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第2話一度目の人生
しおりを挟む一度目の人生。
私は大学を出て大手商社に就職した。
幼い頃事故で両親を亡くし祖母に育てられた私は、それほど裕福な生活をしてきたわけではない。
祖母は親のいない私に寂しい思いはさせまいと、愛情深く育ててくれた。
祖母は塾の事がよく分かっていなかった。小学校入学と同時に、唯一徒歩で通えるプリントをひたすら演習する塾を選んだ。算数や国語は自分にも教えられるが、英語は無理だからという理由で選んだという。
ひらがなもまだちゃんと書けない小学校1年生の私は苦労した。
けれど私はひたすら英語プリントをやるという学習を続けた。
英語がずば抜けてできたので高校受験は楽だった。
そして英語だけで難関大学に合格した。
TOEIC満点で一流企業に就職の内定をもらった。
4歳上の雄一さんと出会ったのは職場だった。
就職して二年目に、大阪で一人で暮らしていた祖母が亡くなった。
祖母が発見された時には死後3日が経過していたという。
もっとこまめに連絡をしていればよかった。
休みの日には帰郷するべきだったと後悔した。
私はもう身寄りがいない。天涯孤独になってしまった。祖母がいなくなるなんて考えていなかった。
もう高齢だったからいつかは亡くなってしまうと分かっていたのに、ショックは大きかった。
会社の上司である雄一さんが葬儀に来てくれていた。
私の指導担当もしてくれた雄一さんは、泣いている私の肩を抱いて慰めてくれた。
それから彼との交際が始まった。
彼は困っている人に手を貸すのが好きな人だった。
誰からも頼られる存在で、分け隔てなく皆に接していた。
背も高く、エリートで見栄えも良い。彼は女子社員から人気があった。
そんな雄一さんの恋人の座を射止められた私は幸せだった。
付き合って2年が経った。
「俺が美鈴を一生守っていく。家族になろう」
彼からのプロポーズの言葉に、嬉しさのあまり涙が出た。
差し出された指輪を震える手で受け取って「はい」と返事をした。
彼は「俺は世界一幸せだ」と言ってくれた。
◇
26歳で結婚式を挙げ、すぐに子どもを身ごもった。
結婚しても仕事を続けるつもりだった。
けれど、悪阻が酷く立ち上がることすら困難な状態になったので、仕方なく仕事を辞めた。
「俺の稼ぎで十分やっていけるから、専業主婦になってほしい」
優しい夫の言葉に涙が出た。
彼は一流商社の営業だ。同じ年代の平凡なサラリーマンの倍は収入があった。
「ありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」
兄妹も親も親戚もいない。
私には夫しかいなかった。
新居で悪阻に苦しみ、動けない私に文句も言わず彼は優しくしてくれた。
何もできない自分が悔しくて、申し訳なさに毎日涙が出た。
ごめんなさいが口癖になった。
「今だけだろう。数カ月で悪阻も治まるんだから頑張って」
嫌な顔ひとつせず、献身的に尽くしてくれる彼を心から愛していた。
私は重症妊娠悪阻で1ヶ月入院する事になった。
◇
最初の子ども雄太が産まれ生後半年になる頃、スーツのポケットからラブホテルのレシートが出てきた。
私は彼を問い詰めた。
「これは俺の物じゃない。誰かのレシートを一緒に持って帰ってしまったんだ」
知らない香水の匂いや、深夜のタクシー帰りも全て仕事関係だと言い張った。
私は雄太を一時預かありの保育所に預けて、彼を尾行し浮気の証拠を撮影した。
それでも彼は浮気を認めなかった。
「浮気をやめてさえくれれば、私は許すから……」
「だから、浮気なんてしてない」
彼は浮気を認めなかった。
それが私のストレスになり、彼の全てが信じられなくなっていった。
食事が喉を通らなくなり、少し食べては吐いてしまうようになった。
体重が減って、女性らしい体つきではなくなっていく。
夜も眠れず、洋服や化粧にも気を配れなくなった。
肌はボロボロになり、日中ずっと泣いていた。
相談できる相手もいない。
夫に何度も浮気をやめてと頼んだ。
煩く言う私をうっとおしく感じた雄一さんは、休日も外出するようになった。
◇
そんな時、夫が突然、二人目の子どもを作ろうと言い出した。
彼女と別れて、私とやり直そうとしてくれたんだと思った。
私はそれが嬉しくて、体調を整え妊娠しやすい時期を産婦人科で調べてもらった。
そして雄太が2歳の頃、待望の第2子を授かった。
幸せだった。
一人目同様、やはり悪阻は酷く、入院する事になった。
雄太は夫の実家に預かってもらうことになった。
心配で仕方がなかったが、新しい命を守らなければならないと思い、早く元の生活に戻ることだけを考えた。
私が退院してからも、相変わらず雄一さんは仕事が忙しいようだった。女性用のアクセサリーの領収書。口紅がついたシャツ、買った覚えのない下着。
土日の外出。自宅にはあまり帰ってこなくなった。
けれど、私にはお腹の子がいる。
浮気はやめたはず、雄一さんが2人目を望んだ。彼を信じようと思った。
彼は私を愛している。
私は彼の不自然な行動も、自分の都合のいいように記憶を改ざんした。
◇
「その服どうしたの?」
知らないうちに好みが変わったのか、ブラックの細身のパンツにカットソーもブラック。
黒一色のコーデは彼の趣味ではない。
「買った」
ひと言だけで済まされた。
「貴方が買ったの?誰かのプレゼント?」
「いちいち確認しなくちゃ気が済まないのか?プライバシーの侵害だ」
夫婦の会話は私が一方的に話をするだけで、彼は相槌も打たなかった。
また、浮気が始まったのかもしれないと思った。
少し調べただけで、夫が浮気していることが分かった。
まだあの浮気相手の女と続いているようだった。
妊娠している妻がいるのに、なぜそんな事ができるんだ。
深夜になっても彼が帰ってくるまで毎日寝ずに待っていた。
「今週の土曜日何するの?」
「なにか用事があるの?」
「明日の夜は家にいる?」
「なぜ電話に出なかったの?」
夫は私の質問には答えず、面倒くさそうに自分の寝室へ入って行った。
私は「あなたの子を妊娠しているのよ」と、泣きながら彼の部屋の前で座り込んだ。
相手の女性の事も調べた。同じ職場に転職してきた私と同じ年齢の河合愛梨だった。
彼女はハーフの女性で、誰もが振り返るような美人だった。
私は河合愛梨が住んでいるマンションをつき止めて、部屋の前でずっとインターフォンを押し続けた。
嫉妬に狂った私の行動はエスカレートしていった。
夫の職場に手紙を送り、浮気の写真をばらまいた。
私の行動で彼らの立場が悪くなり、別れてくれると思っていたが、それは違った。
会社は夫と不倫相手に同情的だった。
精神状態がおかしくなった妻に苦しめられている、気の毒な夫だと認識されたようだ。
二人目の女の子が産まれた。美玖と名付けた。
長男雄太が4歳、長女の美玖が1歳になった時、私は迷惑防止条例違反で逮捕された。
執拗に河合愛梨につき纏い、仕事の邪魔をした事が原因だった。
結果、私が手に入れたものは離婚届けと精神安定剤と子供への接近禁止命令だった。
全てを失った私に残された選択肢は死ぬことだけだった。
医者から処方された睡眠薬を大量に呑んで浴室で手首を切った。
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