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第九章:牙を剥く災厄と、黄金の正体
1. 研ぎ澄まされる肉体
あの夜から、ジークとの「教育」は静かに、しかし着実に積み重なっていった。
レティシアが同席を申し出るたびに、場は整った。
ジークは最初こそ戸惑いを見せたが、やがてそれを受け入れた。
誠実な男だ、とフィリアは思った。
誠実だからこそ、逃げなかった。
二回目の夜、ジークは無言だった。
フィリアも何も言わなかった。
レティシアだけが、終わった後に「お姉様、今日も凄かったですわ…!」と目を潤ませた。
フィリアはその反応の意味が分からなかった。
三回目の夜、ジークが初めて口を開いた。
「…フィリアさんは、怖くないんですか。こういうことが。」
「何が?」
「僕には婚約者がいる。それでも、こうして…。」
「依頼よ。感情は関係ないわ。」
ジークは少し間を置いてから、頷いた。
それ以上は聞かなかった。
その夜、帰り際にレティシアがフィリアの袖を引いた。
「…お姉様。ジーク様、少し表情が柔らかくなってきましたわ。」
「そう。」
「お姉様のおかげですわ。ジーク様はずっと、全部一人で抱えようとするから…。」
レティシアの声は、静かだった。
フィリアは少し立ち止まった。
この娘は、自分の婚約者がフィリアと何をしているかを知っている。
それでも、感謝している。
その感情の構造が、フィリアには理解できなかった。
四回目、五回目。
ジークは少しずつ、フィリアの前で言葉を増やしていった。
魔法の話、騎士団の話、レティシアの話。
フィリアは必要以上に答えなかった。
だが、聞いていた。
六回目の夜が終わった後、レティシアがジークの隣に寄り添いながら言った。
「ジーク様。今日は少し、笑っていましたわ。」
「…そうだったか。」
「ええ。わたくし、嬉しかったですわ。」
二人の間に流れる空気を、フィリアは少し離れた場所から眺めた。
(…なるほど)
レティシアがなぜ毎回同席するのか、ようやく分かった気がした。
この娘はフィリアに感謝しているのではない。
ジークが少しずつ柔らかくなっていくのを、傍で見ていたいのだ。
そして、学院二年生の前半が過ぎ去る頃。
週末の魔法師団が管理する秘密の寝所で、幾度となく重ねられた情事――それはフィリアにとって、もはや快楽の追求ではなく、冷徹な「魔力とスキルの抽出作業」と化していた。
ジークから放たれる生命の精を、その胎内で魔力へと変換し、自身の細胞一つひとつに染み込ませていく。
ついに、その日は訪れた。
事後の静寂の中、フィリアの脳内に無機質なシステムログが、今まで以上に力強く響き渡った。
『――経験値が一定値に到達しました。固有スキル【再生】レベル10に到達。これより、肉体の完全修復を「常時発動」の状態へと移行します』
「…っ。」
一瞬、全身の血液が沸騰するような熱さに襲われ、フィリアは短く息を吐いた。
傍らで眠るジークや、満足げに微笑むレティシアには見えない光景。
フィリアが自身の指先を微かな魔力で薄く切り裂くと、溢れようとした鮮血は、空気に触れることさえ許されず、逆再生の映像のように瞬時に肉へと吸い込まれ、傷跡一つ残さず消失した。
致命傷すら一瞬で繋ぎ止める、不滅の肉体。
王都最高の『魔法』、金ランクの『技術』、そして神の領域に片足を突っ込んだ『生存能力』。
この一年でフィリアが積み上げた力は、もはや「天才」や「英雄」という言葉では形容できない、人の範疇を遥かに超越した「特異点」へと進化を遂げていた。
フィリアは無機質な瞳で、月明かりに照らされた自身の真っ白な掌を見つめた。
どれほど強大な魔物に襲われようと、どれほど卑劣な罠に嵌められようと、今の自分を殺せるものは、この世界に存在しない。
その確信は、静かに、しかし確実に、彼女を人の輪の外へと押し出していた。
フィリアはそのことに、気づいていた。
気づいた上で、気にしなかった。
フィリアがゆっくりと立ち上がり、衣を整え始めた時、レティシアが声をかけた。
「お姉様、少しよろしいですか。」
ジークはすでに眠っていた。
レティシアはその寝顔を一度だけ見てから、フィリアに向き直った。
「…ジーク様はね、昔から全部一人で抱えようとする方なの。王子として、婚約者として、完璧でなければならないと思っている。
だから、誰にも弱いところを見せられなくて。」
「それを、私に話す理由は?」
「お姉様に知っていてほしかったから。」
レティシアは迷わず答えた。
「お姉様はジーク様のことを、依頼の対象としか見ていないでしょう。それでいいの。でもわたくしは、お姉様にだけは知っていてほしかった。ジーク様が、本当はどういう人なのかを。」
フィリアは少し間を置いた。
「…貴方は、怒らないの。こういう状況なのに。」
「怒る? なぜ?」
レティシアは不思議そうに首を傾げた。
「ジーク様はわたくしを大切にしてくれている。それは変わらないわ。それに…お姉様がいてくれるから、ジーク様が少しずつ柔らかくなっていく。わたくしにはできないことを、お姉様がしてくれている。」
フィリアはレティシアを見た。
この娘の感情の構造は、やはり自分には理解できない。
だが、嘘ではない。それだけは分かった。
「…変わった娘ね、貴方は。」
「お姉様に言われたくないですわ。」
レティシアは少し笑った。
フィリアも、口元だけで笑った。
窓の外で、夜が深くなっていた。
レティシアが同席を申し出るたびに、場は整った。
ジークは最初こそ戸惑いを見せたが、やがてそれを受け入れた。
誠実な男だ、とフィリアは思った。
誠実だからこそ、逃げなかった。
二回目の夜、ジークは無言だった。
フィリアも何も言わなかった。
レティシアだけが、終わった後に「お姉様、今日も凄かったですわ…!」と目を潤ませた。
フィリアはその反応の意味が分からなかった。
三回目の夜、ジークが初めて口を開いた。
「…フィリアさんは、怖くないんですか。こういうことが。」
「何が?」
「僕には婚約者がいる。それでも、こうして…。」
「依頼よ。感情は関係ないわ。」
ジークは少し間を置いてから、頷いた。
それ以上は聞かなかった。
その夜、帰り際にレティシアがフィリアの袖を引いた。
「…お姉様。ジーク様、少し表情が柔らかくなってきましたわ。」
「そう。」
「お姉様のおかげですわ。ジーク様はずっと、全部一人で抱えようとするから…。」
レティシアの声は、静かだった。
フィリアは少し立ち止まった。
この娘は、自分の婚約者がフィリアと何をしているかを知っている。
それでも、感謝している。
その感情の構造が、フィリアには理解できなかった。
四回目、五回目。
ジークは少しずつ、フィリアの前で言葉を増やしていった。
魔法の話、騎士団の話、レティシアの話。
フィリアは必要以上に答えなかった。
だが、聞いていた。
六回目の夜が終わった後、レティシアがジークの隣に寄り添いながら言った。
「ジーク様。今日は少し、笑っていましたわ。」
「…そうだったか。」
「ええ。わたくし、嬉しかったですわ。」
二人の間に流れる空気を、フィリアは少し離れた場所から眺めた。
(…なるほど)
レティシアがなぜ毎回同席するのか、ようやく分かった気がした。
この娘はフィリアに感謝しているのではない。
ジークが少しずつ柔らかくなっていくのを、傍で見ていたいのだ。
そして、学院二年生の前半が過ぎ去る頃。
週末の魔法師団が管理する秘密の寝所で、幾度となく重ねられた情事――それはフィリアにとって、もはや快楽の追求ではなく、冷徹な「魔力とスキルの抽出作業」と化していた。
ジークから放たれる生命の精を、その胎内で魔力へと変換し、自身の細胞一つひとつに染み込ませていく。
ついに、その日は訪れた。
事後の静寂の中、フィリアの脳内に無機質なシステムログが、今まで以上に力強く響き渡った。
『――経験値が一定値に到達しました。固有スキル【再生】レベル10に到達。これより、肉体の完全修復を「常時発動」の状態へと移行します』
「…っ。」
一瞬、全身の血液が沸騰するような熱さに襲われ、フィリアは短く息を吐いた。
傍らで眠るジークや、満足げに微笑むレティシアには見えない光景。
フィリアが自身の指先を微かな魔力で薄く切り裂くと、溢れようとした鮮血は、空気に触れることさえ許されず、逆再生の映像のように瞬時に肉へと吸い込まれ、傷跡一つ残さず消失した。
致命傷すら一瞬で繋ぎ止める、不滅の肉体。
王都最高の『魔法』、金ランクの『技術』、そして神の領域に片足を突っ込んだ『生存能力』。
この一年でフィリアが積み上げた力は、もはや「天才」や「英雄」という言葉では形容できない、人の範疇を遥かに超越した「特異点」へと進化を遂げていた。
フィリアは無機質な瞳で、月明かりに照らされた自身の真っ白な掌を見つめた。
どれほど強大な魔物に襲われようと、どれほど卑劣な罠に嵌められようと、今の自分を殺せるものは、この世界に存在しない。
その確信は、静かに、しかし確実に、彼女を人の輪の外へと押し出していた。
フィリアはそのことに、気づいていた。
気づいた上で、気にしなかった。
フィリアがゆっくりと立ち上がり、衣を整え始めた時、レティシアが声をかけた。
「お姉様、少しよろしいですか。」
ジークはすでに眠っていた。
レティシアはその寝顔を一度だけ見てから、フィリアに向き直った。
「…ジーク様はね、昔から全部一人で抱えようとする方なの。王子として、婚約者として、完璧でなければならないと思っている。
だから、誰にも弱いところを見せられなくて。」
「それを、私に話す理由は?」
「お姉様に知っていてほしかったから。」
レティシアは迷わず答えた。
「お姉様はジーク様のことを、依頼の対象としか見ていないでしょう。それでいいの。でもわたくしは、お姉様にだけは知っていてほしかった。ジーク様が、本当はどういう人なのかを。」
フィリアは少し間を置いた。
「…貴方は、怒らないの。こういう状況なのに。」
「怒る? なぜ?」
レティシアは不思議そうに首を傾げた。
「ジーク様はわたくしを大切にしてくれている。それは変わらないわ。それに…お姉様がいてくれるから、ジーク様が少しずつ柔らかくなっていく。わたくしにはできないことを、お姉様がしてくれている。」
フィリアはレティシアを見た。
この娘の感情の構造は、やはり自分には理解できない。
だが、嘘ではない。それだけは分かった。
「…変わった娘ね、貴方は。」
「お姉様に言われたくないですわ。」
レティシアは少し笑った。
フィリアも、口元だけで笑った。
窓の外で、夜が深くなっていた。
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