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4章 左目の下瞼のほくろ

4-4 面倒臭い教の教祖 山椒様【ミソジニーとミサンドリー1】

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「初めまして。面倒臭い教の教祖である、小粒でぴりりと辛い山椒さんしょうです。座右の銘は、。どうか、ご贔屓ひいきを」
 うわ……、面倒臭そうな人が来ちゃったな……。
「初心者かい?」
「はい……。慣れてきましたが、まだまだ初心者だと思います」
「最初は何もかもが新鮮で楽しいよね。でも、俺みたいにネトゲ廃人にならないように気をつけなw」
 さすがに俺は、そこまでいくことはないだろう。
「でも、ネトゲって楽しいですよね。友達がたくさんできますし」
「友達ねぇ。ネットの友達なんて、所詮使い捨てなんだよ。それが良くもあり悪くもあるけど、だからこそ、繋がりやすいし切れやすい。人間関係がこじれても、すぐにブロックしてリセットできるしね」
「でも、チャットだから言えるような愚痴もあるじゃないですか。そこはいいところかなと思ってます」
「例えば、どういう愚痴?」
「はい……。自分、学生時代にラブレターを黒板に貼られちゃって。丁寧にも、赤ペンで『0点www』って書かれちゃったんですよ。今でもムカつきますw」
「それは、最悪だなw でも、これからの時代、もう生身の女なんて相手にする必要がないだろ」
「どういうことですか?」
「だって、二次元ファンタジーやギャルゲーの女の方が興奮しねぇか?」
「何とも言えないです……」
 ギャルゲーにはまっていたので、とてもじゃないが否定はできなかった。
「そっちの方が、俺の理想に近いんだ。だから、生身の女なんてどうだっていい。汚らわしい。臭い。何しろ、勃起しないんだからしょうがないだろ。二次元にしか俺の求める女はいないんだよ」
「汚いですか……」
「女は汚いじゃん」
「ミソジニー(女性や女性らしさに対する嫌悪や蔑視)ですか?」
「そうかもな。二次元に比べて人間の女ってグロいじゃん? 生身の女のヴァギナなんて不潔でたまらない。恋愛嫌悪でもありセックス嫌悪でもあるかもしれない。君もミソジニーなの?」
「いえ。でも、ミサンドリー(男性や男性らしさに対する嫌悪や蔑視)かもしれませんね」
「なんで?」
「山椒さんは女性が汚いと言いましたが、男の方が汚くないですか? ペニス、陰嚢、精液、射精、カウパー液、陰毛、体つき、体毛、体臭……。それに、AVを眺めていると、女性蔑視というか……、男の性欲というものに嫌気が差すんですよ……」
「知ってる? 男という生き物は女に対して、支配性や暴力性や攻撃性、侮辱や貶めることで性欲を覚える傾向があるんだよ」
「……」
「どうしたの? 身に覚えがあるとか?」
「……そうですね。それが、とても嫌なんです。しかし、自分では嫌だと思っていても、その女性蔑視で興奮してしまう自分がいる。だけど、自己嫌悪を抱えながらマスターベーションをせざるを得なくて、より自己嫌悪に陥るというループにはまっています……」
「昔は、そんな男を『男らしい』と言われたりもしたが、今は、その『男らしさ』が崩壊してわからなくなっているからこそ、お前のようにギャップを感じている男が増えているんだよ」
「確かに……」
「男と女を平等化や対等化することによって中性化が生まれ、そのおかげで男の性欲を奪い去りセックスが減ってきている。皮肉にも、差別化することによって、男の性欲とセックスが保たれていた側面は否定できないんだよ」
「そうかもしれないですね……。しかし、AVを眺めていると様々な性的嗜好があるのがわかると思うのですが、男の性欲は醜いという感想しか浮かびませんし、だけれど……、自分もその組織に属している一員であり、そんな自分もただただ醜いとしか思いませんね」
 男は醜い、醜い、醜い……。
「ついでにこれも教えとこう。男の性欲は支配や侮辱や暴力によって性的興奮が高まる傾向があるのとは逆に、尊敬してしまうと性的興奮がなくなる傾向がある。君のような女性を神聖化する男は、妻や彼女にその下劣極まりない性欲回路を使いたくないと思いやすいので、勃たなくなってインポになったり、それが原因でセックスレスになったりするから気をつけろよ」
「わかりました……。でも、それが、男の性欲の構造に組みこまれているならば、男を辞めたくなります……。男なんてこの世から消えてなくなってしまった方がいいんですよ……」
「そこで! そんなあなたのために! ヴァーチャルの登場じゃないですか! 二次元ファンタジーヴァーチャルセックスの時代がついにきたんですよ! 女性蔑視が嫌ならば、二次元があるじゃないか。人間じゃないから気にすることないだろ?」
「そうかもしれませんが……」
「男も女も汚い。つまり、人間は汚い存在なんだよ。二次元の綺麗な身体には勝てないんだよ。生身の女とのセックスなんて汚くてしょうがない。除菌し続けてもセックスなんてできないね。俺から言わせれば、生身の女なんて、この世には不必要な存在なんだよ」
「いや、言い切るのはちょっと……」
「言い切るよ。じゃ、必要な理由を言ってみて?」
 あまりにも彼の圧が強すぎて心が押されてしまい返答にきゅうした
「そもそも、女って面倒臭い生き物じゃん? 逆に言うと、面倒臭いもので固めていくと、女という生き物が完成するんだよ」
 何を言ってるんだこいつは……。
「朝、起きるのも、歯を磨くのも、顔を洗うことも、髭を剃ることも、飯を食べることも面倒臭い。もちろん、仕事も面倒臭い。勉強なんてもってのほか。風呂なんて面倒臭いから入るわけがない。髪を切ることなんか面倒臭いことのトップオブザトップ! 予約することも行くことも面倒臭いし、何より美容師とのコミュニケーションが面倒臭すぎる」
「はぁ……」
「親が、兄妹が、親戚が、友達が、同僚が、子作りが、近所付き合いが、子どもを育てることが、ジジババの介護が、つまり、人間関係の全てが面倒臭い。人に会うだけでも、会釈するだけでも、視線を感じることだけでさえも面倒臭~い」
「ごくごく一部は肯定しなくもないですが……」
「元はと言えば、人生が面倒臭いじゃん。生きるのも面倒臭いし、死ぬのも面倒臭い。近い将来、速やかに死なせてくれる業者が儲かるんじゃね? 『生前だけじゃなく、死後の身の回りの整理までお任せあれ!』『遺書代行も承っております!』『ワンクリックであの世にひとっ飛び!』ってな感じでね」
「じゃあ、恋愛なんて、セックスなんて……」
「ひぇー……。そんなものは、面倒臭いものの最たるものじゃないですか。ムリムリムリムリっ!」
「やっぱり、そうですか……」
「女に声をかけて、デートに誘い、紳士的に口説いて、きちんと段取りを踏んで初めてセックスにありつける。これが、面倒臭くなくて何て言うの? 好き? 嫌い? 愛してる? 憎しみ? 嫉妬? それで何が得られるの? 付き合い続ければマンネリや倦怠期が訪れ、考えるだけでも面倒臭いのに、それを打ち破ったところでどれだけのものが得られるの? 現代における資本主義で勝ち抜いてきた快楽コンテンツ以上に何が得られるの?」
「わかりませんが何かあるんじゃないでしょうか……」
「だから、『その何か』を教えてくれよ。お願いだからさ」
「……」
「土下座でも何でもするから、『その何かを』教えてくれよ。何年でも何十年でも待つから『その何かを』教えてくれよ」
「……、……」
「恋愛やセックスにおける代替物は今の世の中にはたくさんあるんだよ。インターネットやSNSや二次元やマンガやアニメやゲームやアイドルや各種エンタメ等の快楽コンテンツで十分に代替できるだけでなく、ありあまるお釣りもついてきちゃうんだよ。暗くなったら、セックス以外に楽しみがない時代じゃないんだよ。こんな時代において、何でそんな七面倒臭い恋愛やセックスなんかしなくちゃいけないんだ。逆に俺を説得してくれよ。恋愛やセックスに幻想を抱ける時代はとっくの昔に終わってしまったんだよ。資本主義社会が、現代の政治が、面倒臭さを排除して楽を広げる世界を進めてきたのだからこの流れは神でも止められないし、後戻りできないだけでなく加速する一方なんだよ」
 よほど心の奥で抑制されていたのか、ダムの決壊のごとく怒濤のマシンガントークにし潰されそうになった。
「女も面倒臭いと思っているのかもしれませんね。化粧するのが面倒臭い。長い髪を乾かすのが面倒臭い。女を演じるのが面倒臭い。女である身体が面倒臭い。男が喜んでくれるからとイったふりをするのも面倒臭いと思っているのかもしれませんね」
「お互い様だよ。男だってイったふりをするんだから。男も女もそんな面倒臭い生身のセックスなんてやめちゃえばいいんだよ。人間は面倒臭い菌に侵されて、面倒臭い病が蔓延している。日本人だけの問題じゃなくて地球人全体の問題なんだよ」
「……面倒臭い菌ってどこに存在するのですか?」
「人間の心に巣食っているんだよ。便利になればなるほど、心中こころじゅうに面倒臭い菌はばら撒かれていく。効果的なワクチンはないし、永遠に創り出すこともできないんだよ。面倒臭い菌は人間の心を雁字がんじがらめにして吸い尽くしては蝕ばみ、最終的には人間の心を奪うんだ。ほんのわずかな面倒臭さを回避できて楽ができるならば、人間はそちらになびかれてしまい手に入れようとしてしまう堕落した悲しい生き物なんだよ」
 めんどくさ~い。
 めんどくさ~い。
 めんどくさ~い。
「……人間は、根っこの深いところで面倒臭い教の敬虔けいけんなる信者かもしれませんね」
「物分かりがよろしいようで。そう、逆らうことなんてできない。面倒臭いと思うならば面倒臭いと思うまま、ただ委ねればいいんだよ」
「でも、そのまま進んだらヤバくないですか?」
「その通り。そこでそんな地球人を救うために現れた男が、面倒臭い教の教祖である、小粒でぴりりと辛い山椒様なんだよ!」
「さ、山椒様! では、その方法は何なのですか!? 教えてください!」
「ヴァーチャルなんだよ! 二次元ファンタジーヴァーチャルセックスなんだよ!」
 オチなのか、本気なのか……。
「なぜ、その結論に集約されるのかよくわからないのですが……」
「ヴァーチャルは裏切らないし騙さないから誰も傷つかない。人間関係の煩わしさがないから鬱にもならないし、だからこそ面倒臭くない。最高だろ?」
「むぅ……」
「とにかく、現代の男は生身の女とセックスすることが面倒臭いと思っているんだよ」
「山椒さんの場合、どうすれば生身の女がゲームの女に勝てるのですか?」
「生身の女が、ゲームの女と遜色ないリアクションをしてくれたら、いやそれを超えることができたらセックスしてやるよ。現代の女は、どうすれば二次元の女に勝てるのか真剣に考えなければいけないだろな。ライバルは人間じゃなくて二次元なんだよ。ま、勝てやしないだろ。この流れは時代と共に加速して、俺の求める快楽をさらに広げていく。もう、人間と人間で交わされるセックスは終わってしまったんだよ。時代遅れなだけでなく再び新たなウイルスが蔓延すれば改めてソーシャルディスタンスな世の中になるわけで、こんな時代においてVRが流行らないわけが、発展しないわけがないんだよ。未来に向けてどれだけバーチャルセックスが進化していくのか、それ以外に興味はないね」
「もしかして、女性の方も今の情けない男に業を煮やしていて、バーチャルセックスを求めているかもしれませんね」
「ハハ。お前、面白いこと言うね。そうだよ。今までは妄想の世界だったけど、とうとうバーチャルセックスの時代に突入したんだよ」
「少子化に拍車がかかりそうです……」
「子孫を残すためには人工的な妊娠(人工授精や体外受精等)における出産が100%になると思うし、セックスが生殖とは全く結びつかない行為として認識される世の中になるだろな」
「……」
「あれ、どうした。ま、お前も生身の女は卒業した方がいいぞ」
「勉強になりました……。ありがとうございます」
「ハハ、どういたしまして。でも、お前、俺の愚痴を聞いてくれるし、いい奴だな。仲良くなろうぜ」
「こちらこそ!」
 山椒さんと仲良くなると、パーティ戦に誘われるようになった。パーティ戦とは、四人が一組になり、ラスボス目指してモンスターを狩ることをいう。彼はこのゲームを熟知していたので、パーティを組むと常にリーダーの役割を果たしていた。パーティによる戦闘は役割分担がしっかり決められていたし、役割を理解して機能させないとうまくいかなかった。一人では倒せないモンスターをそれぞれの役割が機能を果たした上で倒すと、今までにはなかった満足感が込み上げてきたのでたまらなかったんだ。
「お前、超うめぇじゃん。今のはマジやばかった……。命の恩人だ。感謝感激雨霰あめあられ!」
 リアルでは決して言われないセリフ。そして、連帯感。
 それが、途轍とてつもなくうれしかったんだ。
 クリアすると感情が揺さぶられるシーンが画面いっぱいに映し出されて視界を埋め尽くすので、バカみたいに泣きながらカタルシスに浸るんだ。涙が枯れるまで何十分も。だって、リアルじゃ、こんな楽しい時間なんて絶対訪れないのだから……。インフルエンザ陽性でぶっ倒れそうなときも無理してゲームを続けたんだ……。だって、俺が休んだら皆に迷惑をかけてしまうし、抜けたことでもし全滅してしまったら、貯めてきたゲームマネーがパーになってしまうのだから……。この頃からバイトをサボって没頭するようになってきたし、ゲームしていないと落ち着きがなく不安で不安で仕方なかったんだ。ネトゲを始めると不思議と落ち着きを取り戻したし、終わりがないからどこまでもはまれたし、皆と行けるところまで行きたいと思ったんだ……。
 しかし、山椒さんの話によって方向性が大きく変わることになる。
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