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放課後、サイファーの助手をし、その対価として薬を作って貰う。
それに異論は無かったが、一つ残念な事があった。
黒猫に会う時間が無くなった事だ。

「ああ、わたしの癒しだったのに…」

黒猫の方も、おやつを待っているのではないか?と、薬学教室に行く前に
《アラベラ》の庭を覗いてみたが、その姿は無かった。
まるで、わたしが来ない事を知っているかの様に…

「まさか!でも、動物は察しが良いし…
今度はいつ会えるかしら…もう、会えないかもしれないわね…」

わたしには時間が無いし、猫は気まぐれだ。
わたしたちの付き合いが上手くいく筈は無い。

「ああ!無理矢理にでも、ペットにしておくんだったわ!悪役令嬢らしくね!」

わたしは諦めきれず、石の上にお菓子を置くと、《アラベラの庭》を後にした。


◇◇


サイファーの助手の役目は、翌日の授業で使う材料を揃える事、
薬草の世話、調薬の手伝い、掃除等の雑用…そんな所だった。

「あなたはとても良質の魔力を持っていますからね、調薬に役立ちますよ」

良質の魔力とやらの所為で、生贄に選ばれるんだけどね!

わたしは「フン」と鼻を鳴らし、サイファーが掻き混ぜる鍋に魔力を注いだ。

「おや、疲れましたか?持久力と集中力が足りない様ですね」

「疲れてなんかないわよ!けど、集中力は乏しいかもしれないわね」

「分かりました、それでは、あなたはお茶を淹れて下さい」

わたしが外れると、サイファーは自分の魔力を注ぎ始めた。
綺麗な薄い青色の魔力だ。

わたしは、水を張ったやかんを火に掛け、ポットに茶葉を入れた。
カップは二客。
棚からお菓子の皿を取り出す。
サイファーは紅茶が好きで、わたしが居る間にも、必ず一度は紅茶を飲む。
お菓子も好きらしく、それは毎日用意されている。
恐らく、食堂に頼んでいるのだろう。
今日はスコーンの様だ。
お茶付き、お菓子付きで、労働条件はこの上なく良い。

「先生!紅茶が入りましたよ!」

わたしが声を掛けると、サイファーは直ぐに作業を止めて席に着いた。

「ありがとうございます、あなたは紅茶を淹れるのがお上手ですね」

「ええ、令嬢の嗜みですわ」

わたしが澄ました顔で紅茶を飲むと、何故かサイファーは面白そうに笑った。
サイファーの思考回路には付いていけない部分がある。
きっと、人とは違った感性の持ち主なんだわ…

わたしは気にしない事にし、スコーンを手に取るとそれを割った。
クリームとジャムを乗せる…

「美味しい!」

「そうですか、良かったです」

サイファーも満足そうに紅茶を飲む。
黒猫と会えなくなったのは残念だが、こうして作業の手伝いや雑用をし、
お茶をするのも良い気がした。
夜も、ぐっすり眠れるのよね…
もしかして、わたしが「眠れない」と言ったから、労働をさせて、疲れさせようとしている?

わたしは一抹の不安を覚え、口に入れていたスコーンを急いで咀嚼し、それを聞いた。

「先生、薬は作って貰えるんですよね?」

「はい、約束は守りますよ」

「即効性でなきゃ駄目よ!それから、死んだ様に深い眠りに付けるものよ!
効き目は一、二時間あればいいわ」

その位あれば、白竜も咀嚼し終わっているでしょう。

「面白い注文ですね」

「出来ない?」

わたしが聞くと、銀縁眼鏡の奥で、青灰色の目がキラリと光った。
誰に向かって言っているのか?という風に、不敵な笑みを浮かべている。

「私以外であれば、無理でしょう」

意外と、自信家なのね…

「分かったわ、お任せするわ、先生」

サイファーは目を伏せ、味わう様に紅茶を飲んだ。


◇◇


「元気ないね、どうしたの?」
「ジェローム様、何でもありません…」
「ほら、泣かないで僕に話してごらん、そんな顔は似合わないよ、可愛いエリー」

その日、移動教室からの帰り、
二人きりの世界に入っている、エリーとジェロームの姿を見つけた。

ジェローム・クラークソン公爵子息。

一学年上、アンドリューと同じクラスで、成績優秀…
だが、彼にキャッチコピーを付けるとすれば、《金髪碧眼の美貌のナルシスト》だ。
目尻が下がった甘い面と、軽い性格から、学園中の女子たちを虜にしている。

勿論、攻略対象者の一人である。

彼とは甘い恋が出来るので、ゲームでも人気のキャラだった。

ジェロームルートでは、虐められて落ち込むエリーを慰める事で、二人は親しくなる。
学園パーティに同伴者として誘われた際に告白、二人は恋人同士になる。
パーティで注目される二人に嫉妬したアラベラは、エリーを貶めるような発言をするが、
ジェロームに言い負かされ、恥を掻く。
その後、エリーは疫病を予言する。エリーとジェロームはその対策に奔走する。
疫病は広まるも、エリーの作った薬により、多くの者たちは助けられた。
だがアラベラは、疫病に掛かった際に醜く変貌した自身の姿に耐えられず、
薬を待たずに服毒自害に至る___

「醜い姿で自害なんて駄目よ!憐れじゃない!これは、絶対に阻止しなきゃ!!」

思わず力が入った。

でも、どうやって二人を引き離せば良いの?

ジェロームとわたしとの間に、接点は無い。
クラスが同じ訳でもないし、親戚でも友達でも無い。

「近付くには、口実が必要よね…」

唸り、頭を悩ませていた所、近くを通った女子生徒たちの会話が聞こえてきた。

「見て!ジェローム様よ!」
「ああ、素敵ね…」
「あの子、ジェローム様と親しいのかしら?」
「まさか、恋人?」
「公爵子息ですもの、婚約していない女性とは付き合いませんわよ!」
「それじゃ、婚約するの?」
「嫌よ!ジェローム様は皆のものなのに…」

ジェローム様は皆のもの…
人気ナンバーワン男子だものね…

特定の誰かと付き合えば、嫉妬は爆発する。
ゲームでも、ジェロームルートでは、ヒロインはアラベラだけでなく、
周囲の女子たちからも嫌がらせを受けていた。
それにより、二人の間は増々燃え上がるのだ___

「そうだわ!彼には、学園のアイドルになって貰えばいい!」

わたしは自分の考えに、ニンマリとした。





「ドロシア、ジャネット、大きなプロジェクトを考えているのだけど、
あなたたちに任せてもよろしいかしら?」

わたしはドロシアとジャネットを実行役に選んだ。
二人はわたしの頼みは断らないし、声も態度大きい方なので、適役に思えた。
勿論、いきなりこんな事を言われたのだから、二人は身構え、
「どういったお話でしょうか?」と、笑みを強張らせた。

「上級生のジェローム・クラークソン公爵子息をご存じかしら?」

その名を出すだけで、二人は《乙女》の顔になった。

「ええ、勿論ですわ!」
「この学園で、ジェローム様を知らない者はいませんわ!」
「勿論、アラベラ様には及びません!アラベラ様は学園の女王ですもの!」

流石、餌が良いと食いつきが良いわね…
わたしのフォローは余計だけど!
わたしは咳払いをした。

「ジェローム・クラークソン公爵子息と、
ある女子生徒が噂になっている事も、ご存じかしら?」

二人の中の《乙女》は消え、その表情は《鬼瓦》になった。

「はい、あの、エリー・ハートですわ!」
「平民の分際でジェローム様に色目を使っているんです!」
「許せません!!」

エリーに嫉妬しているのね…
もしかして、虐めていたのはその所為だった?
それならば、好都合だ___わたしは内心でほくそ笑んだ。

「わたくし思いますの、ジェローム・クラークソン公爵子息は、言うならば、
《学園の美しき薔薇》。学園女子、皆に等しく、甘い喜びを下さる方…
誰かに手折られるなど、あってはならない事でしょう」

「その通りですわ!アラベラ様!」

「ならば、わたくしたちでお守りするより外、ありませんわよね?」

「お守り?」

わたしは用紙を取り出し、二人に見せた。

【ジェローム・クラークソン公爵子息ファンダム結成!】

【私たちは、ジェローム様を深く愛し、お慕いする者たちである】
【ジェローム様の幸せを願い、有意義な学園生活を送って頂く為の団体である】

【ジェローム様は皆のものであり、独占しない事を誓います】
【ジェローム様を困らせる様な事はしないと誓います】

「ファンダム?団体?」

ドロシアとジャネットはピンと来ていないのか、用紙をまじまじと覗き込んでいる。

「この考えに賛同し、署名をして貰うの、署名をした皆が会員よ。
会員は皆で同じバッジを付けるの、どうかしら?」

「それで、何をするのですか?」

「数人ずつでジェローム様に挨拶をしたり、食事の時も近くの席を取るの!
ジェローム様の周辺をファンダムの子たちで固めるの!きっと、華やかよ~!
試合の時には皆で応援したり、ジェローム様の為の詩の朗読会や
お茶会を企画するのもいいかもね!
ファンダムでは情報を皆が共有するの、ジェローム様の事を全部知りたいでしょう?」

二人はゴクリと唾を飲んだ。

詳しい活動内容は後々書き込む事にして…

「あなたたちに、重要な任務を与えるわ」

「は、はい?」

「これを持って、ジェローム様本人に、許可を貰って来て欲しいの。
大事な事よ、何としても、ジェローム様を口説き落として頂戴!
それが出来たら、ファンダムの会長はドロシア、副会長はジャネットにしてあげるわ」

本人の許可があるのと無いのとでは全く違う。
許可を取らなければ、後々潰されるかもしれない。
逆に、許可を取り、ファンダムを作ってしまえば、こちらのものだ。

会長、副会長に目が眩んだのか、二人は嬉々として教室を出て行った。

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