【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音

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わたしは確かに記憶を失っていたが、それは長くはなかった。


三日が経ち、わたしの体力は回復してきた。
伯爵がメイドから服や靴を借りてくれ、わたしはそれを着て部屋を出る事を許された。
館内も庭も、見知らぬ場所だったが、不思議と落ち着いた。

最初、伯爵は日に数度、顔を見せてくれていたが、
わたしの回復に従い、部屋に来る事は無くなった。
そうなると、わたしは、どうしてだか、あの不機嫌で厳つい顔を見たいと思うのだ。
わたしの事を疎ましいと思っているだろう、あの伯爵に会いたいと…

庭園で寂しく薔薇を眺めていた時だ、「フェリシア!」と呼ばれた。
その声を聞いただけで、わたしは歓喜して振り返る。
彼が歩いて来る姿に、わたしの胸は躍った。

「伯爵!」

「フェリシア、調子は良さそうだな」

相変わらず伯爵は不機嫌そうな顔をしていたが、それを懐かしく感じてしまう。
彼は主治医の様な目付きをしてわたしを眺めていたが、
わたしは喜びに声を弾ませた。

「はい!伯爵と皆さまのお陰で、すっかり良くなりました」

「それは良かった、君のこれからの事だが…」

伯爵は淡々と話を進め、わたしは戸惑った。

「君を世話しても良いと言ってくれている夫婦がいる。
老年で、子供は全員家を出ていてね、引き取って教育し、結婚まで面倒みると約束してくれた。
君にとっては良い話だろう___」

「嫌です!」

わたしは反射的に声を上げていた。

「わたしは、行きたくありません!ここから、出たくありません!」

伯爵は嘆息し、頭を振った。

「そんな訳にはいかない、君は若い、年頃の男女が一緒に住んでいれば、
悪評は付き纏うものだ、そうなれば、君の為にもならない。
君が行く先の家は良い人たちだ、安心しなさい」

「いや!!お願いです、ここに置いて下さい!わたし、何でもします!
メイドでも、何でもします!ここで雇って下さい、お願いします…!」

わたしは泣いて訴えていた。
わたしの必死さに、彼の気持ちは揺れている様に見えた。

ああ、どうか、わたしを傍に置くと言って!!

わたしは強く願い、そして、その声が頭に大きく響いた。

【わたしは嫌です!お願いですから、わたしをこのまま、この館に…】
【あなたの傍に置いて下さい!】

これは、なに…?

【わたしを愛してくれなくても構いません】
【ただ、わたしは、あなたの傍にいたいんです…!】

愛して…いる?
わたしが、傍にいたいと望み、愛した人は…

【君を傍に置く事は出来無い…君は、フェリシアに似過ぎている】

彼だ!!

わたしは「はっ」と息を飲む。

「フェリシア?どうした、気分が悪いのか?」

わたしは頭を押さえる。

【奥様の代わりで構いません!】

駄目!言っては駄目!!

【あなたが望むようにします】
【フェリシアになれというならわたしは…】

「___!!」

「フェリシア!?」

崩れ落ちるわたしを、彼が受け止め、抱きしめた。
わたしはそのまま気を失っていた。


わたしは全てを思い出していた。

自分が何者なのか、自分の過去、全てを。
そして、あの日の事も、だ。

あの夜、わたしはフェリシアに嵌められ、呪文を唱えてしまった。
フェリシアは死んでいなかった。
彼女は白猫になり、夫の周辺を見張っていたのだ。
そして、夫であるグエンに近付いたわたしを、恨んだのだと…

そう、思っていた。
だけど、違った。

フェリシアは、他でもない、わたし…アリスだったのだ___!





わたしが目を覚ますと、ベッド脇にグエンが居た。
わたしが知っているグエンでは無く、もっとずっと、若い…
だが、その表情は見た事がある。
彼は指を組み、辛そうな表情でわたしを見ていた。
彼がわたしに気付く…

「フェリシア!大丈夫か?」

わたしは瞬きし、ゆっくりと体を起こした。
彼が腰に枕を入れてくれた。
怖そうにしていても、本当は気の付く人だ。
変っていない事に、わたしはうれしくなった。

ああ、彼だ!
二十五歳の、グエナエル=ミュラー伯爵だ!

わたしの愛おしい人…!!

わたしは溢れ出しそうになる気持ちを抑え、静かに答えた。

「はい…取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、僕も説明不足で、君を動揺させてしまった…
記憶の無い君が、最初に会った僕を慕うのは仕方が無い…
だが、君は、恐らくだが、貴族の娘だ。
然るべき家柄の者に預け、見合った相手と結婚するのが一番だろう。
記憶を取り戻した時に感謝する筈だ」

わたしは笑いたくなった。
その変わりに、わたしの目からは涙が零れた。
わたしの心は正直で、記憶を失っている時でさえ、この人を想い慕っていた。

わたしの涙に、グエンは息を飲む。
困惑と罪悪感の浮かんだその顔に、わたしは悲しくなった。

分かっている。
まだ、彼はわたしの事を愛してはいない。
幾らわたしが『フェリシア』でも、彼がわたしを愛するのは、もっと先なのだ。

「伯爵、お願いです、もう少しだけ、わたしに時間を下さい…
暫くの間で良いので、ここで、メイドとして雇って下さい…」

「気持ちが落ち着いたら、僕の紹介する家に行くのだな?」

彼に聞かれ、わたしは迷った。
それまでに、彼の心を捕えられるか、わたしには自信が無かった。
だが、彼は待ってはくれなかった。

「それでは、二月だ、その間に気持ちを整理しなさい、フェリシア」

彼はそれを決めるとスツールを立ち、部屋を出て行った。

「二月…」

それまでに、わたしは彼の心を捕える事が出来るだろうか?
フェリシアは『それ』をしたのだ。
そして、フェリシアは、多分、わたしなのだ…
それでも、わたしには自信が無かった。

最後に会ったグエンは、わたしに恋などしていなかった。
それ処か、わたしは彼を疎ませ、酷く怒らせてしまった…!

わたしは震える自分の身体を抱きしめた。


◇◇


わたしはメイドたちが住む塔に移った。
アリスとして館に居たが、ここは初めて入る場所だった。
驚く程小さな部屋だが、必要な物は揃っている様に見えた。
ベッド、チェスト、クローゼット、壁掛けの鏡、小さな机と椅子。

「メイド服よ。あなたは何も持っていないから、普段着、下着、夜着…
靴もあるわ、旦那様は親切な方だから、良かったわね!」

メイドのポーリーが説明してくれた。
ポーリーはわたしと同じ位の年で、暫くわたしに付き、教えてくれるという。
アリスとして館に居た時、ポーリーというメイドはいなかったので、結婚して辞めたのかもしれない。

わたしが知っているメイドや使用人は少ない。
アリスが館へ来たのは、これから十三年後だ、それも仕方ないだろう。
老年のレナールも、今は随分若く見えた。


メイドの仕事の内、能力に合った仕事に就ける様、グエンは指示していた。
グエンはわたしを貴族の娘だと思っているので、碌に仕事は出来無いだろうと思っているらしい。
だが、残念な事に、それは当っている。
わたしは家の手伝いが少し出来る程度だった。

初めての事ばかりで、随分手間取り、失敗もした。
幸いなのは、若くてそれなりに体力があり、動ける事だ。
それに、魔法学園を出ているので、基本の魔法は十分に使えた。
尤も、記憶が戻っている事を知られてはいけないので、そこは隠す事にした。
魔法を使うのは、究極に困った時にだけだ。

結果、わたしの仕事は、テーブルセット、給仕、銀食器磨き、花を生ける事…
後の事は追々、教わる事になった。

わたしがグエンと顔を合わせるのは、給仕の時や、客が来た時の給仕だけだった。
その時でさえ、あまり声を掛けて貰う事は無かったし、わたしを見る事さえ無かった。
彼は、わたしをこの館から出て行かせる為、遠避けているのかもしれない。
もしかしたら、ただ、興味が無いだけかもしれない…

わたしは元々、容姿に自信のある方では無い。
グエンは美しいと言ってくれていたが、それは『フェリシア』あり気の事だろう。
今はメイドの姿だし、とても魅力的には見えない。
わたしは自分の姿を鏡に映し、落胆した。

だが、周囲の見方は少し違った様だ。

「フェリシアが来て、旦那様も少し気が紛れたみたいね」
「本当ね、久しぶりに活き活きしておいでだったわ」
「それまでは、精気が無くて、塞いでいらしたものね…」
「あんな事があったんですもの、仕方ないわ」

食事の時間に、メイドたちが話していた。

「あんな事というのは…?」

メイドたちは顔を見合わせた。
それから、「他の人に言っては駄目よ」と口止めし、こっそり教えてくれた。

「旦那様には婚約者がいらっしゃるのよ、スザンヌ=マルシャン伯爵令嬢」
「本当なら、今頃は結婚していた筈なの」
「でも、彼女は式の一月前になって、延期してくれっていってきたのよ!」
「信じられないわよね!」
「もう、式の手配は済んでいて、準備も進んでいたんですもの!」
「招待客にも連絡がいっていたし、全く酷いものよ!」
「でも、旦那様はそれを受け入れたのよ、可哀想だといってね…」
「それなのに、あの女ったら!!」
「男と旅行に行ったっていうのよ!!」
「旦那様はそれ以来、元々無愛想な方ではあったけど、全く笑わなくなってしまわれたのよ…」

グエンと元婚約者の話は、聞いていた通りの様だ。
だが、『元々無愛想』という言葉に引っ掛かった。
アリスから見たグエンは、愛想とまではいかないが、
普通に感じ良くしている人だったし、必要とあればそれも出来る人だった。

婚約者から裏切られた時の辛さは、わたしにも理解出来た。

『僕も、同じ気持ちになった事がある、だから、君の痛みも理解出来る』

グエンもそう言っていた。
グエンはアリスを好きにさせてくれた。
悲しむ時間をくれたのだ。

『好きなだけ、悲しむといい、君にはそれだけの時間がある』

彼には悲しむ時間はあるだろうか?
伯爵、領主という仕事があるから、落ち込んでいられないのかもしれない。

『まずは、ゆっくり休みなさい、泣き叫んでもいい、気持ちを吐き出す事は大事だ』

『僕は気持ちを吐き出す事が出来ず、冬眠前の熊の様だったよ。
それをフェリシアが解いてくれた、自分を抑えていては駄目だと、
その方が周囲の迷惑だとね』

わたしはグエンの言葉を思い出す。
彼は、気持ちを吐き出す事が出来無いのだ…

『フェリシアは、自棄になり不機嫌だった僕を、可哀想に思ったのか…
毎日カップケーキを焼いてくれた。
だが、彼女は料理が上手くはなくてね…いつも焦げていたり、爆発していたり…
どの様に料理したら、これ程…おかしな物が作れるのかと、不思議でね、
調理場を覗いた事があるが、とても楽しそうに作っていた…』

『彼女のお陰で、すっかり気持ちも削がれてね…
真剣に落ち込んで自棄になっているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
気付くと、フェリシアと一緒になって、笑っていた…』

『フェリシアの優しさや愛らしさに、僕は惹かれていった…
彼女を愛おしいと思い、傍にいて欲しいと…』


今のわたしが、どれだけ出来るかは分からない。
だけど、やってみよう、彼を苦しみから解き放ってあげたい___


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