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本編
6
夜会から一週間が経った頃、コレット=マロイ男爵令嬢から茶会の招待状が届いた。
ルシアンではなく、わたし宛に。
コレットの存在は知っている、貴族学校の同窓だ。だが、あまり話した事は無く、仲良くした事も無かった。それに、一度として茶会に誘われた事は無い。そうであるから、「ルシアンと間違えたんじゃないかしら?」と思った。
欠席の返信を出そうとしたが、ルシアンと間違えているなら、わたしが返事を書くと二度手間になるかもしれないので、ルシアン本人に聞く事にした。
焼き上がった薬草クッキーと、アロマキャンドルを手に、ルシアンの部屋を訪ねた。
「ルシアン、お仕事お疲れ様、薬草クッキーを作ったの、こっちはアロマキャンドルよ」
「やはり、このクッキーはあなたでしたか」
そういえば、話していなかったかも…
いつもメイドに運ばせていたが、すっかり習慣となっていて、忘れていた。
「ええ、薬草は体に良いのよ、アロマキャンドルは初めて作ったの、良く眠れると思うわ」
「無駄ですよ、色々薬も試しましたが、効果はありませんでした」
「でも、薬草クッキーは試していないでしょう?ポプリやアロマキャンドルも!」
ルシアンが目を見開き、それから長い息を吐いた。
「あなたは、時々、驚く程強引になりますね、根拠無く前向きで羨ましいですよ」
それでも、ルシアンが受け取ってくれたので、わたしはうれしくなった。
「そうだわ!ルシアン、コレットから茶会の招待状が届いたのよ」
危うく、本来の目的を忘れる処だった。
わたしは手紙を取り出し、テーブルに置いた。
「義姉上宛ですが?」
「そうなの、でも、わたしはコレットと親しくないし、あなたと間違えたのかと思って…」
「義姉上で合っていますよ、話してみたいと言っていましたから」
「そうなの?」
驚いたが、うれしくもあった。
アリアナの事もあり、自分に自信を無くしていたのだ。
「わたしが受けても大丈夫かしら?」
「ええ、良いと思いますよ」
珍しくルシアンも勧めてくれたので、わたしは出席する旨を書き返信した。
「ああ、でも、困ったわ…」
ドレスも化粧もセンスが悪いと言われた手前、何を着れば良いのか分からなくなった。
いつもドレスは母の行きつけの仕立て屋で、母の指示で作っている。髪型や化粧は侍女に任せていて、意見をした事が無い。
母に相談しても、これまでと同じだろうし、母が気を悪くするかもしれない。母は自分のセンスに自信を持っているのだ。
「誰か…」
当然、アリアナには相談なんて出来ない。
他に相談出来る友達もいない。
「わたしって、本当に友達がいなかったのね…」
◇
マロイ男爵家は馬車で十分日帰り出来る距離にあったが、来るのは初めてだ。
馬車は綺麗に整えられた前庭を通り、歴史を感じる古風な館の前に着いた。
「ようこそ、いらっしゃいませ、ダントリク伯爵令嬢、ご案内致します」
待ち構えていた案内役の侍女に付いて行くと、庭園のガセボに着いた。
景色が見渡せる、素晴らしい場だ。
結局、良い方法が思いつかず、わたしはいつもの装いだった。
コレットや皆に変な顔をされないかと緊張していたが、集まったのはわたし以外、コレットともう一人の令嬢だけだった。
「コレット様、今日はご招待頂きありがとうございます」
「来て頂けてうれしいわ、オフェリー様、どうぞお座りになって」
そんな型通りの挨拶を済ませ、席に着いた。
美しい装飾の白テーブルと椅子、ケーキスタンドのサンドイッチ、スコーン、プチケーキ等は可愛らしく、心を躍らせた。
それに、素敵な景色…
前方に色彩豊かな花々と緑が調和した庭園が広がる。
「初めて来ましたが、素敵な庭園ですね」
「ありがとうございます、気に入って頂けて良かったわ」
コレットとの会話は何処か余所余所しく、緊張感があった。
ルシアンの想い人だもの、どうしても気になってしまうわ…
「紹介しますね、こちらはナデージュ=トラバース侯爵令嬢です」
トラバース侯爵令嬢!?
まさか侯爵令嬢を招いていたとは驚いたが、親戚筋で年が近い事もあり仲良くしているという事だった。
それにしても、奇妙な集まりだと今更ながら不審に思えてきた。それを見透かしたかの様に、コレットが言葉を継いだ。
「私とナデージュと彼女の弟のフィリップは幼馴染なんです。フィリップはルシアン様の同窓で親友なんですよ」
ルシアンの友だち!
そんな話は聞いた事が無い、いや、ルシアンがわたしたちに話す訳は無いのだ。
彼女たちは伯爵家の事情を知っているのだろうか?わたしは酷く居心地が悪くなった。
直ぐにでも帰りたい気持ちを抑え、震える手を膝の上で握った。
「フィリップも飛び級しているのだけど、ルシアン様は二年飛び級でしょう?フィリップが自分よりも優秀だと喜んでいたわ」
「さようでございますか…」
「ルシアン様がオフェリー様の事を自慢してくるから、お会いしてみたかったんです」
自慢?
わたしを?
ルシアンが??
一体、何を言っているのだろう?有り得な過ぎて、わたしは不審にとコレットを見てしまった。
「ふふ!信じられませんよね!相手はあの無愛想なルシアン様だもの!
でも、本当ですよ、教会に通われて奉仕活動をされているとか、庭で薬草を育てているとか、ご自分でクッキーを焼かれるとか、刺繍がとてもお上手だとか!」
確かにわたしの事だ。だけど、まさか、ルシアンが知っていて、それをコレットに話していたとは思ってもみなかった。
わたしの事、認めてくれているの?
期待に胸が熱くなったが、一瞬後、『そんな事があるだろうか?』と疑問が浮かんだ。
ルシアンは「許さない」という様な事を言っていたし、それは当然だと思う。それなのに、良く思ってくれるだろうか?
ああ、分からないわ!
「教会ではどの様な奉仕活動をしているの?」
「どちらの教会?切っ掛けは何だったの?」
「貴族令嬢が行っても大丈夫?」
コレットとナデージュは教会の奉仕活動や薬草の事を質問してくれ、思い掛けず、わたしは楽しく話す事が出来た。
二人は話が上手く、話題は多岐にわたっていて、聞いているだけでも面白かった。
そうして、気付くとわたしは自分の悩みを打ち明けていた。
「噂話を耳にしたのですが、わたしはセンスが悪い様です。
これまで、そういった事は全て母に任せていましたので、自分ではどうして良いか分からなくて…」
「そういう事なら、安心して、オフェリー様!ナデージュはとてもセンスが良いの!
私もいつも助言を貰っているのよ、ナデージュに習えば間違いないわ!」
コレットが明るく言い、わたしは期待を持ってナデージュを見た。
「ナデージュ様、どうか、わたしに着飾る術を教えて頂けないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ、私は教える事が大好きですから。それに、ゆくゆくは淑女学校を開きたいと思っていますの」
「学校!凄いわ…」
もっと遅くに生まれていたら、学校で習う事も出来たのかと思うと残念だった。
だが、それも直ぐに吹き飛んだ。ナデージュがそれこそ《授業》の様に、詳しく教えてくれたからだ。
「今日はありがとうございました、わたしの事で時間を使わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいのよ、私も教師の真似事を楽しみましたもの、私の講義が役立つ事を願っていますよ、オフェリー」
「オフェリー様、今度は刺繍の会をしましょう、あなたの刺繍を見てみたいわ!」
「はい、是非ご招待下さい」
ナデージュは気品高く、憧れたし、コレットはとても話易い人だった。
わたしは途中から、コレットがルシアンの想い人だという事も忘れ、楽しんでいた。
「素敵な方たちだった…友達になれたらいいな…」
これまではアリアナが傍にいて、何をするにも一緒だったので、こんな風に思う事は無かった。アリアナの存在に甘えてか、いつの間にか、閉鎖的になっていた様だ。
お喋りがこんなに楽しいものだとは思わなかった。少しだが、広がった世界をわたしは喜んでいた。
◇
伯爵家に帰り、わたしは早速、ナデージュから習った事を紙に書き出した。
「わたしの様に、肌が青白く、黒髪に緑色の瞳だと、似合う色は派手なものではなく、落ち着きのある色味…
体型はスレンダーなので、フリルやリボン、ふんわりスカートの可愛い系は似合わない…」
『人それぞれ、似合うドレス、髪型、装飾は違う』という事に驚いた。
その上で、催しに合ったドレスを選ぶのだ。
「難しい時は消去法ね!」
これまで母が選び、揃えてくれていたドレスは、フリルやリボンが多く、スカートもふんわりとした物が多かった。色も鮮やかなものが多い。
母の目には、わたしは少女に見えていたのだろう。
「センスが悪い」と言ったアリアナは、的を得ていた様だ。
ナデージュの助言を元に新しいドレスを作る事にして、古いドレスで似合わないと分かる物は寄付する事にした。
新しくドレスを作る事に際して、母は反対するかと思ったが、意外にも良い返事が返って来た。
「トラバース侯爵令嬢から、仕立て屋をご紹介頂きました、ドレスを新調しても良いでしょうか?」
「まぁ!侯爵家のご令嬢と仲良くなったの!?ええ、勿論よ、そうね…三着は作りなさい、あまり少ないと舐められますからね」
侯爵家と懇意にしているのは、ルシアンの方だけど…
少々誤解があったが、そこは見ない振りをし、わたしは恭しく承知した。
いざ紹介された仕立て屋に行くと、ナデージュが話を通してくれており、わたしに合ったデザインが一纏めに用意されていて、楽しい買い物となった。
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