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本章

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この週末には、創立記念パーティが開かれる。
ドレスも完成し、わたしたちはその日を楽しみにするばかりだった。

だが、この日、わたしは不意にそれを思い出した。

「今日よね…」

前の時、オリヴィアに呼び出され、毒の小瓶を受け取った日___

「まさかね…」

ウイリアムとオリヴィアは上手くいっている。
もう、誰も殺す必要など無い。
オリヴィアがエイプリルの毒殺を企む理由などない___

そう思いながらも、胸騒ぎが止まず、わたしはその時間、その場所に向かっていた。

向かった先は、旧校舎。
使われていない教室が多く、ほとんどの場合、閑散としていた。
わたしは裏に回り、窓からそっと中を覗いた。

「!?」

空き教室の中には、オリヴィアの姿があった。
オリヴィアは退屈そうに、爪を弄っている。
その姿を見て、わたしは絶望に落とされた。

少しして、教室の扉が開いた。
入って来たのは、マーベルだ。

わたしはそっと、窓を開け、耳を澄ました。

「週末、創立記念パーティがあるでしょう、ルーシーとエイプリルの飲み物に、これを入れて欲しいの」

わたしとエイプリル?
エイプリルだけならばまだ分かるが、どうして、わたしまで?
わたしは全く理解が追い付かなかった。

「オリヴィア様、これは、《何》ですか?」

マーベルに聞かれたオリヴィアは、真っ赤な口の端を上げ、あの恐ろしげな笑みを見せた。

「ふふ、特別に取り寄せた《薬》よ、頭に良いのですって。
でも、気付かれない様にして頂戴ね、あの二人を驚かせたいから___」

そんな…
計画は覆ったと思っていたのに…
覆る所か、悪くなっている___

何処で何を失敗したのだろう?

だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
この状況を、何としても打開しなくてはいけない___!


◇◇


パーティの前日、わたしとエイプリルは完成したドレスを寮に持ち帰る為、縫製室を訪れた。
だが、ロッカーの扉がこじ開けられているのに気付き、嫌な予感に襲われた。

「これ…どうしたんでしょう?」
「分からないけど…」

扉を開けてみると、中に掛けていたドレスは、無残に引き裂かれていて、
わたしは真っ青になり、エイプリルは悲鳴を上げた。

「酷い!!一体、どうしてこんな事に…!!」

わたしのドレスも、エイプリルのドレスも、
胸元が大きく裂かれ、スカートも何カ所かナイフで切られ、フリルは破り取られている…
強い恨みを感じた。

これでは、ドレスは使えない。
前の時と同じドレスを着るしかない___

「エイプリル!まだ間に合うわ!直しましょう!」
「でも、これでは…」

エイプリルはすっかり気落ちしている。
わたしは彼女の細い肩を両手で掴み、声を張った。

「諦めないで!絶対に間に合うから!このドレスを見せたい人がいるでしょう?」

エイプリルは決心したのか、口を噤み、大きく頷いた。
わたしたちはロッカーからドレスを出し、状態を見分した。
正直、酷い状態で、とても直せる気がしなかったが、それでも、何とかしなくてはいけない。

「エイプリル!わたしが繕うから、なるべく沢山、コサージュを作って!」
「コサージュで隠すんですね!分かりました!」

作業は放課後では終わらず、互いに寮の部屋に持ち帰り、作業をする事にした。

絶対に、このドレスを着て、運命を変えるのよ!

その強い思いで、夜中作業をし、朝方、完成を見たのだった。

「出来た…」

安堵の息が漏れる。

「エイプリルは大丈夫かしら…」

エイプリルとは寮が違うので、部屋に押し掛ける事も出来ない。
それに、時間が時間だ。

「昼まで待つしかないわね…」

わたしは少しでも休む事にし、ベッドに入った。


数時間後、わたしは目を覚まし、「はっ」として、ベッドから飛び起きた。
クローゼットの扉の前に掛けておいたドレスを目にし、深く息を吐いた。

「良かった、夢じゃない…」

光沢のある暗い紺色生地の上品なドレス。
破られた箇所は繕い、それを隠す為にコサージュを付けた。
金糸の刺繍は目立たなくなってしまっているが、これはこれで、素敵に見えた。

「大丈夫…」

ドレスは何とか着られる物になった。
このドレスを着れば、助かる___
根拠は無いが、それでも、心強かった。





午前中は身支度をし、正午頃、パーティは開始される。
わたしは寮の前でエイプリルとサマーと待ち合わせ、一緒にパーティ会場へ行く事にしていた。
エイプリルのドレスが直っている事を願い、わたしは寮を出た。

「ルーシー様!」

わたしを見つけたエイプリルは、笑顔だった。
そのドレスは、ふわりとした、淡い緑色の生地で、沢山のコサージュを散らしている。
間に合ったのだ!

「エイプリル!ああ、良かった!間に合ったのね!」
「はい!何とかですが…ルーシー様も素敵です!刺繍は残念でしたけど…」

わたしもコサージュで直しているので、元々の金糸での刺繍は目立たない。
エイプリルのドレスも、予定していたより、フリルが少なくなっていた。
だけど、そんな事は、わたしには些細な問題だった。

「いいのよ、間に合ったんだもの!」

「ルーシー様もエイプリルも、凄いわ!本当に、ドレスを作ってしまうんだもの!」

感心するサマーに、わたしとエイプリルは顔を合わせて笑った。

「さぁ!行きましょう!パーティよ!」





パーティ会場には、沢山の学院生の姿があった。
人混みの中を進みながら、わたしはそれを思い出し、エイプリルの手を引き、耳元で囁いた。

「エイプリル、お願いがあるの…」
「はい?」
「今日、パーティが終わるまで、何も口にしないで欲しいの…」

流石のエイプリルも目を丸くした。
問う様にわたしを見たが、わたしが真剣だと分かったからか、「はい、承知致しました」と頷いてくれた。
わたしは安堵し、胸を撫で下ろした。

「あ!ウイリアム様よ!」

サマーの声で、わたしは反射的に振り返った。
サマーが進む先に、金色の髪の男性がいた。
端正で綺麗な顔…
久しぶりに目にするその姿に、わたしは息をするのも忘れて見入っていた。
不意に、こちらを振り返り、碧色の目がわたしを見た。

「!!」

わたしは咄嗟に顔を伏せていた。

胸がドキドキとして、止まらない___!

「ルーシー様、行きましょう!」

エイプリルの手がわたしの手を掴み、進んで行く。
わたしはドキドキとしながら、流されていた。

「ウイリアム様!お久しぶりです!
食堂に来て下さらなくなって、私たち寂しかったんですよ!
どうされていたんですか?」

サマーがいつもの調子で話し掛けている。
それは、わたしも聞きたかった事なので、耳を澄ませていた。

「ああ、すまないね、手が離せなくて、暫くは行けなかったんだ」

ウイリアムは答えを濁した。
本当は、オリヴィアと食事をしていたのに…
エイプリルの前だから、言いたく無かったのかしら…
気持ちが沈み、いつの間にか、ドキドキも収まっていた。

「それじゃ、これからは来て下さいますか?」
「ああ、多分ね」
「多分じゃ、駄目ですよ!約束して下さい!」

サマーは中々の怖い者知らずだ。
ウイリアムは苦笑し、「ああ」と頷いていた。

「素敵なドレスだね、ルーシー、エイプリル」

ウイリアムがわたしたちを見て微笑んだ。
まるで、知っているかの様に…

「わたしたちがドレスを作っていたのを、知っていたの?」

「君には秘密だと言われたけど、小耳に挟んだんだ」

ウイリアムが素早くウインクをした。
途端に、またドキドキが戻ってきて、顔が熱くなった。

「どうせ、ザカリーに調べさせたんでしょう!」
「違うよ、君たちの会話から推測したんだ、名探偵だろう?」

確かに、エイプリルといると、ドレスの話をする事が多かった。

「いいわ、その通りよ!いかが?」

わたしはスカートを広げて見せた。
ウイリアムは碧色の目を細めた。

「素敵だよ、素晴らしい…君らしさが出ている」

褒めてくれるのはうれしいが、最初の形とは違ってしまったので、微妙だった。
エイプリルも同じだったのか、それを訴えた。

「本当は違うんです!昨日の放課後、何者かにドレスを破られて…
あたしたち徹夜でドレスを直したんです!」

瞬間、ウイリアムが険しい表情を見せた。

「それは本当なのか!?」

「本当です!絶対に、オリヴィア様です!あの人、本当に意地悪だから…」

エイプリルが言うのを、わたしは慌てて止めた。

「待って!エイプリル!
証拠が無い内は、決めつけては駄目よ、公平ではないわ」

エイプリルは顔を真っ青にし、項垂れた。

「も、申し訳ありません、ルーシー様…
あたし、悔しくて…つい…ごめんなさい…」

「いいのよ、気持ちは分かるわ、だけど、慎重にね…」

相手は、あのオリヴィアなのだから___

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