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5章
71-4. 晩夏の日々 ルピス
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「芋が……美味しい……」
先だっての油で煮込んだ煮物のようなものに入っていた芋も、肉や油に負けないほど強い味をしていた。そのときは料理人の腕がいいのと、一緒に煮込まれている肉が高級だからだろうと、それ以上は気にしなかった。だけど、ただ蒸したものに塩を振っただけの芋がこれほどに美味しいなんて……!
私だって腐ってもかつては王女だったわけで、言ってしまえば国一番の料理を食べてきた人間だ。ちょっとやそっとの美食で驚いたりはしないつもりだった。なのに、ここでの食事には驚かされてばかりだ。
煮込んだスープを鍋ごと運んできて、皆で囲んで食べる「鍋料理」という趣向には戸惑ったけれど、そのスープに使われていた肉は、王女時代にもそうそう食べることのできなかった剣鹿と大牙猪の肉が使われていたと分かったから、「高級食材だから美味しいのね」と納得できた。
だけど、いま食べているのは、それこそ王侯も平民も関係なく当たり前のように食べられている、ありふれた芋ばかりだ。しかも、技巧を凝らして料理されたというわけでもない、ただの蒸し焼きだ。味付けは塩だけだ。それなのに美味しくて仕方ないのだから、この芋自体が美味しいのだと認めるしかない。
「これが……この芋が、こんなに美味しいなんて……」
私は王女だったこともあるけれど、処刑を待つだけの大罪人だったこともある。汚れきった牢獄で食べた残飯のような粥に入っていたのが、この芋だった。あのときの芋はもっと小さく刻まれていたし、もっと泥臭くて、もっと砂のような舌触りで、いっそ泥を噛んでいるほうがいいと思えるほどに不味かったけれど……確かに、この芋だった。葉の落ちた枯れ木と青葉を茂らせる大樹ほどにも違っているけれど、この素晴らしい蒸し芋は、あの残飯粥に入っていたのと同じ芋だ。
あの芋は、ああいう不味い粥にしかできない品種の芋なのだろうと思っていたのに、こんなにも美味しいというのは、不思議や感動という言葉では追いつかないほどに只々、衝撃的だった。
どう料理しても不味くしかならない芋だと思っていた。この世にはそういうものも存在するのだと、それが天意なのだと――諦め半分に、自分をそう納得させていた。
この世にはどうにもならないことがある。それは仕方のないことだ。諦めよう――と。
なのに、どうにかなってしまっていた。
どう料理しても不味い芋なんて、なかった。この芋はただ蒸しただけで美味しくなる、素晴らしい食材だった。
だとすると、私があの牢獄で食べた砂と泥を練ったような芋粥は、きっと腐った芋で作った本当の意味での――
「ようなではなく、本当に残飯だったのね」
きっと嫌がらせで出されたのだろう残飯を、私は不味い食べ物と思っていただなんて……ああ、笑えるわ。
「……そんなに不味かったっすか?」
「あ……」
敬語もどきの言葉をかけられて顔を上げると、私と同年代だろう赤い髪の娘が、憮然とした顔をこちらに向けていた。
私は急いで謝った。
「すまない。昔に食べた酷い食事のことを思い出していただけなの。そのときの食事がこれと同じ芋を使った料理だったのだけど、これは全然別物だわ。美味しすぎて驚きよ。とても、同じ芋だとは思えないわ」
誤解を解こうとして、つい早口になってしまった。
この娘は確か、ゴブリンの子供を生んだ村娘姉妹の姉のほう。名前はシャーリーだったか。
妹のアンは、貴族の子女がそうだったように外面を取り繕って、とくに何も意識していないかのような態度で私と接してくるけれど、姉のシャーリーは腹芸が駄目なようだ。私の素性は知っているようで、どう接していいのか分からないという内心が顔に出すぎている。
敬語を使おうとしながらも、私に向けられるのは余所者を見る目だ。といっても、実際に私はまだまだ余所者同然なのだから、ある意味で彼女の態度こそが然るべきものだ。ゴブリンたちが私に対してあまりに無関心なせいで感覚が麻痺しかけていたわ。
「あぁ……」
シャーリーは大きな肉の塊を飲み込んだみたいな渋面になった。私の釈明がご不満だったのかしら、と思ったけれど、違った。
「それ、もしかしたら本当に同じ芋じゃなかったかもな……っす」
「無理に敬語を使おうとしなくてもいいわ。それよりも……どういうことかしら?」
同じ芋だと思った根拠は、私の舌に残っている記憶と直感だけだ。だから、両者が別の芋だという可能性も考えてはいた。そのため、シャーリーに指摘されても驚かなかったのだけど……どうやら彼女が言いたいのは、そういうことではなかったらしい。
「この芋、あたいの生まれた村の畑で採れたもんなんすけど、元々はそんなに美味いもんじゃなかったんすよ。適当に植えてもごろごろ採れるし、腹持ちもいいは、保存も利くはで良いこと尽くめなんすけどね。で――その畑の一部をロイドが肉だとかと交換で借りて、そこに手製の肥料を漉き込んでもらったんすよ」
「じゃあ、この芋はその畑で採れたものなのね?」
「そうっす」
「肥料だけで、芋とはこんなにも美味しくなるものなのね……」
私は感歎混じりに言うと、少し冷めてきてもまだ美味しい蒸し芋を口に運んだ。歯触りや舌触りはねっとりもっちりと吸い付くようなのに、いざ飲み込もうとすると、さらさらと極細の砂粒みたいになって崩れ、喉へと流れ落ちていく。後には土の風味を含んだ余韻だけが残って、いま食べたのが確かに芋だったと伝えてくる。
「そこなんすよね」
シャーリーは真面目くさった顔で続けた。
「ロイドが肥料を入れさせた畑に植わってたのは間違いなく、この芋だ。こんな美味すぎる芋じゃねぇし、あの不味芋がこの美味芋になるなんて、ちょっと意味分かんなすぎんだろ! ……っす」
「すをはもういいわよ……それよりも、その肥料が特別なのね?」
「そうっす……そう、だ? ……あぁ、やっぱッスを付けないと、ちょっと喋りにくいんで……」
「もう本当どっちでもいいわよ! 好きにして、もう! それよりも! 肥料って何⁉」
「あ、そっか。肥料ってのはっすね、土に混ぜると野菜の育ちがよくなる畑の薬みたいなもんっす」
「肥料くらい知っている! 肥料とは何かではなく、どんな肥料なのかと聞いて――ああもう! もう、もうもう!」
シャーリー、この子……! わざとやっているのかしら⁉
「あ、そっしたか。すんません」
「そんなことよりだから、どんな肥料なのかを!」
「ユタカの糞っす」
シャーリーはようやっと答えを言ったと思ったら……よく分からないことを言ってきた。
「……ふん?」
「っす」
いや、頷かれても分からないのだけど……。
「ふん……ふん、というと……」
「クソ、うんこっす」
「まさか⁉」
冗談も大概にして、と睨んだら、シャーリーは驚いた顔をした。まるで、どうして睨まれたのか分からない、とでもいうかのように。
「まさかと言われても……肥料って、そういうもんじゃねっすか」
「そういうもん……え? え? ま、待って! ……肥料って、そうなの?」
「あたいは狩人だったから畑のことはよく知らねぇけど……ロイドが言うには、だいたいそういうもんらしいぞ、っす」
「そんな……嘘じゃ、ない……のね……」
シャーリーの顔に嘘の色は見えないし、まだ短い付き合いだけども、食事の席で尾籠な嘘を付いて喜ぶほど下劣な品性はしていないことは分かっている。彼女は山育ちの田舎者ではあっても、痴れ者ではない。
――が、だとすると、だ。
肥料というのは本当に……本当に、く――排泄物のことなの……? 畑には肥料を撒くものだとは知っていたけれど、その肥料というのが排泄物のことだとは知らなかった……いえ、動物の排泄物よね? まさか、人間のものではないわよ、ね……?
ここはとても大事なことだったけれど、さすがに食事をしながらこの話を続けるのは不作法もいいところだし、何よりも私の食欲に差し障るので、この話はいったん保留にしてもらって、食事を終えた後に改めて再開させてもらった。
「――さてと、さっきの続きっすけど」
食後に振る舞われたお茶を飲みながら、シャーリーは肥料の話をしてくれた。彼女と向かい合って座る私の膝には、彼女の娘だという赤ん坊が載って、うつらうつらと船を漕いでいる。シャーリーよりも濃い色の赤髪を撫でてやると、むふぅ、と心地好さ気な吐息を漏らすのが、なかなかに愛らしい。額の両端に生えている角は明らかに異形なのだけど、こうして撫でていると、角も可愛いものだと思えてくるのだから不思議なものね。
「ひとが大とか小とかの用を足す時って、お役人が持ってくるぶよぶよした生き物だかなんだかよく分かんねぇもんの上にするだろ」
「ええ、そうね」
食後の満ち足りた時間に、可愛い赤子を撫でながら聞きたい話ではないけれど、それを望んだのは私だ。美味しかった食事の味を思い出さないようにしつつ、頷きを返す。
「で、そうすると、ぶよぶよが食べるのか溶かすのか分かんねぇけど、出したもんは白っつうか灰色とか黄色っぽい粉になるだろ。それが普通に使われている肥料なわけだ、っす」
「そう……だったのね」
肥料が黄褐色の粉だとは知っていたけれど、あれがどうやって作られるのかまでは気にしたこともなかった。でも……良かったわ。
「良かったわ。排泄物そのものを畑に撒いていたのではなくて」
肥料の正体を聞かされてからずっと危惧していたことが気にしすぎだったと分かって、私は胸を撫で下ろした。
ところが、シャーリーはなぜか眉間に皺を寄せる。
「……?」
どうしてそんな顔をするのか、と私が目顔で問いかけたら、シャーリーは渋い顔のまま口を開いた。
「さっきの晩飯に出した芋に使った肥料は……ぶよぶよで粉にしたものじゃねぇ。うんこをほぼそのまんまだ」
「……」
ぴしっ、と首の筋肉から音がした。私はシャーリーを見つめたまま、固まってしまった。
……え、うん――排泄物を、そのまま、畑に……その畑で採れた芋を、私はいま、食べた……の?
「おい、シャーリー。その言い方だと誤解されるだろ!」
固まっていた私の耳を、ロイドの非難がましい声が打った。その避難の対象は、私ではなくシャーリーだったけれど。
「なんだよ、ロイド。あたい、なんも嘘を言っちゃいねぇだろ」
「嘘は言ってもなくても、言い方が紛らわしいんだっての!」
ロイドはシャーリーを叱ると、私のほうに向き直って説明してくれた。
……なによ、ユタカというのは、あの童女のような形状をした植物の魔物のことだったのね。植物の排泄物であるなら、要するに樹液や木屑のようなものということ……つまり、排泄物ではない。だから大丈夫ということよ。そういうことよ!
それに実際、その肥料のおかげで、煮ても焼いても不味かった芋が蒸しただけでも美味な芋になったのだから、この一件はこれで落着だ。もう蒸し返すのは、なしよ。なしったら、なし!
「あの芋という結果が出ているのだから、肥料の正体を気にしなければいいだけよね」
「そうだな。それにユタカのあれは食べても問題ないと証明されてもいるし」
「は?」
自分のものとは思えない、低い声が出た。ロイド、いまなんと?
凝視する私に、ロイドは私が手元に置いていた木製の湯呑を指差しで示してくる。もう飲み干してしまったけれど、食後のお茶が注がれていた湯呑だ。
「そのお茶、美味しかったか?」
「ええ、とても。すっきりした甘味が信じられないほど……」
ロイドに聞かれて答えている途中で、いま急にそれを聞いてきた理由に思い至って、私の首から上の筋肉はピシッと凝り固まった。
「……ロイド」
まさかとは思うけれど、このお茶って、肥料と同じもの……
「……ん」
私は完璧な微笑で頷いた。
お茶は美味しかった。だから問題ない。はい、それで終わり。終わりったら、終わりよ。
――この後、私が水浴びの際に使わせてもらった洗髪料や、化粧水に乳液といった素晴らしい品々の大半が同様の原料と製法で作られたものだと教えてもらってからは、本当にあまり気にならなくなったのだった。
良いものは良い。
それ以外を気にすることはない。そういうことよね。ねったら、ね!
先だっての油で煮込んだ煮物のようなものに入っていた芋も、肉や油に負けないほど強い味をしていた。そのときは料理人の腕がいいのと、一緒に煮込まれている肉が高級だからだろうと、それ以上は気にしなかった。だけど、ただ蒸したものに塩を振っただけの芋がこれほどに美味しいなんて……!
私だって腐ってもかつては王女だったわけで、言ってしまえば国一番の料理を食べてきた人間だ。ちょっとやそっとの美食で驚いたりはしないつもりだった。なのに、ここでの食事には驚かされてばかりだ。
煮込んだスープを鍋ごと運んできて、皆で囲んで食べる「鍋料理」という趣向には戸惑ったけれど、そのスープに使われていた肉は、王女時代にもそうそう食べることのできなかった剣鹿と大牙猪の肉が使われていたと分かったから、「高級食材だから美味しいのね」と納得できた。
だけど、いま食べているのは、それこそ王侯も平民も関係なく当たり前のように食べられている、ありふれた芋ばかりだ。しかも、技巧を凝らして料理されたというわけでもない、ただの蒸し焼きだ。味付けは塩だけだ。それなのに美味しくて仕方ないのだから、この芋自体が美味しいのだと認めるしかない。
「これが……この芋が、こんなに美味しいなんて……」
私は王女だったこともあるけれど、処刑を待つだけの大罪人だったこともある。汚れきった牢獄で食べた残飯のような粥に入っていたのが、この芋だった。あのときの芋はもっと小さく刻まれていたし、もっと泥臭くて、もっと砂のような舌触りで、いっそ泥を噛んでいるほうがいいと思えるほどに不味かったけれど……確かに、この芋だった。葉の落ちた枯れ木と青葉を茂らせる大樹ほどにも違っているけれど、この素晴らしい蒸し芋は、あの残飯粥に入っていたのと同じ芋だ。
あの芋は、ああいう不味い粥にしかできない品種の芋なのだろうと思っていたのに、こんなにも美味しいというのは、不思議や感動という言葉では追いつかないほどに只々、衝撃的だった。
どう料理しても不味くしかならない芋だと思っていた。この世にはそういうものも存在するのだと、それが天意なのだと――諦め半分に、自分をそう納得させていた。
この世にはどうにもならないことがある。それは仕方のないことだ。諦めよう――と。
なのに、どうにかなってしまっていた。
どう料理しても不味い芋なんて、なかった。この芋はただ蒸しただけで美味しくなる、素晴らしい食材だった。
だとすると、私があの牢獄で食べた砂と泥を練ったような芋粥は、きっと腐った芋で作った本当の意味での――
「ようなではなく、本当に残飯だったのね」
きっと嫌がらせで出されたのだろう残飯を、私は不味い食べ物と思っていただなんて……ああ、笑えるわ。
「……そんなに不味かったっすか?」
「あ……」
敬語もどきの言葉をかけられて顔を上げると、私と同年代だろう赤い髪の娘が、憮然とした顔をこちらに向けていた。
私は急いで謝った。
「すまない。昔に食べた酷い食事のことを思い出していただけなの。そのときの食事がこれと同じ芋を使った料理だったのだけど、これは全然別物だわ。美味しすぎて驚きよ。とても、同じ芋だとは思えないわ」
誤解を解こうとして、つい早口になってしまった。
この娘は確か、ゴブリンの子供を生んだ村娘姉妹の姉のほう。名前はシャーリーだったか。
妹のアンは、貴族の子女がそうだったように外面を取り繕って、とくに何も意識していないかのような態度で私と接してくるけれど、姉のシャーリーは腹芸が駄目なようだ。私の素性は知っているようで、どう接していいのか分からないという内心が顔に出すぎている。
敬語を使おうとしながらも、私に向けられるのは余所者を見る目だ。といっても、実際に私はまだまだ余所者同然なのだから、ある意味で彼女の態度こそが然るべきものだ。ゴブリンたちが私に対してあまりに無関心なせいで感覚が麻痺しかけていたわ。
「あぁ……」
シャーリーは大きな肉の塊を飲み込んだみたいな渋面になった。私の釈明がご不満だったのかしら、と思ったけれど、違った。
「それ、もしかしたら本当に同じ芋じゃなかったかもな……っす」
「無理に敬語を使おうとしなくてもいいわ。それよりも……どういうことかしら?」
同じ芋だと思った根拠は、私の舌に残っている記憶と直感だけだ。だから、両者が別の芋だという可能性も考えてはいた。そのため、シャーリーに指摘されても驚かなかったのだけど……どうやら彼女が言いたいのは、そういうことではなかったらしい。
「この芋、あたいの生まれた村の畑で採れたもんなんすけど、元々はそんなに美味いもんじゃなかったんすよ。適当に植えてもごろごろ採れるし、腹持ちもいいは、保存も利くはで良いこと尽くめなんすけどね。で――その畑の一部をロイドが肉だとかと交換で借りて、そこに手製の肥料を漉き込んでもらったんすよ」
「じゃあ、この芋はその畑で採れたものなのね?」
「そうっす」
「肥料だけで、芋とはこんなにも美味しくなるものなのね……」
私は感歎混じりに言うと、少し冷めてきてもまだ美味しい蒸し芋を口に運んだ。歯触りや舌触りはねっとりもっちりと吸い付くようなのに、いざ飲み込もうとすると、さらさらと極細の砂粒みたいになって崩れ、喉へと流れ落ちていく。後には土の風味を含んだ余韻だけが残って、いま食べたのが確かに芋だったと伝えてくる。
「そこなんすよね」
シャーリーは真面目くさった顔で続けた。
「ロイドが肥料を入れさせた畑に植わってたのは間違いなく、この芋だ。こんな美味すぎる芋じゃねぇし、あの不味芋がこの美味芋になるなんて、ちょっと意味分かんなすぎんだろ! ……っす」
「すをはもういいわよ……それよりも、その肥料が特別なのね?」
「そうっす……そう、だ? ……あぁ、やっぱッスを付けないと、ちょっと喋りにくいんで……」
「もう本当どっちでもいいわよ! 好きにして、もう! それよりも! 肥料って何⁉」
「あ、そっか。肥料ってのはっすね、土に混ぜると野菜の育ちがよくなる畑の薬みたいなもんっす」
「肥料くらい知っている! 肥料とは何かではなく、どんな肥料なのかと聞いて――ああもう! もう、もうもう!」
シャーリー、この子……! わざとやっているのかしら⁉
「あ、そっしたか。すんません」
「そんなことよりだから、どんな肥料なのかを!」
「ユタカの糞っす」
シャーリーはようやっと答えを言ったと思ったら……よく分からないことを言ってきた。
「……ふん?」
「っす」
いや、頷かれても分からないのだけど……。
「ふん……ふん、というと……」
「クソ、うんこっす」
「まさか⁉」
冗談も大概にして、と睨んだら、シャーリーは驚いた顔をした。まるで、どうして睨まれたのか分からない、とでもいうかのように。
「まさかと言われても……肥料って、そういうもんじゃねっすか」
「そういうもん……え? え? ま、待って! ……肥料って、そうなの?」
「あたいは狩人だったから畑のことはよく知らねぇけど……ロイドが言うには、だいたいそういうもんらしいぞ、っす」
「そんな……嘘じゃ、ない……のね……」
シャーリーの顔に嘘の色は見えないし、まだ短い付き合いだけども、食事の席で尾籠な嘘を付いて喜ぶほど下劣な品性はしていないことは分かっている。彼女は山育ちの田舎者ではあっても、痴れ者ではない。
――が、だとすると、だ。
肥料というのは本当に……本当に、く――排泄物のことなの……? 畑には肥料を撒くものだとは知っていたけれど、その肥料というのが排泄物のことだとは知らなかった……いえ、動物の排泄物よね? まさか、人間のものではないわよ、ね……?
ここはとても大事なことだったけれど、さすがに食事をしながらこの話を続けるのは不作法もいいところだし、何よりも私の食欲に差し障るので、この話はいったん保留にしてもらって、食事を終えた後に改めて再開させてもらった。
「――さてと、さっきの続きっすけど」
食後に振る舞われたお茶を飲みながら、シャーリーは肥料の話をしてくれた。彼女と向かい合って座る私の膝には、彼女の娘だという赤ん坊が載って、うつらうつらと船を漕いでいる。シャーリーよりも濃い色の赤髪を撫でてやると、むふぅ、と心地好さ気な吐息を漏らすのが、なかなかに愛らしい。額の両端に生えている角は明らかに異形なのだけど、こうして撫でていると、角も可愛いものだと思えてくるのだから不思議なものね。
「ひとが大とか小とかの用を足す時って、お役人が持ってくるぶよぶよした生き物だかなんだかよく分かんねぇもんの上にするだろ」
「ええ、そうね」
食後の満ち足りた時間に、可愛い赤子を撫でながら聞きたい話ではないけれど、それを望んだのは私だ。美味しかった食事の味を思い出さないようにしつつ、頷きを返す。
「で、そうすると、ぶよぶよが食べるのか溶かすのか分かんねぇけど、出したもんは白っつうか灰色とか黄色っぽい粉になるだろ。それが普通に使われている肥料なわけだ、っす」
「そう……だったのね」
肥料が黄褐色の粉だとは知っていたけれど、あれがどうやって作られるのかまでは気にしたこともなかった。でも……良かったわ。
「良かったわ。排泄物そのものを畑に撒いていたのではなくて」
肥料の正体を聞かされてからずっと危惧していたことが気にしすぎだったと分かって、私は胸を撫で下ろした。
ところが、シャーリーはなぜか眉間に皺を寄せる。
「……?」
どうしてそんな顔をするのか、と私が目顔で問いかけたら、シャーリーは渋い顔のまま口を開いた。
「さっきの晩飯に出した芋に使った肥料は……ぶよぶよで粉にしたものじゃねぇ。うんこをほぼそのまんまだ」
「……」
ぴしっ、と首の筋肉から音がした。私はシャーリーを見つめたまま、固まってしまった。
……え、うん――排泄物を、そのまま、畑に……その畑で採れた芋を、私はいま、食べた……の?
「おい、シャーリー。その言い方だと誤解されるだろ!」
固まっていた私の耳を、ロイドの非難がましい声が打った。その避難の対象は、私ではなくシャーリーだったけれど。
「なんだよ、ロイド。あたい、なんも嘘を言っちゃいねぇだろ」
「嘘は言ってもなくても、言い方が紛らわしいんだっての!」
ロイドはシャーリーを叱ると、私のほうに向き直って説明してくれた。
……なによ、ユタカというのは、あの童女のような形状をした植物の魔物のことだったのね。植物の排泄物であるなら、要するに樹液や木屑のようなものということ……つまり、排泄物ではない。だから大丈夫ということよ。そういうことよ!
それに実際、その肥料のおかげで、煮ても焼いても不味かった芋が蒸しただけでも美味な芋になったのだから、この一件はこれで落着だ。もう蒸し返すのは、なしよ。なしったら、なし!
「あの芋という結果が出ているのだから、肥料の正体を気にしなければいいだけよね」
「そうだな。それにユタカのあれは食べても問題ないと証明されてもいるし」
「は?」
自分のものとは思えない、低い声が出た。ロイド、いまなんと?
凝視する私に、ロイドは私が手元に置いていた木製の湯呑を指差しで示してくる。もう飲み干してしまったけれど、食後のお茶が注がれていた湯呑だ。
「そのお茶、美味しかったか?」
「ええ、とても。すっきりした甘味が信じられないほど……」
ロイドに聞かれて答えている途中で、いま急にそれを聞いてきた理由に思い至って、私の首から上の筋肉はピシッと凝り固まった。
「……ロイド」
まさかとは思うけれど、このお茶って、肥料と同じもの……
「……ん」
私は完璧な微笑で頷いた。
お茶は美味しかった。だから問題ない。はい、それで終わり。終わりったら、終わりよ。
――この後、私が水浴びの際に使わせてもらった洗髪料や、化粧水に乳液といった素晴らしい品々の大半が同様の原料と製法で作られたものだと教えてもらってからは、本当にあまり気にならなくなったのだった。
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