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本編
13 アベラ/オフェリー
◆◆ アベラ ◆◆
伯爵代理となったルシアンは好き放題している。
アベラの弟で館の資財管理人だったジュール、家令のピエールを横領の罪で解雇し、使用人も十人は解雇された。
それ等はアベラの息の掛かった使用人たちで、これでアベラの味方はほぼ居なくなってしまった。
新しく来た、資財管理人、家令、使用人は、ルシアンが選定した者たちで、自分に媚び諂ったりはしない。
「全く、可愛気のない事!」
その上、伯爵夫人の予算が大幅に削られた為、ドレスを新調する事さえ難しくなってしまった。
古いドレスを捨てる条件で、予算を増やして貰ったが、以前と比べると全然足りなかった。
これまで楽しみだった茶会は億劫になり、欠席する事が増えた。
その事で好き勝手噂をされていると思うと、屈辱でどうにかなりそうだった。
そんなある日、アベラの不満や鬱憤を晴らしてくれる者が現れた。
ローレンス=マイヤー男爵子息、金髪碧眼、甘いマスクの美しい青年だ。
「美しいご婦人、私と踊って頂けますか?」
夜会でダンスに誘われ、一目惚れしたアベラは、何とかローレンスに近付こうと彼の動向を探り、偶然を装い会っていた。
二人が親密になるのに時間は掛からず、直ぐに体の関係を持った。
オフェリーを産んで以降、ガレオとは寝室を共にしていないので気付かれる恐れもない、それがアベラの行動を大胆にさせた。
そうしていつしか、ローレンスとの密会が何よりの楽しみであり、生き甲斐となっていた。
「ずっと、あなたとこうしていたいわ…」
「ああ、私もだよ、いつだって君を抱いていたいさ」
「そうしていてよ、今夜は帰らないわ、ガレオは旅行でいないから」
「悪い奥さんだね、けど、娘に怪しまれないかい?伯爵代理にも怪しまれたら困るよ」
アベラはここで初めて、他の人間の存在を思い出した。
オフェリーは気付きもしないでしょうけど、ルシアンは…油断出来ないわね。
これまでの態度から、弱味を握らせたら最後で、嬉々として自分を陥れるだろうと想像出来た。
「ガレオもルシアンも、私の世界から消えればいいのよ」
「怖い事を言うね、だけど、そんな君が好きだよ…」
ローレンスが甘い口付けをし、二人は再び快楽に溺れた。
そうして、行為が終わり、幸せにまどろんでいた時だ。
「そういえばね、毒には心臓麻痺に見せ掛けて殺せるものもあるらしいよ」
「心臓麻痺…それなら、怪しまれないわよね?」
「ああ、あの糞旦那から、君を自由にしてあげたいな…」
「私はあなたを《伯爵》にしてあげたいわ」
アベラの目がギラリと光り、赤い唇は大きな弧を描いた。
◇◇ オフェリー ◇◇
朝から館内が騒がしい、メイドたちががバタバタと行ったり来たりしている。
「どうしたの?何かあったの?」
わたしが呼び止めると、メイドは青い顔で震えながら、それを口にした。
「今朝、旦那様が、お亡くなりになりました」
「お父様が!?そんな、まさか!」
「本当です、起きて来られないので、執事が伺いに行った所…」
わたしは信じられなかった、父が亡くなるには早過ぎる。
わたしは騒々しい館内を走り、階段を降り、父の寝室へ駆け込んだ。
「お父様は!?」
ベッド脇に立つルシアンが顔だけで振り返った。
恐る恐るベッドに近付くと、父の顔が見えた。瞼を降ろし、無表情で、それは眠っている様に見えた。
「お父様が亡くなるなんて…一体どうして?急過ぎるわ!」
「心臓発作を起こして、夜中の内に亡くなったと主治医が診断しました」
「心臓発作?」
前回、こんな事は無かったと断言出来る。
「父は病弱ではないわ!心臓発作だなんて、あり得ない!ちゃんと調べるべきよ!」
「オフェリー!」
ルシアンに両肩を掴まれ、我に返った。
つい、声を荒げてしまった、前回と違うからといって、死因を怪しむなんて…
「ごめんなさい、主治医が間違う筈無いわよね…余計な事を言ったわ…」
「動転しているんですよ、急ですから当然です、部屋で休んだ方がいい」
「大丈夫よ、色々と忙しくなるでしょう、わたしも手伝うわ」
前回、父は賊に襲われて命を落とした為、遺体が戻って来るのには随分と時間が掛かった。
わたしは知らせを聞き、酷くショックを受け、葬儀の日まで部屋から出なかった。
前回のわたしは、ルシアンさえいなければ愛されると妄信していた。だから、父を奪った運命とルシアンを憎んだ。
そう言えば、前の時は母が仕切っていた気がする、伯爵代理だと言って…
そうだわ!
わたしたちが結婚する前に父が亡くなってしまったなら、ルシアンは家督を継げなくなる。
母がそれを許す筈がないもの…
「オフェリー、顔色が悪い、休んで下さい…」
ルシアンに聞きたい、だけど、この場では場違いだ。
わたしはただ、頭を振った。
バン!!
扉が勢い良く開き、母が飛び込んで来た。
母は一直線にベッドに向かうと、ベッドに縋り、大きな声で泣き喚いた。
「ああ!ガレオ!!私を置いて亡くなるなんて、酷いわぁぁ!!
ああ、神様!私のガレオをどうか連れて行かないで___!!」
前回の母は感情を露わにする事は無く、冷めて見えたが…あまりの印象の違いに、わたしは戸惑った。
もしかして、わたしが引き籠っている間の母は、こんな風だったのだろうか?
「お母様…」
わたしは慰めの言葉も思いつかず、ただ、母の体を支えた。
だが、数分も経たない内に、母は体を起こし、背を正した。毅然とした顔に、泣いた痕は見られなかった。
「これからは、伯爵夫人である私が伯爵代理となり葬儀を取り仕切ります。
伯爵家と縁も所縁も無いあなたは、即刻館を出て行きなさい!」
母が厳しい声で、ルシアンに命じ、わたしは息を飲んだ。
「お母様!ルシアンはわたしの婚約者です!父から仕事を受け継いでいますし、正当な後継ぎだわ!」
「婚約は無効よ、伯爵夫人の私が認めていませんからね。
安心なさい、あなたには最高の婚約者を用意しているの、分かったら、さっさと出て行きなさい!
偉そうな顔をして伯爵代理など、図々しいったらないわ!」
ルシアンが部屋を出て行き、わたしは慌てて後を追った。
「待って!ルシアン!あなたが出て行く事は無いわ!」
「伯爵夫人の命では仕方ないでしょう」
「そんなの!あなたらしくないわ!」
わたしはルシアンの手を掴み、引き止めた。
ルシアンは振り返り、目を細めた。
「それでは、聞きますが、僕らしいとは?」
「あなたはわたしの母に従ったりしないわ!」
真顔で言ったが、ルシアンは何故か顔を反らし、吹き出した。
「確かに、ですが、僕は必要ならば機会を待つ人間です、ここは一旦引きます」
それでこそ、ルシアンだ___
わたしは内心で頷き、「わたしの部屋に来て」と彼を部屋へ連れて行った。
机の引き出しから宝石箱を取り出し、ルシアンに渡した。
「これを売って、当面は凌いで。
困った時はいつでもわたしの部屋に来て、いつも窓を開けておくから」
「心配しないで下さい、直ぐに片付きます。
それと、危険ですから、窓は必ず閉めておいて下さい」
最後は冷やかな目で、子供に言い聞かせる様に言われた。
ルシアンは宝石箱の中から、緑色の宝石が埋め込まれた銀色の腕輪を取り、「これだけ頂きます」と手に嵌めた。
ルシアンが去ると、急に寂しさと不安に襲われた。
父が亡くなった途端、ルシアンを追い出すなんて!
ルシアンから全てを奪うなんて!酷過ぎるわ!!
これ程、母を憎いと思った事は今まで無かった気がする。
「心配しないなんて無理よ…」
会いたい時、どうやって連絡を取ればいいの?
直ぐに片付くなんて、何日間の事?それとも、一月?半年?
「必ず、戻って来て…」
伯爵代理となったルシアンは好き放題している。
アベラの弟で館の資財管理人だったジュール、家令のピエールを横領の罪で解雇し、使用人も十人は解雇された。
それ等はアベラの息の掛かった使用人たちで、これでアベラの味方はほぼ居なくなってしまった。
新しく来た、資財管理人、家令、使用人は、ルシアンが選定した者たちで、自分に媚び諂ったりはしない。
「全く、可愛気のない事!」
その上、伯爵夫人の予算が大幅に削られた為、ドレスを新調する事さえ難しくなってしまった。
古いドレスを捨てる条件で、予算を増やして貰ったが、以前と比べると全然足りなかった。
これまで楽しみだった茶会は億劫になり、欠席する事が増えた。
その事で好き勝手噂をされていると思うと、屈辱でどうにかなりそうだった。
そんなある日、アベラの不満や鬱憤を晴らしてくれる者が現れた。
ローレンス=マイヤー男爵子息、金髪碧眼、甘いマスクの美しい青年だ。
「美しいご婦人、私と踊って頂けますか?」
夜会でダンスに誘われ、一目惚れしたアベラは、何とかローレンスに近付こうと彼の動向を探り、偶然を装い会っていた。
二人が親密になるのに時間は掛からず、直ぐに体の関係を持った。
オフェリーを産んで以降、ガレオとは寝室を共にしていないので気付かれる恐れもない、それがアベラの行動を大胆にさせた。
そうしていつしか、ローレンスとの密会が何よりの楽しみであり、生き甲斐となっていた。
「ずっと、あなたとこうしていたいわ…」
「ああ、私もだよ、いつだって君を抱いていたいさ」
「そうしていてよ、今夜は帰らないわ、ガレオは旅行でいないから」
「悪い奥さんだね、けど、娘に怪しまれないかい?伯爵代理にも怪しまれたら困るよ」
アベラはここで初めて、他の人間の存在を思い出した。
オフェリーは気付きもしないでしょうけど、ルシアンは…油断出来ないわね。
これまでの態度から、弱味を握らせたら最後で、嬉々として自分を陥れるだろうと想像出来た。
「ガレオもルシアンも、私の世界から消えればいいのよ」
「怖い事を言うね、だけど、そんな君が好きだよ…」
ローレンスが甘い口付けをし、二人は再び快楽に溺れた。
そうして、行為が終わり、幸せにまどろんでいた時だ。
「そういえばね、毒には心臓麻痺に見せ掛けて殺せるものもあるらしいよ」
「心臓麻痺…それなら、怪しまれないわよね?」
「ああ、あの糞旦那から、君を自由にしてあげたいな…」
「私はあなたを《伯爵》にしてあげたいわ」
アベラの目がギラリと光り、赤い唇は大きな弧を描いた。
◇◇ オフェリー ◇◇
朝から館内が騒がしい、メイドたちががバタバタと行ったり来たりしている。
「どうしたの?何かあったの?」
わたしが呼び止めると、メイドは青い顔で震えながら、それを口にした。
「今朝、旦那様が、お亡くなりになりました」
「お父様が!?そんな、まさか!」
「本当です、起きて来られないので、執事が伺いに行った所…」
わたしは信じられなかった、父が亡くなるには早過ぎる。
わたしは騒々しい館内を走り、階段を降り、父の寝室へ駆け込んだ。
「お父様は!?」
ベッド脇に立つルシアンが顔だけで振り返った。
恐る恐るベッドに近付くと、父の顔が見えた。瞼を降ろし、無表情で、それは眠っている様に見えた。
「お父様が亡くなるなんて…一体どうして?急過ぎるわ!」
「心臓発作を起こして、夜中の内に亡くなったと主治医が診断しました」
「心臓発作?」
前回、こんな事は無かったと断言出来る。
「父は病弱ではないわ!心臓発作だなんて、あり得ない!ちゃんと調べるべきよ!」
「オフェリー!」
ルシアンに両肩を掴まれ、我に返った。
つい、声を荒げてしまった、前回と違うからといって、死因を怪しむなんて…
「ごめんなさい、主治医が間違う筈無いわよね…余計な事を言ったわ…」
「動転しているんですよ、急ですから当然です、部屋で休んだ方がいい」
「大丈夫よ、色々と忙しくなるでしょう、わたしも手伝うわ」
前回、父は賊に襲われて命を落とした為、遺体が戻って来るのには随分と時間が掛かった。
わたしは知らせを聞き、酷くショックを受け、葬儀の日まで部屋から出なかった。
前回のわたしは、ルシアンさえいなければ愛されると妄信していた。だから、父を奪った運命とルシアンを憎んだ。
そう言えば、前の時は母が仕切っていた気がする、伯爵代理だと言って…
そうだわ!
わたしたちが結婚する前に父が亡くなってしまったなら、ルシアンは家督を継げなくなる。
母がそれを許す筈がないもの…
「オフェリー、顔色が悪い、休んで下さい…」
ルシアンに聞きたい、だけど、この場では場違いだ。
わたしはただ、頭を振った。
バン!!
扉が勢い良く開き、母が飛び込んで来た。
母は一直線にベッドに向かうと、ベッドに縋り、大きな声で泣き喚いた。
「ああ!ガレオ!!私を置いて亡くなるなんて、酷いわぁぁ!!
ああ、神様!私のガレオをどうか連れて行かないで___!!」
前回の母は感情を露わにする事は無く、冷めて見えたが…あまりの印象の違いに、わたしは戸惑った。
もしかして、わたしが引き籠っている間の母は、こんな風だったのだろうか?
「お母様…」
わたしは慰めの言葉も思いつかず、ただ、母の体を支えた。
だが、数分も経たない内に、母は体を起こし、背を正した。毅然とした顔に、泣いた痕は見られなかった。
「これからは、伯爵夫人である私が伯爵代理となり葬儀を取り仕切ります。
伯爵家と縁も所縁も無いあなたは、即刻館を出て行きなさい!」
母が厳しい声で、ルシアンに命じ、わたしは息を飲んだ。
「お母様!ルシアンはわたしの婚約者です!父から仕事を受け継いでいますし、正当な後継ぎだわ!」
「婚約は無効よ、伯爵夫人の私が認めていませんからね。
安心なさい、あなたには最高の婚約者を用意しているの、分かったら、さっさと出て行きなさい!
偉そうな顔をして伯爵代理など、図々しいったらないわ!」
ルシアンが部屋を出て行き、わたしは慌てて後を追った。
「待って!ルシアン!あなたが出て行く事は無いわ!」
「伯爵夫人の命では仕方ないでしょう」
「そんなの!あなたらしくないわ!」
わたしはルシアンの手を掴み、引き止めた。
ルシアンは振り返り、目を細めた。
「それでは、聞きますが、僕らしいとは?」
「あなたはわたしの母に従ったりしないわ!」
真顔で言ったが、ルシアンは何故か顔を反らし、吹き出した。
「確かに、ですが、僕は必要ならば機会を待つ人間です、ここは一旦引きます」
それでこそ、ルシアンだ___
わたしは内心で頷き、「わたしの部屋に来て」と彼を部屋へ連れて行った。
机の引き出しから宝石箱を取り出し、ルシアンに渡した。
「これを売って、当面は凌いで。
困った時はいつでもわたしの部屋に来て、いつも窓を開けておくから」
「心配しないで下さい、直ぐに片付きます。
それと、危険ですから、窓は必ず閉めておいて下さい」
最後は冷やかな目で、子供に言い聞かせる様に言われた。
ルシアンは宝石箱の中から、緑色の宝石が埋め込まれた銀色の腕輪を取り、「これだけ頂きます」と手に嵌めた。
ルシアンが去ると、急に寂しさと不安に襲われた。
父が亡くなった途端、ルシアンを追い出すなんて!
ルシアンから全てを奪うなんて!酷過ぎるわ!!
これ程、母を憎いと思った事は今まで無かった気がする。
「心配しないなんて無理よ…」
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