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第11話:価値観の違い
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名を呼べなかった原因は、彼の周囲に渦巻く巨大な気。
そんなものを突然取り込めば意識を奪われると思いきや、案外平気だった事に驚きを隠せない。
「だってずっと一緒にいたじゃない」
問うてみたらそう答えが返ってきた。
「気付いてなかったの? 僕がここに来てからずっと、ギルって僕の気、喰らっていたんだよ?」
「ずっと?」
「うん」
なんでもない事のようにさらりと言う。
「だが……」
「普通は分かる。でしょ?」
見た目に反して大人びた苦々しい笑い。
「ギルはね……寿命が近かったんだよ」
「寿命など」
ない。
言おうとして言葉に詰まる。
日の光も十字も聖水も効かぬ身、命を断つ方法は他者に殺されるそれのみで、けれど伝説にもなっている領主に歯向かう輩などいなかった。
少なくとも今日までは。
「食べるもの食べなきゃ力は衰えるよ、特に貴方の種族は。飢えに気付かないほど飢えていて、そこに現れたのが気が駄々洩れの僕ってわけ」
最盛期の力が健在ならば侵入に気付いたはず。
(衰えていると、言うのか……?)
白い魔物が自分の結界内に侵入した事に気付かなかったのが何よりの証。
「あの白いのは血の臭いが強かった。きっと大勢殺して喰らったんだろうね、力を得る為に」
食事は力の糧、喰らえば喰らうほど多くの力を得られるが、命を奪った代償として人に追われる身となる。
「次はこの村かな」
「な、に……」
「僕の命を狙ったのはただ単に宣戦布告に過ぎない、本当の狙いはこの村だと思うよ」
「こんな小さな村を狙ってなんの得が――」
「色々あるよ」
気付かないだけで。言い捨てた表情は冷たく、とても子供とは思えなかった。
「この村の人々はみな清らかだ。魔物にとっては喉から手が出るほど欲しい餌なんじゃない?」
その通りだった。
魔物にとって一番のご馳走は穢れ無き清らかな魂。
ゆえに純潔の乙女や子供は特に狙われやすい。
領主の加護があるからこそ、平穏無事に生活できているだけで、領主の加護を無くせば彼らは皆、魔物の餌と成り果てるだろう。
……ただでさえ、村を囲む周囲の森には魔物がひしめいているのだから。
「ギルを倒せば欲しいものが労せず手に入る」
決して倒せぬ最強の魔物。
「この国を手に入れる事だって不可能じゃない」
彼を倒す事ができれば最強の名だけでなく、名誉も地位も人間の命もみな、自分一人のものとする事が出来る。
魔物を率いて人を滅ぼすもまた自由。
「国……そんな、さすがにそれは……」
「もしギルが」
静かな声だった。
「魔物に『許す』と言えば、魔物達は一斉に人間達に襲い掛かるだろう」
(万が一動かなかったら動かすだけだけど)
ギルバートには敵わなくとも、それなりの力を有する魔物ならばいくらかいるだろう、彼らが力を合わせれば結界を破壊する事も容易い。
「例え少数の混血児が立ち上がったとしても、争いを好まぬ彼らでは本能のままに暴れる魔物達を止める事は到底叶わない」
立ち向かい、追い詰める事はできても、最後の一瞬、トドメを刺す瞬間にためらいが生まれてしまう。
その一瞬さえあれば魔物は混血児を喰らう事が出来る。
「霧の中にどれだけの魔物が蠢いているかは分からない、けれど……人間じゃ太刀打ち出来ないだろうね。所詮、守ってもらっている存在だ」
か弱い人間に魔物の牙を防ぐ術はない。
村の外に出て人間達を観察したのは一度きり、だけどその一度だけで分かった。
彼らが魔物に対しいかに無防備かと言う事を。
「人間の命を左右する事ができる力、あいつなら欲しがっても不思議は無い」
虐げられている混血児や、牙を伏せている魔物らのためなどでは決してなく、この大陸の王者は自分達だと踏ん反り返っている人間達に苦痛を味合わせる。それだけの為に力を欲している可能性はある。
「まるで私がこの国の命運を左右しているかのような口ぶりだ」
「左右してるんだよ、実際。まぁ物語の行方を決めるのは俺だけど」
賽を振るのは領主。
物語と運命の結末を用意するのは少年。
丁が出ようが半が出ようが、辿る道が違うだけで用意されたエンディングは一つだけ。
小さな村で領主をやりながら修道院や孤児院を経営し、手の届く範囲で無難に守ろうとする領主と、人の命の重さを知り、理解はしていても下す裁きに慈悲はなく、命が目の前で散っても興味を持たぬだろう少年とではあまりに価値観が違い過ぎる。
(私にとって命とは守るもの。彼にとっては盤上の駒か遊戯の道具か)
選択肢は用意されているはず。
(だが国の、世界の運命を決める事が出来るなど、それはまるで――)
神ではないか。
そんなものを突然取り込めば意識を奪われると思いきや、案外平気だった事に驚きを隠せない。
「だってずっと一緒にいたじゃない」
問うてみたらそう答えが返ってきた。
「気付いてなかったの? 僕がここに来てからずっと、ギルって僕の気、喰らっていたんだよ?」
「ずっと?」
「うん」
なんでもない事のようにさらりと言う。
「だが……」
「普通は分かる。でしょ?」
見た目に反して大人びた苦々しい笑い。
「ギルはね……寿命が近かったんだよ」
「寿命など」
ない。
言おうとして言葉に詰まる。
日の光も十字も聖水も効かぬ身、命を断つ方法は他者に殺されるそれのみで、けれど伝説にもなっている領主に歯向かう輩などいなかった。
少なくとも今日までは。
「食べるもの食べなきゃ力は衰えるよ、特に貴方の種族は。飢えに気付かないほど飢えていて、そこに現れたのが気が駄々洩れの僕ってわけ」
最盛期の力が健在ならば侵入に気付いたはず。
(衰えていると、言うのか……?)
白い魔物が自分の結界内に侵入した事に気付かなかったのが何よりの証。
「あの白いのは血の臭いが強かった。きっと大勢殺して喰らったんだろうね、力を得る為に」
食事は力の糧、喰らえば喰らうほど多くの力を得られるが、命を奪った代償として人に追われる身となる。
「次はこの村かな」
「な、に……」
「僕の命を狙ったのはただ単に宣戦布告に過ぎない、本当の狙いはこの村だと思うよ」
「こんな小さな村を狙ってなんの得が――」
「色々あるよ」
気付かないだけで。言い捨てた表情は冷たく、とても子供とは思えなかった。
「この村の人々はみな清らかだ。魔物にとっては喉から手が出るほど欲しい餌なんじゃない?」
その通りだった。
魔物にとって一番のご馳走は穢れ無き清らかな魂。
ゆえに純潔の乙女や子供は特に狙われやすい。
領主の加護があるからこそ、平穏無事に生活できているだけで、領主の加護を無くせば彼らは皆、魔物の餌と成り果てるだろう。
……ただでさえ、村を囲む周囲の森には魔物がひしめいているのだから。
「ギルを倒せば欲しいものが労せず手に入る」
決して倒せぬ最強の魔物。
「この国を手に入れる事だって不可能じゃない」
彼を倒す事ができれば最強の名だけでなく、名誉も地位も人間の命もみな、自分一人のものとする事が出来る。
魔物を率いて人を滅ぼすもまた自由。
「国……そんな、さすがにそれは……」
「もしギルが」
静かな声だった。
「魔物に『許す』と言えば、魔物達は一斉に人間達に襲い掛かるだろう」
(万が一動かなかったら動かすだけだけど)
ギルバートには敵わなくとも、それなりの力を有する魔物ならばいくらかいるだろう、彼らが力を合わせれば結界を破壊する事も容易い。
「例え少数の混血児が立ち上がったとしても、争いを好まぬ彼らでは本能のままに暴れる魔物達を止める事は到底叶わない」
立ち向かい、追い詰める事はできても、最後の一瞬、トドメを刺す瞬間にためらいが生まれてしまう。
その一瞬さえあれば魔物は混血児を喰らう事が出来る。
「霧の中にどれだけの魔物が蠢いているかは分からない、けれど……人間じゃ太刀打ち出来ないだろうね。所詮、守ってもらっている存在だ」
か弱い人間に魔物の牙を防ぐ術はない。
村の外に出て人間達を観察したのは一度きり、だけどその一度だけで分かった。
彼らが魔物に対しいかに無防備かと言う事を。
「人間の命を左右する事ができる力、あいつなら欲しがっても不思議は無い」
虐げられている混血児や、牙を伏せている魔物らのためなどでは決してなく、この大陸の王者は自分達だと踏ん反り返っている人間達に苦痛を味合わせる。それだけの為に力を欲している可能性はある。
「まるで私がこの国の命運を左右しているかのような口ぶりだ」
「左右してるんだよ、実際。まぁ物語の行方を決めるのは俺だけど」
賽を振るのは領主。
物語と運命の結末を用意するのは少年。
丁が出ようが半が出ようが、辿る道が違うだけで用意されたエンディングは一つだけ。
小さな村で領主をやりながら修道院や孤児院を経営し、手の届く範囲で無難に守ろうとする領主と、人の命の重さを知り、理解はしていても下す裁きに慈悲はなく、命が目の前で散っても興味を持たぬだろう少年とではあまりに価値観が違い過ぎる。
(私にとって命とは守るもの。彼にとっては盤上の駒か遊戯の道具か)
選択肢は用意されているはず。
(だが国の、世界の運命を決める事が出来るなど、それはまるで――)
神ではないか。
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