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第20話
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ガチャッと玄関のドアが開く音がした。
雄一さんが帰って来た。
「おかえりなさい」
「……ただ……いま」
夫は私が待っていた事に驚いたようだった。
10時だから雄太はもう眠っている。
いつもは夫が帰って来ても出迎えていなかった。
「話があるの」
「ああ」
「先にお風呂入ってくる?」
「そうだな。そうする」
私は雄一さんのために簡単なつまみを作った。
ここ最近晩御飯を作っていなかったから、彼は食べてきているだろう。
晩酌程度のものだがテーブルの上に置いた。
「話って?」
「今までごめんなさい。私はあなたの妻としての役目を放棄していたわ」
彼は虚脱したような様子で、安堵の色を顔に浮かべた。
「いや、俺も悪かった。家庭を顧みず、仕事だからっていつも遅くに帰っていたし、雄太の世話も君にまかせっきりだった。誕生日も、約束を守れずすまなかった」
「雄太のためにも、夫婦としてお互い歩み寄る必要があったと思う。これからはもう少し会話も増やして、相手を思いやって生活できたらなと考えていたの」
「ああ。俺も、家族の時間が持てるように努力するよ」
やり直しはできないだろう。
過去2回どうやっても無理だったのだから。
「お互い言いたいことを言わなかったせいで、すれ違いが生じたと思う。あなたが歩み寄ろうとしてくれたことは夫婦としての成長だと思う。これからどうやって過ごしていくか話し合いたいわ」
「ああ。それは俺も思っていた。食事の用意も、食べてきたら無駄になるのに、毎日作れというのは間違っていた。前もって食事が必要な日はちゃんと言うから、作ってもらえるかな?」
「わかったわ」
「休みの日はなるべく雄太と過ごせるように調整する」
「ええ。お願いします。雄太も体力がついて来て体を動かす遊びがしたいと思うの。私では無理な事も出てくるわ。だから公園の遊具で遊んだり、ボール遊びとかそういうのに付き合ってくれると助かる」
「ああ。休日は公園に連れて行くよ」
「雄太と毎日顔を合わせられるように、朝ご飯を家族で食べましょう。あなたの出勤に合わせて雄太も起こすわ。朝食は毎朝用意します」
彼は頷いた。
「いつも、掃除とか洗濯ありがとう。冷蔵庫にも簡単に食べられる物をいつもいれてくれてるし、俺の好きなビールも常備してくれて感謝している」
彼の好みの物を冷蔵庫に入れておくと、翌朝無くなっていたりする。
お腹がすいていたら食べられるように、適当なつまみも置いている。
ちゃんと気がついていたのねと思った。
「雄太が笑顔でいられるような家族になりましょう」
とりあえず、後一年は妻としての役割を全うする。
「それじゃぁ、私は先に休みます」
「ああ。おやすみ」
おやすみ、っていつぶりに聞いたかしら。
彼の顔をしっかり見たのも久しぶりな気がした。
それから夫は早く帰宅するようになった。
土日も接待だと言って出かける日はあるが、予定がない休みには雄太を公園へ連れて行ってくれた。
私はできるだけ明るく振る舞い、雄太の話を夫にするように心がけた。
もしかしたら、家族としてやり直せるかもしれないと錯覚してしまうくらい疑似家族ごっこは続いた。
駄目よ、何度裏切られたと思っているの。
前回の人生も含めて、10年以上夫と共に過ごしている。
散々嘘をつかれて弄ばされ、挙句の果てに奈落の闇に突き落とされたではないか。
夫の辞書に改心という言葉はない。
私は自分を奮い立たせた。
今でも夫は水曜と金曜、必ず午前様だ。
少なくとも水曜日は夫の会社はノー残業デーだから、直帰すれば家族3人で夕飯が食べられるのに。
私は夫が出勤してから、田所さんの事務所に出勤している。
ビルから徒歩5分の場所に、良い保育所があり、仕事をしている間は雄太をそこに預けた。
仕事が終わると田所さんがマンションまで車で送ってくれる。
車に自分たちの荷物を乗せてもらって、新居に移動し始めていた。
新しい住まいは3LDKでファミリー向けマンションのような間取りになってる。
今住んでいるマンションよりも広いという贅沢さ。
それもこれも競馬で一財産築けたからだった。
新しい家電に、新しい家具。自分好みのカーペット。
雄太とまだ生まれてもいない美玖の部屋まであるんだから申し分ない。
「改築したのに、田所さんは自分の部屋の間取りは変えなかったんですね」
「ああ、そうだな。広い風呂とかって、掃除が大変じゃない?シャワーがあれば十分だし、一人暮らしにそんな大きな部屋は必要ない」
ビルのオーナーなはずだけど、自分の住まいは極小っていう謎の考え方が面白かった。
喫茶店で毎日食事してるし自炊もあまりしないのなら、彼にとって大きなキッチンは無駄だろう。
小さな住まいは効率的だと言えばそうなるわね。
「探偵事務所はとてもきれいになりましたよね。職場としては居心地もいいですし快適です」
「だよね。美鈴ちゃんが整理してくれたから、資料がかなり減って事務所の中がスッキリした。依頼者が増えたらいいな」
「そうですね。増えたらいいですね」
彼は探偵業をそんなに頑張らなくても生活はできるだろう。
家賃収入があるから田所さんは経済的には困っていないと思う。
雄一さんが帰って来た。
「おかえりなさい」
「……ただ……いま」
夫は私が待っていた事に驚いたようだった。
10時だから雄太はもう眠っている。
いつもは夫が帰って来ても出迎えていなかった。
「話があるの」
「ああ」
「先にお風呂入ってくる?」
「そうだな。そうする」
私は雄一さんのために簡単なつまみを作った。
ここ最近晩御飯を作っていなかったから、彼は食べてきているだろう。
晩酌程度のものだがテーブルの上に置いた。
「話って?」
「今までごめんなさい。私はあなたの妻としての役目を放棄していたわ」
彼は虚脱したような様子で、安堵の色を顔に浮かべた。
「いや、俺も悪かった。家庭を顧みず、仕事だからっていつも遅くに帰っていたし、雄太の世話も君にまかせっきりだった。誕生日も、約束を守れずすまなかった」
「雄太のためにも、夫婦としてお互い歩み寄る必要があったと思う。これからはもう少し会話も増やして、相手を思いやって生活できたらなと考えていたの」
「ああ。俺も、家族の時間が持てるように努力するよ」
やり直しはできないだろう。
過去2回どうやっても無理だったのだから。
「お互い言いたいことを言わなかったせいで、すれ違いが生じたと思う。あなたが歩み寄ろうとしてくれたことは夫婦としての成長だと思う。これからどうやって過ごしていくか話し合いたいわ」
「ああ。それは俺も思っていた。食事の用意も、食べてきたら無駄になるのに、毎日作れというのは間違っていた。前もって食事が必要な日はちゃんと言うから、作ってもらえるかな?」
「わかったわ」
「休みの日はなるべく雄太と過ごせるように調整する」
「ええ。お願いします。雄太も体力がついて来て体を動かす遊びがしたいと思うの。私では無理な事も出てくるわ。だから公園の遊具で遊んだり、ボール遊びとかそういうのに付き合ってくれると助かる」
「ああ。休日は公園に連れて行くよ」
「雄太と毎日顔を合わせられるように、朝ご飯を家族で食べましょう。あなたの出勤に合わせて雄太も起こすわ。朝食は毎朝用意します」
彼は頷いた。
「いつも、掃除とか洗濯ありがとう。冷蔵庫にも簡単に食べられる物をいつもいれてくれてるし、俺の好きなビールも常備してくれて感謝している」
彼の好みの物を冷蔵庫に入れておくと、翌朝無くなっていたりする。
お腹がすいていたら食べられるように、適当なつまみも置いている。
ちゃんと気がついていたのねと思った。
「雄太が笑顔でいられるような家族になりましょう」
とりあえず、後一年は妻としての役割を全うする。
「それじゃぁ、私は先に休みます」
「ああ。おやすみ」
おやすみ、っていつぶりに聞いたかしら。
彼の顔をしっかり見たのも久しぶりな気がした。
それから夫は早く帰宅するようになった。
土日も接待だと言って出かける日はあるが、予定がない休みには雄太を公園へ連れて行ってくれた。
私はできるだけ明るく振る舞い、雄太の話を夫にするように心がけた。
もしかしたら、家族としてやり直せるかもしれないと錯覚してしまうくらい疑似家族ごっこは続いた。
駄目よ、何度裏切られたと思っているの。
前回の人生も含めて、10年以上夫と共に過ごしている。
散々嘘をつかれて弄ばされ、挙句の果てに奈落の闇に突き落とされたではないか。
夫の辞書に改心という言葉はない。
私は自分を奮い立たせた。
今でも夫は水曜と金曜、必ず午前様だ。
少なくとも水曜日は夫の会社はノー残業デーだから、直帰すれば家族3人で夕飯が食べられるのに。
私は夫が出勤してから、田所さんの事務所に出勤している。
ビルから徒歩5分の場所に、良い保育所があり、仕事をしている間は雄太をそこに預けた。
仕事が終わると田所さんがマンションまで車で送ってくれる。
車に自分たちの荷物を乗せてもらって、新居に移動し始めていた。
新しい住まいは3LDKでファミリー向けマンションのような間取りになってる。
今住んでいるマンションよりも広いという贅沢さ。
それもこれも競馬で一財産築けたからだった。
新しい家電に、新しい家具。自分好みのカーペット。
雄太とまだ生まれてもいない美玖の部屋まであるんだから申し分ない。
「改築したのに、田所さんは自分の部屋の間取りは変えなかったんですね」
「ああ、そうだな。広い風呂とかって、掃除が大変じゃない?シャワーがあれば十分だし、一人暮らしにそんな大きな部屋は必要ない」
ビルのオーナーなはずだけど、自分の住まいは極小っていう謎の考え方が面白かった。
喫茶店で毎日食事してるし自炊もあまりしないのなら、彼にとって大きなキッチンは無駄だろう。
小さな住まいは効率的だと言えばそうなるわね。
「探偵事務所はとてもきれいになりましたよね。職場としては居心地もいいですし快適です」
「だよね。美鈴ちゃんが整理してくれたから、資料がかなり減って事務所の中がスッキリした。依頼者が増えたらいいな」
「そうですね。増えたらいいですね」
彼は探偵業をそんなに頑張らなくても生活はできるだろう。
家賃収入があるから田所さんは経済的には困っていないと思う。
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