義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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3章

50-3. 竜が啼き、騎士は堕ち、家族は増えない ロイド

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 さて、余談を挟んでいるうちに、ラヴィニエへのも終わる。
 彼女は戦士ゴブリン二人の萎えた肉棒(棒になっていないけど)に頬を挟まれると、泣くのを止めて唇を引き結び、鼻だけでふごふご音がしそうなほど深呼吸し始める。そうしてたっぷり五分ほど鼻呼吸をした後、復活した。

「大変取り乱してしまいました。お見苦しいものを見せてしまい、申し訳御座いませんでした」

 洞窟前の広場にて、箱から出されて拘束を解かれたラヴィニエが、有瓜の前で跪いている。その挙措は、次代様を助けてください、と頼んできたときと同じくらいに凛々しい。……なのに、髪や服に乾いた白濁がべっとりこびり付いているせいで、その凜々しさは逆に残念な印象を醸してしまっていたけれども。

「えっと、女騎士さん――」
「ラヴィニエとお呼びください、巫女様」

 有瓜が話しかけると、ラヴィニエはさっと口を挟んで深々と頭を下げた。ここで一番偉いのが有瓜であることを、ゴブリンたちから言い含められていたようだ。
 巫女様と呼ばれても、有瓜が今更照れたりすることはない。自然体で頷くだけだ。

「じゃあ、ラヴィニエさんで」
「はっ」
「……わたしのこともアルカでいいんですけどね」

 巫女様と呼ばれて嫌なわけではないけれど、殊更そう呼んでもらいたいわけでもない――という微妙な乙女心があるようだった。
 だが、ラヴィニエはこれを流れるように聞き流した。その代りに告げたのは、俺たちが聞きたかったこと――すなわち、彼女自身の身の振り方についてだ。

「巫女様に改めて御願い申し上げ奉ります。この身を御身の奴隷として御嘉納いただきますよう、伏して御願い申し上げ奉ります」
「そんなに奉らなくっていいですから!」

 装飾過多の言葉遣いで畏まられた有瓜は、呆れと恥ずかしさとで、照れたような困ったような――なかなか見ない顔になっていた。
 だが、有瓜のそのような顔を見たラヴィニエは、何かを誤解したようだった。

「ではやはり、私奴わたくしめごとき愚物は、受け取ってはいただけませんか……」
「いやいや、そうじゃなくてですね……っていうかまず、そもそもの話ですよ。ラヴィニエさん、普通に帰ってもらっても構わないんですよ?」

 きっと有瓜としては、ラヴィニエが「本当は騎士団に帰りたいけれど、約束したから自分は奴隷になるしかない」と思い込んでいるのだと思っていたのだろう。だから、「もう陵辱プレイで満足したから、帰ってもいいですよ」と言ったわけだ。

「……騎士団にとって、私は何もかもを放り出して逃げた脱走者です。もう既に、あそこに私の居場所は御座いません」

 きっと騎士団を飛び出した時点で、戻れないことは覚悟していたのだろう。淡々と告げたラヴィニエの顔に、苦渋の色はなかった。
 だけど、そんな話をされた有瓜のほうに心構えはできていないくて、戸惑いながら聞き返す。

「でも、ラヴィニエが頑張ったから、騎士団のひとはドラゴンと戦って死んじゃうことがなかったんですよね。そのことを伝えれば、悪くても無断外泊をちょっと怒られるくらいで許してもらえるんじゃないですか?」
「その場合、私は竜の寝首を掻くという騎士団の作戦を敵方に漏洩させた裏切り者として処断されるでしょう」
「えぇ……あ……ううぅ……!」

 有瓜の顔が百面相する。戻れば罰されるというラヴィニエの言葉に、最初は驚き、次に理解して、最後は納得できなかったのが一目瞭然の表情変化だった。

「ですので、ここで受け容れていただけませぬときは、何処か見知らぬ土地に身ひとつで流浪するより他は御座いません。私にも騎士として腕に多少の覚えは御座いますが、女の一人旅がその程度のものでどうなるものでもないことは知っております。きっと身を持ち崩すなり、良からぬ者の手に掛かるなりして、惨めな末路を辿ることでしょう……が、それも全て承知の上で、私はここを訪ったのです。どうか努々ゆめゆめ、お気になさいませんよう」
「気にしろって言ってますよね、それ!」

 有瓜が胡乱げに睨むと、いきなり滔々と語ってみせたラヴィニエはさっと目を逸らして、

「……お気になさいませんよう」
「いやもう、なんか元気じゃないか」

 俺も思わずツッコミを入れてしまった。

 ……雰囲気が緩んでしまった。
 空気が弛緩したそのタイミングを引き締めるように、有瓜が咳払いをする。

「ん、んっ……とにかく、ラヴィニエさんに行き場がないのは分かりました。ここに置いてもらいたいと思っているのも」
「はい」

 居住まいを正して頷くラヴィニエに、有瓜は珍しく引き締まった表情を向ける。

「ラヴィニエさん。私がドラゴンのところへ話しに行く前に、あなたのことで怒っていたのは分かりますか?」
「……はい」
「じゃあ、私があなたのどういうところに対して怒ったのかは?」

 その質問に、ラヴィニエは言葉を探すように視線を惑わせた後、有瓜を見つめ返した。

「私はあのとき、私のことをあちらにいらっしゃる娘二人のように奴隷にしてほしい、と告げました」

 そう言ってラヴィニエは、洞窟のほうを見やる。角度的に洞窟の中までは見えない場所で話しているのだけど、きっと過去視でシャーリーとアンが洞窟に入っていくのを見たのだろう。

 ……こうしてみると、過去視はものすごく厄介な力だ。調査隊を捕えたとき、他の騎士四名はラヴィニエのこの力を「たった二日前までしか見えない、使えない巫術」みたいな態度で語っていたけれど、十分に厄介すぎるだろう……あ、だからか。真価を知らしめたら危険視されるから、敢えて韜晦していたのか。

 俺が思考を脱線させているうちにも、ラヴィニエは訥々と語っていた。

「私はあの娘二人を奴隷なのだと思っておりました。自分の意思とは関係無しにゴブリンの相手をさせられている可哀相な奴隷なのだと。私もそのような扱いを受けることになるのだ、と。――ですが、ゴブリンの皆様方は、私に何ら関心を持っておりませんでした。私を陵辱するどころか、劣情を向ける価値すら感じていなかったのです」

 ラヴィニエは自嘲しながら続ける。

「彼らは、巫女様に頼まれたから、という義理と使命感だけで逸物を勃たせておりました。あれは、そう――陵辱ではなく、陵辱でした。ええ……ただの真似事、戯れ事です。ですが、本物に及ばぬ戯れ事であればこそ、私奴のごとき蒙に塗れた痴れ者にも巫女様の御心を汲み取ることができました。巫女様、私奴の蒙をお啓きくださいましたこと、改めて御礼申し上げ奉ります」

 そう言って、ラヴィニエは深々と首を垂れた。だから、有瓜が目を点にしていることに気づかなかったようだ。
 ラヴィニエは顔を伏せたまま、立て板の水の弁舌をさらに続ける。

「巫女様が機会をくださったおかげで、私奴は彼らゴブリンたちの心を蒙の晴れた目で見ることができました。彼らは理性的で紳士的で、そして巫女様への忠義に満ちた、騎士の鑑たる方々で御座います。……そのような方々を私奴は野蛮な強姦魔呼ばわりし、それだけではなく、彼らの奥様方を奴隷呼ばわりいたしました。巫女様がお怒りになるのも当然で御座います。これまでの暴言非礼の数々、申し開きようも御座いません。お許しいただけることではないと分かっておりますが、それでもどうか謝罪させていただきたく存じ奉ります――誠に申し訳御座いませんでした!」

 滔々とそこまで述べたラヴィニエは、跪いて首を垂れたところからさらに頭を下げて、土下座の姿勢になった。流れるようなその所作に、やはりこの世界、この国にも土下座の文化があるのだと俺は確信した。
 さて、この謝罪を有瓜は受け容れるのだろうな……と思いつつ有瓜のほうを見たら、

「……」

 有瓜はきょとんとしていた。狐に抓まれたような、というやつだ。
 その顔を見て、俺はぴんと来てしまった。
 こいつ、ラヴィニエの話が長すぎて聞き流しやがったな――と。

「ラヴィニエさん、俺からも確認させてくれ」

 土下座する女騎士と、惚けた顔の有瓜。そんな空しい無言劇を見続けるのは居たたまれないので、俺は話を着地させるためにもラヴィニエに話しかけた。

「何で御座いましょうか、従者様」

 ラヴィニエは土下座で俯いたまま答える。という呼称も、ゴブリンたちから聞いたのだろう。

「あなたが、有瓜が怒った理由をちゃんと考えてくれたことはよく分かった。俺も嬉しく思う。ここに奴隷はいないってことが分かってもらえたみたいで、俺も嬉しいよ」
「勿体ないお言葉です」
「で、その上で聞くんだが……ゴブリンたちは有瓜に仕える騎士で、アンたちはその妻だと思ったんだな?」
「はっ、その通りで御座います……違うのでしょうか?」

 首を垂れたままだから顔は窺えないけれど、その声は不安げに揺れている。
 俺は自分で答えることをせず、有瓜を見やって頷いた。
 有瓜は俺に頷き返すと、ラヴィニエに向き直る。

「ラヴィニエさん。まず、顔を上げてください」
「はっ」

 顔を上げたラヴィニエに、有瓜は自分で自分の言葉を聞くようにゆっくりと告げる。

「えっとですね、もしかしたらゴブさんたちは、ラヴィニエさんが思っている通り、わたしに仕えているつもりかもしれませんけど、わたしはゴブさんたちのことを騎士だとか、そんなふうには思っていないのです」
「……では、なんとお思いに?」
「なんだと思います?」

 質問に質問で返されたラヴィニエは一瞬、面食らったように目を瞠ったものの、すぐに顔つきを引き締めて思案を始める。
 そしてややあった後に、恐る恐るといった様子で口を開いた。

「……友、でしょうか?」
「惜しい!」
「では、家族で」
「近い!」
「えっ……で、では、ええ……親戚、でしょうか……」
「遠くなった!」
「うぅ……分かりません……!」

 ラヴィニエは泣きそうな顔になってしまう。

「むむっ、分かりませんか……」

 有瓜が少し困った顔をしているけれど、いや、俺も分からないのだが。

「あれ? その顔、義兄さんも分かってない感じだったりです?」
「家族だと思っていたんだが、違うのか」
「んー……最初はそうかなぁと思ってたんですけどね。だけど最近、そうといえばそうだけど、正確にはたぶんそうじゃなくて、ちょっと違っていたんだなぁと気づいたわけですよ」
が多すぎてよく分からないんだが」
「わたしも自分で言っていて、ちょっと分からなくなってきてますね」
「きてますね、じゃねぇよ……」

 しれっと言ってくれた有瓜を、俺は呆れ顔で睨む。すると有瓜は、むっと頬を膨らませた。

「仕方ないじゃないですか! こういうのはニュアンスなんですからっ!」
「なら、そのニュアンスをとっとと教えてくれ」
「はいはい……ええとですね――」

 俺が少々ぶっきらぼうに言うと、有瓜は頬の空気をぷしゅっと抜くようにして言った。

「ゴブさんたちは、同志、ですね」
「同志……ソ連か?」
「ん? 義兄さん、ソレンって何ですか?」
「知らんのか。なら、同志って何だよ?」
「だからニュアンスなんですよ。こう……血の繋がりはないけれど、それと同じくらい強い何かで繋がっている、みたいな」
「……分からないけど、分かるな」

 我ながら曖昧なことを言っていると思うけれど、それが俺の率直な感想だった。
 ラヴィニエのほうはと言えば、真剣な顔で有瓜の言葉を口の中で吟味しながら呟いていたが、天啓が閃いたのか、はっと顔を輝かせた。

「友ではなく、家族でもなく、同志……なるほど。友よりも狭くて、家族よりも広い繋がりを指していらっしゃるのですね。同志とは良き言葉に御座います。御博識、感服つかまつりました」

 どうやらラヴィニエはという言葉の響きが気に入ったようだ。へへぇ、と平伏して感じ入っている。
 周りのゴブリンたちは関係性の呼び方にこだわりはないようで、とくに困りも喜びもしていない。まあ、名前に意味を見出さない価値観なら、当然の反応か。

 そして俺はと言えば……

「うぅん……べつにそれ、家族でも良くないか?」

 同志という言葉に文句があるわけではないのだが、という言葉にだって血縁以外の繋がりを意味するところはあると思うのだ。それに何となく――それこそニュアンスの話になるけれど、俺は自分たちの集団を家族のようだと思うのだ。
 有瓜もそうだと思っていたのだが、違っていたのか……。

「……義兄さん。変なふうに誤解されたら嫌だから言っちゃいます」

 そう言ってきた有瓜を見ると、またも頬を膨らませていた。理由は分からないけど怒らせてしまったらしい……と思いきや、どうやら違う。なぜならば、有瓜は俺を睨んでくるどころか、視線を俺に向けては外し、また向けては外し……を繰り返しているからだ。
 さすがに分かる。これは照れている、あるいは恥ずかしがっているのだ。
 ……有瓜がいま言おうとしていることは、そんなにも恥ずかしいことなのか? そんな恥ずかしいことを言われたとして、俺はどうしたらいいというか?

「な、なあ有瓜。言いにくいことだったら無理して言わなくてもいいんだぞ」
「いえ、言います。なんかすでに妙な誤解されている気がするので、言います!」

 有瓜は今度こそ怒った顔で俺を睨むと、それでも深呼吸をひとつ挟んでから、ぼそぼそと話し始めた。

「……私にとって、こっちでの家族は義兄さんのことで、義兄さんは他のひととは別枠だから……だから、他のひとは家族じゃなくて同志なんです。分かりましたか!」

 最初は小声でぼそぼそだったのに、最後はなぜか俺が怒られているみたいになった。
 でも、嫌な気分にはならなかった。
 いや、むしろ――

「……有瓜」
「な、なんですかっ?」
「そういう妹っぽいこと、月一くらいで言ってくれると、すごく捗る」
「何がですか!?」

 いや、俺もいま自分が何を口走ったのか、よく分からん。

「……こういうこと二度と言いませんので」

 有瓜に知らないおじさんを見る目で見られたけれど、いまのは反論の余地もなく俺がキモかったので甘んじて受け容れたのだった。


「結局、私はここに置いていただけるのでしょうか……?」

 話の流れが変な方向にいったせいで微妙に放置されていたラヴィニエが、不安げに呟いていた。
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