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しおりを挟む「馬車は爆破されていましたが、人が巻き込まれた形跡はありません…」
ヴィオレットの死体が無いという事で、二人は安堵の息を吐いた。
だが、次の瞬間には厳しい顔つきになった。
「それでは、連れ攫われたというのが濃厚だな…」
「賊に繋がる手掛かりはありませんか?」
「山道は一本道なので、途中まででしたら、方向は分かります…」
村人の荷馬車が賊に遭わなかった事で、逆方向だと分かったのだ。
その見立ては合っていて、わたしは安堵の息を吐いた。
「直ぐに追わせる!騎士団長、後は頼んだぞ!」
アランの命で、騎士団長は数名の騎士団員を連れ、直ぐに保安局を立った。
「現場には焦げたトランクと、宝飾品が幾つか落ちていました…」
調査員はそれを回収していて、二人に見せた。
「馬車を爆破された時にトランクも焼かれたんだろう」
「だが、宝飾品の入ったトランクを、賊が見落とすだろうか?」
「急いでいればあり得ない事では無い」
「俺は詳しく無いんだが、修道院に入る時には宝飾品を持って行くものなのか?」
流石イレール様!鋭いですわ!
「ヴィオレットなら、普通だろう」
アラン!イレール様にわたしのイメージを悪くしないでよ!!
「彼女の事を知っていて襲ったのだろうか?」
「それは違うだろう、馬車はド・ブロイ公爵家のものではなく、目立たない町馬車を使っている。
彼女を知っている者でなければ、顔を見てもそれと気づかないだろうが…
あいつは目立ちたがりだ、自分から名乗ったに違いない」
アラン~~~!!!殺す!!
わたしは「シャー!!」と威嚇しておいた。
「打てる手は全て打った、後は祈るしかない…」
アランの表情は暗く、少しだけ怒りは鎮まった。
本当に心配してくれているのだ…
ヴィオレットは良い婚約者では無かったし…それ処か、完璧な悪役令嬢だったのに…
こんなに心配して貰えるなんて、あなたの人生も、そこまで捨てたものでは無かったじゃない?ヴィオレット。
だからって、今更返さないけど!
「アラン、おまえだけの所為ではない、俺も同罪だ。
だが、後悔した処で、時間は戻せない、彼女にしてやれる事を考えよう…」
イレールが慰め、アランは頷いた。
どうやら、二人は…
ヴィオレットは婚約破棄され、学園から追放された所為で、修道院へ行く事になり、賊に襲われた。
婚約破棄しなければ、学園を追放しなければ、こんな事にはならなかった…と後悔しているらしい。
アランの断罪は確かに行き過ぎな気もするけど、それは、女神のご要望でもあるし…
そもそもは、婚約破棄されるに至ったヴィオレットの素行の悪さが問題なのだ。
そこまで、責任を感じなくても良いのだけど…
だが、自分の所為で、賊に殺されていたり、異国に奴隷として売られていたら、
寝覚めが悪いだろう事は理解出来た。
ヴィオレットは無事よ!
猫だけど!
自分がヴィオレットで、魔法で猫にされていると伝えた方が良いかしら?
魔法は使えるし、何とか伝えられる気もした…が。
「イレール、戻ろう」
「ああ…この猫だが、誰の猫だろうか?」
イレールは保安局の者の飼い猫だと思っていたのか、尋ねたが、当然ながら誰も知らなかった。
わたしはイレールのシャツに爪を立て、張り付き、『飼って欲しい』と訴え鳴いた。
「ニャーニャーニャー―――!!」
「煩い猫だな!連れて帰ればいいだろう、イレール」
猫の鳴き声に耐えられなくなったのはアランだったが、良い事を言ってくれた!
ナイスアシストよ!アラン!あなた、役に立つ事もあるのね!
「ああ…一緒に来るか?」
イレールがわたしに聞いてくれ、わたしは「ニャ~♪」と彼の顔にすり寄ったのだった。
イレールは「落ちるなよ」と、懐にわたしを入れると、ヒラリと馬に乗った。
カッコいい~~~!!!
そして、温かい~~~!!!
わたしは最高の気分で、王都、魔法学園に帰ったのだった☆
◇
イレールの胸の中は温かく、居心地も良かった為、わたしはすっかり眠り込んでいた。
気付くと、すっかり夜で、空には大きな満月が浮かび、無数の星たちの瞬きが見えた。
周囲はそれだけで明るく見える…
流石、異世界!自然の宝庫だわ!
二人の馬はとある敷地の内に入って行き、馬小屋へと向かった。
馬を繋ぎ、労わってやると、二人は大きな煉瓦造りの建物の方へと向かった。
魔法学園に隣接する、学生寮だ___
ヴィオレットは王都の館から魔法学園に通っていたが、
イレールもアランもこの学園寮に入っている。
ああ!憧れの男子寮!!!
ゲームのイベントで入った事はあるけど、現実では初めてよ!!
テンション上がるわ!!
貴族が多い事もあり、寮には専用の使用人たちが居て、掃除は行き届いている。
玄関を入って悪臭に悶える事が無くて助かったわ。
イレールとアランは階段を上って行く。
イレールは三階まで来て、足を止めた。
アランは王子という事で、最上階…四階のVIP室だからだ。
「アラン、そう思い詰めるな、おまえは十分にやった」
「ああ…おまえは平気なのか?ヴィオレットはおまえを好きだと言ったんだぞ?」
わたしは思わず耳を立てた。
「気の毒だとは思うが、俺の力の及ばない事だ…
だが、俺に出来る事があれば力になるつもりだ、おまえも、何かあれば言ってくれ」
アランは「ああ…」と頷き、階段を上がって行った。
イレールの冷静さは淡泊にも思える。
常に熱血しているアランが不満に思うのも無理は無い。
だが、イレールは感情を表に出さないだけで、感受性豊かな人だ。
捨てられている動物を見ると放っておけないタイプで、
自分の食べ物を分け与える様な人なのだ。
今も、イレールの青灰色の瞳は、暗い陰を落としている。
そして、固く握り締められた拳に気付いていたら、アランも自分の誤解に気付いただろう。
イレールはアランの背中を見送り、自分の部屋へと向かった。
扉を開けると共同の広間があり、そこから各自の部屋へ繋がる扉があった。
イレールは一つの扉に向かうと、その鍵穴に小さな鍵を差し込み、回した。
カチャリと小さな音を立て、それは開く…
イレール様のお部屋~♪
わたしはパっと飛び降りると、部屋をくまなく探索した。
白いシーツのベッド!小さな鉢植えが一つだけ置かれた机!綺麗に本が並んだ本棚!
閉じられたクローゼット!以上!!!
飾り気の全くない、シンプルですっきりとした部屋だ。
だけど、草原の様な、いい匂いがする~♪
わたしは白いベッドに飛び乗ると、丸くなった。
勿論、イレールの場所は空けてあるわ!
さぁ、ダーリン♪いらっしゃ~い♡
だが、イレールはわたしを一撫ですると、部屋を出て行った。
何処に行ったのかしら??
まさか、わたしの正体に気付いて、『女性とはベッドを共に出来ない』と出て行かれたのかしら?
イレールは紳士なのよね~♪
密かに想っているメロディに対しても、ゲームで何度も機会を上げたけど、
絶対に手を出さなかったもの!
奥手というよりは、義理堅いというか、倫理観が強いのよね…
ゲームでの事を思い出しながら待っていると、漸く扉が開き、イレールが戻って来た。
イレール様ぁぁぁ♪
喜びに顔を上げたわたしは、ぶほおお!!思わず火を噴く処だった。
イレールは腰に布を巻いただけの恰好で、濡れた髪を拭きながら入って来たのだ!
うおおおおおおおおおおおおお!!!
流石、男子!!
そりゃ、自室では気の抜けた格好をするわよね!??
程良く付いた筋肉、だけど、少年っぽさの残る体付き…たまらん!!
ああ、脱いでまで綺麗だなんて…流石、推し様!尊いわ…
イレールは警戒心無くベッドに座ると、髪を拭き、ベッドに仰向けに寝た。
髪、まだ乾いて無いわ…
疲れちゃったのね…
「俺は無力だ…」
「何か、してやれる事は無いのか…」
「酷い目に遭っていなければいいが…」
「何故、神は人に試練を与えるのか…」
イレールが腕を天井に向けて上げる。
それから、「はぁ…」と嘆息し、力が抜けた様に、腕をパタリと下ろすと、目を閉じた。
風邪引いちゃうよ…
わたしはイレールの頬を舐めたが、彼はわたしを撫でただけで、目を開ける事は無かった。
こんなに心配してくれてたのね…
イレール様…
ゲームと一緒で、やっぱり、優しい人だった…
わたしは大丈夫よ。
わたしは魔法を使い、寝具を彼に掛けてあげた。
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