬翔の目の前に立つ。目が合うと微笑まれた。永瀬に微笑まれたのが初めてだからか、正体がバレないか不安だからか……。謎に心臓の音がバクバクして乱れ始めた。

「今日は来てくれてありがとうございます」と、永瀬翔は最初のひとことを仕掛けてくる。声を出すと僕の正体がバレる可能性が高くなるから、下を向き黙って頷いた。永瀬からの強めな視線がチクチクささってきたけれど無言を貫いた。

「写真集です」

 写真集を僕はすっと受け取った。そしてツーショットチェキも撮らなければならない。断っても、いいかな?

 いや、ダメだ。昨日、目を輝かせた風花に「私とお揃いのポーズでかけるんとツーショットチェキを撮ってね!」と言われていた。しぶしぶ永瀬の横に誘導され従った。

 永瀬翔は身長が高くすらっとしている。僕たちの身長差が浮き彫りになる。水色の半袖シャツに白いパンツ。まさにアオハルの王子のようで今日の永瀬はいつもに増して爽やかだ。それに比べると僕は目立たぬようにを第一優先にした全身黒ずくめの男。まるで永瀬の影のようだ。

 同じポーズということはハートを作らなければならないのか。よりによって永瀬翔と……。僕はしぶしぶ無言でハートの半分を手で作った。合わせて永瀬も爽やかな顔でもう半分のハートを手で作る。それらが合わさりひとつのハートは完成された。ハートになった瞬間に永瀬の指が僕の指に触れ、指先に電撃が走った。そして謎に心臓がドキリとする。

――なんなんだこの状況は。まさかハートを永瀬と作ることになるとは思わなかった。

 スタッフからチェキを受けとると逃げるようにして風花のところへ行き、外に出た。

 スマホを覗くと沙菜から『どうだった? 風花、かけるんと会話できてた? すぐ剥がされた?』と来ていた。

 剥がすってなんだ?と思いながらもとりあえず『会話してたし、風花満足そうだった』と返事を書き、うさぎのお辞儀スタンプを押すとスマホを鞄にしまった。

 そういえば、沙菜から写真集代を預かった時に「お釣りは良いから帰りに風花とどこかでデザートでも食べておいで」と、多めにお金を渡された。しかもその時に写真集を僕にプレゼントするよとも言われた。断ったけども。

「風花、デザート何か食べて帰る?」
「うん、食べたい!」
「もうすぐ風花の誕生日だし、美味しいケーキ食べて帰ろうか?」
「うん!」

 僕たちは通りすがりに見つけたカフェの中に入っていった。 パステルイエローを基調とした店内。中はそんなに広い場所ではなく混みあっていた。席はひとつも空いていない。多分、ほとんどが写真集イベントに参加した人たちだろう。

「風花どうする? 空くの待つ?」
「ケーキは食べたいけど、並んでるよね……」
「じゃあ、買って家で食べようか」
「そうだね」

 レジまで行列ができていて、やっと順番が来た。風花はイチゴのショートケーキを、僕は生クリームの乗ったプリンを選んだ。両親にはそれぞれチョコとチーズのケーキを。一緒に行きたそうだったけど我慢した柚花には特別に、うさぎさんの顔のカップケーキを買っていこう。支払いを終え箱に詰めてもらうと混みあった人たちをくぐり抜けて外に出た。

 そのままバス停まで歩く。バス停に着くと次にバスが来る時間を確認した。今は十五時でバスが来るのが十五時半。間が三十分もある。家まで一時間以内で着くからひとりだったらバスに乗らないで歩くけど。風花がいるしな……。

「暇だから次のバス停まで歩いてみる?」

 風花が頷いたから歩いた。次のバス停まで着いてもまだ来ない。ふたりでバス停のベンチに座っているとバスではなくて一台の黒くて大きめな車が目の前で停まった。後ろの席の窓が開く。

「家帰るの? この車に乗ってく?」

 声をかけてきたのはなんと、永瀬翔だった。
「いや、バスで帰るからいい」

 僕は全力で拒否した。だけど――。

「の、乗りたい……」と、小声で照れくさそうに呟く風花。僕はぎょっとして風花をチラ見した。

 車のドアを開け「おいで」と、永瀬は勝手に風花を中に招き入れた。

「風花、知らない人の車乗っちゃダメだよ」
「かけるんは知らない人じゃないし」
「とうさん、風花はジュニアシートのない車に乗らない方がいいって言ってたよ?」

 何とか永瀬の車に乗ることを避けたい。僕はこれならばどうだという理由を放った。

「甥っ子乗せてるのがあるから大丈夫だよ」

 永瀬の言葉を聞き僕は車の中を覗いた。三列シートの真ん中に永瀬はいて、永瀬の横の席にジュニアシートがあった。

「いや、でも……」
「早く乗って? バスが来るからここ停車やばいかも」

 そう言いながら永瀬は後ろの席に移動した。
 後ろを振り向くとまだバスは来ていない。なんか乗るまで車ずっとここに止まっていそうだ。風花は吸い込まれるように中へ。仕方なく僕も車の中に吸い込まれることにした。

「なんでこいつの車なんて乗らないといけないんだよ」
「お兄ちゃん、その言い方やだ。こいつって言わないで! 」
「ごめん」

 僕たちの会話を聞いて永瀬はふふっと声を出して笑った。

「笑うなよ」
「あっ、ごめん」

 さっきまで永瀬に対して緊張して接していた風花。だけどすぐにいつも通りな様子になって永瀬とずっとふたりで楽しそうに話をしていた。

 僕は後ろで複雑な兄の気持ちになりながらふたりを静かに眺めていた。

 揺れが心地よくてうたた寝していると「着いた」と運転席から聞こえてきた。外を覗くと……永瀬の家? というかひと言も家まで送るよなんて言われてないし、家の場所も教えていなかったな。ここから自分の家まで帰れということか。

「結局バスに乗ることになるじゃん」
「帰り送るから、とりあえず入って? 風花ちゃんに美味しいお菓子あげる」
「やった!」

 車を降り、前を歩く永瀬と風花を見つめていると、僕の横に運転していた人が来た。永瀬に似ているなと顔を眺めていると「弟の家に入れて良かったな。ファンなんでしょ?」と言ってきた。 

「ファンなんかじゃないし……というか、永瀬翔の兄!?」
「そうだよ。うちの両親は海外にいて滅多に帰ってこないから、翔にとっては親代わりでもある、多分。そして本業の合間にフリーな翔の営業もしてるし、マネージャーでもある」

 兄だと思えば、確かに兄だ。すらっとしていて永瀬の引けを取らないくらいにカッコイイ。年齢は姉と同じぐらいか? 風花と永瀬の兄は先に中へ入ると「お菓子はこっちだよ」とふたりでキッチンへ行った。ふたりの声は遠のく。

――何故そんなにも親しくない永瀬の家に二度も入ることになるのか。

リビングに入ると、見覚えのあるものが窓の前にある棚に飾ってあった。高級そうな瓶の中に水色の大きめなビーズが入っている。

「これ、僕のビーズ?」
「……そうだよ」

 ビーズで妹たちにブレスレットを作っていた時期、たしか永瀬の家に来た日辺りだったか……今目の前にあるビーズをなくした。学校か家にあると思っていたのに。しかも何故か代わりに鉄分のサプリが鞄の中に入っていた。

「返せよ」
「返して欲しい?」
「当たり前だろ、僕のなんだから。というか何故飾ってあるんだ?」
「光に当てると透き通って、羽月みたいに綺麗な色だったから……」

 余裕のある感じに微笑み、顔を近くに寄せてくる。僕の心臓の音が大きく鳴る。顔が熱くなった。

「照れた? 好きな人にこんなセリフ言われたらドキっとしちゃうかな?」
「いや、好きじゃないし」
「だって、写真集買ってくれていたし……というか、会場にいた時も思っていたけれど、その格好暑くない?」

 永瀬の言葉で、はっとした。
 そういえば、正体バレないようにしていたのに……。

「僕の正体、会場でもバレてたのか?」
「うん、すぐに分かったよ」
「じゃあ、隠す意味なかったじゃん」

 そういえばまだ装着していたなと思い、帽子もマスクもサングラスも外した。

「なんで分かった?」
「声もだけど……いつも可愛いなって、見ていたから。っていうか、顔赤いけど大丈夫?」
「別に永瀬にドキっとしたからじゃないからな! 暑いからだ!」

 このままでは永瀬のペースに呑み込まれてしまう。いつも余裕なその感じ、なんかムッとするな。僕は慌てて風花たちのいるキッチンへ向かおうとした。すると風花がお菓子が入っていると思われる紙袋を持ってリビングに来た。

「こっちだけ何かを一方的にもらうのか。借りを作るのは嫌だ。だから僕たちのケーキをもらってくれ」

 僕の言葉に反応して切なそうな顔になる風花。

「いや、俺はいいよ。俺のイベントに来てくれたんだし、そのお礼ということで。買ったケーキは羽月の家で食べな」と、一瞬風花をチラ見した永瀬は言った。

 風花は微笑むと、あらためて室内を見回す。

「ここ、かけるんの動画で見たことある場所だ」
「そうだよ。よく覚えてくれていたね」
「だって、何回もかけるんの動画見てるもん」

 永瀬は自分を宣伝するために数少ないがひとりで動画をアップしていた。その動画を隅々本当にしつこいくらい風花は観ていた。

「風花ちゃんは俺の動画見るの好き?」
「うん、大好き」
「そっか。ありがとう」

 風花と話していた永瀬はこっちを向き微笑んできた。

「お兄ちゃん、俺と一緒に映る?」
「……映らない。というか、永瀬はお兄ちゃんと呼ぶな」
「かけるんと一緒に映ってほしいな」

 ときめく表情な風花。

「というか、なぜ突然こっちにそんな話を振ってくる?」

「ひとりじゃ、最近寂しくて」
「はっ? じゃあ桜塚たちと映ればいいじゃん」
「いや、映るなら羽月とがいい」
「……!?」

「一緒に映って」と、何度も風花が。

 どうしたらいいか……風花の願いにはできるだけ答えてあげたい。だけど、永瀬とふたりきりで動画に映るのは嫌だ。気まずいし。考えたあげく出した答えは――。

「そしたら、桜塚たちと一緒だったら……」
 「……そっか、俺も桜塚たちに一緒に配信しようと誘われ、断り続けていたけども。その話を受けるかな」

 永瀬はニヤッとしながらこっちを見てきたから慌てて目を逸らした。
 風花がいるから直接言葉にはできないが、面倒くさいことになってしまった。

――あぁ、本当にこの人たちと関わるのがめんどくさい。

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