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室内は静かだった。私たち4人はリビングのテーブルを囲むように座っている。
渡辺弁護士と探偵の片山さん、そして私と夫だ。
弥彦さんは眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに足を組んでいた。
テーブルの上には先ほど先生が弥彦さんに渡した名刺が置かれていた。
「妻から何も話を聞いていませんので、急に来てもらっても困ります。今日はお引き取り願います」
「本日は、ご主人にお伝えしたいことがあり伺いました。確認していただきたい書類がありますので持ってきました」
弥彦さんの言葉は無視して、渡辺先生は話し出した。
「優香、どういうことだ。まさか本気で離婚なんて考えているのか?」
「私のクライアントの優香さんは、笹山弥彦様との離婚を望んでいらっしゃいます。もしご主人が納得されないのでしたら、離婚訴訟に関する話し合いになります」
「訴訟なんて、そんな大げさなことはしませんし、離婚もしませんのでお引き取り願います」
「ご主人、離婚に応じたくないお気持ちは理解できます。しかし、優香さんの離婚の意志は固いので、現状を考えると、ご主人にとって最善の解決策は、奥様の要求を呑むことだと思います」
「そんな勝手なことを言われても困りますし、私としても弁護士を立てたいと思います」
「それはもちろんそうしていただいて結構です。ですが、ご主人有責であることは違いありませんので、こちらが書類になります」
「なんで俺が?まったく、妻の言うことを信じて、彼女に全く非がないように考えてらっしゃいますよね?」
「奥様に非があると?」
「ええ。妻の優香は主婦であるにもかかわらず、家事をせず家の事はほったらかして、今日だって美容院なんかに行っていたんです」
「美容院に行くことが罪だと?」
「いいえ、そんなことは言っていません。家事を怠ってまで、自分の欲求を満たそうとするのが間違いだと言っています。優香、弁護士まで呼んで大事にして気分がいいか?だいたい、そんな性格の不一致くらいで離婚できるとでも思っているの?弁護士さん、妻はね、浮気をしていると勘違いして嫉妬しているだけです」
「その中の書類を見ていただいたら分かりますが、今回の離婚の理由はご主人からのモラルハラスメントです」
「モラハラ……」
「身に覚えがありますよね?こちらが今までご主人が友香さんに対して家の中で話していらっしゃった言葉です。文字にして纏めていますが、証拠の録音もあります」
「私があなたの不倫の証拠を集めるために、画策していたと思っているでしょうね。何のために家での会話を録音していたと思っているのよ。不倫の証拠を集めるためじゃないから。モラハラの証拠を録ってたのよ」
「録音って……まさか、家の中のボイスレコーダーで」
私は首を縦に振って、録音を認めた。
「そんな音は証拠になりません、隠し録りですよね?それに、都合のいい部分だけ切り取っているかもしれない」
「何も手は加えていませんので、専門家に見せていただいても構いません。夫婦で共通に使う場所での録音です。リビングや夫婦の寝室、キッチンなどで録音されたものですからこれは証拠になります」
弥彦さんはキッと私を睨みつけた。渡辺先生は冷静に先を続ける。
「録音されている内容は、モラルハラスメントに該当します。離婚理由になりますし、これは証拠になります。それと経済DVですね。奥様の働いたお給料全額、取り上げられるような状況を三年間続けてました。これは経済DVにあたります。今日美容室に行くのも半年ぶりだと奥様はおしゃっていました」
弥彦さんは、渡辺先生に夫婦で決めたことだから、部外者にとやかく言われるのはおかしいと言い出した。もちろんそんなことを私は決めた覚えはない。けれど、反対せずに言いなりになっていたのは事実だった。
「優香が、その都度、自分はそれに反対だと言っていれば良かったんです。が、彼女が文句も言わずに主婦業をしていたのだから、あの時は嫌だったと言われても、それこそ今さらですよね?それに、私は妻に暴力は振るっていませんしね」
暴力が伴わない、精神的に追い詰められるモラルハラスメントは、それを理由に離婚するのは難しい。裁判ではモラハラだけで離婚はできない事例が多いと渡辺先生からも聞いている。
弥彦さんは、ちょっと失礼しますと言って自分の部屋へ行き、内閣府男女共同参画局のホームページをプリントアウトしてきた。
それを私たち三人に手渡して彼はニヤリと笑った。
「いわゆるDV(家庭内暴力)の精神的なものの例です。『大声でどなる』私は怒鳴っていません。『誰のおかげで生活できるんだや、甲斐性無しなどと言う』。これも言ったことはないですね、給料が低いとは言いましたが、互いに協力し合って生活していることは私もちゃんと理解していましたからね。次に『実家や友人とつきあうのを制限したり、電話や手紙を細かくチェックしたりする』これは、自分の自由にできる時間内にやれば文句は言いませんでした。時間をつくれない彼女に問題があったのでは?と思います」
「そんな!できないようにしたのは弥彦さんじゃない!」
私は思わず声を荒げてしまった。
「何を言っているんだ?内閣府のホームページに書いてあることだよ?」
弥彦さんは馬鹿にしたように笑った。
「優香さん、最後までご主人の話を聞きましょう」
片山さんが大丈夫だと私の耳元で呟く。渡辺先生も私に落ち着くようにと私に目配せする。けれども言い返したいことがたくさんあったし、悔しかった。感情的な言葉や態度は、相手に誤解を与え問題の解決を妨げると言われていたのに、やってしまった。
私のその様子を見て、弥彦さんは勝ち誇ったように頷いた。
「優香、君はいつもそうやって人の話を聞こうとしないね。もっと論理的に考えて、冷静に話を聞くべきだよ。大人として、物事を整理しながら判断する力を持ったほうがいいよ」
弥彦さんの言葉に、込み上げる怒りが胸の奥から湧き上がり、私は思わず両手の拳を握りしめていた。
渡辺弁護士と探偵の片山さん、そして私と夫だ。
弥彦さんは眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに足を組んでいた。
テーブルの上には先ほど先生が弥彦さんに渡した名刺が置かれていた。
「妻から何も話を聞いていませんので、急に来てもらっても困ります。今日はお引き取り願います」
「本日は、ご主人にお伝えしたいことがあり伺いました。確認していただきたい書類がありますので持ってきました」
弥彦さんの言葉は無視して、渡辺先生は話し出した。
「優香、どういうことだ。まさか本気で離婚なんて考えているのか?」
「私のクライアントの優香さんは、笹山弥彦様との離婚を望んでいらっしゃいます。もしご主人が納得されないのでしたら、離婚訴訟に関する話し合いになります」
「訴訟なんて、そんな大げさなことはしませんし、離婚もしませんのでお引き取り願います」
「ご主人、離婚に応じたくないお気持ちは理解できます。しかし、優香さんの離婚の意志は固いので、現状を考えると、ご主人にとって最善の解決策は、奥様の要求を呑むことだと思います」
「そんな勝手なことを言われても困りますし、私としても弁護士を立てたいと思います」
「それはもちろんそうしていただいて結構です。ですが、ご主人有責であることは違いありませんので、こちらが書類になります」
「なんで俺が?まったく、妻の言うことを信じて、彼女に全く非がないように考えてらっしゃいますよね?」
「奥様に非があると?」
「ええ。妻の優香は主婦であるにもかかわらず、家事をせず家の事はほったらかして、今日だって美容院なんかに行っていたんです」
「美容院に行くことが罪だと?」
「いいえ、そんなことは言っていません。家事を怠ってまで、自分の欲求を満たそうとするのが間違いだと言っています。優香、弁護士まで呼んで大事にして気分がいいか?だいたい、そんな性格の不一致くらいで離婚できるとでも思っているの?弁護士さん、妻はね、浮気をしていると勘違いして嫉妬しているだけです」
「その中の書類を見ていただいたら分かりますが、今回の離婚の理由はご主人からのモラルハラスメントです」
「モラハラ……」
「身に覚えがありますよね?こちらが今までご主人が友香さんに対して家の中で話していらっしゃった言葉です。文字にして纏めていますが、証拠の録音もあります」
「私があなたの不倫の証拠を集めるために、画策していたと思っているでしょうね。何のために家での会話を録音していたと思っているのよ。不倫の証拠を集めるためじゃないから。モラハラの証拠を録ってたのよ」
「録音って……まさか、家の中のボイスレコーダーで」
私は首を縦に振って、録音を認めた。
「そんな音は証拠になりません、隠し録りですよね?それに、都合のいい部分だけ切り取っているかもしれない」
「何も手は加えていませんので、専門家に見せていただいても構いません。夫婦で共通に使う場所での録音です。リビングや夫婦の寝室、キッチンなどで録音されたものですからこれは証拠になります」
弥彦さんはキッと私を睨みつけた。渡辺先生は冷静に先を続ける。
「録音されている内容は、モラルハラスメントに該当します。離婚理由になりますし、これは証拠になります。それと経済DVですね。奥様の働いたお給料全額、取り上げられるような状況を三年間続けてました。これは経済DVにあたります。今日美容室に行くのも半年ぶりだと奥様はおしゃっていました」
弥彦さんは、渡辺先生に夫婦で決めたことだから、部外者にとやかく言われるのはおかしいと言い出した。もちろんそんなことを私は決めた覚えはない。けれど、反対せずに言いなりになっていたのは事実だった。
「優香が、その都度、自分はそれに反対だと言っていれば良かったんです。が、彼女が文句も言わずに主婦業をしていたのだから、あの時は嫌だったと言われても、それこそ今さらですよね?それに、私は妻に暴力は振るっていませんしね」
暴力が伴わない、精神的に追い詰められるモラルハラスメントは、それを理由に離婚するのは難しい。裁判ではモラハラだけで離婚はできない事例が多いと渡辺先生からも聞いている。
弥彦さんは、ちょっと失礼しますと言って自分の部屋へ行き、内閣府男女共同参画局のホームページをプリントアウトしてきた。
それを私たち三人に手渡して彼はニヤリと笑った。
「いわゆるDV(家庭内暴力)の精神的なものの例です。『大声でどなる』私は怒鳴っていません。『誰のおかげで生活できるんだや、甲斐性無しなどと言う』。これも言ったことはないですね、給料が低いとは言いましたが、互いに協力し合って生活していることは私もちゃんと理解していましたからね。次に『実家や友人とつきあうのを制限したり、電話や手紙を細かくチェックしたりする』これは、自分の自由にできる時間内にやれば文句は言いませんでした。時間をつくれない彼女に問題があったのでは?と思います」
「そんな!できないようにしたのは弥彦さんじゃない!」
私は思わず声を荒げてしまった。
「何を言っているんだ?内閣府のホームページに書いてあることだよ?」
弥彦さんは馬鹿にしたように笑った。
「優香さん、最後までご主人の話を聞きましょう」
片山さんが大丈夫だと私の耳元で呟く。渡辺先生も私に落ち着くようにと私に目配せする。けれども言い返したいことがたくさんあったし、悔しかった。感情的な言葉や態度は、相手に誤解を与え問題の解決を妨げると言われていたのに、やってしまった。
私のその様子を見て、弥彦さんは勝ち誇ったように頷いた。
「優香、君はいつもそうやって人の話を聞こうとしないね。もっと論理的に考えて、冷静に話を聞くべきだよ。大人として、物事を整理しながら判断する力を持ったほうがいいよ」
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