【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音

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一刻も早く、この場から立去りたい___!

人混みを突っ切り、パーティ会場を出たわたしは、人気の無い回廊を行き、庭に出た。
手入れが行き届いているものの、自然の美しさを尊重するかの様に、花が咲き、木立が並んでいる。

「はぁ…はぁ…きゃっ!」

急いでいたので、小枝に気付かず、髪を引っ掛けてしまった。
簡単に纏めていた髪は、いとも簡単に解け、肩に落ちた。

散々だ…
きっと、酷い有様だろう。

どうして、わたしはパーティになど、来てしまったのだろう?
姉が何か企んでいる事位、気付けた筈なのに…
のこのこやって来て、笑い者にされた挙句、水を掛けられるなんて…

宝飾品は着けていないし、好意で用意されたドレスでなかった事が、せめてもの救いだ。

「お姉様は、そんなにわたしが嫌いなの?」

その答えは決まっている。
知っていて、わたしは無視していたのだ。

「家族なのに…」

幾ら酷い事を言われても、無視をされても、都合良く使われても、
本当は、わたしを好きだと思いたかった___

じんわりと涙が浮かんで来る。

悲しいし、惨めだった。
でも、泣けば、もっと惨めになるだろう…
姉に気付かれたら、わたしを嘲るに決まっている___!

わたしはぐっと唇を噛みしめた。

ふっと、わたしはそれを思い出し、ポケットを探った。
手に掴んだ物を取り出すと、鼻を近付けた。

微かに香る花の匂いに、気持ちが落ち着いていく。

小さくなり、着られなくなった服を切り取り、作ったもので、
うさぎの形をしていて、お腹に乾燥させた花が入っている。

「ふぅ…」

息を吐いた時、近くでガサガサという葉擦れの音がした。
それに驚き、わたしの手から匂い袋が滑り落ちた。

「あ…っ」

慌てて拾おうとした時だ、茂みを掻き分け、一人の男性が現れた。
招待客だろう、タキシード姿だ。
背は高いが高過ぎず、スラリとしていて、手足が長い。
薄暗い中ではあるが、整った綺麗な顔だという事は見て取れ、見惚れないのは無理だった。

王子様だわ…!

本の中に出て来る王子は、きっとこんな風だろうと想像した。
その通りの、王子様が目の前にいる___

館を見た時以上に、わたしはポカンとしていただろう。

彼もわたしに気付いた様で、少し困った風に微笑んだ。

「こんな処で、何をしているの?」

「ここで、誰かと会うつもりだった?」

「邪魔をしたかな?」

優しい声に、ついうっとりとしていて、ぼうっと聞いていた。
その言葉は、ゆっくりと時間を掛け、わたしの頭に届き、思考力を蘇らせた。
それと共に、わたしは慌てた。

「い、いいえ!わたしは、ただ、その…誰もいない場所に行きたくて…」

「どうして?パーティは楽しくなかった?」

「それは、その…楽しむ間もなかったと申しますか…水を被ってしまって」

「水?」

彼が足を進め、怪訝な顔でわたしを見て来て、わたしは更に慌てた。

「少し掛かっただけですので!どうか、見ないで下さい!」

人に見られる事は苦手だ。
大抵の場合、容姿を貶されるか、ガッカリされるからだ。
彼の様に美しい人の目には、一層、醜く見えるだろう___

ああ!こんなに綺麗な人に、自分の顔を晒すなんて!!

わたしは必死に、両手で顔を隠した。

「本当だ、濡れているね」

落ち着いた声に、わたしは指の隙間から、彼を見た。
彼は微笑んでいた。
何故、微笑んでいるのかは分からなかったけど、嫌な感じは無かった。

「どうぞ、使って」

綺麗に畳まれたハンカチを差し出された。

「い、いえ!そんな、勿体ないです!とても使えません!」

「そんなに恐縮しないで、ここで会ったのも何かの縁だし、
少しでも君の力になれたら、僕の気も晴れそうだ」

わたしが受け取る事を望んでいる様に思え、わたしはおずおずとそれに手を伸ばした。

「お、お借りします、ありがとうございます…」

「うん、使って」

わたしは濡れた顔にハンカチを当てながら、ふと、先程の彼の言葉を思い出した。

「あの、もしかすると、こちらで、どなたかと会うお約束でしょうか?」

それならば、場所を変えなければいけない。
だが、目の前の彼は穏やかに答えた。

「いや、僕も君と同じだよ、誰もいない場所に行きたかったんだ」

「それでは、ここはお譲り致します、わたしは他の場所に行きますので…」

「それを言うなら、後から来た僕の方だよ。
それに、独りになりたいと思ったけど、独りでは寂しいかもしれない。
君がいてくれるとうれしい」

「分かります、独りは落ち着きますけど、暗い気持ちになってしまって…」

彼は「ふふふ」と小さく笑った。

「僕たちは似ているかもしれないね」

美しく洗練された彼と、わたしが似ているなどと言う者はいないだろう。
だけど、わたしの胸には、ストンと落ちた。

「そうですね、似てますね」

どちらからともなく、「ふふふ」と笑いが漏れる。
くすぐったいような、それでいて、うれしい気持ちに包まれた。

「こちらは、洗ってお返し致します」

「いいよ、それは君にあげる、今夜の思い出にして。
悪い事ばかりでは無かったと思って貰えたらうれしい」

「はい、ありがとうございます」

わたしは彼の言葉がうれしく、無意識に手の中のハンカチを握りしめていた。
そんなわたしに、彼がスッと手を差し出した。

「パーティに戻ろうか、ここに独りでいて、危険があってはいけない」

わたしは彼に促されるまま、その手に自分の手を預けていた。
彼は優雅にわたしを連れて行く。
館が目の前となり、わたしはうっとりとしていた。

お城に、王子様…
それに、彼はわたしをエスコートしてくれているのだ!
とても現実とは思えない…

「夢を見ているみたい…」

思わず零してしまい、彼が「夢?」とわたしに顔を向けた。
明るい場所では、その濃い瞳の色がはっきりと分かった。
眩しい程の金色の髪に、碧色の瞳…

「ああ、いえ、その…とても素敵な館で…
一目見た瞬間に、息が止まるかと思いました。
本で読んだお城のイメージに、そっくりだったんです」

それに、あなたも…

彼は「ふっ」と笑った。

「そう言って貰えるとうれしいな」

何故、彼が喜ぶのだろう?
わたしは疑問に思いながらも、聞き返したりはしなかった。
きっと深い意味はないのだろうと。

だが、わたしは安易に考え過ぎていた。
それを知ったのは、彼がわたしを連れて、パーティ会場に入った瞬間だった。

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