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昼食を終えると、昼休憩も終盤で、わたしたちは早足で教室棟に向かった。

わたしとしては、クララの髪を切った者たちを懲らしめたかったのだが、
当のクララが半泣きになり反対した。

「大事にしたくないんです…」

揉め事が苦手なのだろう。
それに、更に酷い目に遭わされるのではと恐れている様だ。
増々、放ってはおけないけど…

「分かったわ、でも、教室までは一緒に行くわね」

この場は了承して見せ、教室まで付き添う事にした。

教室の扉を開け、クララが中に入ると、皆の視線が一斉に集まった。
クララはビクリとし、固まった。
わたしはクララに並ぶと、彼女の細い肩を抱き、すっと息を吸った。

「Cクラスの皆様、ごきげんよう!
誰とは申しませんが、これ以上、わたくしの可愛いお友達に、愚劣な真似はなさらないでね?
わたくしも、いつまでも黙っておりませんわよ!」

わたしは目力を強くし、生徒一人一人の顔を見据えて行く。
皆、茫然とし、言葉を発する者はいない。
こんな状況ではあるが、集まる視線に、わたしの胸は高鳴っていた。
わたしは堂々と胸を張り、縦ロールの髪をさっと手で靡かせた。

「か弱き薔薇を狙う害虫など、
この、アラベラ・ドレイパーが、一匹残らず捻り潰して差し上げてよ!おーほほほ!」

誰かが何かを発する前に、わたしはさっとスカートを翻し、教室を出た。
自分の教室に向かいながら、わたしは両手に拳を握っていた。

決まったわ!最高ね!!
これぞ、《悪役令嬢》よ!!

「ああ、良い仕事をしたわ!」

わたしは高揚感のまま、自分の教室に入り、席に着いた。
幸い、始業時間に間に合った。
急いで準備をしていた所、視線に気づき、わたしは顔を上げた。
パトリックとブランドンが、わたしをマジマジと見ていた。

「どうしたの?二人共、そんなに見惚れて、まさか、わたしに恋しちゃった?」

軽口に、ブランドンが即座に「馬鹿、見惚れてねーよ!」と突っ込んだ。
デリカシーの無い男だ。
だが、相手をしてくれるだけマシかもしれない。
パトリックなど、相手にもせず、怪しむ様な目で聞いてきた。

「ドレイパー、珍しいね、昼食に来ないなんて、何かあったの?」
「おう、どうした?腹でも壊したのか?」

心配してくれていた様だ。
やだ!良い友達じゃない!!『信用出来ない』なんて思ってごめんなさい!

「用事をしていたら、少し遅くなったのよ、でも、ギリ間に合ったわ!
残っていた料理、全部食べて来たから、安心して!」

わたしが明るく答えると、二人は何故か頭を振り、前に向き直った。

どういう意思表示かしら??


◇◇


わたしは朝、寮の前でクララと待ち合わせ、一緒に学園に行く事にした。
周囲にも、わたしたちが友達であると分からせる事も出来る。
だが、高位貴族用の寮の脇で待っていたクララを見つけたドロシアとジャネットは、顔を顰めた。

「貧乏貴族が、ここで何をなさっているの?」
「寮が穢れますわ!さっさと行きなさい!」

ドロシアは高位貴族用の寮を使っているが、ジャネットの寮はワンランク低い。
…にも拘わらず、ジャネットが高位貴族用の寮を自由に出入り出来ているのは、
アラベラの口添えがあるからだ。
ジャネットを自由に出入り出来る様にしておき、扱き使うという訳だ。
尤も、前世を思い出してからは、用事を言い付ける事など無かった。

「ドロシア、ジャネット、彼女はいいのよ、わたくしが頼んだの」

わたしは怯えて身を縮めているクララの傍に行き、肩を抱いた。

「クララ・ケード、わたくしのお友達よ、あなたたちも仲良くしてね。
意地悪は無しよ、勿論、そんな事なさらないわよね?
わたくしたち、誇り高き貴族令嬢ですもの」

眼力を発揮し、不敵に笑って見せると、ドロシアとジャネットは慌てて笑みを作った。

「え、ええ、勿論ですわ!アラベラ様!」
「流石、アラベラ様!貴族令嬢の鑑ですわ!」

大袈裟に持ち上げる二人に微笑み、わたしは「行きましょう」とクララを促した。

「ごめんなさいね、嫌な思いをしたでしょう?」
「いえ、アラベラ様が言って下さったので、大丈夫です」
「昨日はあれから大丈夫だった?」
「はい、あれから皆、近寄っても来ませんでした、アラベラ様のお陰です!」

クララの顔が輝き、わたしもうれしくなった。

「良かった!何かあれば直ぐに言うのよ!わたくしが解決してみせますわ!」
「ありがとうございます、私なんかに優しくして下さって…」
「また!《わたしなんか》は禁止よ!」
「はい!」

わたしたちは笑いながら学園に向かった。

クララはわたしが言った通りに、髪をゆるく巻き、ハーフアップにして、
小さな淡いピンク色のリボンを付けていた。
化粧も頑張っていたが、手直しが必要だった。

「化粧も頑張ったのね」
「はい、でも、アラベラ様がして下さった様にはいかなくて…変でしょうか?」
「変じゃないけど、もっと良くなる様に、やり方を教えてあげるわ!」

わたしたちは空いている教室に入り、化粧を直した。

「すみません、お手間を取らせてしまって…」
「いいのよ、それに直ぐに出来る様になるわ、毎日していたら、嫌でも覚えるもの!」

わたしはクララをCクラスに送り届け、クラスメイトたちに睨みを聞かせてから、
Aクラスへと向かった。





昼休憩には、クララと一緒に食堂へ行く事にした。

ドロシアとジャネットは、食堂が合わないらしく、最近ではカフェを使っている。
二人とは、一緒に居ても、あまり話す事もなくなっていた。
二人は噂好きで、特に他人の不幸を嬉々として話すので、
わたしは顔を顰め、頭を振るしかなかった。
二人は、わたしの事を大袈裟に持ち上げるが、その性格からみても、
内心は不幸を待ち望んでいるのではないかと思えた。

「まぁ、実際、二人は手の平を返すものね…」

断罪でアラベラと共に非難を受けた彼女たちは、「私たちだって、本当は嫌でしたわ!」
「アラベラ様の命令で、仕方がなかったんです!」と情状酌量を訴え、事なきを得るのだ。
そして、その後は、アラベラの悪口を学園中に言って周る…

実際の二人と接してみて、思うが…

「驚きはしないわね」

やり兼ねない人たちだった。
悪い事に、彼女たちはそれを『正しい』と思っているのだ。
だから、何一つ、反省したりはしない。
恐らく、彼女たちは、自分が同じ立場になってみなければ、分からないのだ。

「わたしもそうね…」

前世を思い出す事が出来たから、一気に価値観が変わった。
そうでなければ、わたしは死ぬまで、ゲームと同じ、愚かな悪役令嬢だっただろう___

わたしがCクラスの前を通り掛かると、丁度クララが教室から出て来た。
わたしを見つけたクララは、顔を明るくした。

「クララ、行きましょう!」
「はい、アラベラ様!」
「何か、良い事でもあったの?」
「あの…いつもは独りなので、うれしくて…あの、アラベラ様にはご迷惑かと思いますが…」
「迷惑なんかじゃないわよ!わたしも同じよ、お友達と一緒だと楽しいわね」
「はい!」

午前中の様子を聞きながら、食堂へ向かう。
話し相手がいると、食堂までの距離も、あっという間だ。
トレイに料理を取り、わたしはいつも通りに、ブランドンの隣の席にそれを置いた。

「よぉ、今日は来たな」と、ブランドンがニヤリと笑う。

「ええ、友達も一緒よ、Cクラスのクララ・ケード、とってもいい子よ」

わたしが紹介すると、クララは恥ずかしそうに、「初めまして」と挨拶をした。
ブランドンは、「ああ、よろしくな」と気取らない挨拶をした。
エリーはというと、小さく会釈をしただけだった。
彼女の立場だと微妙よね…
エリーは、わたしとは友達という訳でもない。
そして、パトリックだが…

ガシャン。

音を立て、ナイフとフォークを置いたかと思うと、彼は立ち上がった。
その大きな薄い青色の目を、更に大きく丸くして、クララを凝視している。

「クララ?」

「どうしたの?パトリック、変な顔して」

「え、いや、だって…本当に、クララなのかい?
随分、雰囲気が違うから…」

鈍いパトリックにも、クララの変化が分かった様だ。
クララは顔を赤くし、もじもじと髪の先を指に巻き付けた。

「あの…髪を、降ろしてみたの、似合わない?」

「似合うよ、その、見違えたよ…」

パトリックはすっかり魅入っている様だった。
クララは増々顔を赤くし、「ありがとう」と笑みを見せた。
まさに、花がほころぶかの様に…

「さぁ、クララ、座って!昼食にしましょう!」

わたしは二人の間の甘い空気に気付かない振りをし、クララを隣に座らせた。
パトリックはぼんやりと立っていたが、「はっ」と我に返り、椅子に腰を戻した。
だが、尚も、チラチラとこちらを伺っているのが分かる。

ふふ、いい感じね!

だが、良い雰囲気にしてなるものか!と、割って入る者がいた…

「パトリック、知っている人なの?」

エリーだ。
彼女は、パトリックの視線を遮る様に、大きく体を乗り出した。

「うん、幼馴染だよ」
「そう、知らなかったわ!紹介してくれたら良かったのに…」
「そうだね、だけど、クラスも違うから中々会う事もなくて…」
「パトリックの幼馴染なら、あたしも仲良くしたいわ!」
「ありがとう、エリー」

二人の親しげな様子を見て、クララの顔がみるみる曇っていった。
不安そうに細い指を弄っている。
だが、あの二人の間なら、心配しても間違いではない。

エリーは最強の恋敵だもの!

「クララ、パトリックが見惚れていたわね」

わたしがこっそりクララに言うと、彼女の顔は一瞬で真っ赤になった。

「み、見惚れるなんて!嘘です!」
「本当よ、あんなパトリック初めて見たもの!」

わたしがウインクすると、クララは恥ずかしそうに、両手で頬を押さえた。

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