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◇◇ リアム ◇◇
リアムはシュゼットのアトリエを訪れた。
毎日、好きに絵を描いて過ごしているとばかり思っていたのだが、
彼女の姿はそこには無かった。
それに、壁に立て掛けられた大きなキャンバスには、絵の具を叩きつけた様な、
模様なのか、抽象画なのか、良く分からないものが描かれていて、
リアムは頭を捻った。
「とても彼女が描いたとは思えない…」
リアムが見た事のあるシュゼットの絵は、どれも優しく、そして愛に満ちていた。
アトリエを出たリアムは、メイド長に会ったので、シュゼットの居場所を尋ねた。
「シュゼットに会いに来たんだが、アトリエには居ない様だね」
「シュゼット様でしたら、今日は奥様と町の孤児院に慰問に行かれていますよ」
リアムは内心で驚きながらも、「そうか、帰って来てからにしよう」と頷いた。
「母と出掛ける事は良くあるのか?」
「はい、奥様に付いて、伯爵夫人のお務めを習っておいでですよ」
メイド長は笑顔で答える。
メイドたちはベアトリスを慕っている、彼女以外の者を『奥様』と認めないのでは?
常々リアムは思っていた。
だが、目の前のメイド長はニコニコと笑みを見せている。それは、決して、愛想笑いでは無い。
「彼女に、伯爵夫人が務まるだろうか?気弱過ぎると思わないか?」
リアムは意地悪でというのでは無く、興味本位で聞いていた。
「まぁ!気が弱いだなんて!多少はそういった所もございましょうけど、
あの方は、助けを求めている者を無視したりは、絶対になさいません。
芯のある、お優しい方ですよ。
リアム様はご存じ無いかと思いますが、旦那様の試験に全て合格された方は、
シュゼット様しかおられませんからね」
「試験?」不穏な予感がし、リアムは綺麗な眉を寄せた。
「旦那様は、年頃の令嬢が館に来られた際には、試験をされるんですよ。
リアム様のお相手に相応しいか、ご自分の目で見極めておいでです」
リアムは顔を顰めたが、メイド長は気付かないのか、話を続けた。
「シュゼット様が、肖像画を描く為に泊まられていた時です。
晩餐の時間を態と間違えて伝える様、旦那様から言われましてね、
シュゼット様は毎回の様に、晩餐に遅れる訳ですが、理由を聞かれても、
一度もメイドの所為だとは言われませんでしたし、メイドを責めた事もありませんでした」
そんな事をしていたのかと、リアムは半ば呆れていた。
だが、シュゼットの態度には感心するものがあり、頷いた。
「部屋に針の入った箱を届けた時も、態とメイドに落とす様言われていましてね、
メイドはそれをぶちまけた訳ですが、シュゼット様は怒る所か、
拾う時にメイドが怪我をしないか心配してくれ、拾うのも手伝ってくれたんですよ。
その上、メイドにお菓子をくれ、失敗を励ましてくれたそうで…
メイドは罪悪感から、旦那様に『もう出来ません、許して下さい』と申し出たというんです!
こんな事は初めてですよ!」
メイド長が声を上げて笑う。
リアムはシュゼットに感心しながらも、オベールの悪趣味に額を押さえた。
「それは…やはり、アドリーヌの時もしたのかな?」
リアムはそれとなく聞いた。
アドリーヌは晩餐にあまり出る事は無かったが、遅れて来たかどうか、
リアムの記憶には無かった。大して気にすべき事では無かったし、
記憶に無いのならば、恐らく、アドリーヌは目立った言い訳はしていなかったのだろう。
すると、メイド長は顔を顰め、頭を振った。
「ええ、あの方は、晩餐の後、メイドを呼び付け、酷く怒鳴り付け、
『役立たず』と散々罵られました。それからです、余程腹が立ったのか、
我儘で傲慢になりましてね…メイドに、悪戯に用事を言いつけるんですよ。
晩餐の料理にはいつまでも文句を言っていましたしね、お腹が空いて眠れない、
ちゃんとした料理を持って来いと、深夜に呼び付けられました。
メイドたちは皆、怯えていましたよ…」
リアムは唖然としていた。
「アドリーヌが…」
とても信じられなかった。
アドリーヌはいつも優しく、親切だった。
少なくとも、リアムの前では、そうだった___
メイド長は、リアムの心の内をすんなりと読み取った。
「リアム様は信じないでしょうね、あの方は上手く隠していましたよ、
だから誰もリアム様に言えなかったのです」
「アドリーヌの事が分からなくなってきた…」
「ええ、ですが、シュゼット様の事はお分かりでしょう?
あの方は表裏がありませんからね、良い娘さん…若奥様ですよ」
メイド長は得意気に二コリと笑う。
だが、リアムには、シュゼットの事も分からなかった。
今まで、シュゼットを見ようとしなかった所為だ。
リアムの知るシュゼットは、絵には突出した才を持っているが、他は取り立てて
目立つ所は無く…気弱で、おどおどしていて、声の小さい、
社交界に不慣れな、純粋無垢な少女の様な娘だった。
だが、メイド長の言う様な者だったならば…
今までの態度は、リアムを恐れ、怯えていたのではなく、
自分を気遣ってのものだったのか…?
シュゼットは、いつもベッドの端で、リアムに背を向けて寝ていた。
リアムを誘って来る事はしなかった。
酷い態度を取られても、リアムを責めたりはしなかった。
離縁を考える程、思いつめていた時にも、
オベールとベアトリスに笑顔を見せ、楽しそうにしていたのか…
リアムの胸は痛んだ。
アドリーヌとの別れ以来、初めて感じる感情だった。
シュゼットとベアトリスの乗った馬車が着き、リアムは玄関を出て、シュゼットを誘った。
「シュゼット、疲れていなければ、少し散歩に付き合って欲しい」
初めて誘うのだから、シュゼットは当然、驚いていた。
綺麗な水色の目を丸くし、だが、小さく微笑み「はい」と頷いた。
リアムが歩き出し、シュゼットがちょこまかと付いて来る。
それに気付き、リアムは少し足を緩めた。
「孤児院の慰問に行ったと聞いたけど、どうだったかな?」
「はい、沢山の子供たちが居て驚きました、不安そうにしている子や、
寂しそうにしている子、暴力的な子、無感情な子…苦しんでいる子たちに、
何か出来無いかと、お義母様と話しました」
「うん、引き取られた当初は皆不安で、精神的にも安定しない。
親を亡くした子もいるし、暴力を受けていた子もいる。
それを上手く乗り越えられるといいのだが、出来無い子は、暴力的になったり、
孤児院を出て罪を犯したりする者もいる…」
「愛情が必要だと思うのです…」
「里親の事か?」
「はい、良いご夫婦の家に引き取られるのが一番かと思いますが、
中々難しいですよね」
「うん、そういった幸運は、あまり無いからね…」
気付くと、自然に話をしていて、リアムは驚いていた。
それに、シュゼットは、親身になり考えている。
それは、フォーレ家の者…自分とも似ている気がした。
今思えば、アドリーヌは、ポンと画期的なアイデアを出していたが、
それを実行するのは、フォーレ家…リアムだった。
そして、その後の事を聞いて来た事は無い。
リアムにしても、上手くいった場合にしか話さなかった。
アドリーヌは寄付をしてくれたが、孤児院に顔を出す事はほとんど無かった。
社交の場で人脈作りに勤しんでいたが、その人脈が役に立つ事はあまり無かった。
彼女から子供たちに対する同情の言葉は、ほとんど聞いた事が無かったのではないか?
リアムはそれを思い出そうとしたが、「可哀想な子供たち」という言葉位しか、
思い出せなかった。
こんな風に考えるのは、意地が悪いかもしれない。
リアムは頭を振り、忘れる事にした。
もう、終わりにしなければ…
その想いが、リアムの胸に渦巻いた。
「リアム様?」
足を止めたリアムに、シュゼットも習う。
「父から、君が離縁を申し出てきたと聞いた…
僕は、君と結婚すると決めたというのに、いつまでもアドリーヌとの事を引き摺り…
君に酷い態度を取ってしまった…
今更だが、君には申し訳無い事をしたと思っている…すまなかった」
リアムは心から謝罪し、頭を下げた。
今のリアムには、怒りは無く、ただ、不甲斐ない自分が見えていた。
酷く情けなく惨めだったが、そんなリアムに対し、シュゼットは驚く程優しかった。
「謝らないで下さい、仕方の無い事です。
愛した人を忘れるなんて、無理ですもの…
わたしの方こそ、そんな事にも気付かず、結婚を受けてしまい…
あなたを疎ませたのですから、申し訳ありませんでした」
シュゼットに丁寧に頭を下げられ、リアムは戸惑った。
「君が謝る事はない!君が結婚してくれなければ、アドリーヌを助ける事は出来なかった。
君には感謝しなければいけないのに、その君に対して、僕は酷い仕打ちを…」
そうだ、シュゼットは恩人だ、自分にとっても、アドリーヌにとっても…
今まで、何故、そこに考えが及ばなかったのか、リアムは自分でも不思議だった。
リアムにはアドリーヌしか見えていなかったのだ。
だが、その所為で、シュゼットを踏み付けにし、それを正当化していた___
何て事だ!リアムは自分を恥じた。
「そのお言葉だけで、十分です…
最後に優しい言葉を掛けて下さり、ありがとうございます…」
水色の瞳に涙が浮かぶのに気付き、リアムは息を飲んだ。
胸を掴まれた気がし、酷く痛んだ。
リアムは慌てて遮っていた。
「待ってくれ!勝手だけど、僕は君と離縁をしようとは思っていない」
そう、リアムは《それ》を見極める為に、シュゼットに会いに来たのだった。
【アドリーヌへの援助と引き換えに、想ってもいない者と結婚をする】
それがどういう事かも考えず、アドリーヌに言われるままに承諾してしまった。
なんて、愚かだったのだろう___
リアムは自分の甘さに気付かされた。
シュゼットがリアムの事を想っていなければ、仮面夫婦でも良かっただろう。
だが、彼女は何故なのか、自分を愛しているらしい…
リアムと離縁した後は、修道院に入り、修道女になるとまで言っている。
リアムはとても信じられなかったが、彼女を前にし、それが真実だと思い知らされた。
だからこそ、自分も決心しなくてはいけない___
リアムは心を決めた。
「君を愛せるかどうかは、正直、分からない、僕は君を知らな過ぎる。
確かな約束は出来ない、君をガッカリさせるかもしれない…
だが、これからは、アドリーヌへの想いは断ち切る様、努力するよ。
君との人生を考えたい」
リアムは、アドリーヌの事を全て知っていると思っていたが、それは違っていた。
アドリーヌの一部だけしか見えていなかったと、今は分かる。
あれだけ愛していた人なのに、何故、それに気付けなかったのか…
それが《恋》というものだろうか?
リアムは、シュゼットの事を全く知らなかった。今まで見ようともしなかった。
だが、今は、知りたいと思い始めていた。
それが、リアムに決心させた。
「僕に、もう一度、機会を与えて貰えないだろうか?」
リアムが真摯に願い出ると、シュゼットの目から、綺麗な涙が零れ落ちた。
小さく震えながらも、彼女は「はい」と笑顔を見せ、頷いた。
可憐で可愛らしい娘だ…と、リアムは自然に笑みが零れていた。
「ありがとう、シュゼット」
この夜、リアムは珍しく、深く眠る事が出来た。
目覚めた朝、リアムはシュゼットを抱きしめていなかった。
だが、心は充実し、晴れていた。
アドリーヌを失ってから、初めての事だ。
リアムは体を起こすと、隣で寝るシュゼットの顔を覗き込んだ。
無防備な、あどけない顔で眠っている。
リアムは自分が微笑んでいる事に、気付いていなかった___
◇◇◇◇
リアムはシュゼットのアトリエを訪れた。
毎日、好きに絵を描いて過ごしているとばかり思っていたのだが、
彼女の姿はそこには無かった。
それに、壁に立て掛けられた大きなキャンバスには、絵の具を叩きつけた様な、
模様なのか、抽象画なのか、良く分からないものが描かれていて、
リアムは頭を捻った。
「とても彼女が描いたとは思えない…」
リアムが見た事のあるシュゼットの絵は、どれも優しく、そして愛に満ちていた。
アトリエを出たリアムは、メイド長に会ったので、シュゼットの居場所を尋ねた。
「シュゼットに会いに来たんだが、アトリエには居ない様だね」
「シュゼット様でしたら、今日は奥様と町の孤児院に慰問に行かれていますよ」
リアムは内心で驚きながらも、「そうか、帰って来てからにしよう」と頷いた。
「母と出掛ける事は良くあるのか?」
「はい、奥様に付いて、伯爵夫人のお務めを習っておいでですよ」
メイド長は笑顔で答える。
メイドたちはベアトリスを慕っている、彼女以外の者を『奥様』と認めないのでは?
常々リアムは思っていた。
だが、目の前のメイド長はニコニコと笑みを見せている。それは、決して、愛想笑いでは無い。
「彼女に、伯爵夫人が務まるだろうか?気弱過ぎると思わないか?」
リアムは意地悪でというのでは無く、興味本位で聞いていた。
「まぁ!気が弱いだなんて!多少はそういった所もございましょうけど、
あの方は、助けを求めている者を無視したりは、絶対になさいません。
芯のある、お優しい方ですよ。
リアム様はご存じ無いかと思いますが、旦那様の試験に全て合格された方は、
シュゼット様しかおられませんからね」
「試験?」不穏な予感がし、リアムは綺麗な眉を寄せた。
「旦那様は、年頃の令嬢が館に来られた際には、試験をされるんですよ。
リアム様のお相手に相応しいか、ご自分の目で見極めておいでです」
リアムは顔を顰めたが、メイド長は気付かないのか、話を続けた。
「シュゼット様が、肖像画を描く為に泊まられていた時です。
晩餐の時間を態と間違えて伝える様、旦那様から言われましてね、
シュゼット様は毎回の様に、晩餐に遅れる訳ですが、理由を聞かれても、
一度もメイドの所為だとは言われませんでしたし、メイドを責めた事もありませんでした」
そんな事をしていたのかと、リアムは半ば呆れていた。
だが、シュゼットの態度には感心するものがあり、頷いた。
「部屋に針の入った箱を届けた時も、態とメイドに落とす様言われていましてね、
メイドはそれをぶちまけた訳ですが、シュゼット様は怒る所か、
拾う時にメイドが怪我をしないか心配してくれ、拾うのも手伝ってくれたんですよ。
その上、メイドにお菓子をくれ、失敗を励ましてくれたそうで…
メイドは罪悪感から、旦那様に『もう出来ません、許して下さい』と申し出たというんです!
こんな事は初めてですよ!」
メイド長が声を上げて笑う。
リアムはシュゼットに感心しながらも、オベールの悪趣味に額を押さえた。
「それは…やはり、アドリーヌの時もしたのかな?」
リアムはそれとなく聞いた。
アドリーヌは晩餐にあまり出る事は無かったが、遅れて来たかどうか、
リアムの記憶には無かった。大して気にすべき事では無かったし、
記憶に無いのならば、恐らく、アドリーヌは目立った言い訳はしていなかったのだろう。
すると、メイド長は顔を顰め、頭を振った。
「ええ、あの方は、晩餐の後、メイドを呼び付け、酷く怒鳴り付け、
『役立たず』と散々罵られました。それからです、余程腹が立ったのか、
我儘で傲慢になりましてね…メイドに、悪戯に用事を言いつけるんですよ。
晩餐の料理にはいつまでも文句を言っていましたしね、お腹が空いて眠れない、
ちゃんとした料理を持って来いと、深夜に呼び付けられました。
メイドたちは皆、怯えていましたよ…」
リアムは唖然としていた。
「アドリーヌが…」
とても信じられなかった。
アドリーヌはいつも優しく、親切だった。
少なくとも、リアムの前では、そうだった___
メイド長は、リアムの心の内をすんなりと読み取った。
「リアム様は信じないでしょうね、あの方は上手く隠していましたよ、
だから誰もリアム様に言えなかったのです」
「アドリーヌの事が分からなくなってきた…」
「ええ、ですが、シュゼット様の事はお分かりでしょう?
あの方は表裏がありませんからね、良い娘さん…若奥様ですよ」
メイド長は得意気に二コリと笑う。
だが、リアムには、シュゼットの事も分からなかった。
今まで、シュゼットを見ようとしなかった所為だ。
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社交界に不慣れな、純粋無垢な少女の様な娘だった。
だが、メイド長の言う様な者だったならば…
今までの態度は、リアムを恐れ、怯えていたのではなく、
自分を気遣ってのものだったのか…?
シュゼットは、いつもベッドの端で、リアムに背を向けて寝ていた。
リアムを誘って来る事はしなかった。
酷い態度を取られても、リアムを責めたりはしなかった。
離縁を考える程、思いつめていた時にも、
オベールとベアトリスに笑顔を見せ、楽しそうにしていたのか…
リアムの胸は痛んだ。
アドリーヌとの別れ以来、初めて感じる感情だった。
シュゼットとベアトリスの乗った馬車が着き、リアムは玄関を出て、シュゼットを誘った。
「シュゼット、疲れていなければ、少し散歩に付き合って欲しい」
初めて誘うのだから、シュゼットは当然、驚いていた。
綺麗な水色の目を丸くし、だが、小さく微笑み「はい」と頷いた。
リアムが歩き出し、シュゼットがちょこまかと付いて来る。
それに気付き、リアムは少し足を緩めた。
「孤児院の慰問に行ったと聞いたけど、どうだったかな?」
「はい、沢山の子供たちが居て驚きました、不安そうにしている子や、
寂しそうにしている子、暴力的な子、無感情な子…苦しんでいる子たちに、
何か出来無いかと、お義母様と話しました」
「うん、引き取られた当初は皆不安で、精神的にも安定しない。
親を亡くした子もいるし、暴力を受けていた子もいる。
それを上手く乗り越えられるといいのだが、出来無い子は、暴力的になったり、
孤児院を出て罪を犯したりする者もいる…」
「愛情が必要だと思うのです…」
「里親の事か?」
「はい、良いご夫婦の家に引き取られるのが一番かと思いますが、
中々難しいですよね」
「うん、そういった幸運は、あまり無いからね…」
気付くと、自然に話をしていて、リアムは驚いていた。
それに、シュゼットは、親身になり考えている。
それは、フォーレ家の者…自分とも似ている気がした。
今思えば、アドリーヌは、ポンと画期的なアイデアを出していたが、
それを実行するのは、フォーレ家…リアムだった。
そして、その後の事を聞いて来た事は無い。
リアムにしても、上手くいった場合にしか話さなかった。
アドリーヌは寄付をしてくれたが、孤児院に顔を出す事はほとんど無かった。
社交の場で人脈作りに勤しんでいたが、その人脈が役に立つ事はあまり無かった。
彼女から子供たちに対する同情の言葉は、ほとんど聞いた事が無かったのではないか?
リアムはそれを思い出そうとしたが、「可哀想な子供たち」という言葉位しか、
思い出せなかった。
こんな風に考えるのは、意地が悪いかもしれない。
リアムは頭を振り、忘れる事にした。
もう、終わりにしなければ…
その想いが、リアムの胸に渦巻いた。
「リアム様?」
足を止めたリアムに、シュゼットも習う。
「父から、君が離縁を申し出てきたと聞いた…
僕は、君と結婚すると決めたというのに、いつまでもアドリーヌとの事を引き摺り…
君に酷い態度を取ってしまった…
今更だが、君には申し訳無い事をしたと思っている…すまなかった」
リアムは心から謝罪し、頭を下げた。
今のリアムには、怒りは無く、ただ、不甲斐ない自分が見えていた。
酷く情けなく惨めだったが、そんなリアムに対し、シュゼットは驚く程優しかった。
「謝らないで下さい、仕方の無い事です。
愛した人を忘れるなんて、無理ですもの…
わたしの方こそ、そんな事にも気付かず、結婚を受けてしまい…
あなたを疎ませたのですから、申し訳ありませんでした」
シュゼットに丁寧に頭を下げられ、リアムは戸惑った。
「君が謝る事はない!君が結婚してくれなければ、アドリーヌを助ける事は出来なかった。
君には感謝しなければいけないのに、その君に対して、僕は酷い仕打ちを…」
そうだ、シュゼットは恩人だ、自分にとっても、アドリーヌにとっても…
今まで、何故、そこに考えが及ばなかったのか、リアムは自分でも不思議だった。
リアムにはアドリーヌしか見えていなかったのだ。
だが、その所為で、シュゼットを踏み付けにし、それを正当化していた___
何て事だ!リアムは自分を恥じた。
「そのお言葉だけで、十分です…
最後に優しい言葉を掛けて下さり、ありがとうございます…」
水色の瞳に涙が浮かぶのに気付き、リアムは息を飲んだ。
胸を掴まれた気がし、酷く痛んだ。
リアムは慌てて遮っていた。
「待ってくれ!勝手だけど、僕は君と離縁をしようとは思っていない」
そう、リアムは《それ》を見極める為に、シュゼットに会いに来たのだった。
【アドリーヌへの援助と引き換えに、想ってもいない者と結婚をする】
それがどういう事かも考えず、アドリーヌに言われるままに承諾してしまった。
なんて、愚かだったのだろう___
リアムは自分の甘さに気付かされた。
シュゼットがリアムの事を想っていなければ、仮面夫婦でも良かっただろう。
だが、彼女は何故なのか、自分を愛しているらしい…
リアムと離縁した後は、修道院に入り、修道女になるとまで言っている。
リアムはとても信じられなかったが、彼女を前にし、それが真実だと思い知らされた。
だからこそ、自分も決心しなくてはいけない___
リアムは心を決めた。
「君を愛せるかどうかは、正直、分からない、僕は君を知らな過ぎる。
確かな約束は出来ない、君をガッカリさせるかもしれない…
だが、これからは、アドリーヌへの想いは断ち切る様、努力するよ。
君との人生を考えたい」
リアムは、アドリーヌの事を全て知っていると思っていたが、それは違っていた。
アドリーヌの一部だけしか見えていなかったと、今は分かる。
あれだけ愛していた人なのに、何故、それに気付けなかったのか…
それが《恋》というものだろうか?
リアムは、シュゼットの事を全く知らなかった。今まで見ようともしなかった。
だが、今は、知りたいと思い始めていた。
それが、リアムに決心させた。
「僕に、もう一度、機会を与えて貰えないだろうか?」
リアムが真摯に願い出ると、シュゼットの目から、綺麗な涙が零れ落ちた。
小さく震えながらも、彼女は「はい」と笑顔を見せ、頷いた。
可憐で可愛らしい娘だ…と、リアムは自然に笑みが零れていた。
「ありがとう、シュゼット」
この夜、リアムは珍しく、深く眠る事が出来た。
目覚めた朝、リアムはシュゼットを抱きしめていなかった。
だが、心は充実し、晴れていた。
アドリーヌを失ってから、初めての事だ。
リアムは体を起こすと、隣で寝るシュゼットの顔を覗き込んだ。
無防備な、あどけない顔で眠っている。
リアムは自分が微笑んでいる事に、気付いていなかった___
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