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満月の日、わたしは後悔しない様に、一日中、イレールの側に居る事にした。

朝、早くに目を覚まし、その温もりを堪能し、寝顔にキスをした。
イレールが目を閉じたまま、「くすぐったい…」と笑いを零す。
その手が優しくわたしの頭を撫でる。
二人で少しまったりしてから、イレールはベッドを抜け出し、シャワーに行く。
制服に着替えて戻って来るから、着替えが見れないのが残念だ。

それから、イレールはわたしを抱き上げ、食堂へ降りる。
「オムレツ、クロワッサン、ミルク…」と、イレールはわたしの好きな物をすっかり覚えてしまっていて、
迷わずにトレイに乗せて行く。イレールも同じ物を食べるが、パンだけはバゲットだ。
クロワッサンだと足りないらしい。

二人で席に着き、食べていると、大抵、セザールが前の席に座り、話し掛けてくる。

「よ、今日も美人だね~」

流石は女好きで、猫に対してもこの調子だ。

「その、ツンツンした態度がそそるね~」
「止めろ、ションテが嫌がっている」
「そんな事無いよな~?俺たち友達じゃん?」
『誰が友達よ、わたしは尻軽女じゃないわよ』

フン!と顔を背けるが、セザールはにやにやしていて、とても気持ちが悪い。

「可哀想に、食欲が落ちている…大丈夫か、ションテ」
「いや、それ、俺に失礼だから!イレール!」

わたしはイレールに抱かれて満足し、顔だけセザールに向け、ニヤリと笑った。

「うわー、ホント、性格悪い猫だな!俺が飼い主なら、その可愛い尻をひっ叩いてやったのに!」
「おまえの方が失礼だぞ、セザール、ションテは可愛い、気にするな…」

食事の後は、部屋から出て行くイレールを見送り、
時間差でわたしもこっそりと学園へ向かう。

授業中は側にはいられないけど、木によじ登り、遠くからその姿を眺めていた。

勉強するイレール様も素敵…
魔法を使うイレール様…
薬を調合するイレール様…
どれも全て目に焼き付けておきたい!!

そして、昼休憩に入り、食堂で簡単に食事を終えたイレールは、
食堂の前で待ち構えていたわたしを抱き上げ、音楽室へと向かう。

イレールにピアノを弾いて貰い、わたしはうっとりと聞き惚れた。
二人だけの幸せな時間…
わたしは猫である事も忘れ、夢心地になった。

昼休憩終了の鐘が鳴り、わたしは夢から覚まされ、嘆息した。

ああ…もうすぐ、楽しい時間も終わってしまうのね…

イレールはわたしを抱き、音楽室を出る。
そして、渡り廊下でわたしを下ろした。

「気を付けろよ、何があるか分からないからな」

いつも、わたしを心配して言ってくれる。
わたしは頷き、歩いて行く。
いつもの事だが、わたしはふと、立ち止まり、顔だけで振り返った。

「!??」

イレールがまだこちらを見ていて、わたしは思わず息を飲んだ。

心配なだけよね?
気付いていないわよね?
今日がお別れの日だって…

わたしは茂みへと走った。

だが、午後の授業でも、イレールは度々、わたしの方に視線を向けた。
こんな事、今まで無かった事なのに…
もしかして、今までは気付いていたけど、気付かない振りをしていたのかしら?

イレールはきっと、気付いている。

別れに敏い人なんだわ…


放課後になり、教室から出て来たイレールを迎え、一緒に寮に帰った。
イレールが着替えるのを見守り、勉強する姿を見守るのが常だが…
今日のイレールはそのまま、ベッドに仰向けになった。

『イレール…』

わたしが寄り添い、その頬を舐めると、いつもは「くすぐったい」と笑うイレールが、
今日はわたしの頭を撫でるだけで、じっと天井を見ていた。

「大丈夫だ…」

「おまえなしでも…」

「だから、俺の事は心配するな…」

イレールが目を閉じる。
それは、イレールの別れの儀式にも思えた。
イレールは目を閉じている間に、わたしが去る事を望んでいるのだ。
夢から覚める…そんな風に思いたいのかもしれない。

わたしはイレールの頬に顔を摺り寄せると、するりと手の中から抜け出した。

ベッドの下に隠しておいた白い封筒を咥え、机に置くと、魔法で窓を少し開けた。
振り返ると、イレールは体を起こし、わたしを見ていた。

『イレール…ありがとう、絶対に忘れないから…愛してる…』

わたしは頭を下げ、窓の隙間からすり抜けた。





ふええええええええん!!!

女子寮のメロディの部屋へ押しかけたわたしは、思い切り泣いた。
メロディは驚いていたが、その胸にわたしを抱きしめてくれた。

「辛かったですね…」
『ぐすぐす…辛すぎるわ…』
「夜にはまだ時間もありますし、存分に泣いて下さい」
『優しいのね…メロディ、大好きよ』

わたしはメロディの厚意に甘え、思う存分に泣いたのだった。

メロディはわたしの為に、食事も運んでくれたけど、とても食べる気にはなれなかった。
胸がいっぱいだし、イレールがどうしているか気になる。
イレールは泣いていないだろうか?

しょんぼりと過ごし、夜になり、わたしたちは儀式を始めた。

まず、カーテンを開け、月の光を入れる。
メロディは床のラグを退け、白いチョークの様な物で魔法陣を描いた。

「ヴィオレット様、真中へどうぞ」

わたしは言われるままに、魔法陣の真ん中へ座った。
メロディは魔法薬を手にし、真剣な顔つきで「それでは、儀式を始めます」と重々しく言った。
メロディが呪文を唱え始めると、魔法薬は金色に輝き始めた。
メロディはそれをわたしの頭に零した…

目の前が金色の光に包まれる___


「ヴィオレット様!大丈夫ですか!?」

メロディの呼ぶ声でわたしは意識を戻した。
一瞬だけど、意識が遠退いたのだ。

「ええ、大丈夫よ…」

起き上がったわたしは、自分の声に気付き、喉を押さえた。
猫の声じゃない!それに、猫の体でも無いわ!!

「わたし、戻れたのね!!」

飛び起きたわたしは、目の前のメロディに飛びついた。

「ああ!メロディ、ありがとう!あなたのお陰よ!!あなたが居れくれて良かった!!」

感動で、わたしがギュウギュウと抱きしめると、メロディは困っていた。

「ヴィオレット様!その、あの、あたしもうれしいのですが、そのお姿では…」
「姿??」

わたしはメロディを離し、自分の体を見た。
猫になっていた所為か、裸だった。
メロディは顔を真っ赤にし、目元を手で覆っている。
わたしからすると、自分の体というよりも、ヴィオレットの体なので…
つい、興味を持って見てしまっていた。

この、重量感溢れる胸…腰の括れ…

「ナイスバディだわ…」

美人なだけじゃなく、スタイルまで良いなんて…
流石、美の女神ね…いえ、悪役令嬢だったかしら…
これだけの体型を作るには、それなりの努力をしたでしょうに…
こうなったからには、わたしが有難く使わせて貰うわ!!ありがとう、ヴィオレット!!

仁王立ちになったわたしに、メロディが「こんな服しかありませんが、どうぞ!!」と、
夜着用のワンピースを貸してくれた。
わたしの方が、十センチは背が高いけど…

「ありがとう、メロディ」
「ベッドが一つしか無いので…」
「ああ、わたしはソファでいいわよ」
「そんな訳にはいきません!ヴィオレット様はベッドをお使い下さい!」
「えー、メロディの部屋じゃない、悪いわよ」
「ヴィオレット様は公爵令嬢です!ソファなどに寝かせる事は出来ません!」

もしかして、それをネタに虐められるかもとか思ってるのかしら??
メロディの必死さに驚くわ。

「じゃ、一緒に寝ましょう、二人なら温かいし、一石二鳥よ☆」
「ええ!?そんな!?一緒になど、失礼ではありませんか?」
「わたしが誘ったのよ?それとも、アラン様とでなければ、お嫌かしら?」

わたしが意味あり気に聞くと、メロディは顔を真っ赤にした。

「アラン様と一緒にだなんて!あたしはそんな…!」
「いいから、寝ましょう、もう休みたいわ、なんだか、酷く眠くて…」

わたしはベッドに入ると、メロディを呼んだ。
メロディは「そ、それでは、お願いします!」とベッドに上がって来た。
わたしたちは狭いベッドの中、引っ付くようにして眠ったのだった。





翌朝、目を覚ますと、カーテンは明るい日を受け、部屋は明るかった。

「ふああ…良く寝たけど、猫になっていた所為なのか、人間に戻った所為なのか…
気怠いわ…」

のろのろと起き上がり、部屋を見回す。
静かだ…寮には人の気配は無かった。
メロディの姿も無く、机には食事とメモが置かれていた。

【ヴィオレット様、お早うございます】
【学校があるので、先に出ます】
【ゆっくり休んで下さい】
【部屋の物は好きに使って下さって構いません】
【少しですが、お金を置いておきます】
【メロディ】

「ああ!何て気の利く、良い子なのかしら!」

流石ヒロイン!聖女様!!

わたしは有難く、学園の方へ向け手を合わせると、食事を貰った。
食べると少し気怠さも緩和されたので、服とローブを借り、ド・ブロイ家に帰る事にした。
両親もさぞかし心配しているだろう…

「早く元気な顔を見せてあげないとね!これも娘の務めだわ」

一応、メロディに家に帰る旨をメモしておいた。
管理人に見つからない様、こっそりと寮を抜け出る。
少し歩いた処で、馬車をつかまえた。


馬車から降り立ったわたしに、迎えに出て来た執事は驚愕していた。

「ヴィオレット様!?お、お帰りなさいませ…」
「馬車を借りたの、支払いをお願いね」

執事に言い付け、館に入ると、わたしを見たメイドが、慌てて飛んで行った。
直ぐに両親が飛び出て来て、感動の対面ね…と、わたしは寛大な気持ちで腕を広げ、抱擁を待った。
だが、抱擁よりも驚きの方が勝っていた様だ。

「ヴィオレット!無事だったのか!?」
「はい、この通りでございます、お父様、お母様、ご心配お掛け致しました」

信じられないのかと、わたしは優雅にカーテシーをして見せた。

「それなら、直ぐに、修道院へ行くんだ!」

は??

「お父様、わたしの学園追放は撤回されたと聞きましたが?」
「賊に攫われた娘など、誰が貰ってくれるというんだ!こうなってしまえば、修道院に行くのが一番だ」
「そうよ、ヴィオレット、それがあなたの為よ」

両親は当然だという顔をしているが、わたしは彼らの正気を疑った。

「馬鹿な事を言わないで!わたしは魔法学園を出て、大魔法使いになるのよ?
修道院なんて論外よ!」

「おまえこそ、何を馬鹿な夢物語を言っておるんだ!
おまえが、大魔法使いだと?碌に魔法も使えん、勉強もせん奴が!笑わせるな!」

「あなた、きっとヴィオレットは賊に攫われて狂ってしまったんですわ!」

母が「おほほほ」と笑う。
わたしは両親の頭に水を掛けてやろうかと思ったが、家庭内暴力で訴えられても困ると、
何とか抑えた。

「兎に角、魔法学園に通います、それと、結婚相手の事でしたら心配はご無用ですわ」

イレール様以外には考えられないもの!
それに、結婚なんかしなくても、魔法が使えれば何とかなるでしょう。
前世でもキャリアウーマンはいたわ。
わたしは呑気に構えていたが、両親は凄い形相で迫って来た。

「いいや!おまえは修道院へ入るんだ!学校など行かせるか!」
「ナンセンスよ、学ぶ権利は誰にでもあるわ!」

いつの時代よ!と思ったが、ここは異世界だった。
世界観は中世ヨーロッパ風だから、厳しいのは確かだ。
でも、確か、魔法学園は、一定の魔力があれば、メロディたちみたいに無料で通えた筈…

「学園など行ってみろ!おまえは賊に攫われた傷物として、皆から見られるんだぞ!?」

ここまでであれば、わたしは少しだけど、心を動かされていたかもしれない。
だが、最後の言葉で全ては台無しになった…

「その様な恥を晒して…おまえは、ド・ブロイ公爵家に泥を塗るつもりか!!」

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