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本編
2
前回の事から、伯爵家に戻ったルシアンへの、メイドたちの嫌がらせは大体想像が付いた。
まずは一食の量を減らす事。伯爵家では食事は個々で取る事が多い為、それは容易だった。
わたしはそれとなく食事を運ぶメイドを待ち伏せ、声を掛けた。
「それはルシアンへの食事かしら?」
「オフェリー様、困ります…」
「いいから、蓋を開けなさい」
伯爵家の娘としての威厳を発揮すると、メイドは渋々だが蓋を開けた。
バケットが一切れ、具の無い薄いスープ、薄い肉が一切れ、マッシュポテトと葉野菜が少し…思った通り、貧相な食事だ。
「次期当主に相応しい食事に替えさせなさい」
「オフェリー様、そんな勝手は困ります」
わたしは元来慎ましい性格なので、周囲は強く言えば折れると思っているのだ。わたしも甘く見られたものね…内心で苦笑し、殊更冷たい表情を作った。
「こんな食事しか出せないと思われたら、伯爵家の恥です。それとも料理長は暇を出されたいのかしら?」
「奥様の指示ですので、勝手は許されません」
メイドは不貞腐れた顔をしている。このメイドは間違いなく解雇されるわね…可哀想というより、呆れしか無かった。
「わたしが責任を持ちます、今後ルシアンにはわたしと同じ料理を、量を多めに出しなさい」
わたしが頑として譲らないと気付いたメイドは、渋々ワゴンを押して戻って行った。
わたしは一息吐くと、母の部屋に向かった。
「あらオフェリー、何か用事?」
母は既に食事を終え、ソファで優雅にコーヒーを飲んでいた。
「ルシアンの食事があまりに貧相だったので、料理長に作り直させました」
わたしの報告に、母の表情は一変した。
「なんですって!?何故そんな勝手な真似をしたの、オフェリー!
アレは貴族の血など入っていない、下賤の子よ!勘違いしない様に分相応の対偶を与えてやっているのよ!
あなたが口を出す事は許しませんよ!」
前回の自分であれば、恐れ戦き、謝っただろう。だけど、今の自分はただの十八歳の娘では無かった。家族を失い、復讐され、二年も修道院で暮らしたのだから、幾らか肝が据わっていた。
「お母様の言い分が正しいのでしたら、お父様も同意なさると考えてよろしいでしょうか?」
父に話す___これは脅しだ。母の顔色が悪くなった。
「ルシアンは伯爵家の次期当主です、相応の待遇を要求致します」
「あなたはいつからアレの味方になったの!今まで一度だって反対した事は無かったじゃない!」
それは正しい、わたしは一度も反対しなかった、それ処かルシアンへの意地悪を歓迎していた。それは態度に出さなくても伝わっていただろう。
「アレは次期当主なんかじゃありませんよ!私が絶対にさせるものですか!
ダントリク伯爵家はあなたが産んだ子に継がせるんですからね!」
「お父様は認めないわ」
「ガレオが反対しても、これだけは譲りませんよ、ええ、絶対にね!」
母が恐ろしい形相で言い放った。だが、わたしは『それが叶う事は無い』と知っている。
前回、父の死後、ルシアンは一月足らずで爵位を継いだ。母の出る幕は全く無かったのだから。
ルシアンは何度巻き戻っても、上手くやるだろう。そして、母はいつも悔しがるのだろう…
「伯爵家を継ぐのはルシアンです、彼が爵位を継いだ時に困るのは、冷遇してきた者たち自身です。
態度を改めなければ、きっと大変な事になるわ…」
「まぁ!なんて臆病な娘なんでしょう!私の娘とは思えませんよ、情けないったら無いわ!
大体、あなたが男だったら、私がこんな屈辱を味わう事も無かったのよ!アレが家に来る事も無かったの!
全部、あんたの所為だってのに、偉そうに母親に命令するんじゃないわ!」
カップを投げつけられた。残っていた紅茶がスカートを汚す。
驚きはあったが、傷付きはしなかった。わたしは母の気持ちに気付いていた、もう、ずっと前から…
父親は無関心、母親しかいなかった、だから母に捨てられない様にといつも顔色を窺い、操り人形になっていた。
でも、もう、それも終わりよ。
もう、わたしは子供ではない、《男に生まれなかった自分が悪い》なんて思えない。
それに、母と離れても、何も変わらなかった。恐ろしい事なんて、何も無かったのだ___
「ルシアンを冷遇するのでしたら、わたしはお父様に話します」
わたしはそれだけ言い残し、部屋を後にした。
その後、時々ルシアンの食事を確認したが、いつも十分な品数と量があり、安堵した。
これで、少しでも母や使用人たちの心証が良くなればいいけど…
これまでの事を思えば、とても難しい気がした。
◇◇
ルシアンは父から仕事を習い始め、毎日忙しくしていた。
母はあれからルシアンへの意地悪は控えており、不満を発散するかの様に買い物や茶会を楽しんでいた。
父のエスコートが無い為、夜会の出席は少ないが、取り巻きたちとの茶会は定期的に行っていた。
わたしは修道院での生活が身に染み付いてしまい、朝は日の出と共に目が覚め、身支度、自分の部屋の掃除、庭に出て館に飾る為の花を摘み、朝食は食堂でパンと紅茶を貰い、その後は祈りや読書、昼からは刺繍やピアノ…晩餐が終われば寝支度をし、早めの就寝と、規則正しく過ごしていた。週に一、二日は近くの教会に通い、礼拝、教会の手伝い等もしている。
使用人たちには驚かれるし、「貴族の令嬢らしくない」と奇妙に思われる事も多いが、やり直す機会を与えてくれたのは《神様》に違いなく、感謝の念が沸き、正しく善良な行いをしたいと思うのだ。そうしていると、不思議だが、自分自身が寛大な気持ちになっていた。
そうして、二週間が過ぎた頃、夜会でハワードと会う約束をしていたのを思い出した。
わたしの結婚は、当然だが父は関心が無く、母の考えが全てだった。
母が選んだ相手が、ベラミー伯爵の第一子ハワードだ。ハワードはベラミー伯爵家の跡取りであり、わたしの二歳年上で年齢的にも良く、彼の母とわたしの母は気も合う様だった。
わたしもハワードも、顔合わせの時から互いに好感を持ち、良い相手になると思った。
ベラミー伯爵の意向で、結婚はハワードが一人前になってからという事で時期は決まっていないが、どちらの家にとっても良縁という事で、半年前に婚約が成立した。
前回、わたしはハワードに恋をしていたと思う。
結婚に憧れもあったし、ハワードは父と違い優しく気を遣える人で安心出来た、それに好意を素敵な言葉で表してくれた。
わたしはこの夢の様な婚約者に舞い上がっていた。だから、見落としてしまったのだろう…彼の心変わりに。
婚約という《契約》を絶対だと思ってしまっていた。婚約者を繋ぎ止める努力が必要だなんて考えもしなかった。何て安易だったのだろう、わたしは世間知らずの小娘だったのだ。
時間が戻った今、わたしはハワードの心を繋ぎ止めるべく、行動をすべきだろうか?
それとも、もう既にハワードの心はアリアナにあるのだろうか?
ハワードとアリアナは結ばれる運命なのだろうか?
考えれば考える程に気が重くなり、わたしは嘆息した。
「夜会なんて行きたくないな…」
そう思いつつも、周囲に流されるまま、身支度をして貰い、玄関へ向かっていた。
正装したルシアンと鉢合わせ、彼も夜会に行く事を思い出した。
前回では、わたしが避けていた事もあり、同じパーティに出席する時も、別々の馬車を使っていた。子供染みた意地の張り合いに呆れてしまう。
「ルシアン、あなたも夜会に行くのでしょう、一緒の馬車で行きましょう」
ルシアンはわたしをチラリと見て、「構いませんよ」と馬車に向かった。
勿論、エスコートはしてくれず、わたしは自分で馬車に乗った。
座席に並んで座った際も、明らかに距離を置かれていた。
やっぱり、嫌われているわよね…
それでも、同じ馬車を使ってくれた、これは一歩前進だろう。
「今日はお天気も良くて良かったわね」
「正装をしたあなたを見るのは初めてだわ、良く似合っているわよ、夜会では令嬢たちが放っておかないでしょうね」
前回の時は気にもしていなかったので分からないが、きっと人気者になっただろう。
見目が良く、しかも裕福な伯爵家の跡取りなのだから、結婚相手としては理想的だ。
わたしが何を話しても、ルシアンからの返事は無かったが、わたしは独り言の様に話し続けた。
「今朝はリュシーの花が咲いていたの、白くて小さな花が房の様になっているのよ、少し揺らすとお辞儀をしているみたいで可愛らしいの。
玄関に活けたから帰ったら見てみてね、明日はどんな花にしようかしら…ルシアンはどんな花が好きなの?
わたしは何でも好きだけど、リュシーとか優しい色彩の可愛らしい花には癒されるわ…」
意外にも楽しく話していると、根負けしたのか、遂にルシアンが口を開いた。
「良く喋りますね、そんなにお喋りでしたか?」
「今までは相手がいなかったから、貴族学校では友達も出来たし普通に話すのよ?」
「成程、貴族学校の成果ですか」
ルシアンが鼻で笑う。
「ええ、貴族学校は校風も教育も緩やかなの、王立貴族学院は名門だもの、厳しかったんでしょう?」
「義姉上の通われた貴族学校よりは厳しいと思います」
言葉に含まれる悪意に気付かない訳ではない。それでも、無視をされるよりは良いわ。
わたしはこれまでルシアンを無視してきたのよね…
両親を亡くし、知らない男に連れて来られ、伯爵家で暮らす事になった時、ルシアンは十一歳の少年だった。さぞ不安で孤独だった事だろう。その時には手を差し伸べず、手助けが必要無くなった今、手を伸ばすなんて、ルシアンが憎々しく思っても仕方は無い。
「例えば、どんな所が厳しかった?怖い先生はいたかしら?」
ルシアンは顔を顰め、「もう直ぐ着きますよ」と話を切り上げた。
わたしは「そうね」と同意しつつも、帰りは何を話そうかしら?と考えて口元が緩んだ。
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