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わたしが十五歳になった頃だ、両親がぼやいていた。
「メイド長は年なのに、給金が高くて困る!あの極潰しめ!」
「そのお金をディオールのドレス代に使うべきよ!来年はデビュタントなのよ?」
「そうしたいが、新しいメイドを雇うのも金が掛かる…」
「何処かに安いメイドはいないかしら…」
そこに姉が割って入り、得意気な顔で「私に良い考えがあるわよ」と告げた。
「メイドの仕事なら、クラリスにさせればいいわ。
あの子、何もしていないし、一番の極潰しでしょう?
お父様とお母様のお陰で暮らせているんだし、恩を返すべきだわ」
両親はこの考えに賛同した様だ。
わたしを呼びつけ、それを言い付けた。
「おまえの今後についてだが、不器量では、良縁は望めんだろう。
だからと言って、いつまでも館にいて貰っては、後を継ぐフィリップの邪魔になる。
そこでだ、おまえにはメイドの仕事を覚えて貰う。
メイドの仕事を覚えれば、良家で雇って貰えるかもしれんからな。
それが嫌なら、出て行っても構わん___」
当然、わたしに行く場など無く、父の提案を飲むしかなかった。
それに、空気の様に扱われたり、《邪魔者》《厄介者》と思われるよりは良いと思った。
メイド長は直ぐに暇を出され、わたしは慣れないながらもメイドの仕事を覚えていった。
勿論、服装はメイドと同じだ。
朝は両親と姉に朝食を運ぶ。
父は食欲旺盛で、町から届けられる焼きたてのパン、卵料理、サラダ、果実などしっかりと食べるが、
母と姉は体型に気を遣っているので、ほとんどの場合が、紅茶だけ、又は紅茶と果実だった。
チリンチリン…
廊下でベルが鳴っている。
両親から、「朝食を持って来い」という合図だ。
わたしは急いで、紅茶の準備をし、出来上がったばかりの料理をワゴンに乗せた。
階段下までワゴンで運び、そこからトレイを持って二階に上がる。
二階に置いているワゴンにトレイを乗せて、部屋まで運ぶ。
扉を叩き、「朝食をお持ちしました」と声を掛けて、両親の寝室に入る。
いつも通り、両親は挨拶もなく、ベッドでクッションを背に踏ん反り返っている。
わたしは娘でありながら、メイドの修行中という事で、その様に振る舞う様、言われている。
朝の挨拶などしようものなら、酷く怒鳴り付けられたし、
父の事は「旦那様」、母の事は「奥様」、姉の事は「ディオール様」、弟の事は「フィリップ様」と呼ぶ様にと強要されていた。
わたしはトレイをベッドの上に運んだ。
そして、紅茶を淹れ、寝室を出た。
食事が済めばまたベルが鳴るので、食器を下げに行く。
片付け終わった頃に、今度は姉のベルが鳴る。
姉の朝食は紅茶だけなので簡単だが、それが終わると、着替えを手伝い、
髪をセットし、化粧をし…後は、姉の思い付き次第だ。
クッションを膨らませたり、マッサージをしたり、本を読まされたり、ピアノを弾かされたり、代筆をしたり…
そんな事はまだ良い方で、「紅茶が冷めてるじゃない!」と何度も淹れ直させたり、
ドレスを選ぶ時には、一日中、着たり脱いだりを繰り返す事もある。
それに、姉は気に入らない事があれば、容赦なく怒鳴り、物を投げつけた。
わたしの前に姉の世話をしていたメイドは、何人も逃げ出している。
マノンも関わりたくない様で、何かと口実を付けて、わたしに押し付けていた。
わたしの仕事は、他には繕い物と銀食器を磨く事、晩餐の給仕等で、
手が空いている時には、調理の手伝い、掃除の手伝いもしている。
仕事を終え、調理場の隅で晩食を貰い、姉の寝支度を手伝い、わたしの一日は終わる。
わたしはいつの間にか、この生活に慣れていた。
今の暮らしが永遠に続いても、わたしには不満は無かった。
寧ろ、館を出され、他の館で仕える方が怖かった。
これまで、家族以外と碌に話した事が無く、外出も稀で、すっかり委縮してしまっていたのだ。
「もし、出て行けと言われたら、どうしよう…」
夜、話し掛けるのも、自分で作ったうさぎの人形、メロディだけだ。
わたしは手の中にメロディを抱き、赤いボタンの瞳を見つめる。
「わたしが役に立てば、このままここに置いてくれるかしら?」
◇◇◇
外の世界に出るのは怖い。
そう思いながらも、わたしには夢があった。
いつか、誰かと愛し合い、この館を出て、その人と家庭を持つ___
わたしは、家族の誰からも愛して貰えない。
だからこそ、それを切望するのだ___
『擦れ違い、視線を交わした瞬間、時が止まるの。
言葉なんていらない、巡り会えば、それと分かるから。
わたしはあなたを探し、あなたもわたしを探していた。
わたしたちは愛し合う為に生まれてきた…』
「『わたしには分かるの、あなたこそ、わたしの王子様だと』___ですって!」
わたしの憧れや夢を綴った手帳を、姉が読み上げ、声を上げて笑った。
それが、どうして、姉の手にあるのかと言えば、ポケットに忍ばせ持ち歩いていたのを、落としてしまったのだ。
先程、姉はわたしを連れ、パーラーにいる両親の元へ行き、
「面白い物をみつけたの!」と、徐にそれを取り出し、高らかに読み上げ始めた。
わたしはその時まで、落とした事にも気付いていなかった。
姉に知られるだけでなく、両親にも知られてしまい、わたしは恥ずかしさに顔が真っ赤になり、涙が滲んだ。
ああ、消えてしまいたい___!
「まぁ!なんて、はしたないの!汚らわしい!今直ぐに燃やして頂戴!」
「男爵家の面汚しめ!ディオール、良く知らせてくれたな」
「大人しい振りして、随分、欲求不満なのね!」
姉は気が済んだのか、手帳をわたしに突き返した。
「塵は自分で捨てなさい」
わたしは慌ててそれを捥ぎ取り、手の中で握り締めた。
泣きたいのをぐっと堪えていると、姉が徐にわたしの肩に手を回してきた。
「ねぇ、お父様、お母様、可哀想だから、
クラリスを今度のパーティに連れて行ってあげてもいい?」
両親は目を丸くした。
「クラリスをパーティに?」
「ディオール、そんな奴を連れて行けば、おまえの評判を落とすだけだぞ」
「いいのよ、クラリスがいれば、私の美貌が引き立つでしょう?」
姉の言葉に、両親は納得し、「それならいいんじゃないか」と前向きになった。
姉の引き立て役でも何でも良かった。
初めてのパーティに、先程の事など忘れて、わたしは舞い上がった。
本当に、わたしがパーティに行けるの!?
ドレスを着て、着飾って…!
だが、パーラーを出た途端、姉は嘲る様に言った。
「パーティで現実を思い知るといいわ、二度とあんな事、書けなくなるから!」
◇◇
姉の思惑を聞き、嫌な気持ちにはなったが、それでも、喜びの方が大きかった。
自分の気持ちを打ち明けられるのはメロディだけで、わたしは毎夜、メロディに話した。
「初めてのパーティよ!」
「ドレスを着るの!」
「ああ、どうしよう、きっと緊張してしまうわ!」
「ダンスに誘って貰えるかしら?」
パーティで、初めて、踊る___
相手は想像出来なかったが、わたしはそれを夢見て、眠るのだった。
◇◇
わたしたちは、ヴェルレーヌ伯爵家で開かれるパーティに出席する事になった。
ヴェルレーヌ伯爵家までは、馬車で二日程掛かる為、最寄りの宿を借り、支度をした。
母と姉は現地でレディースメイドを雇い、わたしには宿のメイドに準備を手伝わせた。
母と姉は最新のドレスで、持って来ていた宝飾品全てを付けたのでは?と思う程に、豪華に着飾った。
「伯爵家のパーティだもの!豪華にしなくては、恥を掻くわ!」
「ええ、それに、伯爵は子息の結婚相手を探しているようよ」
「知ってるわよ、若くて美形で、令嬢たちは皆狙っているのよ」
「あなたはどうなの?ディオール」
「彼ならいいわね、ヴェルレーヌ伯爵家はとても裕福みたい___」
母も姉も、ヴェルレーヌ伯爵子息に興味がある様だ。
わたしには関係ない事だったので、聞き流していた。
そんな事よりも、問題は、わたしのドレスだ___
母が用意したわたしのドレスは、姉のお下がりらしく、いつの物なのか、酷く古臭い。
大き目のフリルやリボンは、子供であれば良いが、十八歳の令嬢では、なんとも滑稽に見えた。
明るい黄緑色の生地には、変に光沢があり、悪目立ちするのではないかと不安になった。
わたしは痩せている方だが、姉は更に痩せているので、寸法に余裕は無く、体にピタリとしていて少々窮屈に感じた。
だけど、着られない程ではないもの…
ドレスが入らない等と言えば、十中八九、置いて行かれるだろう。
わたしは絶対に、パーティに行きたかった。
この機会を逃してしまえば、今度いつこんな機会があるか分からない___
「勇気を頂戴ね…」
わたしはこっそりと持って来た、うさぎの形の小さな匂い袋をスカートの隠しポケットに忍ばせた。
これがあるだけで、心強い。
わたしは母と姉を怒らせない様、宿を出る時も、馬車で館に向かう時も無言を貫いたのだった。
馬車が向かったのは、丘の上に立つ、お城の様な館だった。
わたしはほとんどマイヤー男爵家から出た事が無かったので、馬車を降りた瞬間、ポカンと見上げてしまった。
お城だわ…!
こんな素敵なお城、見た事がないわ!
「嫌だ、田舎者丸出しじゃない!」
姉に意地悪く言われ、わたしはパッと顔を戻した。
「早く来なさい、置いて行くわよ!」
母に厳しく促され、わたしは急いで二人の後を追った。
パーティ会場の大ホールに一歩踏み入れた瞬間、その豪華さと招待客の多さに圧倒された。
シャンデリアの輝きの所為ではなく、目が眩んだ。
「凄いわ…」
思わず呟いてしまう程に。
招待客は皆、豪華に着飾っていて、自信に満ち溢れていた。
わたしは自分が場違いに思え、オロオロとしたが、母と姉は臆する事なく、その中を進んで行った。
「ま、待って…!」慌てて母と姉を追う。
「ディオールじゃないか!来たんだね!」
「ディオール、いつも素敵だ…」
「ディオール、そのドレス、素敵だわ!」
「ディオールは何を着ても似合うわよね、羨ましいわ」
直ぐに姉の周りには、人が集まった。
姉は得意満面で称賛を受けていたが、わたしの腕を引いた。
「この子、私の妹なの」
わたしは緊張しつつも、姉が自分を紹介してくれた事を喜んだ。
「クラリスです、どうぞよろしく…」
だが、わたしに向けられた視線は、好意的なものでは無かった。
「え?妹?本当に?」
「全然、似ていないんだな!」
「それに、このドレス…酷いわね、髪型もただ纏めただけ?」
「宝飾品を忘れてるわよ?」
「化粧も薄いし、お姉さんに教えて貰えばいいのに」
「伯爵家のパーティにそんな恰好で来て、恥ずかしくないの?」
奇異な目と軽蔑の眼差しに、わたしの心は沈んだ。
わたしの隣で、姉は軽やかに言った。
「酷いでしょう?そのドレスは止めなさいって言ったのに、聞かないの!
妹は私に似なくて、センスが悪いのよ、それに、我儘で手が付けられないの!
ここに来れば、流石に気付くと思ったけど、どうかしら___」
「それじゃ、本当の事を言ってあげなきゃ!
あなた、ディオールが優しいからって、甘く見てるんじゃない?
はっきり言うけど、あなたの格好、最悪よ!」
「場違い!貧乏くさい!世間知らずも良い処ね!」
「伯爵家のパーティで、その恰好はないわー、一緒に居たくねー」
「君さー、まだ分かんないの?皆は『帰れ』って言ってんだよ」
「ほら、帰りなよ、どうせ、ここに居たって、自分が恥を掻くだけだぜ」
口々に言われ、わたしは真っ青になっていた。
どうしたらいいのか分からず、助けを求めて姉を見たが、姉は楽しそうに笑っていた。
ここで、わたしは漸く気付いた。
姉はわたしを助ける気などない。
それ処か、わたしを笑い者にする為に連れて来たのだと___
ショックで打ち震えていた処…
バシャ!!
「きゃ!!」
突然、顔に水を浴びせられ、わたしは悲鳴を上げた。
周囲の招待客たちが、何事かとこちらを振り返る。
わたしは居た堪れなくなり、逃げ出していた。
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