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序章

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長期休暇を終えて学院に戻っても、変わらず、オリヴィアは親しくしてくれた。
寮は家柄で分けられているので、高位貴族のオリヴィアたちとは違うが、クラスは同じ為、
「ルーシーは私の隣よ」と、わたしを隣の席にしてくれた。
カースト頂点のオリヴィアが言う事に反論などする者はいない。それは、教師にも通じた。
故に、オリヴィアは学院を好きに出来たのだ___

わたしを蔑み、見下していた者たちは、態度を改めた。
相手がオリヴィアの取り巻きでは、丁重にならざるをえなかったのだ。

わたしは最初こそ喜んでいたが、徐々にそれは綻んでいった。

「ルーシー、私の分の記録もお願いね」

授業の記録を任される様になり、課題までさせられる様になった。
授業の記録までは良いが、課題となれば流石に断った方が良いだろう。
だが、わたしは彼女たちとの関係が壊れるのが怖くて、出来なかった。
それに気を良くしたのか、それからは、ベリンダとマーベルからも何かと押し付けられる様になった。

「オリヴィア様、お荷物をお持ちしますわ」と、ベリンダがオリヴィアから受け取った荷物は、
「あなたが持つのよ、気が利かないわね」と、わたしに突き出された。

「オリヴィア様、お疲れでしょう、肩をお揉みします」と、マーベルが言い出したにも関わらず、させられるのはわたしだった。

わたしは全てに対し、笑顔で請け負った。
勿論、喜んでいた訳ではない。
小間使いの様だと惨めだったが、それでも、関係を悪くして、両親を失望させたくなかったのだ。


オリヴィアたちがわたしをどう思っていようと、わたしがオリヴィアの近くにいた事は間違いない。
彼女の周囲で何が起こっていたか、わたしは他の者たちよりも詳しく知っていると言える。


オリヴィアは一年生のエイプリル・グリーン男爵令嬢を、酷く嫌っていた。
理由は単純で、ウイリアムと親しいからだ。


エイプリルは入学試験で女子部の首席を取った、優秀な生徒だ。
加えて、鮮やかなストロベリーブロンドの髪を持ち、緑色の大きな目をしていて、
小動物の様な可愛らしさがあり、密かに男子部で人気があった。

カーストが低い生徒が目立ち、男子部で人気ともなれば、やっかまれて当然で、
エイプリルはクラスでも浮いており、友人が一人いる位で、ほとんどの場合、独りでいる様だった。

エイプリルの悪い処は、エイプリル自身に自覚が無い事だろう。
だから、エイプリルは周囲のやっかみを煽る様な事ばかりをしている。

第三王子相手に、「ウイリアム様!」と気軽に声を掛け、笑顔で会話をする。

「オリヴィア様という婚約者がいるのよ!」と忠告されても、
「そんなつもりじゃありません」と目を潤ませるだけで、翌日には同じ事をしている。

ウイリアムもウイリアムで、その事に全く気付いていないのか、エイプリルを避けたりはしない。
それ処か、食堂で並んで食事をする始末だ。

「案外、王子様って、馬鹿なのね…」と、わたしは呆れて見ていたが、
婚約者であるオリヴィアは、当然、それでは収まらなかった。

エイプリルを見掛けると、ベリンダとマーベルを突撃させて捕まえ、散々に罵声を浴びせる。
時には跪かせ、床に額を付けさせ謝らせたりもする。
ベリンダとマーベルも調子に乗り、彼女の持ち物を破ったり捨てたりしていた。

酷い事をする…
わたしは、アンドリュー、ジェニファーの事を思い出したが、それよりもオリヴィアたちは酷かった。
エイプリルに同情しながらも、巻き込まれたくなかった為、離れて存在を消していた。


そもそもの話、エイプリルがウイリアムに近付く切っ掛けを作ったのは、他でもない、オリヴィア自身だ。

入学試験で首席だったエイプリルが気に入らず、オリヴィアは本人を前にして、
出生を貶したり、裏で言う様な悪口を堂々と言い放ち、彼女の心を散々に傷付けた。
ウイリアムは泣いていたエイプリルに声を掛け、話を聞き、オリヴィアに対する感情を悪くしていった様だ。

エイプリルは当初、オリヴィアがウイリアムの婚約者という事を知らなかったのだろう。
知っていて言い付けたのだとすれば、頭を抱えるしかない。

オリヴィアがエイプリルを虐めれば、エイプリルはウイリアムに相談をし、
ウイリアムはオリヴィアに不信感を抱いていく___
端で見ていれば、馬鹿馬鹿しいのだが、何故だか、本人たちは気付いていない様だった。

オリヴィアは日に日に冷たくなっていくウイリアムの態度を、
「エイプリルの所為!」と逆恨みし、エイプリルへの当たりも強くなっていった。

そうして、とうとう、オリヴィアが動いた___


その日、わたしはオリヴィアに、旧校舎の空き教室に呼び出された。
こんな事は初めてで、困惑したが、断る事は出来なかった。
空き教室には既にオリヴィアが待っていて、わたしを見ると、小瓶を差し出して来た。
褐色の小瓶で、中には何か粉末のようなものが入っている。

「週末、創立記念パーティがあるでしょう、エイプリルの飲み物にこれを入れて欲しいの」

嫌な予感に、わたしは背中が冷たくなった。
だが、そんな事は億尾にも出さずに、わたしは聞いた。

「オリヴィア様、これは、《何》ですか?」

オリヴィアは口の端を上げ、蛇の様な恐ろしげな笑みを見せた。

「ふふ、特別に取り寄せた《薬》よ、頭に良いのですって。
でも、気付かれない様にして頂戴ね、彼女を驚かせたいから___」

オリヴィアとエイプリルの関係性を知らない者ならば、まだ良かっただろう。
だが、それを良く知るわたしは、《薬》だとは思えなかった。
何か悪い物に違いない。
何と言って断ろうかと頭を巡らせている間に、オリヴィアは行ってしまった。
わたしが断るなど、考えもしないのだろう。

わたしは小瓶を受け取った日から、ずっと、迷っていた。

エイプリルの飲み物に混ぜ、もし、エイプリルに何かあれば、大変だ。
だけど、オリヴィアの命令を断る事は難しい___

悩み続けた結果、パーティの日、
わたしはドレスのスカートの隠しポケットに小瓶を忍ばせ、出席した。

幾らオリヴィアの命令でも、従う事は出来ない。
だが、オリヴィアに対し、何と言い訳したら良いのか…

その事がずっと頭にあり、わたしはパーティを楽しむ事が出来なかった。
オリヴィアはオリヴィアで、『いつ入れるの?』『さぁ、早く!』『私を楽しませて頂戴!』とばかりに、目を爛々と輝かせてわたしを見て来る。
そのプレッシャーから、わたしはエイプリルの方に向かった。

『入れようとしたけど、駄目だった』
『飲み物を受け取って貰えなかった』

そんな言い訳を考えながら、少し離れた処から、エイプリルの様子を伺っていた。
エイプリルは飲み物を手にしていた。
そして、それを口にし、数秒だったか、彼女の体がぐらりと揺れた。
その手からグラスが滑り落ちる。

ガシャン!!

その音に、周囲がエイプリルを振り返った。

「何!?」
「どうしたの!?」
「大丈夫?」

エイプリルは喉を押さえていたが、次の瞬間、糸を切られた人形の様に、その場に崩れ落ちた___

「キャーーーー!!」

悲鳴が上がり、周囲が騒然となった。

「ルーシーよ!ルーシー・ウエストン伯爵令嬢が、毒を持っていたわ!」

悲鳴にも似た声で、わたしは我に返った。
わたしは自分が小瓶を持っている事を思い出し、不味い状況だと悟った。
人混みに紛れて逃げようとしたが、それよりも早くに、周囲がわたしに気付いた。

「ルーシーよ!!」
「早く彼女を捕まえて!」
「人殺しよーーー!!」

わたしは青くなり、震えていただろう。
人混みを掻き分けてやって来た警備の者たちは、一人はエイプリルの元に行き、
そして二人はわたしを拘束した。

「死んでいる___」

エイプリルの生死を確認した警備の者が言い、わたしは更に動転した。

「違います!わたしじゃない!わたしじゃありません!!」
「だったら、これは何だ!!」

警備の者は、わたしの隠しポケットから取り出した小瓶を、高々に掲げた。

「違う…わたしは何もしていません!」
「いいから、来い!!」

わたしは生徒たちの間を、引き摺られる様にして、連れて行かれた。

「まぁ!毒を盛るなんて!」
「怖い女だ…」
「そんな奴がこの学院にいたとは…」
「学園の恥だ!」

飛び交う暴言、何処を見ても、批難の目ばかりだった。
わたしは助けを求める様に、オリヴィアを探した。

「オリヴィア様!助けて!!」

だが、オリヴィアは応えてはくれなかった。
冷酷にも薄ら笑い、わたしを見ているだけ…

酷いわ!
わたしは何もしていないのに!
あなたが望んでした事でしょう!
責任を負うべきは、オリヴィアなのに___!!


わたしは機関に連れて行かれ、取り調べを受ける事になった。
わたしは変わらず、無実を訴えていた。
こうなっては、自分の身が大事なので、オリヴィアから命令された事、
小瓶はオリヴィアに渡された事を包み隠さず、詳細に話した。
だが、誰も耳を貸そうとはしなかった。

「オリヴィア・バーレイ公爵令嬢の企みだと?」
「馬鹿も休み休み言え!」
「オリヴィア・バーレイ公爵令嬢といえば、第三王子の婚約者ではないか!」

誰もが、『第三王子の婚約者であり、王家屈指の名家バーレイ公爵令嬢が、そんな事をする筈がない!』との先入観を持っており、
それは堅固な壁となって、わたしの前に立ちはだかった。

「本当です!オリヴィア・バーレイ公爵令嬢を調べて下さい!
毒を買った記録がみつかる筈です!
わたしに毒を仕入れるなど出来ない事も分かる筈です!」

わたしは無実だ。
毒を買った記録などある筈が無い。
調べて貰えれば、直ぐに無実は証明されると思っていた。

翌日、バーレイ公爵の使いの者が、わたしを訪ねて来た。
わたしは助けて貰えると希望を持ったが、それは直ぐに打ち砕かれた。

「公爵は、あなたがオリヴィア様に罪を着せようとしていると知り、大変お怒りでした。
このままでは、あなたの立場は増々悪くなるだけです。
この上は潔く罪を認めた方がいいでしょう」

「でも!本当なんです!わたしはオリヴィア様から渡されただけで、
使ってはいません!使う気もありませんでした!」

だが、使いの者は鼻で笑った。

「事実、あなたが毒を買ったという記録がみつかりました」

「そんな!嘘よ!!わたしは買ってない!オリヴィア様がわたしを嵌めたのよ!
彼女がわたしの名を騙ったんだわ!!」

「いい加減にしないか!オリヴィア様に罪をなすりつけ、公爵家を貶めようなど、言語道断!
そんな事を言っていれば、何れ、あなたの家族にも迷惑が掛かる事になりますよ」

それは、脅しだった。

バーレイ公爵家に敵う筈がない___

伯爵令嬢如きが、どう足掻いても、勝てる相手ではない。
バーレイ公爵にとって、伯爵家を潰す事など、簡単だろう。
わたしの内に敗北感と諦めが広がった。

「わたしが罪を被れば、家族は助けて貰えますか?」

「あなたが罪を認めれば、ウエストン伯爵家に手出しはしません。
あなたは小娘ですし、死んだのはたかが男爵令嬢ですから、
公爵家の名に傷つける罪よりは、ずっと軽い___」

使いの者は鼻で笑っていたが、わたしの頭には届かなかった。

「分かりました…罪を認めます」


わたしは罪を認め、即日、監獄に移送された。

そして、一週間目の今日、ウエストン伯爵家から、知らせが届いた。

母、カリーナ・ウエストン伯爵夫人が自害し、果てたと…
可哀想なエイプリルに、自分の死をもって詫びると…

母は、わたしがエイプリルを毒殺したと聞き、逝ったのだ___!

「酷い!酷い!こんなの酷いわ!!」

わたしは強い怒りに駆られた。
それは激しく、わたしを狂わせた。


わたしには、もう、この世界に愛する者はいない。

だけど、憎悪する相手はいる。

わたしを陥れたオリヴィア・バーレイ公爵令嬢
わたしを脅したバーレイ公爵

知りながら傍観したベリンダ・ダドリー侯爵令嬢、及びマーベル・ベラミー侯爵令嬢

碌に調べもしなかった、機関の者たち

そして、事の発端でもある、第三王子ウイリアム、及びエイプリル・グリーン男爵令嬢


「あなたたちだけは、絶対に許さない!!」


わたしには彼等に復讐する力が無い。

だから命を絶ち、怨霊となり、呪い殺す事にします。

それでは、狂気の宴を楽しみに


ルーシー

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