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1章
17-1. ロイドとシャーリー ロイド
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有瓜が村の男衆を説得してくれたおかげで、最終的に俺たちは欲しかったもののほとんどを手に入れることができた。
鍋や農具、服に布、それに縄など。塩と蜂蜜、それにパンも貰えることになった。
砂糖は、村人もその存在は知っているそうだが、ここらでは取れないようで、もっと栄えている街まで行かないと手に入らないらしい。その代りというか、この辺りには養蜂をしている村が点在していて、蜂蜜ならばそこそこのお値段で手に入れられるということだった。なお、養蜂業では蜜蝋も得られるけれど、そちらは用途が山ほどあるためか、街の商人に卸す分で品切れになっているらしい。
有瓜は「ハンドクリームにしたかった……」と残念がっていたが、ないものは仕方がない。
なお、今更の話になるが、基本的に群れ同士の交流をしないゴブリンたちは貨幣や商売の観念を持っていない。
村人たちは貨幣を使うこともあるけれど、その相手は数ヶ月ごとにやってくる行商人だけで、それ以外の相手と金銭的な取り引きをする機会はまずないそうだ。村内でのやり取りは基本的に、物々交換か助け合いでまわっているとのことだった。
――話を戻そう。
村側から色々なものを提供してもらう対価として俺たちが差し出すのは、「この村を襲わない」と「この村を積極的に守る」というふたつの約束だ。要するに、「ゴブリンが村のケツ持ちをする」ということだ。
さらに、基本であるこのふたつの約束に加えて、「ゴブリン側は危険地帯で得たものを任意に提供する。村側はその加工物を任意に提供する」という付則も決めた。これは要するに、村側からすれば「素材を渡してくれたら加工してやるよ。手数料分はいただくけど」という取り決めだった。
こうした取り決めの内のひとつとして、村側から年頃の娘一人をゴブリン側に引き渡すことも決められた。
「まず、近日中に一人。その後は分からないが、おそらく一年に一度のペースでゴブリン側から打診する。それが受け入れられない場合、今回の取り決めはその時点をもって終了となる」
正直なところ、この取り決めが来年以降も続くかどうかは自身がない。俺としては、今回ただ一度きりでも交渉によって何とかなるのなら――つまり、人間の村を襲って娘を奪ってくるようなことがないのなら、それで大成功だと思っている。来年のことはまた、来年考えればいい。どうせ、俺が何もしなくたって、有瓜がひと声かければ上手くいくのだろうし。
生け贄の娘は、一も二もなくアンに決まった。アン自身が立候補したのだった。
「いま自分で話しちゃったから、わたしが山賊に捕まっていたのは、村のみんなに知られちゃいました。きっと、そういうことをされた可哀相な子って見られちゃうだろうし……それに、わたしはゴブリンの皆さんがそんなに怖くなって分かってるから、他の子より適任だと思うんですよ」
そう言って頬笑んだときのアンは、俺の目が節穴でなければ、気負っているふうには見えなかった。
「昨日は考える余裕ありませんでしたけど、今日は朝からずっと考えていたんです。村に来る前に言い出せなかったのは、本当にそれでいいのか自分に確かめる時間がほしかったのと、あと、お姉ちゃんにお別れを言いたかったのもあって……あの、ごめんなさい……」
だんだん弱気な声になって最後は謝ってきたアンに、俺たちは「きみが謝ることじゃないよ」と慰める羽目になったりもしたが、アンの申し出を却下しようという者は誰も……一人しかいなかった。
「アン!? あんた、せっかく帰ってこれたのに、なんだってそんな馬鹿なこと……とっ、とにかく! あっ、あたいは認めないよ!!」
アンと一緒に話し合いに参加していた、というかアンの傍から離れようとしなかったために成り行きで参加していたシャーリー一人だけが、アンが生け贄になることを拒んだ。
「お姉ちゃん、聞いて」
「嫌だ、聞かない!」
「誰かが行けば丸く収まるんだよ」
「なら、あんたじゃない誰かが行けばいい!」
「わたしが一番、ちょうどいいの。だって、ゴブリンに慣れてるし、家族も少ないし、もう……綺麗な身体じゃないし」
「馬鹿!」
シャーリーの平手がアンの頬を打つ。
アンは一瞬、呆然としたように目を瞠ったけれど、泣きはしなかった。
「お姉ちゃん、聞いて」
真剣な目でシャーリーを見据える。
「聞きたくないって――」
「わたし、行くよ。お姉ちゃんを一人で残していくのは、すごく心配だよ。でも、これが一番だと思うから……もう決めたの」
「アン、でも――」
「お姉ちゃん、ごめんね。今日まで迷惑いっぱいかけて、最後まで我が儘ばっかりで……ごめんね……ごめんね……!」
「アン……」
笑顔を崩すまいと堪えながらも大粒の涙を零して謝るアンの姿に、シャーリーの横顔はくしゃりと歪む。噛み締められている唇が悔しげに震えている。
妹を説得する言葉を探しているのか、シャーリーの唇は何度か開きかけるのだけど、嗚咽が漏れそうになるだけで、言葉は何も出てこない。
俺はただ黙って、二人を見ていることしかできなかった。
そんな俺の目をふいに、シャーリーの泣きそうな目が見つめてきた。
……俺に何か言えというのか? アンを止めてくれと訴えているのか? でも、それはできない話だ。だって、俺たちには女性が必要なのだ。アンが駄目なら、他の村人を説得しなければならなくなる。立候補してくれる女性なんて、アン以外にいるはずない。アンを逃せるわけがない――例え、悲痛な顔をした姉に目で訴えられようとも、だ。
「……」
無言で、けれども目を逸らさずに受け止める。それが、シャーリーの視線に対して返せる、せめてもの礼儀だった。
はぁ、とシャーリーが震えた溜め息を吐き出す。そして、観念した顔で訊いてきた。
「出発まで、アンと二人で過ごさせてくれるか?」
「もちろん」
俺は即答する。
「ありがとう」
シャーリーは微かに笑むと、アンの肩を抱いて村の中に歩いていった。きっと、家に帰るのだろう。
俺たちは村長らも含めて、二人の少女が立ち去るのを静かに見送ると、話し合いの残りを片付けたのだった。
――というのが、昨日までの話だった。
鍋や農具、服に布、それに縄など。塩と蜂蜜、それにパンも貰えることになった。
砂糖は、村人もその存在は知っているそうだが、ここらでは取れないようで、もっと栄えている街まで行かないと手に入らないらしい。その代りというか、この辺りには養蜂をしている村が点在していて、蜂蜜ならばそこそこのお値段で手に入れられるということだった。なお、養蜂業では蜜蝋も得られるけれど、そちらは用途が山ほどあるためか、街の商人に卸す分で品切れになっているらしい。
有瓜は「ハンドクリームにしたかった……」と残念がっていたが、ないものは仕方がない。
なお、今更の話になるが、基本的に群れ同士の交流をしないゴブリンたちは貨幣や商売の観念を持っていない。
村人たちは貨幣を使うこともあるけれど、その相手は数ヶ月ごとにやってくる行商人だけで、それ以外の相手と金銭的な取り引きをする機会はまずないそうだ。村内でのやり取りは基本的に、物々交換か助け合いでまわっているとのことだった。
――話を戻そう。
村側から色々なものを提供してもらう対価として俺たちが差し出すのは、「この村を襲わない」と「この村を積極的に守る」というふたつの約束だ。要するに、「ゴブリンが村のケツ持ちをする」ということだ。
さらに、基本であるこのふたつの約束に加えて、「ゴブリン側は危険地帯で得たものを任意に提供する。村側はその加工物を任意に提供する」という付則も決めた。これは要するに、村側からすれば「素材を渡してくれたら加工してやるよ。手数料分はいただくけど」という取り決めだった。
こうした取り決めの内のひとつとして、村側から年頃の娘一人をゴブリン側に引き渡すことも決められた。
「まず、近日中に一人。その後は分からないが、おそらく一年に一度のペースでゴブリン側から打診する。それが受け入れられない場合、今回の取り決めはその時点をもって終了となる」
正直なところ、この取り決めが来年以降も続くかどうかは自身がない。俺としては、今回ただ一度きりでも交渉によって何とかなるのなら――つまり、人間の村を襲って娘を奪ってくるようなことがないのなら、それで大成功だと思っている。来年のことはまた、来年考えればいい。どうせ、俺が何もしなくたって、有瓜がひと声かければ上手くいくのだろうし。
生け贄の娘は、一も二もなくアンに決まった。アン自身が立候補したのだった。
「いま自分で話しちゃったから、わたしが山賊に捕まっていたのは、村のみんなに知られちゃいました。きっと、そういうことをされた可哀相な子って見られちゃうだろうし……それに、わたしはゴブリンの皆さんがそんなに怖くなって分かってるから、他の子より適任だと思うんですよ」
そう言って頬笑んだときのアンは、俺の目が節穴でなければ、気負っているふうには見えなかった。
「昨日は考える余裕ありませんでしたけど、今日は朝からずっと考えていたんです。村に来る前に言い出せなかったのは、本当にそれでいいのか自分に確かめる時間がほしかったのと、あと、お姉ちゃんにお別れを言いたかったのもあって……あの、ごめんなさい……」
だんだん弱気な声になって最後は謝ってきたアンに、俺たちは「きみが謝ることじゃないよ」と慰める羽目になったりもしたが、アンの申し出を却下しようという者は誰も……一人しかいなかった。
「アン!? あんた、せっかく帰ってこれたのに、なんだってそんな馬鹿なこと……とっ、とにかく! あっ、あたいは認めないよ!!」
アンと一緒に話し合いに参加していた、というかアンの傍から離れようとしなかったために成り行きで参加していたシャーリー一人だけが、アンが生け贄になることを拒んだ。
「お姉ちゃん、聞いて」
「嫌だ、聞かない!」
「誰かが行けば丸く収まるんだよ」
「なら、あんたじゃない誰かが行けばいい!」
「わたしが一番、ちょうどいいの。だって、ゴブリンに慣れてるし、家族も少ないし、もう……綺麗な身体じゃないし」
「馬鹿!」
シャーリーの平手がアンの頬を打つ。
アンは一瞬、呆然としたように目を瞠ったけれど、泣きはしなかった。
「お姉ちゃん、聞いて」
真剣な目でシャーリーを見据える。
「聞きたくないって――」
「わたし、行くよ。お姉ちゃんを一人で残していくのは、すごく心配だよ。でも、これが一番だと思うから……もう決めたの」
「アン、でも――」
「お姉ちゃん、ごめんね。今日まで迷惑いっぱいかけて、最後まで我が儘ばっかりで……ごめんね……ごめんね……!」
「アン……」
笑顔を崩すまいと堪えながらも大粒の涙を零して謝るアンの姿に、シャーリーの横顔はくしゃりと歪む。噛み締められている唇が悔しげに震えている。
妹を説得する言葉を探しているのか、シャーリーの唇は何度か開きかけるのだけど、嗚咽が漏れそうになるだけで、言葉は何も出てこない。
俺はただ黙って、二人を見ていることしかできなかった。
そんな俺の目をふいに、シャーリーの泣きそうな目が見つめてきた。
……俺に何か言えというのか? アンを止めてくれと訴えているのか? でも、それはできない話だ。だって、俺たちには女性が必要なのだ。アンが駄目なら、他の村人を説得しなければならなくなる。立候補してくれる女性なんて、アン以外にいるはずない。アンを逃せるわけがない――例え、悲痛な顔をした姉に目で訴えられようとも、だ。
「……」
無言で、けれども目を逸らさずに受け止める。それが、シャーリーの視線に対して返せる、せめてもの礼儀だった。
はぁ、とシャーリーが震えた溜め息を吐き出す。そして、観念した顔で訊いてきた。
「出発まで、アンと二人で過ごさせてくれるか?」
「もちろん」
俺は即答する。
「ありがとう」
シャーリーは微かに笑むと、アンの肩を抱いて村の中に歩いていった。きっと、家に帰るのだろう。
俺たちは村長らも含めて、二人の少女が立ち去るのを静かに見送ると、話し合いの残りを片付けたのだった。
――というのが、昨日までの話だった。
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