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1章
18-1. シャンプー アルカ
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村人さんたちが持ち寄ってくれた鍋やらフライパンやら釘やら木槌やら……とにかく色々なものを、ゴブさんたちみんなで協力して台車に載せていきます。
正直、わたしがここにいても声援を飛ばすくらいの役にしか立ってません。それなら、村人さんたち――の内の男性陣からそれとなくお願いされた昨日の続きをしてあげていても良かったとは思うのですけど……。
「……顔、やっぱりなんか変なんですよねぇ」
わたしが見ているのは、わたしたちから少し離れたところに佇んでいる義兄さんです。
義兄さん、昨日からどうも元気がないのです。それに、なんとなくですが、わたしを避けているような気もするのです。その様子が気になって、今朝は義兄さんの近くにいることにしたのでした。
それにしても……わたし、義兄さんを怒らせるようなこと、しちゃったのでしょうか?
うーん……義兄さんの手助けをしたつもりならあるんですけど、邪魔するようなことをした覚えはないのですよね……。
村の男性連中を肉接待したことは、ひとによっては敬遠するでしょうけど、義兄さんが今更そこを気にするとは思えません。
「となると、全く心当たりがないんですよね……」
男のひとにもあの日があるのでしょうか? ……なんて冗談はともかく、今朝の義兄さんは、とにかくなんだか変です。いえ、思い返してみれば、昨日の話し合いをしていたあたりから、ちょっと変になっていた気もします。
最大の懸案だった女性についても、アンちゃんとシャーリーさんのおかげで片付いたのですから、交渉は大成功と言っていいと思います。でも、その結果に至るまでの間に何かあったのでしょうか? わたしが村人のみなさんと一緒に物置小屋でエロエロしていたときに、何かあったのでしょうか?
「聞いてみたような、でも言ってくるのを待つほうがいいような気も……うぅん……」
――と、わたしが曇った顔の義兄さんを眺めながら頭を悩ませていたら、アンちゃんとシャーリーさんがやってきて、義兄さんと何事かを話し始めました。
わたしのいるところからだと、ゴブさんたちが働いている物音で、義兄さんたちの話し声までは届いてきません。
もうちょっと近付いたら話し声も聞こえるかな。でも、そんなことをして盗み聞きしようとしてると勘違いされたら嫌ですし……。
――そんなふうに迷っていたら、義兄さんがいきなり自分の横っ面を自分で殴りました。
「えっ」
これには驚かされました。
義兄さん、何をやってるんですか。いえ、義兄さんにわりと中二なところがあるのは知ってましたから、自分で自分を殴る、みたいな青春的行為もわりと納得なのですけど、それにしたって本気で殴りすぎだったように見えましたよ? ああほら、目の端に赤い痣ができているのが遠目にも見えるじゃないですか! それに、シャーリーさんも義兄さんを残して、こっちにやって来ます。ゴブさんたちの積み込み作業に混ざるみたいです。働き者ですね、わたしと違って。
シャーリーさんに置いて行かれる形になった義兄さんは、まだその場に突っ立っています。
……しょうがないですね。優しい義妹が慰めてあげましょうか。
「義兄さ――」
駆け寄ろうとしたわたしの足は最初の一歩で止まりました。
義兄さんの痣ができている頬に、柔らかな微笑みが浮かんでいました。昨日からずっと曇り空だった表情に、晴れ間が覗いていました。
義兄さんの目はシャーリーさんを見ていました。二人が何を話していたのかは分かりませんけど、義兄さんの悩みはシャーリーさんとの会話で解決されたようです。
慰める必要は、もうないみたいです。良かった。
「……あれ?」
不思議なことに、わたしはあまり良かったと思っていないみたいでした。なんででしょうか? 義兄さんが元気になったのだから、百パーセント良かったはずなのに……。
「……?」
出発の準備が終わるまで首を捻ってみたけれど、答えは分からず終いでした。
●
朝から始まった積み込み作業は、およそ一時間かからないくらいで終わって、わたしたちは帰途に就きました。
村人さんたちが好意で用意してくれた台車ですが、山道を進むのにはちょっと不向きでした。車輪というのは道が平らじゃないと、あんなにも駄目なものだったのですね。わたしも台車に乗って楽々移動だーっと思っていたのに……がっかりでした。期待していた分だけ、余計に身体が重くなった感じでした。
台車は、戦士ゴブさんが四人がかりで持ち上げて運びました。足下が悪くて生い茂る枝葉も邪魔な山道を、大荷物の載った台車を持ち上げて歩くのは、最近妙に育ち盛りの戦士ゴブさんたちでも大変そうで……とてもじゃないけど、「歩くの疲れちゃったから、わたしも乗せて♥」とは言い出せませんでした。
まあ結局、途中で冗談抜きに疲労で歩けなくなっちゃったので、手の空いている戦士ゴブさんにおんぶしてもらいましたけど。
ゴブさんたちはみんな、台車に載せきれなかった荷物を持っていましたから、手の空いている義兄さんにおんぶしてもらうことも考えたのですけど……義兄さんはアンちゃんやシャーリーさんと話すのに忙しそうでしたから、声を掛けるのは止めにしておいたのでした。
そういえば、アンちゃんたち姉妹は、洞窟前まで辿り着いたときは相当に疲れた顔をしていたものの、最後まで自分の足で歩ききっていました。山育ちの体力、すごいです。これなら、エッチのほうも問題なさそうですね。
わたしたちが洞窟に戻ったのは西空が染まり始めるちょっと前で、着いてすぐに荷物の整理が始まりました。ここまでの道中では義兄さんの傍にいた村人姉妹ですけど、いまは義兄さんから離れたところで所在なげにしています。
……あ、そっか。
アンちゃんはそうでもないかもしれないけど、シャーリーさんのほうは、まだゴブさんたちに慣れてないから、ゴブさんにおんぶされていたわたしのほうではなく、義兄さんの傍にいたのですね。
それで、いまはその義兄さんがゴブさんたちに混ざって荷解きを始めているから近づけなくなってしまった、と。
「……しょうがないですね」
ここはひとつ、同性の先輩として面倒を見てあげるとしましょう。
「アンちゃん」
わたしは既に面識のあるアンちゃんに声をかけながら、二人に近付いていきます。
アンちゃんは笑顔で応えてくれました。
「あっ、アルカさん。身体、もう大丈夫なんですか?」
「え?」
「あ……ほら、大きなひとに背負われていたから、体調が悪くなったのかなぁ……って」
「あれはただ歩き疲れてただけだから」
おずおずと尋ねてくるアンちゃんに、わたしはちょっと恥ずかしくなりながら答えました。いくらアンちゃんが山育ちの自然児とはいえ、年下のアンちゃんが歩いてきたのに、年上のわたしだけが楽して運ばれてきました――と自分で言うのは、思ったよりも胸がズキズキするものでした。
それなのに、アンちゃんは優しげに頬笑むのです。
「そうだったんですね、良かったです。足を怪我したのかなぁって心配してたから」
なんですか、この天使。
「……ありがとう」
そう返事をしたとき、思わず目を逸らしてしまいましたよ。
……こういう反応、わたしらしくないですね。
こほんと咳払いして、わたしは顔いっぱいで笑ってアンちゃんに抱きつきました。
「アンちゃん、ありがとぉ♥」
「きゃう!?」
「心配させちゃってごめんなさい。でも嬉しいですよぅ♥」
ぎゅーっと抱きついて、首筋に顔をぐりぐり擦りつける勢いで甘えました。
「アルカさん、そこ、くすぐった……はうぅ!」
アンちゃんの首と肩の付け根、鎖骨の内側の柔らかい肌に、ちゅうっと吸盤を吸い付けるみたいにキスしたら、可愛い声が上がりました。
「アン!?」
「あ……大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちょっと、くすぐったかっただけ、だから……あっ!」
シャーリーさんの驚いたような声に、アンちゃんは優しい声音で返します。それがなんだか悔しくて、さっきとは少しずれたところの肌をもう一度、ちゅうっと唇で挟んで千切り取るみたいなキスをしてやりました。
「あっ、っ……」
すぐ耳元で、アンちゃんの痛そうな声がしました。小さな両手が、抱きついているわたしの肩を押し返そうとします。
……しまった。やりすぎたかも。
「ごめん、アンちゃん。強く吸いすぎました」
わたしは身体を離して平身低頭です。
「う、うん……もっと優しく、してほしいです……」
アンちゃんは少し赤らんだ顔で、そんな可愛いことを言うのです。
「あぅ……もっかいキスぅ――おぅ!?」
宣言しながら飛びつこうとしたわたしの首根っこを、誰かがむんずと引っ掴みました。帰ってきたばかりで、まだ服を着ていたことが敗因でした。
「うぐぅ……首が絞まるかと思いましたよ……」
わたしは恨み言を言いながら振り返りました。そこにいたのはもちろん、アンちゃんのお姉さん――シャーリーさんです。わたしと目が合って、びくっと息を呑んでいます。
「あっ、悪い。アンが聞いたことない声を出してたもんだから、つい……」
「あ……いえ、こっちこそ調子に乗っちゃいまして……」
「……」
「……」
わたしもシャーリーさんも言葉が続かず、お見合いになってしまいました。
じつはまだ、わたしたちは一度もちゃんとお喋りしたことがありません。義兄さんを介した知り合いの知り合い状態なのです。それがうっかり、こんな形での初会話になってしまったわけです。
ってまあ、最初から話しかけるつもりで二人に近付いたわけですし、シャーリーさんのほうが年上だけど、ここではわたしのほうが先輩女子なわけですし……よし!
「えっと、ちゃんと挨拶するのは初めてですよね。わたしは義兄さん――ロイドの妹で、飛鳥咲有瓜って言います。アルカでいいです」
「お、おう。あたいはシャーリーだ。えと、アンの姉だ。……アンが世話になったそうだな。礼を言わせてくれ、ありがとう。心の底から感謝してる!」
シャーリーさんはそう言って、腰がくの字になるほど頭を下げました。こっちでも頭を下げる文化ってあるんですね……とか思いつつも、わたしは仰け反って両手をぶんぶん振ります。
「いえいえ、そんな! お世話したというほどのことは全然!」
ところで頭や両手を横に振るジェスチャー、正しく伝わっているのでしょうか?
「いや! アンがこうして普通に笑ったり照れたりできるのは、あんたがいてくれたからだ。アンがそう言ってたんだから、ここはもう謙遜しないで、あたいに感謝させてくれ!」
あ、ジェスチャーは正しく伝わっているみたいですね。でも、シャーリーさんは頭を上げてくれません。あれ、やっぱり正しく伝わってません?
「わっ、わたしからもお礼を言わせてください。ありがとうございましたっ!」
アンちゃんもお姉さんに倣って、がばっと頭を下げました。
……なんですか、この絵面は。これじゃまるで、新入り姉妹にいきなり礼儀を叩き込んでいる小姑じゃないですか、わたし。
「分かった分かった分かりましたから頭を上げてくださいぃ!」
「いや、それはできねぇ」
「なんで!?」
「すぐに頭を上げたんじゃ、あたいらがどれだけ感謝してるのか伝わらないじゃねぇっすか」
「もしかして分かっててやってます!? お局イジメです!?」
「そんな! 苛めるなんて、とんでもねっす!」
「だったらお願いだから、頭を上げて。じゃないと、わたし、泣きますよ!?」
わたしがそこまで言ってようやく、シャーリーさんは渋々ながらも頭を上げてくれました。一拍遅れて、アンちゃんも頭を上げました。
「ふうぅ……」
身体を前後に揺らして、全身で深呼吸です……ちょっと落ち着きました。
「ええと……じゃあ、とりあえず自己紹介はこれで終わりってことで……」
なんだか、どっと疲れました。
いまのやり取りで気疲れしたのもありますけど、村からの帰り道で溜まった疲れが一気に吹き出してきたのだと思います。……自分の足ではほとんど歩いていないのですけど、ゴブさんの背中に揺られていただけでも疲れるものなのです。
いつもなら洞窟に入って一眠りするところですが、いまはみんなが忙しそうにしていますから、邪魔しないほうがいいでしょう。そうすると……。
「……あ、そうだ」
わたしは、ぱんっと両手を合わせて二人を見ました。
「アンちゃん、シャーリーさん。二人とも、歩き詰めで汗を掻きましたよね。この近くにちょうどいい河原があるので、そこで水浴びしませんか?」
「えと、いいんでしょうか……?」
そう言ったアンちゃんの目は、義兄さんとゴブさんたちが忙しなく動きまわっているほうを見ています。
「いいんです。むしろ、ここにいても手伝えることありませんし。というか、力仕事に混ざろうとしたって邪魔になるだけですから、いまのうちにお風呂して……あっ!」
わたしが胸の前で両手を打ち鳴らすと、シャーリーさんはびくっとします。
「な、なんすか?」
「小麦粉とお鍋と蜂蜜があるんですよね?」
「あ、はい。なんすか、料理っすか?」
「ううん。作るのはシャンプーです」
「しゃ、しゃん……?」
「ぷー?」
アンちゃんとシャーリーさんが揃って首を傾げました。
正直、わたしがここにいても声援を飛ばすくらいの役にしか立ってません。それなら、村人さんたち――の内の男性陣からそれとなくお願いされた昨日の続きをしてあげていても良かったとは思うのですけど……。
「……顔、やっぱりなんか変なんですよねぇ」
わたしが見ているのは、わたしたちから少し離れたところに佇んでいる義兄さんです。
義兄さん、昨日からどうも元気がないのです。それに、なんとなくですが、わたしを避けているような気もするのです。その様子が気になって、今朝は義兄さんの近くにいることにしたのでした。
それにしても……わたし、義兄さんを怒らせるようなこと、しちゃったのでしょうか?
うーん……義兄さんの手助けをしたつもりならあるんですけど、邪魔するようなことをした覚えはないのですよね……。
村の男性連中を肉接待したことは、ひとによっては敬遠するでしょうけど、義兄さんが今更そこを気にするとは思えません。
「となると、全く心当たりがないんですよね……」
男のひとにもあの日があるのでしょうか? ……なんて冗談はともかく、今朝の義兄さんは、とにかくなんだか変です。いえ、思い返してみれば、昨日の話し合いをしていたあたりから、ちょっと変になっていた気もします。
最大の懸案だった女性についても、アンちゃんとシャーリーさんのおかげで片付いたのですから、交渉は大成功と言っていいと思います。でも、その結果に至るまでの間に何かあったのでしょうか? わたしが村人のみなさんと一緒に物置小屋でエロエロしていたときに、何かあったのでしょうか?
「聞いてみたような、でも言ってくるのを待つほうがいいような気も……うぅん……」
――と、わたしが曇った顔の義兄さんを眺めながら頭を悩ませていたら、アンちゃんとシャーリーさんがやってきて、義兄さんと何事かを話し始めました。
わたしのいるところからだと、ゴブさんたちが働いている物音で、義兄さんたちの話し声までは届いてきません。
もうちょっと近付いたら話し声も聞こえるかな。でも、そんなことをして盗み聞きしようとしてると勘違いされたら嫌ですし……。
――そんなふうに迷っていたら、義兄さんがいきなり自分の横っ面を自分で殴りました。
「えっ」
これには驚かされました。
義兄さん、何をやってるんですか。いえ、義兄さんにわりと中二なところがあるのは知ってましたから、自分で自分を殴る、みたいな青春的行為もわりと納得なのですけど、それにしたって本気で殴りすぎだったように見えましたよ? ああほら、目の端に赤い痣ができているのが遠目にも見えるじゃないですか! それに、シャーリーさんも義兄さんを残して、こっちにやって来ます。ゴブさんたちの積み込み作業に混ざるみたいです。働き者ですね、わたしと違って。
シャーリーさんに置いて行かれる形になった義兄さんは、まだその場に突っ立っています。
……しょうがないですね。優しい義妹が慰めてあげましょうか。
「義兄さ――」
駆け寄ろうとしたわたしの足は最初の一歩で止まりました。
義兄さんの痣ができている頬に、柔らかな微笑みが浮かんでいました。昨日からずっと曇り空だった表情に、晴れ間が覗いていました。
義兄さんの目はシャーリーさんを見ていました。二人が何を話していたのかは分かりませんけど、義兄さんの悩みはシャーリーさんとの会話で解決されたようです。
慰める必要は、もうないみたいです。良かった。
「……あれ?」
不思議なことに、わたしはあまり良かったと思っていないみたいでした。なんででしょうか? 義兄さんが元気になったのだから、百パーセント良かったはずなのに……。
「……?」
出発の準備が終わるまで首を捻ってみたけれど、答えは分からず終いでした。
●
朝から始まった積み込み作業は、およそ一時間かからないくらいで終わって、わたしたちは帰途に就きました。
村人さんたちが好意で用意してくれた台車ですが、山道を進むのにはちょっと不向きでした。車輪というのは道が平らじゃないと、あんなにも駄目なものだったのですね。わたしも台車に乗って楽々移動だーっと思っていたのに……がっかりでした。期待していた分だけ、余計に身体が重くなった感じでした。
台車は、戦士ゴブさんが四人がかりで持ち上げて運びました。足下が悪くて生い茂る枝葉も邪魔な山道を、大荷物の載った台車を持ち上げて歩くのは、最近妙に育ち盛りの戦士ゴブさんたちでも大変そうで……とてもじゃないけど、「歩くの疲れちゃったから、わたしも乗せて♥」とは言い出せませんでした。
まあ結局、途中で冗談抜きに疲労で歩けなくなっちゃったので、手の空いている戦士ゴブさんにおんぶしてもらいましたけど。
ゴブさんたちはみんな、台車に載せきれなかった荷物を持っていましたから、手の空いている義兄さんにおんぶしてもらうことも考えたのですけど……義兄さんはアンちゃんやシャーリーさんと話すのに忙しそうでしたから、声を掛けるのは止めにしておいたのでした。
そういえば、アンちゃんたち姉妹は、洞窟前まで辿り着いたときは相当に疲れた顔をしていたものの、最後まで自分の足で歩ききっていました。山育ちの体力、すごいです。これなら、エッチのほうも問題なさそうですね。
わたしたちが洞窟に戻ったのは西空が染まり始めるちょっと前で、着いてすぐに荷物の整理が始まりました。ここまでの道中では義兄さんの傍にいた村人姉妹ですけど、いまは義兄さんから離れたところで所在なげにしています。
……あ、そっか。
アンちゃんはそうでもないかもしれないけど、シャーリーさんのほうは、まだゴブさんたちに慣れてないから、ゴブさんにおんぶされていたわたしのほうではなく、義兄さんの傍にいたのですね。
それで、いまはその義兄さんがゴブさんたちに混ざって荷解きを始めているから近づけなくなってしまった、と。
「……しょうがないですね」
ここはひとつ、同性の先輩として面倒を見てあげるとしましょう。
「アンちゃん」
わたしは既に面識のあるアンちゃんに声をかけながら、二人に近付いていきます。
アンちゃんは笑顔で応えてくれました。
「あっ、アルカさん。身体、もう大丈夫なんですか?」
「え?」
「あ……ほら、大きなひとに背負われていたから、体調が悪くなったのかなぁ……って」
「あれはただ歩き疲れてただけだから」
おずおずと尋ねてくるアンちゃんに、わたしはちょっと恥ずかしくなりながら答えました。いくらアンちゃんが山育ちの自然児とはいえ、年下のアンちゃんが歩いてきたのに、年上のわたしだけが楽して運ばれてきました――と自分で言うのは、思ったよりも胸がズキズキするものでした。
それなのに、アンちゃんは優しげに頬笑むのです。
「そうだったんですね、良かったです。足を怪我したのかなぁって心配してたから」
なんですか、この天使。
「……ありがとう」
そう返事をしたとき、思わず目を逸らしてしまいましたよ。
……こういう反応、わたしらしくないですね。
こほんと咳払いして、わたしは顔いっぱいで笑ってアンちゃんに抱きつきました。
「アンちゃん、ありがとぉ♥」
「きゃう!?」
「心配させちゃってごめんなさい。でも嬉しいですよぅ♥」
ぎゅーっと抱きついて、首筋に顔をぐりぐり擦りつける勢いで甘えました。
「アルカさん、そこ、くすぐった……はうぅ!」
アンちゃんの首と肩の付け根、鎖骨の内側の柔らかい肌に、ちゅうっと吸盤を吸い付けるみたいにキスしたら、可愛い声が上がりました。
「アン!?」
「あ……大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちょっと、くすぐったかっただけ、だから……あっ!」
シャーリーさんの驚いたような声に、アンちゃんは優しい声音で返します。それがなんだか悔しくて、さっきとは少しずれたところの肌をもう一度、ちゅうっと唇で挟んで千切り取るみたいなキスをしてやりました。
「あっ、っ……」
すぐ耳元で、アンちゃんの痛そうな声がしました。小さな両手が、抱きついているわたしの肩を押し返そうとします。
……しまった。やりすぎたかも。
「ごめん、アンちゃん。強く吸いすぎました」
わたしは身体を離して平身低頭です。
「う、うん……もっと優しく、してほしいです……」
アンちゃんは少し赤らんだ顔で、そんな可愛いことを言うのです。
「あぅ……もっかいキスぅ――おぅ!?」
宣言しながら飛びつこうとしたわたしの首根っこを、誰かがむんずと引っ掴みました。帰ってきたばかりで、まだ服を着ていたことが敗因でした。
「うぐぅ……首が絞まるかと思いましたよ……」
わたしは恨み言を言いながら振り返りました。そこにいたのはもちろん、アンちゃんのお姉さん――シャーリーさんです。わたしと目が合って、びくっと息を呑んでいます。
「あっ、悪い。アンが聞いたことない声を出してたもんだから、つい……」
「あ……いえ、こっちこそ調子に乗っちゃいまして……」
「……」
「……」
わたしもシャーリーさんも言葉が続かず、お見合いになってしまいました。
じつはまだ、わたしたちは一度もちゃんとお喋りしたことがありません。義兄さんを介した知り合いの知り合い状態なのです。それがうっかり、こんな形での初会話になってしまったわけです。
ってまあ、最初から話しかけるつもりで二人に近付いたわけですし、シャーリーさんのほうが年上だけど、ここではわたしのほうが先輩女子なわけですし……よし!
「えっと、ちゃんと挨拶するのは初めてですよね。わたしは義兄さん――ロイドの妹で、飛鳥咲有瓜って言います。アルカでいいです」
「お、おう。あたいはシャーリーだ。えと、アンの姉だ。……アンが世話になったそうだな。礼を言わせてくれ、ありがとう。心の底から感謝してる!」
シャーリーさんはそう言って、腰がくの字になるほど頭を下げました。こっちでも頭を下げる文化ってあるんですね……とか思いつつも、わたしは仰け反って両手をぶんぶん振ります。
「いえいえ、そんな! お世話したというほどのことは全然!」
ところで頭や両手を横に振るジェスチャー、正しく伝わっているのでしょうか?
「いや! アンがこうして普通に笑ったり照れたりできるのは、あんたがいてくれたからだ。アンがそう言ってたんだから、ここはもう謙遜しないで、あたいに感謝させてくれ!」
あ、ジェスチャーは正しく伝わっているみたいですね。でも、シャーリーさんは頭を上げてくれません。あれ、やっぱり正しく伝わってません?
「わっ、わたしからもお礼を言わせてください。ありがとうございましたっ!」
アンちゃんもお姉さんに倣って、がばっと頭を下げました。
……なんですか、この絵面は。これじゃまるで、新入り姉妹にいきなり礼儀を叩き込んでいる小姑じゃないですか、わたし。
「分かった分かった分かりましたから頭を上げてくださいぃ!」
「いや、それはできねぇ」
「なんで!?」
「すぐに頭を上げたんじゃ、あたいらがどれだけ感謝してるのか伝わらないじゃねぇっすか」
「もしかして分かっててやってます!? お局イジメです!?」
「そんな! 苛めるなんて、とんでもねっす!」
「だったらお願いだから、頭を上げて。じゃないと、わたし、泣きますよ!?」
わたしがそこまで言ってようやく、シャーリーさんは渋々ながらも頭を上げてくれました。一拍遅れて、アンちゃんも頭を上げました。
「ふうぅ……」
身体を前後に揺らして、全身で深呼吸です……ちょっと落ち着きました。
「ええと……じゃあ、とりあえず自己紹介はこれで終わりってことで……」
なんだか、どっと疲れました。
いまのやり取りで気疲れしたのもありますけど、村からの帰り道で溜まった疲れが一気に吹き出してきたのだと思います。……自分の足ではほとんど歩いていないのですけど、ゴブさんの背中に揺られていただけでも疲れるものなのです。
いつもなら洞窟に入って一眠りするところですが、いまはみんなが忙しそうにしていますから、邪魔しないほうがいいでしょう。そうすると……。
「……あ、そうだ」
わたしは、ぱんっと両手を合わせて二人を見ました。
「アンちゃん、シャーリーさん。二人とも、歩き詰めで汗を掻きましたよね。この近くにちょうどいい河原があるので、そこで水浴びしませんか?」
「えと、いいんでしょうか……?」
そう言ったアンちゃんの目は、義兄さんとゴブさんたちが忙しなく動きまわっているほうを見ています。
「いいんです。むしろ、ここにいても手伝えることありませんし。というか、力仕事に混ざろうとしたって邪魔になるだけですから、いまのうちにお風呂して……あっ!」
わたしが胸の前で両手を打ち鳴らすと、シャーリーさんはびくっとします。
「な、なんすか?」
「小麦粉とお鍋と蜂蜜があるんですよね?」
「あ、はい。なんすか、料理っすか?」
「ううん。作るのはシャンプーです」
「しゃ、しゃん……?」
「ぷー?」
アンちゃんとシャーリーさんが揃って首を傾げました。
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