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しおりを挟むわたしはパーティがあるので同行を断ったが、両親と兄は二週間、別邸で過ごす事にしていた。
珍しい事ではなかった為、わたしは一欠けらの心配もしていなかった。
わたしは知らなかったのだ、絶対的なものなど無い事を…
帰宅予定の日になっても、両親と兄は帰って来なかった。
尤も、一日二日、予定が狂う事もあるので、危惧する事は無かった。
だが、三日目、デラージュ伯爵邸に届けられたのは、三人の訃報だった。
山道で大雨に降られ、馬が足を滑らせ、馬車ごと崖から転落したという事だった。
不幸は平穏な日々の中、突然襲ってくるものだと思い知らされた。
そして、その不幸は連鎖となり、これでもかと苦しめてくるものだと___
◇◇
一族に連絡をすると、直ぐに叔父夫婦が駆けつけてくれた。
気落ちしたわたしを休ませ、一切を取り仕切ってくれた。
わたしは叔父夫婦に感謝したのだった。
だが、無事に葬儀を終え、埋葬が済んだ後で、それが発覚した。
父の遺言により、全財産が叔父に渡る事になったのだ___
伯爵を継ぐのは、わたしの兄フィリップの予定だったが、
まさか両親も、同時に亡くなるとは思っていなかったのだろう。
相続権が叔父に渡っても仕方の無い事だった。
だが、問題はそれだけでは無かった。
わたしは結婚するか、二十歳になれば、幾らかの財産を受け取る事になっていたが、
遺言書には何も書かれておらず、その分の書類までもが無くなっていたのだ。
両親と兄を失ったばかりで、財産の事で言い争う気力は持ち合わせていなかったが、
無一文で館から追い出される事になってはどうしようも無いので、わたしは食い下がった。
「調べて下さい、わたしに渡る遺産がある筈です!前々から聞いていたんです…」
「ローレンスの気が変わったんだろう、あいつは気分屋だったからな。
なに、安心しろ、おまえの面倒は見てやる。
当面は館に住まわせてやってもいい、但し、おまえの部屋はこれからキャスリーンが使う。
おまえは離れに移るんだ、キャスリーンが要らないという物だけを持ってな___」
取り付く島もなかった。
叔父の娘、十五歳のキャスリーンはわたしを馬鹿にした様に見て、ニヤリと笑った。
「来なさいよ、あなたにあげられる物があるかもしれないわよ?」
キャスリーンはわたしの部屋を物色し、「趣味わるーい!」「臭ーーい!」と、投げ散らかし、わたしに拾う様に言った。
「それ、欲しいなら、持っていっていいわよ」
わたしが拾うのを見て、「やだ!乞食みたーい」と意地悪く言い、笑った。
全部、わたしのものなのに…
どうして、全てを叔父家族に奪われなければいけないのだろう?
両親の部屋は叔父夫婦が、兄の部屋は十七歳の息子ジョルジュが使う事になった。
叔父家族は土足で入り込み、両親や兄の大切な物を踏み躙っていく。
思い出までも奪っていく…
館で叔父家族の声が聞こえると耳を塞ぎたくなった。
◇◇
わたしに与えられたのは、客を迎える為の離れの棟の一室だった。
自分の部屋と比べれば、質素で狭いが、掃除はされおり、家具も揃っていた。
「いいか、この館の全ては私のものだ、勝手に出歩くんじゃないぞ!」
叔父は高圧的に命じた。
わたしの部屋には鍵が掛けられ、叔父の強い意志を感じた。
「散歩にも行けないのね…」
それでも、叔父家族に会わなくて済むと思えば、この方が良い気がした。
食事は一日一度、昼に運ばれるだけで、お茶もその時に出されるだけだった。
使用人たちはわたしに同情的だったが、口止めされているのか、余計な事は話さなかった。
ただ、申し訳無さそうにしている。
長い時間、誰とも会わずに過ごす事には慣れていなかったが、
家族を失った悲しみの中にいるわたしには丁度良かった。
そうして、一週間が経った頃、叔父に呼ばれ、わたしはパーラーに向かった。
パーラーの前には、何故かジョルジュとキャスリーンがいて、わたしに気付くと二人はニヤニヤと笑った。
「来たわ!お兄様、行きましょう!」
「ああ、しっかし、気の毒だね~」
「お兄様、まだ秘密でしょ!」
嫌な感じに、わたしは不安になった。
一体、何を言われるのかしら…
それでも、行かない訳にはいかず、わたしはパーラーの扉を開けた。
「お呼びでしょうか…」
「おお!来たか、アンジェリーヌ!」
叔父夫婦は遺産相続以降、わたしに対して冷淡になっていた。
それが変に愛想良いのだから、わたしは増々嫌な予感に襲われた。
ふと、叔父夫婦の向かいに座る人に気付いた。
叔父よりも背が高く、ダークブロンドの髪をしている。
客人が来ているから、愛想良くしているのだろうか?
「アンジェリーヌ、こっちに来なさい」
近くまで来て、その人が《誰か》に気付き、わたしは息を飲んだ。
堂々とした体躯に、仕立ての良い装い、ダークブロンドの髪に深い碧色の目、
そして、顔の右半分を覆う銀色の仮面…
この方は…!
「こちらは、おまえを貰って下さる、バシュレ辺境伯ティメオ様だ!」
叔父の言葉に、顔から血の気が引いた。
結婚させられるなんて、考えもしていなかった。
ああ、わたしは何て、呑気だったのだろう!
「おまえの境遇を憐れんで下さってな、結婚して下さるというんだ、感謝するんだぞ!」
「ほら、夫となる方に挨拶なさい、アンジェリーヌ!」
叔父夫婦が捲し立る中、わたしは頭が真っ白になっていた。
「アンジェリーヌにございます…」
弱々しく挨拶をするので精一杯だった。
今にも泣き出しそうで、とても目を上げる事は出来なかった。
「伯爵、二人にして貰えるか?」
「ええ、勿論ですとも!さぁ、座りなさい、アンジェリーヌ」
叔父夫婦は満面の笑みで、いそいそとパーラーを出て行った。
わたしはソファに腰かけたが、視線を上げる事は出来なかった。
重い沈黙に息が詰まりそうだ…
「顔を上げろ」
言われるままに顔を上げると、彼は銀色の仮面に手をやり、それを外した___
「!!」
獣にやられたのか、目の上から頬に掛け、斜めに大きな爪痕があった。
とても正視出来ず、わたしは視線を下げた。
「怖いか?」
ズバリと聞かれ、わたしは「それは…」と返答に困った。
だが、わたしがどう思うかなど、彼にとっては取るに足らない事の様で、
仮面を戻すと厳として告げた。
「君がどう思おうと、私たちの結婚は決定事項だ。
式は二週間後、必要なものはこちらで用意する、ドレスもだ。
式の前日に、また会おう___」
一方的に言うと、彼は立ち上がり、パーラーを出て行った。
わたしは叔父たちが入って来るまで、ぼうっと、彼の出て行った方を見ていた。
「おまえは運が良い!辺境伯と結婚出来るんだからな!」
「私たちに感謝するのよ、アンジェリーヌ!」
叔父夫婦は嬉々としているが、わたしはとても笑う気にはなれなかった。
叔父たちが上機嫌でいればいるだけ、その理由を考えてしまう。
叔父たちは、最初からわたしを政略結婚の駒にする為に、館に留めていたのではないか?
部屋に戻る途中、ジョルジュとキャスリーンが待ち構えていて、それを肯定してくれた。
「よぉ、アンジェリーヌ、結婚するんだって?」
「辺境伯と結婚なんて、羨ましいわぁ!」
言ってから、二人は「ぷっ」と吹き出した。
「でも、幾ら辺境伯でも、あんな醜男じゃね!あたしだったら、絶対にお断りするわ!
アンジェリーヌってば、あんな人の妻になりたいの?信じられなーい!」
「おいおい、アンジェリーヌは貧乏だから断れないんだよ、そんな事言っちゃ、気の毒だろ」
「お金目当てに結婚するなんて!伯爵令嬢も落ちぶれたものね!」
言葉の刃が胸を突く。
政略結婚は珍しい事ではない、だけど、今のわたしの立場では、物乞い、身売りと言われても仕方が無かった。
「親父たち、おまえを金持ちと結婚させて、美味い汁を吸う気でいたけど、
まさか、あんないいカモが見つかるなんてな!」
やっぱり!最初から、そのつもりでいたのね…
叔父たちに裏切られた気がし、酷く胸が痛んだ。
「あの辺境伯、大金を積んだらしいぜ、余程結婚相手に困ってたみたいだな」
「仕方ないわよ、あんな顔じゃね!」
「病を移されない様に気を付けろよー」
「可哀想なアンジェリーヌ!」
真っ青な顔で立ち尽くすわたしの脇を、二人は笑いながら通り過ぎて行った。
次の瞬間、感情がどっと溢れ出し、わたしは走って部屋に駆け込んだ。
簡素なベッドに飛び込み、シーツをギュっと掴んで、声を殺して泣いた。
「いや…いや!」
こんな結婚、したくない___!
わたしはこれまで、《運命の相手》と結婚出来ると信じて疑っていなかった。
それが、《運命の相手》処か、あんな恐ろしげな人と結婚させらるのだ!
それも、叔父の懐に入るであろう、大金の為に___!
自分が酷く憐れだった。
彼はわたしの周囲にいる様な令息たちとは、全く違う。
愛想も無ければ、会話を楽しもうとしていない、優しさの欠片も見えない。
「それ処か、傷を見せて怖がらせるなんて…」
正気とは思えない。
「わたし、あの方の妻になるの?」
目の前が真っ暗になる。
逃げ出したい気持ちだったが、逃げ出せたとしても、待っているのは死しかない。
わたしは何も持っていないのだから…
せめて、少しでも遺産があれば…
「ああ、どうして!」
お父様、お母様、お兄様!
どうして、わたしを残して死んでしまったの?
戻って来て!わたしも連れて行って!!
◇◇
「顔色が悪い!細い!それでは花嫁ではなく病人だ!
貧相な花嫁では体裁が悪いだろう!結婚式までになんとかしておくんだぞ!」
家族を亡くした心労と、日々の食事が質素な事で、
わたしは以前よりも痩せ、目が窪み、血色も悪くなっていた。
わたしは離れの棟から本館に戻され、二階の端にある広い客室を与えられた。
部屋から出されないのは同じだが、待遇は驚く程良くなった。
食事は朝、昼、晩に届けられ、お茶の時間には菓子とお茶が運ばれてきた。
叔父はレディースメイドを雇い、わたしを磨かせた。
髪は丁寧に現れ、オイルがされ、爪も綺麗に磨かれた。
勿論、費用は全て、ティメオ=バシュレ辺境伯から出ている。
キャスリーンは、わたしが好待遇を受けている事を良く思っていなかった。
良く部屋に来ては、わたしを非難した。
「結婚するからって、何よ!今更綺麗になれる訳ないのに!
それに、ここはあたしたちの家で、全部あたしたちの物なのよ?この、盗人!!」
そんな事を言っては、化粧品や宝飾品を奪って行った。
事情を知る叔父の妻カサンドラまでもが、「あなたには必要無いわね」と物を持って行った。
それに対し、わたしは咎め立てたりはしなかった。
結婚費用を勝手に使われている辺境伯は気の毒だが、わたしには彼女たちと対峙する気力が無かった。
望んでいない結婚など、どうなっても構わない___
辺境伯がわたしに幻滅しようと構わない。
破談になっても構わない。
もし、両親が生きていたら、わたしにこんな結婚はさせなかっただろう。
どれだけ金を積まれても、毅然として断ってくれた筈だ…
わたしは両親や兄を思い、すすり泣いた。
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