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6. エル子とドワ夫の密室談義
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「ただいま……珍しいな」
仕事から帰ってきたドワ夫が見たのは、パソコンの前で難しい顔をしているエル子の姿だった。
珍しいなと言ったのは、いつもならこの時間はネトゲをしているかアニメを観ているかなのに、今日はアニメを観ながらテキスト編集ソフトを開いて、うんうん唸っていたからだ。
全画面でアニメ鑑賞していないなんて珍しいな、と思わず声をかけたドワ夫なのだった。
「あー、おかえり兄やん……ねっ、あとでちょっと意見ちょうだい」
エル子は最初、目を画面に向けたままで挨拶したが、はっと顔を上げて続きの言葉を告げた。
「意見?」
鸚鵡返しした兄に、エル子は頷く。
「うん。あのね、密室殺人なの」
「……アニメの話か」
「ううん、ドラマの話」
と言って、エル子は説明を始めた。
「あのね、お昼にドラマを観ていたんだけど、それがミステリーだったんよ」
「それが密室殺人だったのか」
「そう! んでもね、わたし的には、そのトリックどーなんよ、って感じだったわけ。というかあんなの、全然密室じゃなかったし!」
「そうか」
「だからね、わたしはこう思ったわけ。あんな適当妄想トリックよりも面白い本物の密室殺人ってやつを、わたしが作ってやろうじゃないか、って」
「そうか」
「というわけで、今日は昼間から真面目に色々書いてたんだけど……いやー、これが思ったよりも難しくてさぁ……」
「そうか」
「というわけで、兄やんにも意見を聞きたいと思ったわけよーっ」
「俺はミステリーをそんなに知らないが」
「そこは仕方ないよ。とにかく、わたし一人で考えてるだけど煮詰まっちゃって……あ、これ誤用? えーと、行き詰まるだ! 息詰まるミステリーにしたいのに行き詰まってるから煮詰まるまで手伝ってよねっ!」
「切羽詰まっているんだな」
「いや、それはべつに」
「……」
「まーとにかく、まずはご飯ごはーん。食べ終わって、お風呂入った後にでも、よろしくね」
「……分かった」
というわけで、夕飯とお風呂が終わった夜の時間に、エル子は兄にパソコンの画面を見せた。
「どれ……」
ドワ夫はいつもエル子が座っているクッションに腰を下ろし、パソコン画面に映ったテキストを読み始める。エル子、その傍らに座って、嬉し恥ずかしな様子で兄が読み終わるのを待つ。
ドワ夫の右手がテキストを最下部までスクロールさせ、また上に戻って、下がって……と、それを二度ほど繰り返して、ようやくドワ夫はエル子に振り返った。
「読み終わった」
「どうだった!?」
「……」
ドワ夫は即答を避け、テキストに目を戻す。そして念を入れるようにもう一度ざっと上下にスクロールさせてから、改めてエル子に向き直った。
「――うん、面白かった」
「本当!? どこが面白かった!?」
「そうだな――まず、被害者自身が“絶対に殺されない最強の密室”を作ろうとするところだな」
「あー、そこね。そこは導入部分からして、この作品のコンセプトを読書にはっきり提示したくて、それにはどんな始まり方がいいかなーって、結構頭を捻ったところだねー」
エル子の口調がいつもよりずっと早口なところに、褒められた嬉しさが滲み出ていた。
さて、エル子の書いた密室ミステリーは、こんなふうに始まる。
――とあるお金持ちの好事家が、「わたしはこれから密室に籠もる。密室に籠もったわたしを殺すことができたら、その者にわたしの遺産を全てくれてやろう」と発表した。人々は沸き立ち、密室殺人ゲームの始まりをいまかいまかと待ち侘びる。そんななか、好事家はふらりと尋ねてきた悪友と酒を酌み交わす。
「それでおまえ、どんな密室を用意したんだ?」
悪友が尋ねる。
「さあてなぁ」
好事家は笑う。
「言う気はない、か。なら、俺の考えた密室のアイデアを聞いてくれ。おまえがどんな密室を用意したのか知らないが、きっとそれより完璧だぞ」
と言って、悪友は「ぼくの考えた最強の密室」のアイデアを語り出す。好事家がそれに駄目出しをすると、悪友は「だったら、こうだ」とアイデアを修正していく。そうやって、二人の会話のなかで密室がブラッシュアップされていく――という展開のお話だった。
「密室での殺人事件にじゃなくて、密室そのものに焦点を当てるために頑張って考えてみたの。よかったー、好感触でー」
いつもよりわざとらしく伸ばした語尾が、エル子の照れを表している。
「うん、面白い切り口だと思うよ」
と好意を示しつつも、ドワ夫は「だけど」と続ける。
「事件が起きたわけでもないのに密室談義が始まるのは、少し唐突に感じなくもない。密室殺人ミステリーを期待して読んだのに、一向に事件が起きない――と肩透かしに思う読者も出てくるだろう」
「むぅ……そこはまー、そういう作品だから仕方ないところだし……あっ、ほら。普通のカツ丼を食べに来たお客さんに、こっちのほうが美味いから、ってソースカツ丼を押しつけるのは駄目だけど、最初から“うちはソースカツ丼屋です”って看板出しているなら、入ってきたお客さんも最初から納得なわけじゃない? つまり、そーゆーことだよっ!」
エル子の力説に、ドワ夫は言葉を反芻するための間を置いてから頷いた。
「……なるほど。確かに、タイトルや紹介用のあらすじに気を遣えば済む話だ。だが、もっといい解決法があるはずだ」
「なんとー?」
「殺人を起こす。殺人事件にする」
「おぅ……」
「この脚本は密室談義で終わっているが、この後、好事家が用意した密室で本当に殺される展開で話を膨らませるべき――いや、そうか」
ドワ夫は喋っているうちに気がついて、妹をじっと見つめた。
「おまえもそのつもりで書いていたんだな? これは作品の全体ではなく冒頭で、ここから本当に殺人が起きる展開になる予定なんだな」
「……まあ、ね」
エル子は曖昧な顔で頷いた。
さて、ここでエル子の書いた密室談義の内容をもう少し詳しく見てみよう。
談義は、悪友が好事家に「おまえが用意したのは、こういう密室なんじゃないか?」と尋ねて、好事家が「その密室はこういうふうに破れてしまうではないか」と駄目出しをする流れで進んでいく。
悪友「部屋中の戸と窓に鍵を掛けるんだ」
好事家「換気口から毒を送り込めばいい」
悪友「換気口には浄化魔法のフィルターを付ける」
好事家「では、浄化魔法に感知されない単一元素ごとに送り込んで、室内で毒物に化合させよう」
悪友「……あっ、そもそも換気の頻度を上げて、毒を流されても瞬時に換気できるようにする。それと、浄化の魔術も換気口だけじゃなくて、部屋全体に施すんだ」
好事家「そんなの、外からひとつを残して換気口を塞いだ後に、残した換気口から浄化魔術が飽和するまで毒を送り込めば同じことだ」
悪友「む……あっ、そうか! 最初から換気口なんて全て潰してしまえばよかったんだ。はははっ」
好事家「それでは早晩、窒息死だな。なるほど、ミステリーだ」
悪友「皮肉るな。酸素ボンベを山ほど持ち込めばいいだろ……あっ、ボンベに毒を入れるとかは無しだぞ!」
好事家「分かっているとも」
悪友「ああ、そうだ。もちろん、対策するのは毒に対してだけじゃない。部屋全体に呪詛返しも付けるし、温度変化に対応した恒温処置もやる。それにそもそも、壁も天井も床も死ぬほど分厚くして、燃やされても熱が届かないようにする。無論、叩かれても壊れないように――ああ、それはいいか。壁が壊されたら密室の定義から外れるんだから、考える必要ないよな」
好事家「うむ、その通りだ」
悪友「それから……あっ、大事なことを忘れていた。瞬間移動や影渡りだとか転移系全般に対する防御だ。何かを密室に入れることも、密室から何かを奪い取ることも不可能にしないとな」
好事家「ああ、そうだな」
悪友「後は……文字通り、蟻の這い出る隙間もないくらい完璧に密封して、虫や微生物の侵入も防がないと……あ、もっと簡単に、人間以外を殺傷するような魔法を部屋全体に施せばいいのか」
好事家「それは禁呪になると思うのだが」
悪友「本気の密室を作るなら、そのくらい我慢しろ!」
好事家「……まあ、いい。とにかく最後まで聞こうじゃないか」
悪友「といっても、これだけ対策すれば密室は完璧だ。もうどうやったって、きみを殺すことはできない……あっ」
好事家「どうしたかね?」
悪友「禁呪で思い出した。最強の密室殺しを忘れていた……角張りシティの猟犬だ」
好事家「ああ、あれか。でも、きみの密室は転移系魔法への対抗魔法で防御されているんだろう?」
悪友「あの猟犬、理論上でも転移の阻止は不可能だったはず……」
好事家「だが確か、角張った箇所からしか転移できないのではなかったか?」
悪友「正確には直線と直線の交点、な。だから、生き物を基点にした転移はできないらしくて、それが唯一の救いなんだとか」
好事家「では、こうしよう。密室の内部は真球にして、私は全裸で籠もろう。それなら、猟犬も怖くあるまい」
悪友「ふむ……あ、いや、飯はどうする? それにトイレは?」
好事家「飯は球形の乾飯にして、トイレも尻にスライムを入れればいい」
悪友「スライム! なるほど、その手があったか。これでもう本当に完璧だな」
好事家「そうだな。あと足りないのは、その密室を作る技術だけだな」
――という落ちがついたところで、この話は終わっていた。
「これだけだと、ただ二人の男が延々と妄想を語っているだけだし、最後も取って付けたような印象だ。だからやはり、この密室を好事家が本当に完成させ、その上で完璧なはずのこの密室で事件が起こる――この作品はそういう展開になる予定で書かれていた。だがなぜか、密室談義だけで終わらせられてしまった。……なぜ、おまえはここで書くのを止めたんだ?」
ドワ夫は問いかけに、エル子は下げていた眉尻をますます下げて、目を泳がせた。妹のそんな表情を見て、ドワ夫はすぐに疑問を引っ込めた。
「……そうか。答えられないことなら、いいんだ」
「待って! べつにそんな大したことじゃないから、大袈裟に取らないで。あのね――」
話を続けようとしたエル子だったが、息継ぎを挟んだところでドワ夫が声を上げた。
「ん……そうか。好事家を、つまり被害者を密室に入れる方法がないのか」
空気穴まで塞ぐほど完璧な密室を考える以上、人間が通れる扉はないと考えても不思議はない。だが、違った。
「いやいやー、そこは普通に扉から入れるよ。で、好事家が入った後に、外から扉を溶接して埋めるの。それか、最初から好事家を中に入れた状態で密室を作るのでもいいし」
「ふむ、そうか……ああ、だったら逆か。密室から出てくる方法がないんだな」
「んーん、それも大丈夫だよ。出てくるときは外から壁を破壊しちゃっていいんだから、とくに問題なーし」
「……そうか。最悪、室内の好事家ごと爆弾で吹き飛ばしてしまってもいいのか。遺体の生活反応などから、死因がその爆発でないことが究明できれば、少なくともミステリーとしては問題ないのか」
「うむうむ」
「しかし、そうすると……何が問題で、途中で終わらせたんだ?」
ドワ夫はますます眉根を寄せて、心底不思議そうに尋ねる。
エル子は困った顔で答えた。
「この密室に籠もった好事家の殺し方、まったく思いつかなかったんだよねー……」
仕事から帰ってきたドワ夫が見たのは、パソコンの前で難しい顔をしているエル子の姿だった。
珍しいなと言ったのは、いつもならこの時間はネトゲをしているかアニメを観ているかなのに、今日はアニメを観ながらテキスト編集ソフトを開いて、うんうん唸っていたからだ。
全画面でアニメ鑑賞していないなんて珍しいな、と思わず声をかけたドワ夫なのだった。
「あー、おかえり兄やん……ねっ、あとでちょっと意見ちょうだい」
エル子は最初、目を画面に向けたままで挨拶したが、はっと顔を上げて続きの言葉を告げた。
「意見?」
鸚鵡返しした兄に、エル子は頷く。
「うん。あのね、密室殺人なの」
「……アニメの話か」
「ううん、ドラマの話」
と言って、エル子は説明を始めた。
「あのね、お昼にドラマを観ていたんだけど、それがミステリーだったんよ」
「それが密室殺人だったのか」
「そう! んでもね、わたし的には、そのトリックどーなんよ、って感じだったわけ。というかあんなの、全然密室じゃなかったし!」
「そうか」
「だからね、わたしはこう思ったわけ。あんな適当妄想トリックよりも面白い本物の密室殺人ってやつを、わたしが作ってやろうじゃないか、って」
「そうか」
「というわけで、今日は昼間から真面目に色々書いてたんだけど……いやー、これが思ったよりも難しくてさぁ……」
「そうか」
「というわけで、兄やんにも意見を聞きたいと思ったわけよーっ」
「俺はミステリーをそんなに知らないが」
「そこは仕方ないよ。とにかく、わたし一人で考えてるだけど煮詰まっちゃって……あ、これ誤用? えーと、行き詰まるだ! 息詰まるミステリーにしたいのに行き詰まってるから煮詰まるまで手伝ってよねっ!」
「切羽詰まっているんだな」
「いや、それはべつに」
「……」
「まーとにかく、まずはご飯ごはーん。食べ終わって、お風呂入った後にでも、よろしくね」
「……分かった」
というわけで、夕飯とお風呂が終わった夜の時間に、エル子は兄にパソコンの画面を見せた。
「どれ……」
ドワ夫はいつもエル子が座っているクッションに腰を下ろし、パソコン画面に映ったテキストを読み始める。エル子、その傍らに座って、嬉し恥ずかしな様子で兄が読み終わるのを待つ。
ドワ夫の右手がテキストを最下部までスクロールさせ、また上に戻って、下がって……と、それを二度ほど繰り返して、ようやくドワ夫はエル子に振り返った。
「読み終わった」
「どうだった!?」
「……」
ドワ夫は即答を避け、テキストに目を戻す。そして念を入れるようにもう一度ざっと上下にスクロールさせてから、改めてエル子に向き直った。
「――うん、面白かった」
「本当!? どこが面白かった!?」
「そうだな――まず、被害者自身が“絶対に殺されない最強の密室”を作ろうとするところだな」
「あー、そこね。そこは導入部分からして、この作品のコンセプトを読書にはっきり提示したくて、それにはどんな始まり方がいいかなーって、結構頭を捻ったところだねー」
エル子の口調がいつもよりずっと早口なところに、褒められた嬉しさが滲み出ていた。
さて、エル子の書いた密室ミステリーは、こんなふうに始まる。
――とあるお金持ちの好事家が、「わたしはこれから密室に籠もる。密室に籠もったわたしを殺すことができたら、その者にわたしの遺産を全てくれてやろう」と発表した。人々は沸き立ち、密室殺人ゲームの始まりをいまかいまかと待ち侘びる。そんななか、好事家はふらりと尋ねてきた悪友と酒を酌み交わす。
「それでおまえ、どんな密室を用意したんだ?」
悪友が尋ねる。
「さあてなぁ」
好事家は笑う。
「言う気はない、か。なら、俺の考えた密室のアイデアを聞いてくれ。おまえがどんな密室を用意したのか知らないが、きっとそれより完璧だぞ」
と言って、悪友は「ぼくの考えた最強の密室」のアイデアを語り出す。好事家がそれに駄目出しをすると、悪友は「だったら、こうだ」とアイデアを修正していく。そうやって、二人の会話のなかで密室がブラッシュアップされていく――という展開のお話だった。
「密室での殺人事件にじゃなくて、密室そのものに焦点を当てるために頑張って考えてみたの。よかったー、好感触でー」
いつもよりわざとらしく伸ばした語尾が、エル子の照れを表している。
「うん、面白い切り口だと思うよ」
と好意を示しつつも、ドワ夫は「だけど」と続ける。
「事件が起きたわけでもないのに密室談義が始まるのは、少し唐突に感じなくもない。密室殺人ミステリーを期待して読んだのに、一向に事件が起きない――と肩透かしに思う読者も出てくるだろう」
「むぅ……そこはまー、そういう作品だから仕方ないところだし……あっ、ほら。普通のカツ丼を食べに来たお客さんに、こっちのほうが美味いから、ってソースカツ丼を押しつけるのは駄目だけど、最初から“うちはソースカツ丼屋です”って看板出しているなら、入ってきたお客さんも最初から納得なわけじゃない? つまり、そーゆーことだよっ!」
エル子の力説に、ドワ夫は言葉を反芻するための間を置いてから頷いた。
「……なるほど。確かに、タイトルや紹介用のあらすじに気を遣えば済む話だ。だが、もっといい解決法があるはずだ」
「なんとー?」
「殺人を起こす。殺人事件にする」
「おぅ……」
「この脚本は密室談義で終わっているが、この後、好事家が用意した密室で本当に殺される展開で話を膨らませるべき――いや、そうか」
ドワ夫は喋っているうちに気がついて、妹をじっと見つめた。
「おまえもそのつもりで書いていたんだな? これは作品の全体ではなく冒頭で、ここから本当に殺人が起きる展開になる予定なんだな」
「……まあ、ね」
エル子は曖昧な顔で頷いた。
さて、ここでエル子の書いた密室談義の内容をもう少し詳しく見てみよう。
談義は、悪友が好事家に「おまえが用意したのは、こういう密室なんじゃないか?」と尋ねて、好事家が「その密室はこういうふうに破れてしまうではないか」と駄目出しをする流れで進んでいく。
悪友「部屋中の戸と窓に鍵を掛けるんだ」
好事家「換気口から毒を送り込めばいい」
悪友「換気口には浄化魔法のフィルターを付ける」
好事家「では、浄化魔法に感知されない単一元素ごとに送り込んで、室内で毒物に化合させよう」
悪友「……あっ、そもそも換気の頻度を上げて、毒を流されても瞬時に換気できるようにする。それと、浄化の魔術も換気口だけじゃなくて、部屋全体に施すんだ」
好事家「そんなの、外からひとつを残して換気口を塞いだ後に、残した換気口から浄化魔術が飽和するまで毒を送り込めば同じことだ」
悪友「む……あっ、そうか! 最初から換気口なんて全て潰してしまえばよかったんだ。はははっ」
好事家「それでは早晩、窒息死だな。なるほど、ミステリーだ」
悪友「皮肉るな。酸素ボンベを山ほど持ち込めばいいだろ……あっ、ボンベに毒を入れるとかは無しだぞ!」
好事家「分かっているとも」
悪友「ああ、そうだ。もちろん、対策するのは毒に対してだけじゃない。部屋全体に呪詛返しも付けるし、温度変化に対応した恒温処置もやる。それにそもそも、壁も天井も床も死ぬほど分厚くして、燃やされても熱が届かないようにする。無論、叩かれても壊れないように――ああ、それはいいか。壁が壊されたら密室の定義から外れるんだから、考える必要ないよな」
好事家「うむ、その通りだ」
悪友「それから……あっ、大事なことを忘れていた。瞬間移動や影渡りだとか転移系全般に対する防御だ。何かを密室に入れることも、密室から何かを奪い取ることも不可能にしないとな」
好事家「ああ、そうだな」
悪友「後は……文字通り、蟻の這い出る隙間もないくらい完璧に密封して、虫や微生物の侵入も防がないと……あ、もっと簡単に、人間以外を殺傷するような魔法を部屋全体に施せばいいのか」
好事家「それは禁呪になると思うのだが」
悪友「本気の密室を作るなら、そのくらい我慢しろ!」
好事家「……まあ、いい。とにかく最後まで聞こうじゃないか」
悪友「といっても、これだけ対策すれば密室は完璧だ。もうどうやったって、きみを殺すことはできない……あっ」
好事家「どうしたかね?」
悪友「禁呪で思い出した。最強の密室殺しを忘れていた……角張りシティの猟犬だ」
好事家「ああ、あれか。でも、きみの密室は転移系魔法への対抗魔法で防御されているんだろう?」
悪友「あの猟犬、理論上でも転移の阻止は不可能だったはず……」
好事家「だが確か、角張った箇所からしか転移できないのではなかったか?」
悪友「正確には直線と直線の交点、な。だから、生き物を基点にした転移はできないらしくて、それが唯一の救いなんだとか」
好事家「では、こうしよう。密室の内部は真球にして、私は全裸で籠もろう。それなら、猟犬も怖くあるまい」
悪友「ふむ……あ、いや、飯はどうする? それにトイレは?」
好事家「飯は球形の乾飯にして、トイレも尻にスライムを入れればいい」
悪友「スライム! なるほど、その手があったか。これでもう本当に完璧だな」
好事家「そうだな。あと足りないのは、その密室を作る技術だけだな」
――という落ちがついたところで、この話は終わっていた。
「これだけだと、ただ二人の男が延々と妄想を語っているだけだし、最後も取って付けたような印象だ。だからやはり、この密室を好事家が本当に完成させ、その上で完璧なはずのこの密室で事件が起こる――この作品はそういう展開になる予定で書かれていた。だがなぜか、密室談義だけで終わらせられてしまった。……なぜ、おまえはここで書くのを止めたんだ?」
ドワ夫は問いかけに、エル子は下げていた眉尻をますます下げて、目を泳がせた。妹のそんな表情を見て、ドワ夫はすぐに疑問を引っ込めた。
「……そうか。答えられないことなら、いいんだ」
「待って! べつにそんな大したことじゃないから、大袈裟に取らないで。あのね――」
話を続けようとしたエル子だったが、息継ぎを挟んだところでドワ夫が声を上げた。
「ん……そうか。好事家を、つまり被害者を密室に入れる方法がないのか」
空気穴まで塞ぐほど完璧な密室を考える以上、人間が通れる扉はないと考えても不思議はない。だが、違った。
「いやいやー、そこは普通に扉から入れるよ。で、好事家が入った後に、外から扉を溶接して埋めるの。それか、最初から好事家を中に入れた状態で密室を作るのでもいいし」
「ふむ、そうか……ああ、だったら逆か。密室から出てくる方法がないんだな」
「んーん、それも大丈夫だよ。出てくるときは外から壁を破壊しちゃっていいんだから、とくに問題なーし」
「……そうか。最悪、室内の好事家ごと爆弾で吹き飛ばしてしまってもいいのか。遺体の生活反応などから、死因がその爆発でないことが究明できれば、少なくともミステリーとしては問題ないのか」
「うむうむ」
「しかし、そうすると……何が問題で、途中で終わらせたんだ?」
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