【完結】やり直し令嬢は義弟の復讐を回避したい

白雨 音

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本編


ルシアンから借りたハンカチは丁寧に洗い、アイロンを掛けた。
当初はそのまま返そうと思っていたが、飾り気の無いシンプルなハンカチを見ていると、物足りなさを感じ、刺繍を入れる事にした。

「お礼になると良いけど…」

あの時は、ルシアンの思わぬ優しさに救われた思いがした。
ルシアンの青灰色の瞳にあやかり、青、灰色系等の花を刺繍した。少し冷たい感じがし、落ち着いた緑系の葉っぱを足すと和みが生まれ、良い効果が出た。そして、最後に《ルシアン》と名を刺繍して終えた。
イニシャルにしなかったのは、ルシアンが我が伯爵家を良く思っていないからだ。

「受け取って貰えるかしら…」

ハンカチ位、沢山持っているだろうから、気に入らなければ受け取らないだろう。
これまでのルシアンの態度から、皮肉や嫌味を言われるかもしれない。
わたしはハンカチを握り締め、緊張しつつ、ルシアンの部屋のドアを叩いた。

「ルシアン、オフェリーよ、少しいいかしら?」

ややあって、「…どうぞ」と返事があり、わたしは深呼吸をし、部屋に入った。
ルシアンは仕事中だったのか、机に向かっていたが、手を止めて振り返った。

「何か用事ですか?」

いつも通りの素っ気ない声に、少し怯みつつ、わたしはルシアンの方に近付いた。その前にルシアンが席を立ち、「そちらにどうぞ」と椅子を勧めたので、わたしはその場で足を止めた。

「この間は、ハンカチを貸してくれてありがとう、お返ししようと思って来たの」
「必要ありません、ですが、来てしまったのなら仕方ありませんね、そちらに置いて帰って下さい」

ルシアンが指したテーブルに目をやるも、彼の方に視線を戻した。

「実は、勝手なのだけど、刺繍をしたの」
「刺繍?」

やはり、目を眇められた。
わたしはハンカチをギュっと握り、それから開いて刺繍を見せた。

「気に入らなかったら、無地のハンカチをお返しするわ」

緊張で手が震えそうだ。
ルシアンが呆れた様な息を吐いたので、『やっぱり駄目だった』と気落ちしたが、スッとその指先がハンカチを攫って行った。
驚いて目を上げると、ルシアンが刺繍を見ていた。

「上手ですね」

褒められるとは思っておらず、顔が熱くなった。

「うれしいわ、刺繍は好きなの、教会にも寄付をして売って貰っているの…ああ、ごめんなさい!こんな話、興味無いわよね?」

つい調子に乗って喋ってしまい、わたしは手で口元を隠した。
何故か酷く恥ずかしくて、顔は熱いし胸はドキドキとしている。

「興味はありませんが、意外ですね…
僕の知る義姉上とあなたは違っていて、何か企んでいるのかと疑っています」

違って見えるのは当然だが、全てを話す訳にもいかない。企み処か、頭がおかしいと思われてしまいそうだ。
それに、ルシアンの復讐心を煽ってしまうかもしれない___

「三年も会わなかったんですもの、ルシアンだって、見違える程変わったわ」

背が伸び、男らしくなった。
わたしは良い意味で言ったのだが、ルシアンの顔が青くなり、表情も険しくなった。

「あなたはいいですね、自分だけ罪を懺悔し、許された気になっているのでしょう?実に清々しく見えますよ、憎たらしい程に」

その笑みには苦しみと怒りがあり、わたしの喉は締め付けられた。
ルシアンは机から何かを取り、わたしの足元に放った。それは、白い手袋だった。

「僕は接触恐怖症なんです、直に人に触れると動悸や眩暈、吐き気がし、失神する事もあります。
僕はこの家に来て、生活に困窮した事はありませんが、代わりに《普通》を奪われました。
好きな人に触れる事が出来ない、つまり、結婚は出来ないんです。
あなたは良いですね、相手は兎も角、結婚出来るのですから」

わたしはルシアンが良く手袋をしている事を思い出した。
前回、復讐を言い放った時も、彼は手袋をしていた…
ルシアンには人を避ける節もあったが、人嫌い、内向的、性格的なものと思っていた。
それらに意味があるなんて、考えもしなかった___

「わたしたちの所為ね?」

《普通》を奪われたと言ったが、それだけではない、ルシアンは手に入れられたであろう《幸せ》も奪われたのだ。
酷い扱いに悍ましい行為、散々苦しめられた挙句、後々まで苦しめられるのだ。

「ごめんなさい…」

謝罪をした処で、気持ちが晴れる事は無いだろう。
わたしは手袋を拾い、テーブルに置いた。
ルシアンは何も言わない、わたしももう掛ける言葉は無く、無言で部屋を出た。

わたしは軽く考え過ぎていた。
ルシアンの恐怖は家を出た時に終わったと思っていた。帰って来たルシアンに父は興味を示さなかったから。
だけど、そんな簡単に終わる事では無かった。
ルシアンは今も、この先も、父に、わたしたちに苦しめられるのだ。

「わたしは、何をしてあげられるの?」


◇◇


ルシアンの告白はショックだった。
わたしは自分が出来る事を考えてみたが、まるで浮かばなかった。

医学書を搔き集め、調べてみたが、記述自体が少なく、有用な薬や治療法は書かれていなかった。
それでも、似た症状や病の傾向から、安定した食生活、適度な運動、癒しや安心感を与える…が良いと判断した。
そこから、薬草に辿り着いた。

薬草には様々な効能があり、癒しや精神安定効果のあるものもある。
わたしは専門書で調べ、苗を購入し、裏庭に植えた。二週間近くで採取出来るまでに育ってくれ、わたしはそれを持ち、料理長に掛け合った。

「この薬草をスープに使って欲しいの、わたしとルシアンだけでいいわ」

両親は料理の味が変わる事を嫌うので、止めておいた。
ルシアンだけでも良かったのだが、それでは無責任な気がし、わたしも同じ物を貰う事にした。
料理長は良い顔はしなかったが、「分かりました」と薬草を受け取ってくれた。

早速、晩餐のスープに使われたが、独特な風味で好みが分かれそうだった。
わたしは美味しいと思ったが、ルシアンはどうだっただろう?
ルシアンの反応が気になり、翌日料理を運んだメイドに聞いてみた所、残っていたと言われた。

「変に思われたかしら…」

嫌がらせだと思われたかしら?もし、そうだとしたら、逆効果だ。

「もっと分かり易い物にした方が良いかしら?」

ポプリや薬草風呂、アロマキャンドルなら珍しくも無いので、使って貰えるかもしれない。
乾燥させてポプリや精油を作る事にし、薬草の苗を追加で買い付けた。

手頃に出来る物として、《薬草クッキー》を思い付いた。
修道院では自分たちで料理をするし、週に一度は孤児たちの為に大量のクッキーを焼いていたので、自信があった。
細かく刻み生地に混ぜて焼いたそれは、独特の風味がしたが、甘みも十分あり美味しいと感じられた。

「これなら食べられるんじゃないかしら?」

わたしはクッキーを缶に入れ、蓋に《薬草クッキー》とメモを書き、ルシアンの部屋に届けさせた。


薬草の活用を考えたり、採取や加工をしていると、時間は瞬く間に過ぎていった。
忙しくしていると余計な事を考えずに済んだが、やはり、パーティは避けられなかった。
パーティではハワードがエスコートをしてくれたが、やはりいつもアリアナが現れ、軽快なお喋りで注目を奪った。
回を重ねる毎に、ハワードとアリアナの親密度が上がっていく様で、わたしはハラハラとしていたが、自分がどう立ち回れば良いのか分からなかった。その場にいるだけで、まるで自分がアリアナを引き立てる置物に思えた。
パーティの帰りにはいつも気落ちしていたが、ルシアンに気付かれない様、寝たふりをした。

そうして、また夜会の招待を受けた。

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