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私たちが暮らしているタワーマンションは、弥彦さんが見つけてきた物件だった。将来資産価値が上がるから投資だと思えばいいと彼に勧められた。
そう言われると、少し厳しいローンの返済だと思ったけれど了承するしかなかった。
眺めの良い高層階の部屋、最新設備の整ったキッチン、広々としたリビング。 そこは、新婚生活の夢が形となった場所であり、幸せの象徴だったはずだ。
しかし、時間が経つにつれ、その城のようなマンションは檻へと変わっていった。
そして、決定的だったのは「君は俺の理想に近づこうとしない」という言葉だった。
その瞬間、私は悟った。
彼の完璧さは、私を愛するためではなく、自分の理想を守るためのものだったのだと。
このマンションでの生活は、まるで孤独な戦いのように思えた。
窓の外に広がる美しい夜景が、ただの絵のように見える。
この場所にいるのに、私はどこか遠くにいるような気がしてならなかった。
***
「優香、今度会社の同僚を家に呼びたいんだけど何か適当に用意してもらってもいいかな?」
仕事から帰ってきて、突然、弥彦さんがそう言った。
「え、会社の人が家に来るの?」
「ああ。その分の材料費は置いておくから頼んでも大丈夫?」
無理よ。と言いたかった。けれどそれでまた、ぐちぐち文句を言われるのが嫌だ。
「何を作るか、お酒もどれくらい用意したらいいのか、ちゃんとラインしてくれたら準備するわ。でも、私も仕事しているから買い物は弥彦さんも一緒に来てね」
買物に付き合ってもらえれば、自分の責任でもあるから文句は言わないだろう。後から料理に文句を言われないための予防策だ。
「わかった。ここで良妻アピールよろしく頼むよ」
私の返事に気をよくした弥彦さんは早速、スマホを手に寝室へ入って行った。
今度の休みは掃除と買い物でつぶれるわねと、私は疲れた息を吐き出した。
***
金曜の夜、弥彦さんが同僚2人と後輩の女の子1人を家に連れて来た。
白身魚のカルパッチョ、手羽元唐揚げ、ポテトサラダ、スペアリブ。
私は今日、会社を半休して料理を作った。
全員男性かと思い、肉料理を中心にしたが、一人だけ後輩の女の子が混ざっていた。
彼女の名前は木村麻衣(きむらまい)。弥彦さんの直属の部下で24歳だという。
男性の視線を集める胸元の開いたセクシーなカットソーに、フリルの付いたカーディガンを羽織り、弥彦さんの隣の席に座って笑顔を振りまいていた。
若い子特有の『そうなんですか?』『知らなかったぁ!』を連発して弄られキャラを演じている。
多分、職場では女性に嫌われるタイプだろうなと感じた。
「課長の奥様、本当にお料理が上手ですね。何かお手伝いすることがあれば言って下さいね」
「ありがとうございます。お客様なんで、どうぞゆっくりしてくださいね」
笑顔を貼り付けて、良き妻を演じた。
そうは言っても、運ぶのくらい手伝って欲しいと思ったが、彼女は弥彦さんとの会話に夢中で気がつかないようだった。
「課長はいつも会社で奥さんのことを自慢しているんですよ」
「そうそう。料理が上手で、何でも言うことを聞いてくれる美人だっていってます」
外面だけは表彰ものなのねと思った。
「いいえ、私はいつも注意ばかりされています。至らない嫁で申し訳ないです」
「いやだなぁ、独身の俺たちには、のろけにしか聞こえませんよ」
賑やかな宴会が3時間ほど続いた。
時間も遅くなったので、そろそろお開きだということで、また来て下さいと会社の人たちを送り出した。
弥彦さんは、暗い道だからと駅まで木村さんを送って行くようだ。
ああ、これは片付け全部私がしなくちゃいけないな。
弥彦さんは多分片付けるのが面倒だから時間をかけて帰って来るだろうと思った。
リビングに置いてあった弥彦さんの鞄を、部屋へ持って行こうとした拍子に、半分開いていたチャックから小箱が落ちた。
それは避妊具の箱だった。しかも使われた形跡がある。
「なにこれ……」
私は驚いてその場に立ち尽くした。
***
しばらくして弥彦さんが帰ってきた。
「え、まだ片付け終わってないの?本当に要領悪いよな」
「……」
私は無言で食器をキッチンへ運ぶ。
「今日さ、なんでウィンナー出したの?肉多すぎだろう。よく考えてみろよ、スペアリブも、から揚げもあっただろ?そのうえウィンナーって、どんだけ肉好きなんだよ」
避妊具の衝撃が強すぎて、彼の言葉が入って来ない。
なんで開封された避妊具の箱が仕事場の鞄の中に入っているの……
「聞いてる?今日はさ、木村さんがいたよね、女の子がいるのに肉ばっかりって、彼女食べる物がないだろう」
私が言葉を発しないことに、何かを察したのか弥彦さんは舌打ちをして、先に風呂に入ると言ってバスルームへ行ってしまった。
わたしは食器を音を立ててガシャンとシンクに投げ入れた。
弥彦さんが……浮気?
そう言われると、少し厳しいローンの返済だと思ったけれど了承するしかなかった。
眺めの良い高層階の部屋、最新設備の整ったキッチン、広々としたリビング。 そこは、新婚生活の夢が形となった場所であり、幸せの象徴だったはずだ。
しかし、時間が経つにつれ、その城のようなマンションは檻へと変わっていった。
そして、決定的だったのは「君は俺の理想に近づこうとしない」という言葉だった。
その瞬間、私は悟った。
彼の完璧さは、私を愛するためではなく、自分の理想を守るためのものだったのだと。
このマンションでの生活は、まるで孤独な戦いのように思えた。
窓の外に広がる美しい夜景が、ただの絵のように見える。
この場所にいるのに、私はどこか遠くにいるような気がしてならなかった。
***
「優香、今度会社の同僚を家に呼びたいんだけど何か適当に用意してもらってもいいかな?」
仕事から帰ってきて、突然、弥彦さんがそう言った。
「え、会社の人が家に来るの?」
「ああ。その分の材料費は置いておくから頼んでも大丈夫?」
無理よ。と言いたかった。けれどそれでまた、ぐちぐち文句を言われるのが嫌だ。
「何を作るか、お酒もどれくらい用意したらいいのか、ちゃんとラインしてくれたら準備するわ。でも、私も仕事しているから買い物は弥彦さんも一緒に来てね」
買物に付き合ってもらえれば、自分の責任でもあるから文句は言わないだろう。後から料理に文句を言われないための予防策だ。
「わかった。ここで良妻アピールよろしく頼むよ」
私の返事に気をよくした弥彦さんは早速、スマホを手に寝室へ入って行った。
今度の休みは掃除と買い物でつぶれるわねと、私は疲れた息を吐き出した。
***
金曜の夜、弥彦さんが同僚2人と後輩の女の子1人を家に連れて来た。
白身魚のカルパッチョ、手羽元唐揚げ、ポテトサラダ、スペアリブ。
私は今日、会社を半休して料理を作った。
全員男性かと思い、肉料理を中心にしたが、一人だけ後輩の女の子が混ざっていた。
彼女の名前は木村麻衣(きむらまい)。弥彦さんの直属の部下で24歳だという。
男性の視線を集める胸元の開いたセクシーなカットソーに、フリルの付いたカーディガンを羽織り、弥彦さんの隣の席に座って笑顔を振りまいていた。
若い子特有の『そうなんですか?』『知らなかったぁ!』を連発して弄られキャラを演じている。
多分、職場では女性に嫌われるタイプだろうなと感じた。
「課長の奥様、本当にお料理が上手ですね。何かお手伝いすることがあれば言って下さいね」
「ありがとうございます。お客様なんで、どうぞゆっくりしてくださいね」
笑顔を貼り付けて、良き妻を演じた。
そうは言っても、運ぶのくらい手伝って欲しいと思ったが、彼女は弥彦さんとの会話に夢中で気がつかないようだった。
「課長はいつも会社で奥さんのことを自慢しているんですよ」
「そうそう。料理が上手で、何でも言うことを聞いてくれる美人だっていってます」
外面だけは表彰ものなのねと思った。
「いいえ、私はいつも注意ばかりされています。至らない嫁で申し訳ないです」
「いやだなぁ、独身の俺たちには、のろけにしか聞こえませんよ」
賑やかな宴会が3時間ほど続いた。
時間も遅くなったので、そろそろお開きだということで、また来て下さいと会社の人たちを送り出した。
弥彦さんは、暗い道だからと駅まで木村さんを送って行くようだ。
ああ、これは片付け全部私がしなくちゃいけないな。
弥彦さんは多分片付けるのが面倒だから時間をかけて帰って来るだろうと思った。
リビングに置いてあった弥彦さんの鞄を、部屋へ持って行こうとした拍子に、半分開いていたチャックから小箱が落ちた。
それは避妊具の箱だった。しかも使われた形跡がある。
「なにこれ……」
私は驚いてその場に立ち尽くした。
***
しばらくして弥彦さんが帰ってきた。
「え、まだ片付け終わってないの?本当に要領悪いよな」
「……」
私は無言で食器をキッチンへ運ぶ。
「今日さ、なんでウィンナー出したの?肉多すぎだろう。よく考えてみろよ、スペアリブも、から揚げもあっただろ?そのうえウィンナーって、どんだけ肉好きなんだよ」
避妊具の衝撃が強すぎて、彼の言葉が入って来ない。
なんで開封された避妊具の箱が仕事場の鞄の中に入っているの……
「聞いてる?今日はさ、木村さんがいたよね、女の子がいるのに肉ばっかりって、彼女食べる物がないだろう」
私が言葉を発しないことに、何かを察したのか弥彦さんは舌打ちをして、先に風呂に入ると言ってバスルームへ行ってしまった。
わたしは食器を音を立ててガシャンとシンクに投げ入れた。
弥彦さんが……浮気?
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