空から見る者

本郷むつみ

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空から見る者

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 ギィ~、バタン。
『誰かが私の聖域に入ってきた。ここは立ち入り禁止のはずなんだが。
 なんだ、見ればいつもコソコソと逢引している後輩と呼ばれる奴ではないか』

 ここはとある学校校舎の屋上。夕暮れ時のこの時間。町が赤く染まり、柔らかな風が私を包む。聖域に入ってきた後輩と呼ばれる人物は、私の存在に気付いていないみたいだ。

『誰かを待っているのか?まあ、あの様子ならばいつもの相手を待っているのだろう。またイチャイチャし始めるのか』

 少しだけため息をついた私は、そう思いながら様子を伺っていた。すると、ドアからまた1人現れた。いつもの相手だ。後輩からは先輩と呼ばれ、私の聖域に2人で来てはイチャイチャし始める。私の存在に気付いて移動してくれても良いものと思うのだが。
 「待たせて悪いな」
 「大丈夫ですよ、先輩。で、何かありましたか?」
 「そ、そのな・・・」
 とても言い難い事なのであろう。先輩と呼ばれる人物はなかなか思っている事を口に出せないでいるようだ。
 しかし、後輩は首を傾げ、先輩の口が開くのを待っている。時間の無駄遣い。見ている私も時間を浪費している。だが、ここまで来たら結末を見ずにはいられない。
 私も後輩と同じように首を傾げ、先輩と呼ばれる人物が話題を切り出すのをゆっくりと待った。

 「あ、あのな……俺、隣の女子高の生徒と付き合うことにした。だから、だから、俺と別れてほしい!」

 この時、時間が止まり、空気が固まったように感じたのは言うまでもない。しかし、太陽はそれを否定するかのようにゆっくりと沈んでいく。
 屋上の床に伸びる2人の影がそれを証明していた。
 「えっ、あっ、そうなんだ……」
 後輩の視線が少しずつ下がっていく。肩を落とす姿は見ているこっちも痛々しいと思う。

『修羅場か?ならよくある風景だ。私も巻き込まれないようにさっさと逃げるとするか』

 しかし私の予想は外れ、顔を上げた後輩は「良かったですね、先輩」と笑顔を見せた。ありえない。お前はフラれたのだぞ。しかも他人に取られたのだぞ。お前よりも大事にする奴が現れたと言っているのだぞ。なぜそんな笑顔で応援出来るのだ。私には理解出来なかった。

 「先輩、その人を大事にしてあげてくださいね」
 「すまない。お前の幸せを祈っているから」
 先輩と呼ばれるそいつはそそくさとその場から離れる。そして振り向きもせずにドアから出ていった。まさに逃げ帰ると言う言葉がぴったりだ。後輩に視線を移すと先輩がいなくなったからか、我慢していた涙を遠慮なく流していた。

『それはそうだろ。この状況で泣かない奴はいない』
頬を伝う涙を拭う事もせず、声を殺し、ただただ涙を流していた。
「そっか、先輩、彼女が出来ちゃったんだ。やっぱり女の子には敵わないのかな。僕は男だから胸もないし、子供も産めない。しょうがないか」
 涙を流しながら後輩と呼ばれる男は屋上からの風景を眺めていた。私もそろそろこの場所から離れないと家に帰れない。
 私は真っ白な翼を広げ、大空へと飛び立った。
 人間から平和のシンボルと呼ばれる私達。
 後輩と呼ばれる人間に平和で明るい未来を願い、私は彼の上で大きく2回旋回した。

 『この屋上の風景が涙で見えなくなる事がなくなるように』
 後輩の目に美しく輝く夕日の中に飛び込んでいく真っ白な鳩が映る。真っ白な鳩はシルエットで黒くなり、やがて夕日に溶け込んでいった。
 涙を流しながら後輩は屋上からの風景を心に刻み付けた。

 
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