【完結】俺のゆるせないお嬢様(注:付き合ってません)

仙冬可律

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黒い人が誰より早く追いかけた。

悲鳴の上がった方へ低い姿勢で駆けていって、犯人の曲がった路地に続いた。

通りの人たちは両脇に避けて、だんだん野次馬が増えていった。
知らない人がたくさんいる中で、怖かった。
侍女がついてくれている。

私が着ているのは町娘に見えるようなワンピース。髪も編んでまとめてあるので、目立たないだろう。

さっきの人が追いかけたのは泥棒で、他の騎士様が事情を聞いている。
他に加勢に誰も行かないのかしら。

「お嬢様、大丈夫です。街ではよくあることです。」

「あの騎士さまたちは怪我をしたりしませんか」

「街のなかで起こるような犯罪では彼らはビクともしません。魔獣の討伐なら傷を受けることもあります。
ほら、あの黒い騎士と呼ばれるヒューゴ様は魔獣の爪に傷つけられたそうですよ」

路地から犯人を担いで出てきたのは、黒い服をきている黒髪の人。大きく見えたのに細身で、他の人よりしなやかな鞭のような鋭さがあった。
顔に傷があった。

「かっこいい……」

孤高の狼のようだと思った。

街の人たちが駆け寄って、お礼に食べ物を渡したりしている。
街で生活をすれば、あの人ともまた会えるかもしれない。

「私、この街で暮らしてみたい」

侍女が、何かいいかけて止めた。
「旦那様に相談してみましょう」

伯爵令嬢として育ってきた私が、実は縁のない養子だとわかったのは3ヶ月前。
親戚からの養子という話だったが、実は誘拐された子供で、どこの生まれともわからないらしい。
父も母も私に情はそれなりにあるけれど、どこかの貴族に嫁がせるわけにはいかない。
血統を調べる魔術もこれから精度が上がるかもしれない。
修道院に入るか、平民となるか。
苦しそうに告げる両親を前に、今まで育ててくれた感謝しか言えなかった。

貴族だから、こうあるべき、これは令嬢としてあり得ない。
そんな思い込みが、黒い騎士様を見た時に砕け散った。
それまで人が多くて雑多な街並みが、音が消えたようになってあの人の姿だけしか見えなくなった。
音が戻ってきたとき、人々の笑い声や生活の音、光がきらめいて見えた。
人が生きるということは笑ったり跳ねたり埃が出たり、かっこいい人がいたり、泥棒がいたり。

なんだかもう、笑ってしまうくらい色々なことがいっぺんに起こっていた。

「あの方は、ヒューゴ様とおっしゃるのね」

騎士さまの訓練を見に行くと言っておしゃれしていた令嬢を思い出す。

私も、貴族令嬢として思い出作りをしてもいいんじゃないかしら

そう思うと。
残り少ない日々を楽しめそうな気がした。
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