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彼に連れられ、パーティ会場に入った瞬間、周囲の皆が一同にこちらを振り返った。
驚き、怪訝、猜疑…
それらに圧迫され、足が竦む。
わたしは逃げたくなったが、彼の方は全く動じておらず、
わたしの手を取り、「踊って頂けますか?」と微笑みを持ち聞いてきた。
わたしが混乱している間にも、彼はわたしを連れ、ダンスフロアに入った。
先程まで奏でられていた軽やかな曲は止み、ゆったりとした曲が始まった。
わたしは気付くと、彼のリードに従い、踊っていた。
ふと、周囲が目に入る。
皆が自分たちを見ている様な気がし、わたしは恥ずかしくなり、顔を伏せた。
わたしの動揺が伝わったのか、彼が小声で言ってくれた。
「何も考えず、僕だけを見ていればいいよ」
わたしはそっと、目を上げた。
宝石の如く美しい碧色の瞳があり、魔法に掛けられたみたいに、目が離せなくなった。
周囲の事など考えられない。
「そう、自信を持って、上手だよ」
彼の励ましに、わたしは笑みさえ浮かべてダンスを楽しんでいた。
まるで、夢の様な一時だった。
そう、それは、夢に違いない___
曲が終わり、「ありがとう」と彼が微笑む。
わたしはダンスで高潮していたし、うっとりとしていて、直ぐに答える事が出来なかった。
何か言わなければ…
そう思うのに、言葉は出て来てくれず、ただ、口をパクパクとさせるだけだ。
そうして、わたしが何かを言う前に、彼は他の令嬢たちに囲まれてしまった。
そして、他の令嬢の手を取り、踊り始める___
夢から冷めた瞬間だった。
わたしは周囲にいた令嬢に肩でぶつかられ、よろめいた。
「邪魔よ!さっさと消えなさいよ!」
「レオナール様は、どうしてあんな子を相手になさったのかしら?」
「髪はぼさぼさだし、ドレスは野暮ったいし、まったくなってないわね!」
「ええ、レオナール様には相応しくないわ!」
「きっと、レオナール様に無理に強請ったのよ」
「身の程知らずの田舎令嬢が、厚かましい!」
令嬢たちの悪意ある言葉は、しっかりとわたしの耳に届いた。
わたしは居た堪れなさから、その場を離れ、壁際に向かった。
そこから、そっと、周囲を眺める。
ダンスフロアに、金色の髪の男性が見えた。
美しく着飾った令嬢と、そつなく優雅に踊っている。
「レオナール様…」
わたしは無意識に呟いていた。
名を知る事が出来て良かった…
パーティの間中、わたしは、ぼうっと彼を見つめ続けた。
レオナールは何人かと踊った後、誘いを断り、男性たちと歓談を始めた。
レオナールは人気者らしく、令嬢たちからの誘いは止まないし、大勢に囲まれていた。
「凄い人なのね…」
その姿を見て、わたしの浮き立っていた気持ちは次第に沈下していった。
素敵な人だから、当然だけど…
もう、あの方には近付けないわ…
『身のホロ知らず!』
令嬢に言われたが、その通りで、彼はわたしとは違う世界の人に思えた。
二人で話した時には、そんな事、少しも思わなかったのに…
それ処か、通じ合うものを感じた程だ。
あんな事は初めて…
楽しかった時間を思い出し、再び胸は高鳴ったが、その一方で切なく疼いた。
良い人だと思ったし、優しく、素敵な人だと思った。
好意を持ったし、期待もしていたと思う。
運命の出会いかも、なんて…
「馬鹿ね…」
運命なんて現実には存在しない。
わたしは憧れから、《運命》と思いたかっただけ。
あまりに、彼が素敵だったから…
諦めた方がいい…
諦めなきゃ…
今夜の事は、忘れるのよ…
彼は、わたしの手には届かない方だもの…
◇
わたしがレオナールの正体を知ったのは、帰りの馬車での事だった。
「地味女だと思って油断していたわ…
あんた、どうやって、彼に近付いたのよ!」
馬車に乗り込むなり、姉に捲し立てられ、わたしは唖然とするばかりだった。
何の事だろう?
身に覚えが無かったが、姉は見て分かる程に怒っていた。
美しい顔を歪め、目をギラギラと光らせ、歯軋りしている。
「ヴェルレーヌ伯爵子息、レオナール様の事よ!」
彼が、ヴェルレーヌ伯爵子息!?
確か、今夜のパーティは、結婚相手を探す為だとか…
だけど、彼は「独りになりたい」と言っていた。
結婚をする気はないのだろうか?
つい、そうだといい…と思ってしまった。
わたしがぼうっとしていると、姉は酷い言葉で詰り始めた。
「そんな道化師みたいな恰好で、伯爵子息を誘うなんて、恥ずかし気もなく良く出来たわね!
大人しくしていれば笑われずに済んだのに、自分から目立ちに行くなんて、何て愚かなの!
皆があんたの事、どう言っていたか、教えてあげましょうか?
身の程知らずのアバズレ芋娘!
レオナール様は優しいから、相手をしてくれただけよ!
彼だって心の中では嘲っていたに決まってるわ!
勘違いして図に乗るんじゃないわよ!」
身の程知らずなんて、自分が良く分かっている。
わたしは本当に酷い恰好をしていた。
彼が顔を顰める事なく、踊ってくれたのが不思議な程だ。
姉の言う通りに、彼は内心、困っていたのだろうか?
それを考えると気持ちが塞ぐ。
「本当にね、踊っているあなたを見て、こっちが恥ずかしかったわ!良い笑い者よ!
ディオールなら、皆の羨望を集めたでしょうに___」
姉の言葉を受け、母も愚痴を言い出した。
だが、そんな事は気にならなかった。
母の言葉から、姉が彼とは踊っていない事が分かったからだ___
こんな事で喜ぶなんて、意地悪かしら?
わたしはそっと、スカートのポケットに手を入れ、中の物を握った。
『今夜の思い出にして』
『悪い事ばかりでは無かったと思って貰えたらうれしい』
あの言葉は、本心からだと思いたい…
わたしも、彼に何かしてあげられたら良かったのに…
わたしはレオナールの事で頭がいっぱいだった為、
匂い袋を落として来てしまった事に気付いたのは、翌日になってからだった。
気に入っていたので残念だったが、彼が住む館の庭にあると思うと、何処かうれしくも思えた。
誰にも気付かれないといいな…
そうしたら、ずっと、彼と同じ場所にいられる…
◇◇
マイヤー男爵家に戻ると、パーティの夜が嘘の様に、いつもの生活に戻った。
両親や姉に食事を運び、姉の身支度を手伝い、我儘に応え、
調理の手伝いや繕い物、銀食器を磨き…
そうして、夜が更ける。
変わった事が一つだけある。
夜、部屋の小さな机の引き出しから、ハンカチを取り出し、眺める様になった事だ。
レオナールから貰ったハンカチだ。
落としてしまわない様、洗った後は引き出しに仕舞っていた。
諦めよう、忘れようと思いながらも、忘れたくなかった。
あんなに素敵な人とは、きっと、もう二度と出会えない。
どうしようもなく、彼を求めてしまう…
心の中だけでも、想っていたい…
「わたしの《王子様》だもの…」
◇◇
パーティから一月が過ぎた頃___
わたしが姉の身支度を手伝っていた所に、執事のサロモンが呼びに来た。
それも、姉ではなく、わたしを___
「クラリス様、旦那様がお呼びです、書斎にお出で下さい」
他の使用人たちはわたしを軽んじているが、
サロモンは真面目で、昔から表向きは礼儀正しく接してくれていた。
「フン!どうせ、何かしくじったんでしょう!酷く叱られるのね!いい気味!
何してるの、早く行きなさいよ!」
姉はせせら笑い、わたしを追い立てた。
わたしは心当たりが無く、「何をしたのかしら…」不安に頭を巡らせながら、書斎へ向かった。
「旦那様、クラリスです」
「早く入れ!」
扉を叩き、声を掛けると、中から間髪入れずに返ってきた。
興奮している様子に、わたしは恐々としつつ、扉を開けた。
父と母が並んで長ソファに座っている。
わたしが近付くと、「早くそこに座りなさい!」と向かいに座る様言った。
二人の顔は紅潮し、目は見開かれ、爛々としている。
とても只事とは思えない。
一体、何があったのかしら?
いつもと違う様子に、わたしは怯んでいた。
「クラリス、落ち着いて聞くんだぞ、信じ難い事だが…
おまえに縁談の打診が来た」
父の言葉に、わたしは愕然とした。
わたしに、縁談!?
一気に血の気が引く。
きっと、真っ青になっている筈だ。
わたしは声も出ず、固まっていた。
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