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2章
41-2. 最初の贈り物 アルカ
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「赤ちゃんの名前は……シャーリーさんの赤ちゃんがダイチで、アンちゃんの赤ちゃんがミソラ、です」
夕食の席でそう発表した後、わたしは立ったままぐるりとみんなを見渡して反応を窺いました。
……と言っても、義兄さんとシャーリーさん、アンちゃんの三人には事前に伝えて、これでいいですよ、と了解を貰っていたりします。なので、緊張する必要はないはずなのですが……あ、駄目です。手汗が酷いです。わたし、緊張しまくってます。
「大地は有瓜の父親の名前だな」
短い沈黙を、義兄さんの声がそっと押し開けました。
「そうです」
わたしが頷くのを見てから、義兄さんはさらに続けます。
「それから、美空は……有瓜の、母親の名前だ」
「はい」
わたしはこれにも頷きました。
実際はもっと複雑なわけですが、両親という概念があんまりないっぽいゴブさんたちには細かく言ってもピンとこないでしょうから、父さんと母さんという説明だけでいいのです。アンちゃん、シャーリーさんには、これまた事前にお話ししていましたし。そのときは、二人とも泣いちゃって大変でしたっけ。
そのとき、うおおぉっと大合唱の歓声が上がりました。ゴブさんたちです。歓声を上げるまでに微妙な溜めがあったのは、「名前が決まった」が「嬉しいこと」であるという認識になるまでにラグがあったからでしょう。
「おっと、静かに。こいつらが起きる」
義兄さんが姉妹の抱っこしている赤ちゃんたちを目で指しながら小声で言うと、ゴブさんたちはぴたっと口を閉じました。幸い、赤ちゃんたちは熟睡したままでした。
それにしても……ゴブさんたちは本当に、名前に無頓着なんですよね。名前ではなく役割で生きている感じです。群れ全体がひとつの生き物、みたいな感じなんですよね。身体の部位にもそれぞれ名前がありますけど、それを全部言えるのはお医者さんくらいで、普通はそんな部位名称を知らなくても生きていけますよね――みたいな感じに、個人名がなくても気にならないライフスタイルをしているのです。
だから、「名前が決まりました!」という発表を聞いても、それがお祝い事だと思わずに「へぇ、そうだすか」と流しかけたのでしょう。まったくもう!
「おめでとぉごぜぇますだ。アルカさま、ロイドさま。そいに……二人も良うがすたな」
神官さんはわたしと義兄さんを見てお祝いを述べた後、シャーリーさんとアンさんのほうにも笑顔を向けました。こういうのを率先して言葉にするあたり、やっぱり神官さんは他のゴブさんたちよりも舌が回る、というか人間臭いです。
「ありがとうございます」
「姐さんも、真剣に悩んでくれて感謝してるっす」
姉妹は神官さんを始めとしたゴブさんたちに頭を下げてから、わたしに向き直って、ゴブさんたちにしたのよりも深々と頭を下げました。
わっ……この二人から改まった態度を向けられるのって久々です。ちょっと気恥ずかしいです。
「いえいえ、わたしこそ、びっくりするほど時間がかかっちゃいまして……迷惑ご不便おかけしました」
謝られると謝りかえしちゃう日本人の性が発動でした。
ここから謝り合戦が始まりそうな予感でしたが、義兄さんがするっと割って入って、開戦させませんでした。
「だけど実際、赤ん坊に名前がなくても、ゴブリンたちは変だとか不便だとか思ってなかったんだよな。この子たち自身は、名前を付けられたことをどう思うんだろうな?」
「おぅ……その視点は持ってなかったですねぇ」
義兄さんの疑問に、わたしは目から鱗でした。
二人の赤ちゃん――ダイチくんとミソラちゃんは、見た目からしてゴブリンではないのかなぁ、と思います。でも、人間でもないわけで、かなり魔物枠の生き物だとは思うわけです。
ゴブさんたちが個人名に拘りを持っていないのは分かりましたけど、他の魔物もそれは同じなのでしょうか? この子たちは名前があることを喜んでくれるのでしょうか? さんざん悩んで決めた名前ですけど、余計なお世話だったりしないでしょうか……心配です。
「そらぁ大丈夫かと思ぇますだ」
眉根を寄せるわたしにそう言ったのは、神官さんです。神官さんはひとつ息継ぎをして、続けました。
「確かに、おらたつば名前っつうもんのありがたみさ、よぉ分からねっすけど……そん子らぁ、おらたつたぁ違ぇだす。だはんで、そん子らばきっと名前さあんほうば自然でがす」
他のゴブさんたちも神官さんの言葉に頷いています。
「なるほど……と言うほど分かってないんですけど、この子たちには名前のあるほうが自然だというんでしたら、そうなんでしょうね。いっぱい悩んだ甲斐があるのなら良かった良かったです」
「姐さんに名付けてもらったんだ。きっと強い子に育つっすよ」
「そうですね。ダイチもミソラも強くて優しい子になります」
ゴブさんたちに頷き返したわたしに、シャーリーさんとアンちゃんも抱っこしている赤ちゃんを撫でながら同意してくれました。我が子を見つめる二人の瞳は、それを確信しているようです。
「……わたしが名付けたくらいで、そんなに御利益ないと思いますよ」
後になってから、騙されたっ、なんて言われても困るので、いまのうちに予防線を張っておきます。
だけど、回り込まれました。
「そんなことねぇっす! 名付けてもらうっつうのは、名付け親の加護を授かるってことっす。姐さんみたいな凄ぇひとに名付けてもらうなんて、貴族とか王様とかじゃなきゃ有り得ないような凄ぇことなんすから!」
「物語に出てくる英雄は、賢者や竜や妖精だとかに名付けてもらったことがあるっていうのが定番です。だから、わたしはこの子たち――ダイチとミソラが英雄と呼ばれるようになっても驚きませんよ」
「うええぇ……」
王様とか英雄とか、出てくる単語がいちいち壮大で笑えてくるんですが。いえ、引き攣った笑いですけどっ!
「というか、わたしは賢者でも竜でも妖精でもないわけですが……」
「でも、竜を虜にする力が秘められているんだよな」
わたしのぼやきに、義兄さんがぼそっと言ってくれちゃいます。反射的に、その竜の精子で着床させられたお腹を押さえちゃいましたよ。
「……義兄さんって本当、デリカシーないですよね」
「あ、それ前にも言われた……え? 俺、そんなにないか?」
「ないです。壊滅的に」
「おぉ……!」
「そんなんじゃ、もてませんよ」
「もてようにも相手がいないけどな!」
「……義兄さんのお嫁さんも募集しましょうか」
「要らん。いまは育児で手一杯だ」
「あらまあ……ふふっ」
げんなりと眉を下げた義兄さんに、わたしは堪らず吹き出しました。賢者だ英雄だと言われて戸惑っていた気持ちも、すぅっと落ち着いていきます。義兄さんをからかうのは、わたしの清涼剤ですね。
「……あら?」
そのとき、ふと視線を感じた気がして、そちらに視線を向けました。目が合ったのは、シャーリーさんが抱っこしている褐色肌の赤ちゃん――ダイチくんでした。
視線を隣にずらすと、アンちゃんに抱っこされているミソラちゃんも目を覚ましていて、曇りのない瞳でわたしを見つめていました。
「……」
赤ちゃん二人の円らな瞳を、わたしは交互に見つめます。
生まれたときはあんなに小さくて、ちゃんと育つのかと心配だったのに、いまでは眠ってくれるとほっとするほど元気いっぱいに育っています。
生後一ヶ月と少しにしては目覚ましい成長っぷりを見せていると思いますけど、それでもまだまだ小さな身体のどこに入るのかというほどに、よく食べて、よく寝てて、よく泣いて、ついでによく出す赤ちゃん兄妹。
そんなダイチくんとミソラちゃんがいま、寝起きでむずがることもなしに、二人揃って静かにわたしを見つめています。頬笑んでいるような……いえ、褒めてやるぞ、と言っているような? そんな太々しい笑顔を浮かべているようでした――とくにダイチくんのほうが。
「……ていっ」
わたしは思わず、ダイチくんのチョコ色のほっぺを指でむにっと突っついちゃいました。
「えっ、姐さん?」
シャーリーさんがわたしの奇行に驚いて、ダイチくんをぎゅっと抱き締めます。赤ちゃんを守ろうとする本能、母性の発動ですね。
「あ、いやー……この子の笑い方、太々しすぎじゃないですかねーって……ごめんなさい」
「いえ……その気持ち、ちょっと分かるんで」
シャーリーさんは苦笑して、わたしが突いたのとは逆の頬を指でむにっと押しました。
両方のほっぺをつんつんむにむにされるダイチくん。でも、されるがままはお嫌なようで、むんっと頬を膨らませて、わたしたちの指を押し返しました。生意気な子ですこと。
なお、ミソラちゃんのほうはもっと柔らかな、ふわふわした綿飴みたいな百点満点の赤ちゃんスマイルでした。でも、頬を蛙みたいにしているダイチくんを横目で見ている顔が、「これだから男の子は」と失笑しているように見えたのは……気のせいですね、きっと。
「ミソラちゃんもほっぺぷにぷにされちゃいます?」
わたしが可愛く笑いかけて、ミソラちゃんに人差し指を近づけていくと、ミソラちゃんは一瞬きょとんとした後に、きゃっきゃっと愛らしく頬笑んで、わたしに頬をぷにぷにされました。でも、喜んであげるのも赤ちゃんの甲斐性よね、みたいなことを内心で思っているように見えるのは……気のせいですよね、きっと。
「……うん。とにかく、二人ともこの名前でいいですよって思ってくれてるみたいですね」
赤ちゃんにどこまで理解力があるのかは分かりませんけど、笑ったんだし、喜んでいるんだと思います。
「ダイチくん、ミソラちゃん」
わたしは二人の瑞々しい頬を順繰りに人差し指でなぞります。
「名前、貰ってくれてありがとう。きっと幸せにしてね」
……幸せになるよ、でも、幸せになってね、でもなく――幸せにしてね。
なんでそんな言い方になったのか、言ってから思いました。
――その名前を、幸せなひとの名前にしてあげてね。
わたしはそう言いたかったんだと思います。
「あー」
少し目を伏せていたわたしは、猫が飼い主を呼びつけるときのようなその声に顔を上げました。
ダイチくんでした。ダイチくんが、わたしのほうに手を伸ばしていました。
わたしの手でも握り込めてしまう、小さな手です。
何かを掴もうとするような仕草に、わたしがふと自分の手を差し出してみると、ダイチくんは「これで満足してやる」と言いたげに鼻を鳴らしながら、わたしの人差し指をぎゅっと握りました。
「わっ……」
なんでしょう、この愛らしい感覚。ダイチくんの太々しい笑顔が、急に天使の笑顔に見えてきました……!
「まー」
甘える仔猫みたいな声を上げたのは、ミソラちゃんです。見ると、ミソラちゃんもわたしに向けて、その小さな手を伸ばしていました。
「ミソラちゃんも、こう?」
わたしが問いかけながらもう片方の手を伸ばすと、ミソラちゃんは「言わなくてもわかるでしょ」と言わんばかりに、人差し指をひしっと握ってきました。
差し出した両手の人差し指を、小さな手でぎゅっと握る赤ちゃん二人。
「わ、わっ……なんでしょう、これ……」
興奮とは違うドキドキが胸を高鳴らせます。
「……赤ちゃんって可愛いんですね」
葉に付いた朝露がぽたりと垂れるような自然さで、口からぽろっと零れた言葉でした。
母さんも、わたしを見てそう思ってくれたことがあったのかな――。
そう思ったそのとき、ずっと記号だった母さんの四文字が、言葉になりました。
それはダイチくんとミソラちゃんがくれた、最初の贈り物でした。
夕食の席でそう発表した後、わたしは立ったままぐるりとみんなを見渡して反応を窺いました。
……と言っても、義兄さんとシャーリーさん、アンちゃんの三人には事前に伝えて、これでいいですよ、と了解を貰っていたりします。なので、緊張する必要はないはずなのですが……あ、駄目です。手汗が酷いです。わたし、緊張しまくってます。
「大地は有瓜の父親の名前だな」
短い沈黙を、義兄さんの声がそっと押し開けました。
「そうです」
わたしが頷くのを見てから、義兄さんはさらに続けます。
「それから、美空は……有瓜の、母親の名前だ」
「はい」
わたしはこれにも頷きました。
実際はもっと複雑なわけですが、両親という概念があんまりないっぽいゴブさんたちには細かく言ってもピンとこないでしょうから、父さんと母さんという説明だけでいいのです。アンちゃん、シャーリーさんには、これまた事前にお話ししていましたし。そのときは、二人とも泣いちゃって大変でしたっけ。
そのとき、うおおぉっと大合唱の歓声が上がりました。ゴブさんたちです。歓声を上げるまでに微妙な溜めがあったのは、「名前が決まった」が「嬉しいこと」であるという認識になるまでにラグがあったからでしょう。
「おっと、静かに。こいつらが起きる」
義兄さんが姉妹の抱っこしている赤ちゃんたちを目で指しながら小声で言うと、ゴブさんたちはぴたっと口を閉じました。幸い、赤ちゃんたちは熟睡したままでした。
それにしても……ゴブさんたちは本当に、名前に無頓着なんですよね。名前ではなく役割で生きている感じです。群れ全体がひとつの生き物、みたいな感じなんですよね。身体の部位にもそれぞれ名前がありますけど、それを全部言えるのはお医者さんくらいで、普通はそんな部位名称を知らなくても生きていけますよね――みたいな感じに、個人名がなくても気にならないライフスタイルをしているのです。
だから、「名前が決まりました!」という発表を聞いても、それがお祝い事だと思わずに「へぇ、そうだすか」と流しかけたのでしょう。まったくもう!
「おめでとぉごぜぇますだ。アルカさま、ロイドさま。そいに……二人も良うがすたな」
神官さんはわたしと義兄さんを見てお祝いを述べた後、シャーリーさんとアンさんのほうにも笑顔を向けました。こういうのを率先して言葉にするあたり、やっぱり神官さんは他のゴブさんたちよりも舌が回る、というか人間臭いです。
「ありがとうございます」
「姐さんも、真剣に悩んでくれて感謝してるっす」
姉妹は神官さんを始めとしたゴブさんたちに頭を下げてから、わたしに向き直って、ゴブさんたちにしたのよりも深々と頭を下げました。
わっ……この二人から改まった態度を向けられるのって久々です。ちょっと気恥ずかしいです。
「いえいえ、わたしこそ、びっくりするほど時間がかかっちゃいまして……迷惑ご不便おかけしました」
謝られると謝りかえしちゃう日本人の性が発動でした。
ここから謝り合戦が始まりそうな予感でしたが、義兄さんがするっと割って入って、開戦させませんでした。
「だけど実際、赤ん坊に名前がなくても、ゴブリンたちは変だとか不便だとか思ってなかったんだよな。この子たち自身は、名前を付けられたことをどう思うんだろうな?」
「おぅ……その視点は持ってなかったですねぇ」
義兄さんの疑問に、わたしは目から鱗でした。
二人の赤ちゃん――ダイチくんとミソラちゃんは、見た目からしてゴブリンではないのかなぁ、と思います。でも、人間でもないわけで、かなり魔物枠の生き物だとは思うわけです。
ゴブさんたちが個人名に拘りを持っていないのは分かりましたけど、他の魔物もそれは同じなのでしょうか? この子たちは名前があることを喜んでくれるのでしょうか? さんざん悩んで決めた名前ですけど、余計なお世話だったりしないでしょうか……心配です。
「そらぁ大丈夫かと思ぇますだ」
眉根を寄せるわたしにそう言ったのは、神官さんです。神官さんはひとつ息継ぎをして、続けました。
「確かに、おらたつば名前っつうもんのありがたみさ、よぉ分からねっすけど……そん子らぁ、おらたつたぁ違ぇだす。だはんで、そん子らばきっと名前さあんほうば自然でがす」
他のゴブさんたちも神官さんの言葉に頷いています。
「なるほど……と言うほど分かってないんですけど、この子たちには名前のあるほうが自然だというんでしたら、そうなんでしょうね。いっぱい悩んだ甲斐があるのなら良かった良かったです」
「姐さんに名付けてもらったんだ。きっと強い子に育つっすよ」
「そうですね。ダイチもミソラも強くて優しい子になります」
ゴブさんたちに頷き返したわたしに、シャーリーさんとアンちゃんも抱っこしている赤ちゃんを撫でながら同意してくれました。我が子を見つめる二人の瞳は、それを確信しているようです。
「……わたしが名付けたくらいで、そんなに御利益ないと思いますよ」
後になってから、騙されたっ、なんて言われても困るので、いまのうちに予防線を張っておきます。
だけど、回り込まれました。
「そんなことねぇっす! 名付けてもらうっつうのは、名付け親の加護を授かるってことっす。姐さんみたいな凄ぇひとに名付けてもらうなんて、貴族とか王様とかじゃなきゃ有り得ないような凄ぇことなんすから!」
「物語に出てくる英雄は、賢者や竜や妖精だとかに名付けてもらったことがあるっていうのが定番です。だから、わたしはこの子たち――ダイチとミソラが英雄と呼ばれるようになっても驚きませんよ」
「うええぇ……」
王様とか英雄とか、出てくる単語がいちいち壮大で笑えてくるんですが。いえ、引き攣った笑いですけどっ!
「というか、わたしは賢者でも竜でも妖精でもないわけですが……」
「でも、竜を虜にする力が秘められているんだよな」
わたしのぼやきに、義兄さんがぼそっと言ってくれちゃいます。反射的に、その竜の精子で着床させられたお腹を押さえちゃいましたよ。
「……義兄さんって本当、デリカシーないですよね」
「あ、それ前にも言われた……え? 俺、そんなにないか?」
「ないです。壊滅的に」
「おぉ……!」
「そんなんじゃ、もてませんよ」
「もてようにも相手がいないけどな!」
「……義兄さんのお嫁さんも募集しましょうか」
「要らん。いまは育児で手一杯だ」
「あらまあ……ふふっ」
げんなりと眉を下げた義兄さんに、わたしは堪らず吹き出しました。賢者だ英雄だと言われて戸惑っていた気持ちも、すぅっと落ち着いていきます。義兄さんをからかうのは、わたしの清涼剤ですね。
「……あら?」
そのとき、ふと視線を感じた気がして、そちらに視線を向けました。目が合ったのは、シャーリーさんが抱っこしている褐色肌の赤ちゃん――ダイチくんでした。
視線を隣にずらすと、アンちゃんに抱っこされているミソラちゃんも目を覚ましていて、曇りのない瞳でわたしを見つめていました。
「……」
赤ちゃん二人の円らな瞳を、わたしは交互に見つめます。
生まれたときはあんなに小さくて、ちゃんと育つのかと心配だったのに、いまでは眠ってくれるとほっとするほど元気いっぱいに育っています。
生後一ヶ月と少しにしては目覚ましい成長っぷりを見せていると思いますけど、それでもまだまだ小さな身体のどこに入るのかというほどに、よく食べて、よく寝てて、よく泣いて、ついでによく出す赤ちゃん兄妹。
そんなダイチくんとミソラちゃんがいま、寝起きでむずがることもなしに、二人揃って静かにわたしを見つめています。頬笑んでいるような……いえ、褒めてやるぞ、と言っているような? そんな太々しい笑顔を浮かべているようでした――とくにダイチくんのほうが。
「……ていっ」
わたしは思わず、ダイチくんのチョコ色のほっぺを指でむにっと突っついちゃいました。
「えっ、姐さん?」
シャーリーさんがわたしの奇行に驚いて、ダイチくんをぎゅっと抱き締めます。赤ちゃんを守ろうとする本能、母性の発動ですね。
「あ、いやー……この子の笑い方、太々しすぎじゃないですかねーって……ごめんなさい」
「いえ……その気持ち、ちょっと分かるんで」
シャーリーさんは苦笑して、わたしが突いたのとは逆の頬を指でむにっと押しました。
両方のほっぺをつんつんむにむにされるダイチくん。でも、されるがままはお嫌なようで、むんっと頬を膨らませて、わたしたちの指を押し返しました。生意気な子ですこと。
なお、ミソラちゃんのほうはもっと柔らかな、ふわふわした綿飴みたいな百点満点の赤ちゃんスマイルでした。でも、頬を蛙みたいにしているダイチくんを横目で見ている顔が、「これだから男の子は」と失笑しているように見えたのは……気のせいですね、きっと。
「ミソラちゃんもほっぺぷにぷにされちゃいます?」
わたしが可愛く笑いかけて、ミソラちゃんに人差し指を近づけていくと、ミソラちゃんは一瞬きょとんとした後に、きゃっきゃっと愛らしく頬笑んで、わたしに頬をぷにぷにされました。でも、喜んであげるのも赤ちゃんの甲斐性よね、みたいなことを内心で思っているように見えるのは……気のせいですよね、きっと。
「……うん。とにかく、二人ともこの名前でいいですよって思ってくれてるみたいですね」
赤ちゃんにどこまで理解力があるのかは分かりませんけど、笑ったんだし、喜んでいるんだと思います。
「ダイチくん、ミソラちゃん」
わたしは二人の瑞々しい頬を順繰りに人差し指でなぞります。
「名前、貰ってくれてありがとう。きっと幸せにしてね」
……幸せになるよ、でも、幸せになってね、でもなく――幸せにしてね。
なんでそんな言い方になったのか、言ってから思いました。
――その名前を、幸せなひとの名前にしてあげてね。
わたしはそう言いたかったんだと思います。
「あー」
少し目を伏せていたわたしは、猫が飼い主を呼びつけるときのようなその声に顔を上げました。
ダイチくんでした。ダイチくんが、わたしのほうに手を伸ばしていました。
わたしの手でも握り込めてしまう、小さな手です。
何かを掴もうとするような仕草に、わたしがふと自分の手を差し出してみると、ダイチくんは「これで満足してやる」と言いたげに鼻を鳴らしながら、わたしの人差し指をぎゅっと握りました。
「わっ……」
なんでしょう、この愛らしい感覚。ダイチくんの太々しい笑顔が、急に天使の笑顔に見えてきました……!
「まー」
甘える仔猫みたいな声を上げたのは、ミソラちゃんです。見ると、ミソラちゃんもわたしに向けて、その小さな手を伸ばしていました。
「ミソラちゃんも、こう?」
わたしが問いかけながらもう片方の手を伸ばすと、ミソラちゃんは「言わなくてもわかるでしょ」と言わんばかりに、人差し指をひしっと握ってきました。
差し出した両手の人差し指を、小さな手でぎゅっと握る赤ちゃん二人。
「わ、わっ……なんでしょう、これ……」
興奮とは違うドキドキが胸を高鳴らせます。
「……赤ちゃんって可愛いんですね」
葉に付いた朝露がぽたりと垂れるような自然さで、口からぽろっと零れた言葉でした。
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