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第1部
第14話
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むしゃむしゃ……もぐもぐ。
あたしは月明りの下、無心で果物とパンを口に放り込む。
宮殿の自室で目を覚ましてからずっと、満たされることのない食欲が湧いてくる。
体中の細胞がエネルギーの供給を求めているみたい。
死にそうな大怪我もネサレテ先生の治癒呪文のおかげですっかり治ったけれど、使った体力を回復するにはたくさん食べるしかないのだ。
でも、大好きなお肉を口にしようとすると酸っぱいものが込み上げてきた。
いくら無神経なあたしでも、今日は血の味がするものは受け付けなくて当然か。
深夜の空中庭園――巣箱とよばれる“パレス・ハイツ”の最上階に作られた中庭にいるのはあたし一人きり。
人の気配が煩わしく、側仕えの奴隷たちも全て下がらせた。
みな、「かの魔物が公女閣下のお命を狙っている以上、お一人にするなど」と食い下がったけれど、ラスチェク中の高位聖職者を招集し、パレス・ハイツの上層階からカラノック家の宮殿まで隈なく防御結界の呪文を張り巡らさせたのだから懸念など無用だ。
もちろん、鮮血の盾たちは見えない位置から護衛を続けているだろうし。
ラスチェクが誇るチェセンタ唯一の空中庭園には、多彩な品種の薔薇・百合・アカンサスの花々が咲き乱れ、異なる香りが鼻孔をくすぐる。
人の声も楽の音も耳に入れたくないけれど、部屋で一人じっとしているのは、痛みと嫌な記憶が蘇ってきて耐え難い。
動かない沢山の命に囲まれていると、その脈動の中に取り込まれそうな錯覚が起きてくる。
身体の奥から欲望が昂ってきた。
半分に割られたグレープフルーツ(カリムシャンの砂漠で発見された果物)。
その果肉へかじりつくかわりに、紅い断面へと舌を這わせてみる。
なんでそんなことを思いついたのか分からない。
もしかしたら、濃密な花の香りに当てられたのかも。
中心にある白い膜状の果芯を舌先で弄ぶ。
いつも避けて食べない部位。
けれど、今はこの苦みが却って劣情を煽り立てる。
あたしは、左手に果実を持ったまま、右手の指を下帯の中へ忍ばせた。
実際には一人でしているのだけれど、頭の中ではナリアと逆向きに絡み合い、彼女のそこを愛でながら下から細長い指で攻められているのだ。
「あの……ヴィムル……。
本当になんて声をかけたら良いのか分かんなくて。
むしろ今は声をかけちゃいけないのかもしれないけれど、どうしても伝えたいことがあるんだ」
ナリアが欲し過ぎて、幻覚が見えちゃったみたい。
もう幻でも何でも良いよ。
「何日もナリアと会えなくて、人を殺したり殺されそうになったりして。
あたし、おかしくなっちゃったのかな……」
ナリアの姿が涙で歪む。
幻のはずの彼女があたしの右手を掴んだ。
「やだっ! 止めないで!」
思わず両腿の付け根をこすり合わせる。
「大丈夫。私にさせて」
彼女の唇があたしの喚き声を塞ぎ、少しひんやりした馴染みのある指が、脚の間に滑り込んできた。
本物のナリア?
幻……じゃないの?
「ねえ、ヴィムル、出来たら最初から話をやり直しさせて欲しいんだけど……」
「もぐもぐ……。話ってなぁに?
いっぱいしたら、またお腹空いてきちゃった」
ナリアと二人、裸で石畳の上に転がり、あたしはパンを頬張っている。
最初は寝椅子の上で抱き合っていたけれど、盛り上がっているうちに石畳の上へ転げ落ちて、そのまま続けちゃったせいで身体のあちこちが擦り剝けている気がする。
でも、未経験の気持ち良さだったから気にしない。
「ナリアは何回いった? あたしははっか……」
「きみはそんな下品なこと言っちゃダメだろ! 頼むから真面目に話をさせてくれよ!」
「別に良いじゃない。
はい、どうぞ。続けて」
ちょっと白けたあたしは、起き上がってあぐらをかきナリアに向き合う。
彼女はその場で平伏した。
額を石畳につけて。
「ヴィムル・バーディス・カラノック公女閣下。
我が父、マリク・チェスの所業をお詫び申し上げます!」
「は? 何それ!?
付き合うとき、そういうの絶対やめてよって言ったよね?
あたしたち、二人のときは対等なんだからって」
ナリアの肩を掴んで、力づくで起き上がらせる。
「大体さ、そういう形式を整えてすっきりしたいだけなんでしょ?
そんなのきみの自己満足だよ。オナニーといっしょ」
「何だって!? 私がどんな想いでここへ来たのかもしらないで、そんな言い方ないだろ!
大体、きみなんか誰も見てないとは言え公共の場で……その……一人でするなんて破廉恥な真似を……」
「そうだよ。
会えないとき、ナリアのことを考えるとどこでもしたくなっちゃう。
それくらい、頭の中がきみでいっぱいなんだもん。
だから、何が言いたいのかちゃんと話してよ」
ナリアは恥ずかしそうな表情を浮かべているけれど、あたしから目をそらさなかった。
「エレボスからの使者が来た日、謁見の間から私が出て行ったの覚えている?」
「もちろん。それから、きみは謹慎させられてて全然会えなかったんだから」
「謹慎はまぁ、私が分を弁えない発言をしたからしょうがないよ。
今もこっそり抜け出してきたんだ。
父上がティアマト寺院で大変なことになって、うちの中もごたごただから」
「ナリアの父様を守れて本当に良かったって思ってる。
でも、あたしが変身できたら、あんなに犠牲を出さなくて済んだのに……」
「ありがとう。
娘として本当に君には感謝してもしきれないよ。
でも、君が命を懸けてまで助けるような価値は父上にはないんだ」
「そんなこと言わないで。
そりゃあ、正直、あたしもマリク・チェス議員は苦手だよ?
でも、恋人の父様を助けるのに好き嫌いなんて関係ないし」
「……謁見の間でルセン議員が、『エレボスとの密約を結んだの貴方の父上ですよ』と耳打ちしてきたんだ」
「ファラクセス・ゾラ議長じゃなかったの?」
「うん。如何にも父上らしい姑息なやり口だろ」
「そっか。まぁ、だったとしてもあたしたちの関係は何も変わらないよ。
密約を結んだのが誰であれ、統治評議会がチャズザーへ従う決定を下したのは事実だし。
母様とあたし、カラノック家は自分たちの力でチャズザーと戦うだけ。
どんなことがあっても、あたしは負けない」
「ヴィムル、変わったね。
ものすごく大人になった気がする」
「あら? 惚れ直しちゃった!?」
「そんなことはない」
「なにそれ。こういうときは嘘でも否定しちゃだめでしょ」
「父上に連れられて初めて小さな君に拝謁したときから私の心は奪われっぱなしなんだ」
あたしはたまらなくなって、ナリアに身体を寄せた。
彼女は力強く抱きしめてくれる。
ずっとこうしていられたら良いのに。
でも、間もなくあたしは出征のときを迎える。
あたしは月明りの下、無心で果物とパンを口に放り込む。
宮殿の自室で目を覚ましてからずっと、満たされることのない食欲が湧いてくる。
体中の細胞がエネルギーの供給を求めているみたい。
死にそうな大怪我もネサレテ先生の治癒呪文のおかげですっかり治ったけれど、使った体力を回復するにはたくさん食べるしかないのだ。
でも、大好きなお肉を口にしようとすると酸っぱいものが込み上げてきた。
いくら無神経なあたしでも、今日は血の味がするものは受け付けなくて当然か。
深夜の空中庭園――巣箱とよばれる“パレス・ハイツ”の最上階に作られた中庭にいるのはあたし一人きり。
人の気配が煩わしく、側仕えの奴隷たちも全て下がらせた。
みな、「かの魔物が公女閣下のお命を狙っている以上、お一人にするなど」と食い下がったけれど、ラスチェク中の高位聖職者を招集し、パレス・ハイツの上層階からカラノック家の宮殿まで隈なく防御結界の呪文を張り巡らさせたのだから懸念など無用だ。
もちろん、鮮血の盾たちは見えない位置から護衛を続けているだろうし。
ラスチェクが誇るチェセンタ唯一の空中庭園には、多彩な品種の薔薇・百合・アカンサスの花々が咲き乱れ、異なる香りが鼻孔をくすぐる。
人の声も楽の音も耳に入れたくないけれど、部屋で一人じっとしているのは、痛みと嫌な記憶が蘇ってきて耐え難い。
動かない沢山の命に囲まれていると、その脈動の中に取り込まれそうな錯覚が起きてくる。
身体の奥から欲望が昂ってきた。
半分に割られたグレープフルーツ(カリムシャンの砂漠で発見された果物)。
その果肉へかじりつくかわりに、紅い断面へと舌を這わせてみる。
なんでそんなことを思いついたのか分からない。
もしかしたら、濃密な花の香りに当てられたのかも。
中心にある白い膜状の果芯を舌先で弄ぶ。
いつも避けて食べない部位。
けれど、今はこの苦みが却って劣情を煽り立てる。
あたしは、左手に果実を持ったまま、右手の指を下帯の中へ忍ばせた。
実際には一人でしているのだけれど、頭の中ではナリアと逆向きに絡み合い、彼女のそこを愛でながら下から細長い指で攻められているのだ。
「あの……ヴィムル……。
本当になんて声をかけたら良いのか分かんなくて。
むしろ今は声をかけちゃいけないのかもしれないけれど、どうしても伝えたいことがあるんだ」
ナリアが欲し過ぎて、幻覚が見えちゃったみたい。
もう幻でも何でも良いよ。
「何日もナリアと会えなくて、人を殺したり殺されそうになったりして。
あたし、おかしくなっちゃったのかな……」
ナリアの姿が涙で歪む。
幻のはずの彼女があたしの右手を掴んだ。
「やだっ! 止めないで!」
思わず両腿の付け根をこすり合わせる。
「大丈夫。私にさせて」
彼女の唇があたしの喚き声を塞ぎ、少しひんやりした馴染みのある指が、脚の間に滑り込んできた。
本物のナリア?
幻……じゃないの?
「ねえ、ヴィムル、出来たら最初から話をやり直しさせて欲しいんだけど……」
「もぐもぐ……。話ってなぁに?
いっぱいしたら、またお腹空いてきちゃった」
ナリアと二人、裸で石畳の上に転がり、あたしはパンを頬張っている。
最初は寝椅子の上で抱き合っていたけれど、盛り上がっているうちに石畳の上へ転げ落ちて、そのまま続けちゃったせいで身体のあちこちが擦り剝けている気がする。
でも、未経験の気持ち良さだったから気にしない。
「ナリアは何回いった? あたしははっか……」
「きみはそんな下品なこと言っちゃダメだろ! 頼むから真面目に話をさせてくれよ!」
「別に良いじゃない。
はい、どうぞ。続けて」
ちょっと白けたあたしは、起き上がってあぐらをかきナリアに向き合う。
彼女はその場で平伏した。
額を石畳につけて。
「ヴィムル・バーディス・カラノック公女閣下。
我が父、マリク・チェスの所業をお詫び申し上げます!」
「は? 何それ!?
付き合うとき、そういうの絶対やめてよって言ったよね?
あたしたち、二人のときは対等なんだからって」
ナリアの肩を掴んで、力づくで起き上がらせる。
「大体さ、そういう形式を整えてすっきりしたいだけなんでしょ?
そんなのきみの自己満足だよ。オナニーといっしょ」
「何だって!? 私がどんな想いでここへ来たのかもしらないで、そんな言い方ないだろ!
大体、きみなんか誰も見てないとは言え公共の場で……その……一人でするなんて破廉恥な真似を……」
「そうだよ。
会えないとき、ナリアのことを考えるとどこでもしたくなっちゃう。
それくらい、頭の中がきみでいっぱいなんだもん。
だから、何が言いたいのかちゃんと話してよ」
ナリアは恥ずかしそうな表情を浮かべているけれど、あたしから目をそらさなかった。
「エレボスからの使者が来た日、謁見の間から私が出て行ったの覚えている?」
「もちろん。それから、きみは謹慎させられてて全然会えなかったんだから」
「謹慎はまぁ、私が分を弁えない発言をしたからしょうがないよ。
今もこっそり抜け出してきたんだ。
父上がティアマト寺院で大変なことになって、うちの中もごたごただから」
「ナリアの父様を守れて本当に良かったって思ってる。
でも、あたしが変身できたら、あんなに犠牲を出さなくて済んだのに……」
「ありがとう。
娘として本当に君には感謝してもしきれないよ。
でも、君が命を懸けてまで助けるような価値は父上にはないんだ」
「そんなこと言わないで。
そりゃあ、正直、あたしもマリク・チェス議員は苦手だよ?
でも、恋人の父様を助けるのに好き嫌いなんて関係ないし」
「……謁見の間でルセン議員が、『エレボスとの密約を結んだの貴方の父上ですよ』と耳打ちしてきたんだ」
「ファラクセス・ゾラ議長じゃなかったの?」
「うん。如何にも父上らしい姑息なやり口だろ」
「そっか。まぁ、だったとしてもあたしたちの関係は何も変わらないよ。
密約を結んだのが誰であれ、統治評議会がチャズザーへ従う決定を下したのは事実だし。
母様とあたし、カラノック家は自分たちの力でチャズザーと戦うだけ。
どんなことがあっても、あたしは負けない」
「ヴィムル、変わったね。
ものすごく大人になった気がする」
「あら? 惚れ直しちゃった!?」
「そんなことはない」
「なにそれ。こういうときは嘘でも否定しちゃだめでしょ」
「父上に連れられて初めて小さな君に拝謁したときから私の心は奪われっぱなしなんだ」
あたしはたまらなくなって、ナリアに身体を寄せた。
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