【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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わたしは、自分が覚えている限りの事を、ドミニクに話した。

「本当の父親は、画家か!成程、そうでは無いかと思っていたよ、
おまえは、本当に絵が上手だったからね、カリーヌ」

《シュゼット》という名は、本当の娘に返した方が良いと思った。
8歳で亡くなったとはいえ、存在していたのだから。
ドミニクにとっては、大事な娘だ。

「ですが、貧乏画家でしたので、出生は分からないと思います…」

「そうか…出生が分からないというのは、おまえも不安だろう…
探してやりたいが、手掛かりも無いのでは…」

一つだけ、手掛かりはある。
リアムに渡した、ペンダントだ。
ペンダントには、母の肖像画が入っている…

「出生は構いません、それよりも、お兄様にも話しておかなければ…
あの男が脅すかもしれません」

「ああ、それに、フォーレの家にも話しておかなくてはいけないね…
カリーヌ、本当にすまない、こうなる事を予測出来なかった…
私が迂闊だったよ…もし、フォーレの家がおまえを受け入れないと言うなら、
ここへ戻って来なさい、おまえは、ずっと、私の娘だよ、カリーヌ」

「ありがとうございます、お父様」

ドミニクの言葉は、優しく胸に染みた。
父を失い、家族も家も無かったわたしが、
今は、愛してくれる家族がいて、戻る家もある…

何があっても、愛する家族を守らなくては…





その日は、ルメールの館に泊まる事にした。
わたしの頬は腫れ上がっていたし、フィリップとソフィに話さなくてはいけなかった。

わたしの顔を見たフィリップは、想像以上に、仰天し、大騒ぎになった。
ソフィが宥めてくれたので助かった。
そうでなければ、もう一度主治医を呼ばれる所だっただろう。

晩餐の時、フィリップとソフィに、わたしの過去を打ち明け、男に用心する様に話した。
わたしに記憶が無いと思っていたフィリップは、驚いていた。

「そうだったのか!全く気付かなかったよ!でも、良かった!
いつも、悪い気がしていたんだ、母さんの為とはいえ、小さな子を騙すなんて、
罪悪感で胸が痛んだよ、それが、まさか、僕たちが騙されていたなんてね!」

フィリップが明るく笑い、場を和ませてくれた。

「これだけ一緒に居れば、家族よ、シュゼット…いえ、カリーヌね、
家族なら、私の方が新米だもの!」

ソフィもすんなりと受け入れてくれ、わたしは安堵した。

「でも、父親が画家なんて、凄いな!」
「カリーヌの絵を見て気付かなかったの?フィリップは鈍いんだから!」
「私はそうじゃないかと思っていたよ」
「でも、問題は、フォーレ家の方だよ」

フィリップが言い、沈黙が落ちた。

「カリーヌ、リアムとは上手くやっているのかね?」

ドミニクに聞かれ、わたしは頬を染めた。

「実は、最初は上手くいかなかったのですが…
最近は良い感じで…リアム様と、お話出来る様になりました」

「お話だけ??」と言ったフィリップの口を、すかさずソフィが塞いだ。
わたしは恥ずかしさに頬を押さえたまま俯いた。

「そうか、おまえが幸せそうでうれしいよ、私も一緒に行き、オベールに話そう。
これ位しかしてやれず、すまないね、カリーヌ」

「いいえ、心強いですわ、ありがとうございます、お父様」





翌朝、以前描いた、油絵の風景画を三点持ち、ドミニクと共に、
ルメールの館を出た。

「おまえが描いてくれたアザレの絵に、いつも癒されているよ、
そんな風に、おまえの絵で心を癒される者は多いだろう。
今まで、おまえは私たちに気を遣い、絵を描かなかったのだろう?
これからは、気にせず、自由に描いて欲しい、カリーヌ」

ドミニクが言ってくれ、わたしは「はい」と笑顔で返した。
もし、フォーレ家を出されても、わたしには絵がある。
それが、どれだけ慰めになるか…


フォーレの館に戻り、馬車を降りると、緊張が走った。
「大丈夫だよ、カリーヌ」と、ドミニクが言ってくれ、わたしは頷いた。

「シュゼット様、お帰りなさいませ、ルメール伯爵、ようこそおいで下さいました」

突然のドミニクの来訪に、執事は驚く事無く、迎えてくれた。

「フォーレ伯爵に会いたいのですが、時間を頂けますか?」
「はい、お伝え致します、パーラーの方でお待ち下さい」

わたしはドミニクの腕を取り、パーラーへ向かった。
紅茶が出され、暫く待っていると、執事に書斎へ案内された。

「ドミニク!我が友!よく来てくれた!」

オベールは席を立ち、笑顔で歓迎し、ドミニクを抱擁した。
ドミニクの表情が固い事に気付いただろう、オベールは「まぁ、掛けてくれ」とソファを勧めた。

「その前に、シュゼット!どうした、その顔は!?」

わたしの頬はまだ少し腫れていて、わたしは濡れた布で押さえていた。

「はい…実は、この事で、お話しなければならない事があります…」
「深刻な話の様だな、よし、聞こう」

わたしの過去について、そして、男が恐喝に来た事を話した。
オベールは黙って聞いていたが、遂には、「何て事だ!!許せん!!」と
憤慨し、テーブルを叩いた。

「私はシュゼットを本当の娘として育ててきました。
ですが、結果的に、あなた方を騙す事になってしまった…申し訳ない」

ドミニクが頭を下げるのに習い、わたしも頭を下げた。

「わたしは、自分が本当の娘で無いと分かっていながら、
それをお伝えする事が出来ませんでした…申し訳ありません」

「父娘揃って、頭を下げるのは止めろ!おまえたちは良く似た父娘だぞ」

オベールが笑う。

「だが、少し厄介なのは確かだな…
その男は、何れ、ここに来るだろう、その前に手を打たねばならん…
問題は、戸籍だ、このままでは不味い、直ぐに、カリーヌの名で養女の手続きを」

「はい」

「そして、シュゼット、おまえは、リアムと離縁するんだ」

「はい…」

「そう、悲しそうな顔をするな、直ぐに《カリーヌ》として籍を入れれば良い。
分かったら、二人共、直ぐにこの館を出て行け!」

わたしたちは館から追い出され、直ぐにルメールの館に逆戻りとなった。



◇◇ リアム ◇◇


今度、町で寄付目的の展覧会が開催される事となり、
「おまえの絵も出したらどうだ」とオベールが勧めた事で、
シュゼットは実家に以前描いた油絵を取りに戻ったのだが…

「シュゼットは、まだ帰って来ていないのですか?」

晩餐の時に姿が無く、リアムはそれに気付いた。
ルメールの館までは半日掛かるが、予定では、夜には帰って来るとの事だった。
その為に、早朝から馬車を飛ばして出て行ったのだ。

シュゼットは、いつもの様に可愛らしい笑みを見せ「行って参ります」と出て行った。
それなのに、何故、戻って来ないのか…
リアムの胸に、不安が過った。

自分がシュゼットを酷く扱っていた事が家の者に知られ、帰して貰えないのでは…

「おい、リアム、何て顔をしている!
里帰りすれば、積もる話もあるだろう、一日二日、引き止められるのは普通の事だ。
特に、あの家族は、シュゼットを猫可愛がっておるからな!」

珍しく、オベールが慰める様に言い、リアムは自分を納得させた。
確かに、フィリップはシュゼットに過保護だった…と思い出す。
いや、それならば、尚更、自分の事を知れば、帰して貰えないのでは…

黙り込み、食事の手を止めるリアムには、
オベールとベアトリスが顔を見合わせ、肩を竦めていた事など、見えていなかった。


寝室に行く頃になっても、やはりシュゼットは帰って来なかった。
リアムは一人きりの寝室が、酷く広く、そして冷たく思えた。

リアムは、何気無く、テーブルの花瓶に目を向けた。
いつも花が飾られているが、今日は飾られていない。
毎日、シュゼットが飾ってくれていたのだろうか?

アドリーヌは、よくパーティで、深紅の薔薇をリアムの胸に挿してくれた。
『私の花よ、着けておいてね』と、魅力的に笑った姿が思い出された。
リアムは大輪の薔薇を好まなかったが、アドリーヌだと思いそれを付けた。

アドリーヌに自分を合わせようとしていた。
アドリーヌの求める者にならなければと考えていた。
愛する者を幸せにする為には当然だと…

「アドリーヌと僕は、違い過ぎた…」

そこにこそ惹かれたのだが、今はそれも魅力的には感じられなかった。

今更、そんな風に思うのは、
シュゼットが飾ってくれる、沢山の野の花が懐かしく思えるからだろうか?

シュゼットからは、いつもその花と同じ匂いがし、心が癒された。
香水は苦手だったが、シュゼットからは良い匂いがし、つい、抱きしめたくなるのだ。

リアムが今抱きしめたいと思う相手は、アドリーヌではなく、シュゼットだった。
だが、それを深く考える事は無かった。





独り寂しい夜を過ごしたリアムは、今日こそはシュゼットが帰って来るだろうと、
自分を励ました。

だが、リアムの考えは甘かった。

執事から、シュゼットは父親と帰って来たが、
オベールと会った後、直ぐに館を出て行ったと聞かされた。

リアムは直ぐに、オベールの書斎に走った。

「父さん!どういう事です!?シュゼットの父親は、何と言って来たのですか!?」

「離縁だ」

「え?」

「どうした、シュゼットとは離縁になったんだぞ、これで、おまえは自由だ、喜べ」

オベールが飄々と言うので、リアムは父親を殴りそうになった。
その拳を強く握り締め、何とか抑える。

「離縁になって、何故、喜ぶのですか!
僕はこれから、シュゼットと共に生きようと努力していたんだ!」

「考えてもみろ、努力しなければならん相手など、お互い、疲れるだけだろう」

疲れる?
リアムは自分を振り返った。
シュゼットといて、自分は疲れていただろうか?
そんな風に思った事は無かった。

シュゼットと一緒に居ると、不思議と心が和む。
穏やかで優しい口調は、聞いていて落ち着いた。
それに、彼女は聞き上手で、つい、多くの事を話してしまうが、
話していると考えが纏まり、最後にはすっきりとする。

それに、彼女を知ろうと努力はしているが…
彼女はとても純真で可愛らしく…
彼女を見ているのは楽しく、気付きがあれば、少年の様に胸が躍った。

シュゼットは、晩餐の時に椅子を引いただけで頬を染め、喜んでくれる。
名を呼ぶと、恥ずかしそうな、うれしそうな表情で振り返る。
驚くと目を丸くする所も可愛い。

寝室では、いつも「おやすみなさい、リアム様、良い夢を」と言ってくれる。
それを聞く為に、リアムはいつも眠った振りをしていた。

シュゼットが幸せそうだと、自分も幸せに思えた___

「シュゼットを迎えに行かなくては…!」

「止めておけ、リアム」

オベールは止めたが、リアムはそれを無視し、部屋を出ていた。


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